第二部隊の一員として
配属の翌朝、蓮は荷袋一つを担いで第二部隊の宿舎へ移った。
宿舎の前で、ロイとミラと別れた。二人は通りの向こうの第三部隊の宿舎へ歩いていった。ロイは一度だけ振り返って、大きく手を振った。ミラは振り返らなかった。角を曲がる直前に、片手だけ小さく上げた。
第二部隊の宿舎は、養成所よりさらに飾り気がなかった。四人で一部屋。蓮の寝台は、窓から一番遠い隅だった。
「お前が新入りか」
寝台に荷を置いた途端、後ろから声がかかった。
日に焼けて、顎に無精髭を生やした男だった。二十代の半ばくらいに見えた。
「聞いてるぞ。実技で、あのゲイルを最後にひっくり返したんだってな」
「大げさに伝わってます。ぎりぎりでした」
「ぎりぎりでも勝ちは勝ちだ。ダインだ。よろしくな」
ダインは蓮の背中を遠慮なく叩いた。
それから蓮の寝台を見て、眉を寄せた。
「その毛布、薄いな。養成所のだろ」
「はい」
「遠征に出たら、夜の砂漠でそれじゃ凍えるぞ」
ダインは自分の寝台の下から、厚手の毛布を一枚引っぱり出して、蓮の寝台に放った。
「予備だ。使え。返すのは、お前が自分のを買ってからでいい」
蓮は礼を言った。それから残りの二人の先輩にも、自分から名前を訊いて頭を下げた。二人とも少し面食らった顔をしたが、悪い顔はしなかった。
ダインが笑った。
「律儀な奴だな」
最初の任務は、三日後だった。
街から半日ほどの村へ、麦と塩を運ぶ。荷馬車を一台守りながら行って帰ってくるだけの仕事だった。
「いきなり危ない所へ出して、死なれたら困るもの」
出立の朝、フィールは荷馬車の荷を確かめながら言った。
「最初は簡単な仕事で、動き方を覚えてもらう」
指揮はフィールが自分で執ることになっていた。
「隊長が、わざわざ?」
「……新人の最初の任務には、慣れた者がつく決まりなの」
フィールは荷の縄を締め直した。
「あなただからじゃないわよ」
蓮は何も言わなかった。
縄はもう、十分に締まっていた。
荷馬車の御者は、白い髭の年寄りだった。蓮とフィールはその隣と後ろについて、街道を東へ進んだ。
「この辺りに出る魔物は、大体が小物よ」
フィールは道の両脇の草むらに目を配りながら言った。
「群れで来るホーンラビットとか、一匹で来るマッドウルフとか。慣れれば怖い相手じゃない。……慣れれば、だけど」
「出たら、俺はどうすればいい」
「私の言う通りに動いて。前には出なくていい」
フィールは草むらから目を離さなかった。
「今日は見てるだけでいいの。見て、覚えて」
結局、魔物は一匹も出なかった。
昼を少し過ぎた頃、街道の真ん中に大きな木が倒れていた。
根元から折れて、道を塞いでいた。荷馬車は通れなかった。
御者の年寄りが、やれやれと荷台から下りた。
「去年もここで倒れたんだ。根が浅い木でね」
蓮と御者で幹の端を持ち上げようとした。びくともしなかった。フィールも加わった。少しだけ浮いて、すぐに落ちた。
蓮は手を離して、まわりを見た。
道端に、折れた長い枝が転がっていた。腕ほどの太さがあった。その先に、手頃な大きさの石があった。
蓮は枝を拾って、倒木の下に差し込んだ。石を枝の下に噛ませた。
「何してるの」
「ちょっと、離れててくれ」
蓮は枝の反対の端に、体ごと体重をかけた。
倒木が、ぎしりと鳴った。
持ち上がった。
御者の年寄りが目を丸くした。
浮いた隙間に、フィールが別の石を蹴り込んだ。蓮は枝の位置をずらして、もう一度体重をかけた。少しずつ、倒木が道の端へ転がっていった。
四度目で、道が空いた。
蓮は枝を放り出して、額の汗を拭った。
「……それ、どこで覚えたの」
フィールが言った。
「前にいた所で。重い荷物を動かす時に」
蓮は言った。
商社の倉庫で、先輩の田村さんに教わったのだった。腰で持つな、道具を使え、と。
フィールは蓮の顔を少しの間見ていた。
それから、倒木の方を見た。
「去年は、六人がかりで半日かかったんだがね」
御者の年寄りが、感心したように言った。
村に荷を届けると、村長が素朴なパンを差し入れてくれた。
荷馬車の陰で、蓮とフィールは並んで腰を下ろした。御者の年寄りは村長と話し込んでいた。
フィールはパンをちぎりながら、ぽつりと言った。
「正直、少し意外だったわ」
「何が」
「あなたのこと」
フィールはパンを口に入れた。
「何も知らないまま、怖がってついてくるだけだと思ってた。……でも、あなたは分からないことがあると、まず周りを見るのね。それから、手を動かす」
蓮はまわりに人がいないのを確かめてから、小さな声で言った。
「前の仕事で、ずっとそうしてたんだ。新しいことを覚える時は、まず理屈を分かるようにしてた。理屈が分かれば、他にも使えるから」
「向こうの常識も、馬鹿にできないってことかしら」
「たまにはな」
フィールが小さく笑った。
蓮もパンをかじった。少し固かった。
うまかった。
宿舎に戻ったのは、日が暮れてからだった。
部屋の戸を開けると、ダインが寝台に寝そべったまま顔を上げた。
「おう、生きて帰ったな。初任務はどうだった」
「木を一本、どかしました」
「は?」
「道に倒れてたので」
ダインはしばらく蓮の顔を見ていた。
それから吹き出した。
「なんだそりゃ。魔物の一匹でも斬ってこいよ」
「出なかったんです」
「出ねえ日の方がいいんだよ、本当は」
ダインは笑いながら、天井を向いた。
蓮は自分の寝台に横になった。ダインの毛布は厚くて、少しだけ煙の匂いがした。
ロイとミラは、今頃どうしているだろうと思った。
通りの向こうの宿舎にも、まだ灯りがついているはずだった。




