道は分かれても
合格から五日後、新しく従士になる十人が、移動の貴族の館に呼ばれた。
貴族に目通りして、それから配属が言い渡される。補充式典と呼ばれていたが、式典らしいものは何もないとフィールは言った。
「ムーヴ様は、長い挨拶がお嫌いだから」
館までの道を、フィールが先に立って歩いた。蓮とロイとミラがその後ろについた。ほかの七人は少し離れて、緊張した顔で固まって歩いていた。
館の門の前に、揃いの外套を着た兵が四人立っていた。四人とも背が高く、顔つきが硬かった。蓮たちが近づくと、一人が名簿を確かめて、黙って門を開けた。
「第一部隊」
フィールが小声で言った。
「館と、ムーヴ様の守り。ムーヴ様がお出かけになる時も、必ずお側につく」
中庭を抜ける途中で、泥だらけの一団とすれ違った。槍を担いで、靴まで土にまみれていた。先頭の男がフィールに気づいて、軽く手を上げた。
「第三部隊。国境の見回りから戻ったところね。魔物が国に入らないように、毎日外を回ってる」
中庭の端の、窓の少ない細長い建物の前を通った時、ロイが鼻をひくつかせた。
「……なんか、焦げくせえ」
「第四部隊よ」
フィールは建物を見ずに言った。
「魔物を調べたり、魔法を試したりしてる。……たまに、ああいう匂いがするの」
ちょうどその時、建物の窓から灰色の煙がひと筋、ぽふっと上がった。中から誰かの咳き込む声がした。
ロイが吹き出しかけて、ミラに肘で突かれた。
「で、フィールの第二部隊は」
蓮が訊いた。
「遠征と調査。あなたを拾ったのも、その帰りよ」
フィールは言った。
「それと、移動の第二部隊だけは、国の境を越えて他の国へ行けるの。荷を運んだり、知らせを届けたり。ほかの国の従士は、許しがなければ自分の国から出られないわ」
「じゃあ、第二部隊に入れば、どこへでも行けるんだな」
ロイが言った。
フィールは少しだけ黙った。
「……三人とも、うちに欲しいとは言ってあるわ」
フィールは前を向いたまま言った。
「あなたたちのこの一月半は、ずっと見てきたもの。でも、決めるのは私じゃない。部隊の空きを見て、ムーヴ様の側が決めるの」
ロイが「なら決まりだろ」と笑った。
蓮は笑わなかった。
フィールの言い方が、少しだけ気になった。
館の中は、蓮が思い描いていた貴族の館とはまるで違った。
壁に絵も飾りもなかった。廊下は狭くて真っすぐで、書類を抱えた人たちが早足で行き交っていた。誰も立ち止まって話をしていなかった。
「ムーヴ様は、もう四百年以上この国を治めていらっしゃるの」
廊下を歩きながら、フィールが小声で言った。
「四百年?」
「貴族様は、力を授かった時の姿のまま歳を取らないのよ。……だから、見た目で驚かないでね」
謁見の間に通された。
十人が並んで待っていると、奥の扉が開いて男が一人入ってきた。
三十を少し過ぎたくらいにしか見えなかった。
目の下に濃い隈があった。疲れた顔をしていた。それなのに、目だけが鋭かった。十人を端から端まで、一度で見た。
移動の貴族、ムーヴだった。
その半歩後ろに、書類の束を抱えた若い男が一人、影のように控えていた。
「新任の従士、十名だな」
ムーヴは言った。
「手短に済ませる」
若い男が名簿を差し出した。ムーヴは受け取って、頁をめくった。めくり終わる前に、若い男が次の束を差し出していた。ムーヴは頷きもせずにそれを受け取った。
言葉は一つも交わさなかった。それでも、二人の手は一度もぶつからなかった。
「試験の結果は見た」
ムーヴは束から目を上げた。
「今日から貴様らは従士だ。私に、ひいてはこの国に仕える。励め」
それだけ言うと、ムーヴは踵を返して出ていった。
若い男も一礼して、その後を追った。
扉が閉まった。
十人とも、しばらく動けなかった。
「……終わり?」
ロイが小声で言った。
「終わりよ」
フィールが言った。
「あれでも今日は長い方」
「あの後ろの人は」
蓮が訊いた。
「ムーヴ様のお傍付き。いつもああやって、ムーヴ様の仕事を横で見て覚えてるの」
フィールはそれだけ言って、待機場の方へ歩き出した。
待機場で、一人ずつ名が呼ばれた。
担当官が紙を読み上げて、呼ばれた者が前に出る。第一部隊。第三部隊。第一部隊。
「蓮。第二部隊」
蓮は小さく息を吐いた。
フィールの部隊だった。
担当官は紙をめくった。
「ロイ、ミラ。両名、第三部隊」
待機場が静かになった。
フィールが一歩前に出た。
「お待ちください。その二名も、第二部隊を希望していたはずです」
「隊長の希望は聞いている」
担当官は紙から目を上げずに言った。
「第二部隊の空きは一名。第三部隊は先日の見回りで五名が怪我で抜けた。二名、急いで埋めなければならない」
担当官は紙を閉じた。
「部隊の都合が先だ。覆らない」
フィールは唇を噛んだ。
それ以上は何も言わなかった。
蓮は隣のロイとミラを見た。
ロイは一瞬、口を開けたまま固まっていた。ミラは床を見ていた。
それからロイが、無理やり笑った。
「……ま、仕方ねえよな」
ミラは何も言わずに、小さく頷いた。
その夜、四人は養成所の宿舎に集まった。
明日から、蓮は第二部隊の宿舎へ、ロイとミラは第三部隊の宿舎へ移る。三人が同じ屋根の下で寝るのは、今夜が最後だった。
「まさか、こうなるとはな」
ロイが寝台に腰かけた蓮の肩を、軽く小突いた。
三人で受かると決めた。三人で受かった。
それなのに、紙一枚で分かれた。
「……悔しいな」
蓮の口から、ぽつりと漏れた。
ミラが顔を上げた。
「でも」
はっきりした声だった。
「離れても、友達でしょ」
蓮はミラを見た。
食堂の隅で一人でパンを齧っていた少女が、まっすぐこっちを見ていた。
「……そうだよな」
ロイが大きく頷いた。
「同じ従士だ。休みが合えば会いに行けるし、任務で顔を合わせることだってある。毎日一緒にいられなくなるだけだ」
ロイは拳を突き出した。
「次に会う時、どっちが強くなってるか勝負な」
蓮はその拳に、自分の拳を当てた。
ミラが少し迷ってから、その上に小さな拳を載せた。
フィールは壁にもたれて、それを見ていた。
「……第三部隊は、毎日国境を歩くの」
フィールは言った。
「どこに谷があって、どこに魔物の巣があるか。この国の外側を一番よく知ってるのは、第三部隊よ。……覚えておいて損はないわ」
ロイが「慰めてんのか、それ」と笑った。
フィールは答えなかった。少しだけ目を逸らした。
その夜、四人は遅くまで話した。
砂漠で蠍に追われた夜のこと。ガレンの「立て」のこと。噴水に落ちたロイのこと。掲示板の前で叫んだロイのこと。
「俺の話ばっかりじゃねえか!!」
ロイが叫んで、ミラが笑った。
窓の外が白み始めるまで、誰も寝ようとは言わなかった。




