開門
練習室から宿へ戻ると、蓮は割り当てられた部屋の寝台に横になった。
まだ昼前だった。窓から差し込む日が眩しかった。とても眠れる刻限ではなかった。
それでも眠っておけ、と言われていた。悪魔は夜更けに出ることが多い。だから討伐の隊の者は、日のあるうちに眠っておくように、と。
蓮は目を閉じた。
閉じた瞼の裏に、閃光が浮かんだ。手のひらの先に生まれた、光の模様。床に叩きつけられた背中の痛み。
それから、帰り道のイライザの言葉が浮かんだ。
――もう少し、場数を踏んだ方がいいわね。
練習室を出て宿へ戻る途中、イライザは前を向いたまま、それだけ言った。責める言い方ではなかった。見たままを言っただけだった。
剣も弓も、まだまだだった。
試験に受かって、魔物を何匹か斬って、少しは強くなったつもりでいた。
イライザの枝には、一度も届かなかった。
蓮は寝返りを打った。
外套の内側の包みが、胸に当たった。
手袋だった。
帰ったら、すぐに渡す。
そう決めて、もう一度目を閉じた。
いつの間にか、眠っていた。
「――集合!! 集合ーーッ!! 悪魔発見、悪魔発見!!」
怒鳴り声で、蓮は跳ね起きた。
窓の外は、まだ夕暮れの明るさを残していた。
早い。
夜更けだと言われていた。まだ日も沈みきっていなかった。
蓮は剣帯を締めて、部屋を飛び出した。
宿の入口に、イライザとクレベスがもう立っていた。
クレベスは腕を組んで、壁にもたれていた。顔には何も浮かんでいなかった。蓮はまだ、この男と一言も口をきいたことがなかった。
「あら、蓮」
イライザが言った。
「少し遅いんじゃない?」
「す、すみません!!」
「いいわ。行きましょう」
三人は南門へ向かって、石畳を駆けた。
南門の前には、もう半分ほどの従士と隊長たちが集まっていた。
伝令の一人が、声を張り上げていた。
「悪魔は南門からまっすぐ、一里あまり先!! 足は人の歩みほどで遅い!! 焦るな、落ち着いて陣を組め!!」
人の歩みほど。
なら、陣を組む間はある。
蓮は少しだけ息を吐いた。
イライザとクレベスと並んで、ムーヴが来るのを待った。
三人とも、何も言わなかった。従士たちが次々に駆けつけてきて、南門の前が埋まっていった。誰も無駄口をきかなかった。
それから。
何の前触れもなく、従士たちの後ろに、三つの人影が現れた。
ムーヴ。
テルモ。
タイタン。
移動の力だった。
従士たちが、それぞれの仕える貴族様のまわりへ素早く動いた。蓮たちも、ムーヴのすぐ横と、すぐ前に立った。
いちばん近い場所だった。
ムーヴに何かが迫るなら、最初に気づいて、最初に動くのは、ここに立つ三人だった。
――悪魔の指一本、貴族様に触れさせるな。
蓮はムーヴの横顔を見た。
ムーヴは南門の向こうを見ていた。
いつもの顔だった。目の下の濃い隈。鋭い目。
何も言わなかった。
全部の隊が並び終えたのを確かめて、ギードが南門の前へ進み出た。
その手が上がった。
「――南門、開門ッ!!」
号令が、静まり返った空気を裂いた。
ギギギギギ……。
重い軋みを上げて、大きな南門が、ゆっくりと開き始めた。
門の向こうに、荒れ野が広がっていた。
夕闇に沈みかけていた。
そのどこかに、あれがいる。
蓮は剣の柄を握った。
心臓がうるさかった。
怖いのか、震えているのか、自分でも分からなかった。
門が開ききった。
風が一筋、荒れ野の方から吹き込んできた。
乾いた土の匂いがした。
鳥の声も、虫の声も、しなかった。




