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友を喪うということ

 ムーヴが消えてから、五日が過ぎた。


 第二部隊の遠征は止められた。残った隊員は第三部隊に回されて、しばらく国境の見回りに就くことになった。


 蓮とロイとミラは、それぞれ別の班に振り分けられた。昼に顔を合わせることはなかった。それでも、回された者は第三部隊の食堂で飯を食う決まりだったので、夜になれば三人は同じ卓につくことができた。


「蓮。また残してるぞ」


 ロイが蓮の皿を指さした。


 パンが半分残っていた。


「……あんまり、腹が減らなくて」


「減らなくても食え」


 ロイは自分の皿から煮込みの肉を一切れ、蓮の皿に放り込んだ。


「明日も歩くんだぞ。国境は広いんだからな」


 蓮は肉を見下ろした。


 それから黙って、口に入れた。


 味はよく分からなかった。


 それでも、ロイは満足そうに頷いた。


 しばらく、三人とも黙って食べていた。


「……ダインさんを森から運んだの、俺たちの班だった」


 ロイが言った。


 皿を見たままだった。


「布、ちゃんと掛かってた。目印も分かりやすかった。……だから、すぐ見つけられた」


 蓮は顔を上げた。


 ロイはそれ以上言わなかった。ミラも何も言わなかった。


 食堂の向こうの卓で、誰かが笑っていた。






「お前ら、第二の連中か」


 食堂の隅の卓から、声がかかった。


 第三部隊の男だった。ダインと同じくらいの歳で、額がもうだいぶ広くなっていた。酒の杯を片手に、こちらへ歩いてきた。


「ダインと同じ部屋だったのは、どいつだ」


「……俺です」


 蓮が言った。


 男は蓮の顔をしばらく見た。


 それから、ロイの隣にどかりと腰を下ろした。


「あいつとは、養成所の同期だった」


 男は杯を傾けた。


「知ってるか。あいつ、試験の実技で、教官補の木剣を叩き折ったんだ。勝ったんじゃねえ。叩き折ったんだ。力みすぎて」


 ロイが顔を上げた。


「折れた木剣が教官の頭に当たってな。ガレンの頭だ。あの頃はまだ髪が黒かった」


 ロイが吹き出しかけて、慌てて口を押さえた。


「笑っていいぞ」


 男は言った。


「あいつは、笑われるのが好きだった」


 ロイが笑った。


 ミラも、肩を揺らした。


「それから」


 男は杯を卓に置いた。


「あいつ、毛布を何枚も持ってたろ」


 蓮は男を見た。


「新入りが来るたびに、一枚貸すんだ。返すのは自分のを買ってからでいいって。……で、誰も返さねえ。あいつも取り立てねえ。だからあいつの寝台の下には、いつも毛布が一枚しか残ってなかった」


 男は笑った。


「俺も、一枚借りたままだ」


 蓮は何も言えなかった。


 あの厚手の毛布は、今も蓮の寝台の上にあった。


「お前も、借りたクチか」


「……はい」


「なら、返さなくていい」


 男は立ち上がった。


「あいつはそういう奴だった。それだけ覚えといてやれ」


 男は自分の卓へ戻っていった。


 途中で振り返って、杯を少しだけ持ち上げた。


 蓮は自分の水の杯を持ち上げた。


 ロイとミラも、持ち上げた。






 その夜、蓮は寝台に横になって、天井を見ていた。


 四つの寝台のうち、一つが空いていた。


 飛行機が落ちて、直哉にも佐伯にも田村さんにも会えなくなった時のことを思い出した。


 あの時は、分からなかった。三人が生きているのか死んでいるのかも、分からなかった。分からないまま、胸の底に沈めていた。


 ダインは違った。


 蓮は、この手で瞼を閉じた。


 分かってしまった。


 ――それ、生き延びてるだけだろ。


 直哉の声がした。


 誰かと笑うから、生きていける。直哉はそう言っていた。


 その誰かがいなくなったら、どうすればいいのか。


 蓮は毛布を引き寄せた。


 少し煙の匂いがした。


 返さなくていい、と言われた。


 なら、使い続けるしかなかった。


 蓮は毛布にくるまって、目を閉じた。






 同じ頃、第一部隊の宿舎の一室に、隊長格の者たちが集まっていた。


 第一部隊のギード。第三部隊の隊長。それから、フィール。


 卓の上の燭台が、三つの顔を照らしていた。


「分からんのは、そこだ」


 第三部隊の隊長が言った。白髪の、痩せた男だった。


「なぜ、どんな刃も悪魔には通らんのか」


「魔殻だ。生まれつきの殻だと、昔から言われている」


 ギードが言った。


「なら、なぜ貴族様は悪魔を討てると言われている。貴族様の力には、殻を割る何かがあるのか」


 誰も答えなかった。


 フィールは腕を組んで、卓の木目を見ていた。


 弾き飛ばされた自分の剣を思い出していた。振り上がった爪。その間に飛び込んできた背中。


 硝子が砕けるような音。


 何も通らなかったはずの腕に、刻まれた傷。


 フィールは口を開きかけた。


 閉じた。


 ムーヴ様には、見たままを全部申し上げた。それで十分なはずだった。自分でも分からないことを、ここで言って何になる。


 それに、口にしてしまったら。


 あの人は、もうただの新入りではいられなくなる。


 そんな気がした。


 フィールは組んだ腕に、力を込めた。


「――古い話なら、あるがな」


 しばらくして、第三部隊の隊長が言った。


「神話だ。天使様が人の地へ降りてきて、たった一柱で悪魔を三体討ったという話がある。……本当なら、天使様には殻を上回る何かがあるということになる」


 フィールは顔を上げた。


 一柱で、三体。


 あの悪魔を。


「今も、どこかで天使様が悪魔と向き合ってくださっている、と思いたいものだ」


 第三部隊の隊長は、呟くように言った。


 王城で何が決まったのか。ムーヴが今どこで何をしているのか。それを知る手立ては、ここにいる誰にもなかった。


 話し合いは夜更けまで続いた。答えは出なかった。


 部屋を出る時、フィールは窓の外を見た。


 王城のある方角だった。


 ムーヴ様が、早く戻られますように。


 それから、もう一つだけ。


 あの人が、これ以上何かに巻き込まれませんように。


 フィールは誰にも聞こえないように、そう願った。

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