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三本勝負

「一番撃てるのはどいつだ」


 フレアは言った。国境の柱の前だった。

 街道の脇に、人の背丈ほどの岩が転がっていた。フレアはそれを顎で指した。


「あれを的にする。『移動』の従士は魔法を使うと聞いた。魔物の真似を、恥ずかしげもなく」


「恥ずかしくないわよ」


 ベルが荷台から飛び降りていた。フィールが止める間も、なかった。


「あんたこそ、その歳で偉そうね。いくつよ」


「十五だ。お前は」


「十六よ」


 フレアはベルを上から下まで見た。頭のてっぺんから、爪先まで。


「嘘をつけ。どう見ても十二だ」


「十六!! あんたより上なんだから!!」


 フレアは鼻で笑った。それから、岩に向き直った。


 左手を、上げた。


 指が、動いた。


 速かった。


 蓮は数えた。


 一。


 二。


 結んだ。


 ドンッ。


 火の玉が、岩の真ん中で弾けた。岩の表面が、黒く焦げた。


 二つ。


 ベルより、一つ速い。

 ゼノが六十年かけて越えられなかった三つを、十五のフレアが一つ縮めていた。


 フレアは手を下ろした。口の端が上がっていた。


「どうだ。この国で、俺より速く編める奴はいない」


 ベルは岩を見ていた。焦げ跡を。それから、フレアを。


「……速いわね」


 素直に、言った。フレアが少し意外そうな顔をした。


「あたしは、三つかかる」


「だろうな」


「でも」


 ベルは懐に手を入れた。黒い陣の埋まった、小さな石を出した。


 握った。


 ドンッ。


 数える間はなかった。握った時には、もう岩の焦げ跡が一つ増えていた。


 フレアの口が、開いた。


「……何だ、今のは」


「石よ」


「編んでいないぞ」


「編まなくていいの。握るだけ」


 フレアの顔がみるみる赤くなった。


「卑怯だ!!」


「何がよ」


「そんなものは、稽古じゃない!! 道具に頼って、何が魔法だ!!」


「悪魔は、二つも待ってくれないわよ」


 ベルは石を懐に戻した。


「でも、いいわ。編む速さは、あんたの勝ち。あたしは三つ、あんたは二つ。それは本当だもの」


 あっさりと、言った。

 フレアは拍子抜けした顔をした。勝ったのに、勝った気がしない顔だった。


「一本目は、フレア殿」


 フィールが言った。いつの間にか馬車を下りていた。胸の徽章に朝の光が当たっていた。


「三本勝負で、いかがですか。当主テルモ様の名代に、こちらの力をお見せするのは、名代同士の務めです」


 フレアはフィールの徽章を見た。目が少し細くなった。


「……いいだろう。二本目は、数だ」


 岩をもう一度指した。


「編んで撃つ。石は、なしだ。先に空になった方が負け」


「乗ったわ」


 ベルは袖をまくった。二人が、岩の前に並んだ。


 蓮は帳面を開いた。左に、フレア。右に、ベル。


 ドンッ。


 ドンッ。


 フレアが撃つ。ベルが撃つ。


 フレアの方が、一つずつ速かった。


 五発。


 十発。


 岩が、少しずつ欠けていった。


 十二発目で、フレアの額に汗が浮いた。


 十五発目で、指が震え始めた。


 それでも、編む速さは落ちなかった。


 二つ。


 二つ。


 十八発目。


 火の玉が、岩に届く前に、ふっと細くなった。


 フレアの膝が、揺れた。


 踏みとどまった。


 左手を、もう一度上げた。


 指が、動いた。


 輪が、閉じた。


 何も、来なかった。


 空だった。


「……十八」


 蓮は書いた。

 十八。人間の器としては、蓮が見た中で、ベルの次に大きかった。


 ベルはまだ撃っていた。十八発目。息は上がっていなかった。

 十九。

 二十。

 そこで手を下ろした。


「このくらいに、しとくわ」


「……まだ、撃てるのか」


 フレアの声が、かすれていた。


「撃てるわよ。でも、空にしたら、今夜悪魔が来た時に困るでしょ」


 フレアは自分の左手を見下ろした。震えていた。


「十八だ」


 呟いた。


「この国の従士で、十を越える奴はいない。俺は、生まれつき」


「生まれつきじゃないわよ」


 ベルは言った。


「あたしだって、最初は三発だったもの」


 フレアが顔を上げた。


「撃ってれば増えるの。毎日。空になるまで。あたしは二年やったわ」


「……増える?」


「増えるわよ。あんた、いつから撃ってるの」


「去年の秋からだ」


 フレアは言ってから、口をつぐんだ。言うつもりのなかったことを、言った顔だった。


「毎日?」


「……毎日だ」


「最初は、何発だった」


 フレアは答えなかった。答えなかったが、目が遠くを見ていた。

 思い出しているのだった。去年の秋。最初に岩の前に立った日に、何発撃てたのかを。


「……十一」


 小さな声だった。


「十一で、目が回った。……気のせいだと、思っていた。慣れただけだと」


「一年で、七つ」


 蓮は数えた。


「ベルより、伸びが速い」


「何ですって」


 ベルが蓮を睨んだ。


 フレアは蓮を見た。初めて、値踏みではない目で。


「去年の秋」


 フィールが静かに言った。


「炎氷の国の東の外れで、最初の村が消えた頃ですね」


 フレアの肩が強張った。答えなかった。

 それが答えだった。






 三本目は剣だった。フレアが自分で言い出した。まだ膝が揺れていたが、引かなかった。


「数える奴。お前が相手をしろ」


「俺ですか」


「一番弱そうだからだ」


 リアムが後ろで噴き出した。


 フレアは腰の剣を抜いた。細身の、よく手入れされた剣だった。

 構えはきれいだった。誰かにきちんと習った構えだった。


 蓮は稽古用の木剣を取った。


「真剣で来い」


「木剣で、いいです」


 フレアの眉が跳ね上がった。


「舐めているのか」


「舐めてません。当主の名代に、傷をつけたくないだけです」


 フレアは歯を噛み鳴らした。


 踏み込んできた。


 速かった。


 十五の体とは思えない、鋭い突きだった。


 蓮は半歩引いた。


 木剣の腹で、刃を逸らした。


 返す刀。


 それも、逸らした。


 右。左。下段。


 一つずつ、受けた。


 きれいな剣だった。


 型の通りで、型から一歩も出ない剣だった。


 一年前の蓮もこうだった。あの練習室で、木の枝に、全部逸らされた。


 フレアの剣が大きく振りかぶられた。


 その時。


 蓮は見た。


 フレアの左手が柄から離れていた。


 体の陰に、隠れていた。


 指が、動いていた。


 一。


 ――まず、手を見ること。


 あの人の声が、頭の奥でした。

 魔法を撃つ相手は、撃つ前に、手のひらを向ける。陣は、手のひらの先に生まれる。

 だから、手を見ていれば、撃つのか、撃たないのかが分かる。どこへ撃つのかも。


 二。


 フレアの左の手のひらが、体の陰から出た。


 蓮の胸へ、向いた。


 蓮はもう右へ踏み出していた。


 ドンッ。


 火の玉が、蓮のいた所を通り抜けた。


 後ろの砂が弾けた。


 フレアの目が見開かれた。


 撃ち終えた左手がまだ宙にあった。


 右手の剣は振りかぶったままだった。


 胸が、がら空きだった。


 蓮の木剣がその喉元に、ぴたりと止まった。


 フレアは動けなかった。


 二人ともしばらくそのままだった。


「……なぜ」


 フレアがかすれた声で言った。


「なぜ、避けられた。剣を振りかぶって、目を引いたはずだ。左手は、見えなかったはずだ」


「見てました」


 蓮は木剣を引いた。


「手のひらが、こっちを向いたので」


「剣と魔法を、同時に使う奴など、この国には俺しかいない。初めて見たはずだ」


「初めてです。いい手だと思います。悪魔には効きませんが、魔物なら、一頭は確実に落とせる」


 フレアは蓮を睨んだ。褒められているのか、馬鹿にされているのか、分からない顔だった。


「誰に習った。手を見ろと」


「イライザさんに」


 蓮は言った。


「『移動』の、先代の貴族付きです。相手が魔法を撃つか撃たないかは、手を見れば分かる、と」


 フレアの顔から、色が引いた。怒りでは、なかった。


「……エスクーダの」


「はい」


 フレアは剣を下ろした。鞘に納めた。指が少し震えていた。


「うちの当主を庇って死んだ貴族付きも、あそこにいた」


 低い声だった。


「俺に剣を教えた男だ。……あの日、俺は館に残された。継承候補は、戦場に出すなと。帰ってきたのは、当主と、外套だけだった」


 フレアはフィールの胸を見た。銀の徽章を。縁の、細い線を。


「それは、その貴族付きの印か」


「はい」


 フィールが答えた。


「お借りしています」


 フレアは長い間、徽章を見ていた。

 それから、七人の顔を、もう一度端から順に見た。さっきとは違う目だった。


「……二対一だ」


 ぶっきらぼうに言った。


「今日はな。編む速さは、俺の勝ちだ。それは、忘れるな」


「忘れないわよ」


 ベルが言った。


「あんたが二つで、あたしが三つ。帳面に書いてあるもの」


 蓮は頷いた。書いてあった。


 フレア。編む速さ、二つ。器、十八。去年の秋は、十一。

 剣と魔法を、同時に使う。


 その下に、もう一行。


 撃ち始めたのは、最初の村が消えた頃。


 フレアは柱の脇につないであった馬に跨った。


「館まで、馬で二日だ。ついてこい」


 馬の首を、南へ向けた。それから、振り返らずに付け足した。


「さっきの石。……あれは、従士でも握れば出るのか」


「器のある者なら」


 蓮は答えた。


「この国には、二つ届けに来ました」


「二つ」


 フレアは繰り返した。手綱を握る手に、力が入っていた。


「東の外れの村は、十一ある」


 それだけ言って、馬の腹を蹴った。

 馬車が後を追って動き出した。国境の柱を、越えた。


 その瞬間、蓮は気づいた。


 空気が変わっていた。

 砂漠の乾いた熱が、嘘のように引いていた。涼しかった。日は同じように照っているのに。


「この国じゃ」


 前を行くフレアが振り向きもせずに言った。


「暑さも寒さも、当主が決める。初代の頃から、ずっとだ」


 その声には、誇りと、別の何かが混じっていた。


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