報告という名の責務
「動ける者は名乗って!!」
フィールの声が、静まり返った森に響いた。
返ってくる声は少なかった。
蓮。フィール。ヴァイス。もう一人。
四つだった。
フィールは倒れている者のところへ走った。一人ずつ膝をついて、首筋に指を当てた。
一人目で、フィールの手が止まった。
すぐに次へ行った。
二人目。
三人目。
確かめるたびに、フィールの顔から色が抜けていった。
四人目の前で、フィールは膝をついたまま動かなくなった。
「……ダイン」
かすれた声だった。
「嘘、でしょう」
蓮は駆け寄った。
ダインは仰向けに倒れていた。目は開いたままだった。
日に焼けた頬。顎の無精髭。蓮の背中を遠慮なく叩いた手。
厚手の毛布を、寝台に放ってよこした手だった。
その手が、もう動かなかった。
蓮はダインの瞼を閉じた。
閉じてから、自分が何をしたのか分かった。
フィールは残りの者を確かめていった。
六人が、動かなかった。
五人は息があった。どれも深い傷だった。
十五人のうち、六人。
蓮は数えた。
数えて、もう一度数えた。
何度数えても、六人だった。
「……ヴァイス」
蓮は振り返った。
「大丈夫か」
「腕をやられた。……動く」
ヴァイスは右腕を抱えていた。顔が真っ青だった。それでも剣は手放していなかった。
息のある五人のうち、サンチェフの傷がいちばん深かった。腹から血が溢れて止まらなかった。目の焦点が合っていなかった。
「蓮、手伝って。サンチェフを横に」
フィールの声で、蓮は我に返った。
泣いている暇は、なかった。
フィールは懐から石を取り出した。淡い水色の光をたたえた、あの石だった。
「それ」
「あなたの肋に使った後、込め直してもらったの」
フィールはもう石をかざしていた。
「一人分しか入ってない。でも、迷ってる暇はないでしょう」
石が光った。
サンチェフの荒い息が、少しずつ落ち着いていった。
フィールはすぐに石を離して、脚を砕かれて呻いている隊員の上にかざした。
石の光が、一度、二度と明滅した。
三度目で、消えた。
フィールは灰色になった石を見下ろした。
サンチェフの腹の傷は、塞がりかけたところで止まっていた。もう一人の脚も、腫れが引いただけで、骨は繋がっていなかった。
一人分を、二人に分けたのだった。
「……もう、空か」
「空よ」
フィールは石を懐に戻した。
「回復の貴族様のところへ持っていけば、また込めてもらえる。……でも、今はもう何もできない」
ヴァイスの腕も、残る三人の傷も、蓮の脇腹も、布で縛るしかなかった。
「二人とも、すぐには死なないはず」
フィールは言った。
「でも、治りきってない。早く、ちゃんと手当てしないと」
六人は、森に置いていくしかなかった。
布で顔を覆って、木に目印の布を結んだ。後で回収の隊を出してもらう。今は、生きている者を運ぶのが先だった。
蓮はダインの顔に布をかけた。
かける前に、もう一度だけ見た。
枝と布で担架を二つ作って、サンチェフと脚の砕けた隊員を乗せた。動ける四人が交代で担いだ。残る三人は、互いに肩を貸し合って歩いた。
集落に着いたのは、空が白み始めた頃だった。
担ぎ込まれた怪我人を見て、村の者たちが飛び出してきた。フィールが次々に指示を出した。村長の家に、急いで寝床が作られた。
「水と、清潔な布を。ありったけ」
「わ、分かった。……あんたたちは」
「すぐに、貴族様のもとへ向かいます」
フィールは言った。
「これは、村の自警団や私たちだけでどうにかできる話じゃありません」
村長は何か言いかけて、黙った。
フィールの顔を見て、それ以上訊かなかった。
「ヴァイス。ここはあなたに任せる」
「……ああ。行け」
「蓮、行くわよ。馬を借りられるだけ借りて、街まで飛ばす」
「分かった」
脇腹の傷が疼いた。
蓮は村長から借りた馬に跨った。
馬を並べて走りながら、蓮は訊いた。
「あれは、何なんだ」
フィールはすぐには答えなかった。
馬の首の向こうを見ていた。
「……悪魔よ」
しばらくして、フィールは言った。
「本当なら、国の中に出るはずのないもの。どうして出たのかは、私にも分からない」
「何も効かなかった」
「効かないの。最初から」
フィールは手綱を握り直した。
「悪魔は、生まれつき見えない殻を纏ってるって言われてる。魔殻。貴族様の加護に似てるけど、別のものよ。剣も矢も、魔法も、今まで一度も通ったことがない」
蓮は手綱を握る自分の右手を見た。
一度も通ったことがない。
なのに。
フィールが、横目で蓮を見た。
口を開きかけた。
そのまま、前を向いた。
何も言わなかった。
「……また出くわしたら、どうすればいい」
蓮の方から、話を戻した。
「私たちには、どうにもできない」
フィールははっきり言った。
「悪魔が出たら、貴族様が出るしかないの。それも、お一人じゃ足りない。何人もの貴族様が揃って、やっと渡り合えるかどうか。……小隊一つで出くわして、生きて帰ってこられたのが、おかしいくらいなのよ」
フィールの声が、少しだけ震えた。
すぐに元に戻った。
「だから、すぐにお伝えしないといけない。私たちが黙ってていい話じゃない。貴族様同士の話になる。……もしかしたら、世界会議まで上がるかもしれない」
「五年に一度の、あれか」
「そう」
フィールは馬の腹を蹴った。
「急ぐわよ」
蓮も馬の腹を蹴った。
前を行くフィールの背中は、まっすぐだった。
一度も振り返らなかった。
森に置いてきた六人のことも、口にしなかった。
蓮も、口にしなかった。
口にしたら、馬を止めてしまいそうだった。
日が傾きかけた頃、街の城壁が、ようやく見えてきた。




