功を競う者
第二部隊に入って三月が過ぎた頃、初めて魔物を狩る任務が回ってきた。
街の北の森で、ホーンラビットの群れが増えすぎているという。このまま放っておけば、森の外の畑まで出てきて麦を荒らす。その前に数を減らしてこい、という任務だった。
「今日は、私の小隊がまるごと出るわ」
出立の朝、フィールは宿舎の広場で言った。
「狩るのは小物よ。でも、数が多い。……蓮、今日は見てるだけじゃ済まないわよ」
蓮は頷いた。
腰の剣が、いつもより重い気がした。
広場には小隊の十五人が揃っていた。ダインの顔があった。それから、まだ口をきいたことのない顔がいくつもあった。
その中の一人が、蓮を見ていた。
蓮と同じくらいの歳の男だった。目つきが鋭かった。剣の柄に手を置いたまま、上から下まで蓮を見た。
「お前が、例の新人か」
男は言った。
「養成所に一月半で、ゲイルを倒したっていう」
「……倒したっていうほどじゃない。ぎりぎりだった」
「ぎりぎりでも、倒したんだろう」
男は鼻で笑った。
「ヴァイスだ。お前より半年早く、ここに来た」
それだけ言って、背を向けた。
ダインが横から肩を寄せてきた。
「気にすんな。あいつは誰にでもああだ」
ダインは小声で言った。
「手柄が欲しいんだよ。手柄を立てりゃ、早く大きい任務を任される。あいつは誰より早く上に行きたいんだ」
ダインは少し笑った。
「お前が来てから、ずっとあの調子だぞ。追いつかれると思ってんだろ」
蓮はヴァイスの背中を見た。
背筋がまっすぐだった。剣の柄から手を離していなかった。
森の入口で、小隊は四つの班に分かれた。
蓮はフィールとダインと、ヴァイスと同じ班になった。
「一匹なら大したことない」
フィールは木々の奥を見ながら言った。
「でも群れになると、揃って突っ込んでくる。囲まれたら厄介よ。一匹ずつ、確実に。群れの真ん中には絶対に飛び込まないこと」
皆が頷いた。
森の奥で、何かが動いた。
一つではなかった。下草が揺れていた。あちこちで。
「来るぞ!!」
ダインが叫んだ。
茂みが弾けた。
額に鋭い角を生やした兎が、群れで飛び出してきた。
十匹。
二十匹。
まだ来る。
「散開!!」
班が散った。
ヴァイスが前に出た。
ザシュッ!
ザシュッ!!
一振りで一匹。突っ込んでくる角を半歩でかわして、すれ違いざまに斬る。足が止まらなかった。剣が止まらなかった。
速い、と蓮は思った。
蓮は自分の前の一匹を見た。
角が来た。
いなす。
脇腹が空いた。
斬る。
手応えがあった。
一匹。
右から次が来た。
いなす。
斬る。
二匹。
ガレンに叩き込まれた型が、考えるより先に体を動かしていた。
「蓮!! そっちの二匹、頼む!!」
ダインの声に、蓮は向きを変えた。
数が多かった。班全体が少しずつ押されていた。それでも群れは確実に減っていった。
どれだけ斬ったのか分からなくなった頃だった。
息が上がって、腕が重くなっていた。
蓮の前に、一匹だけ大きいのが出てきた。
ほかの倍はあった。額の角は、もう槍の穂先のようだった。
群れの主だった。
「蓮、下がって!! そいつは私が――」
フィールが叫んだ。
下がれなかった。
目を離したら、その瞬間に来る。主はもう、後脚に力を溜めていた。
主が地を蹴った。
ドッ!!
速い。
だが、見える。
ゲイルの剣を見た時と同じだった。
踏み込んだ後脚。
角の先が、わずかに右へ流れている。
蓮は左へ躱した。
角が耳元の空気を裂いた。
すれ違う、その一瞬。
がら空きの首筋へ。
ザンッ!!
剣を叩き込んだ。
巨体が、土煙を上げて倒れた。
蓮は剣を下ろした。
腕が震えていた。
見回すと、群れはもうほとんど倒れていた。森が静かになっていった。
「……やるじゃないか」
ヴァイスが言った。
肩で息をしていた。顔に返り血が一筋ついていた。
「お前も」
蓮は言った。
「一匹も、二度斬ってなかった」
ヴァイスは少しだけ目を見開いた。
「……数えてたのか」
「見えてた」
「当然だ」
ヴァイスはそっぽを向いた。
「何年やってると思ってる」
「半年だろ」
ダインが後ろで吹き出した。
ヴァイスが睨んだ。
蓮は腰の水筒を外して、ヴァイスに差し出した。
「……なんだ」
「喉、渇いてるだろ。俺も渇いてる。先に飲んでくれ」
養成所で、転がされるたびにミラが黙って押しつけてきた水筒だった。あれがどれだけありがたかったか、蓮は知っていた。
ヴァイスはしばらく水筒と蓮の顔を見比べていた。
それから、ふん、と鼻を鳴らして受け取った。一口だけ飲んで、突き返してきた。
「次は、俺の方が多く狩る」
「ああ」
蓮は水筒を受け取った。
「楽しみにしてる」
ヴァイスは何も言わなかった。
それでも、去り際に一度だけ振り返った。
「二人とも、よくやったわ」
フィールが剣を鞘に収めながら言った。
「小隊全体でも、上出来よ」
班の皆の肩から、少しずつ力が抜けていった。誰かが笑った。誰かが座り込んだ。
森を出たのは、日が傾き始めた頃だった。
フィールが小隊の皆を広場に並べて、一人ずつ顔を数えていった。
「十三。十四。……十五」
フィールは最後にダインの顔を見て、小さく頷いた。
「全員いるわね。帰るわよ」
ダインが大きく伸びをした。
「いやあ、今日は肉が食えるぞ。兎の肉だ」
「角兎の肉は固いって、前も言ってたじゃないですか」
「固くても肉は肉だ」
皆が笑った。
ヴァイスだけは笑わなかった。けれど、隊列の中で蓮のすぐ隣を歩いていた。
蓮は振り返って、夕日の中の小隊を見た。
十五人いた。
蓮は、その数を覚えておこうと思った。
理由はなかった。ただ、数えておきたかった。




