離れても、笑い合える
第二部隊に入って、ひと月が過ぎた。
荷を運んだ。街道を見回った。街の門の番を手伝った。どれも危なくない仕事で、どの仕事にもフィールかダインが必ずついてきた。
休みは十五日に一度だった。
その朝、蓮は宿舎の食堂でゆっくり粥をすすっていた。何もしなくていい朝は、こっちへ来て初めてだった。
「蓮、今日は何するんだ」
向かいにダインが盆を置いた。
「特に。街を歩くくらいです」
「なら、俺と――」
「蓮!! やっぱりここだ!!」
食堂の入口から声が飛んできた。
振り返ると、ロイが手を振っていた。その隣で、ミラが小さく片手を上げていた。
蓮は匙を置いて立ち上がった。
「お前ら、なんで」
「休みを合わせたんだよ。うちの隊長に三日がかりで頼み込んでさ」
ロイは蓮の肩を小突いた。
「お前んとこの宿舎で聞いて回ったら、この時間なら食堂だって。……な、言っただろミラ。こいつ休みの日でも早起きだって」
「言ってない。私が言った」
「言ったのは俺だ」
「私」
蓮は笑った。
ひと月ぶりだった。二人とも少し日に焼けていた。ロイの靴は泥で汚れていた。ミラの指には、弦で擦れた新しい胼胝ができていた。
「……元気そう」
ミラが言った。
「お前もな」
ダインが盆を持ったまま、三人を見比べていた。
「なんだ、蓮の知り合いか」
「養成所の同期です。ロイと、ミラ。今は第三部隊です」
紹介しながら、蓮はふと思い出した。
週末の飲み屋で、直哉に田村さんと佐伯を引き合わせた夜のことを。
ダインがにやりと笑った。
「よし。なら今日は俺も混ぜろ。新人の再会祝いだ。飯は俺が出す」
「まじっすか!!」
ロイが真っ先に声を上げた。
昼、四人は街の食堂の隅に陣取った。
ダインが本当に全員分を頼んだ。焼いた肉と豆の煮込みと、硬いパンが山ほど卓に並んだ。
「第三部隊はどうだ」
ダインが訊いた。
「歩いてばっかりです」
ロイは肉を頬張りながら言った。
「国境沿いを、毎日。最初の三日は足の裏が全部まめになりました。……でも慣れてくると、面白いんすよ。昨日あった獣の足跡が今日は違う向きになってるとか。どこの沢が干上がったとか」
「ロイは大げさ」
ミラが言った。
「でも、覚えることは多い。どこに谷があって、どこに何の巣があるか」
フィールが言っていた通りだった、と蓮は思った。
「そういや」
ロイが豆の皿に手を伸ばしながら言った。
「国境のずっと向こうの集落で、妙な話が出てるらしいっすよ。家畜が次々にやられてるって」
「魔物か」
ダインが言った。
「たぶん。けど、食い荒らされてねえんだと。死骸がそのまま転がってて、傷口がやけに綺麗だって。……俺らの持ち場よりずっと先だから、聞いた話ですけど」
ダインは少しだけ眉を寄せた。
それから肉を一切れ口に入れた。
「そういうのは、そのうちうちに回ってくる。調べるのは第二部隊の仕事だ」
ダインはそれ以上は言わなかった。
蓮もその時は、気に留めなかった。
「蓮の方はどうなんだよ」
ロイが言った。
「木を一本どかした」
「は?」
「初任務で。道に倒れてたから」
ダインが吹き出した。
「こいつ、俺にも同じこと言ったんだ。魔物の一匹も斬らずに、木をどかして帰ってきやがった」
ロイが卓を叩いて笑った。
ミラも肩を揺らしていた。
「フィールは」
ミラが訊いた。
「相変わらずか」
蓮は少し考えた。
「相変わらずだ。……新人の最初の任務には慣れた者がつく決まりだって言って、自分でついてきた。縄を、もう締まってるのに何回も締め直してた」
ロイがにやにやした。
「心配性じゃねえか」
「隊長はああいう人だ」
ダインが言った。
「この街で、あの歳で隊長を任されてるのは、隊長だけだぞ。……その代わり、一人も死なせたくねえって顔を、いつもしてる」
ダインは肉の残りを口に放り込んだ。
誰も、すぐには何も言わなかった。
「……離れても、友達」
ミラが言った。
豆の皿を見ていた。
「あの夜、言ったでしょ」
「ああ」
蓮は言った。
「本当だったな」
「当たり前」
ミラは素っ気なく言った。
それから豆の最後の一粒を、匙で蓮の皿に移した。
「おいおい、しんみりすんのは早えよ!!」
ロイがパンを振り回した。
「ダインさん、もう一皿いいっすか!!」
「お前、遠慮ってもんを知らねえのか」
「知りません!!」
ダインが笑って、店の者を呼んだ。
日が傾いて、四人は食堂を出た。
通りの角で、ロイとミラは第三部隊の宿舎の方へ曲がった。
「次の休みも合わせるからな!!」
ロイが振り返って叫んだ。
ミラは今度は振り返った。小さく手を振った。
蓮は手を振り返した。
二人の背中が見えなくなるまで、角に立っていた。
「いい連中だな」
隣でダインが言った。
「はい」
「お前、あいつらのことになると顔が変わるな」
「そうですか」
「そうだよ」
ダインは笑って、蓮の背中を叩いた。
「帰るぞ。明日からまた仕事だ」
蓮は頷いた。
宿舎への道を、ダインと並んで歩いた。
夕焼けの空の下で、ダインの影が蓮の影より少しだけ長かった。




