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三十羽

「違う違う。そこは山に折るんだって」


 宿屋の裏庭に子どもが三十人座り込んでいた。真ん中で、宿屋の息子が偉そうに腕を組んでいた。

 テオという名だった。蓮が一番初めに折り方を教えた、十歳の少年だった。


「兄ちゃん、こいつの鳥、羽が三枚ある」


「三枚でもいいよ」


 蓮は言った。


「よくない!! 鳥は二枚だ!!」


 羽が三枚の鳥を持った小さな女の子が、泣きそうな顔をしていた。

 蓮はその子の隣にしゃがんだ。紙を一度開いて、折り目をなぞってやった。


「ここを、こっちに」


 女の子の指が、おそるおそる紙を折った。羽が、二枚になった。

 女の子は鳥を両手で持ち上げた。泣きそうだった顔が、ぱっと笑った。


 裏庭は紙の鳥だらけになっていた。首の曲がった鳥。尾のない鳥。なぜか足のある鳥。三十羽で足りるはずが、とうに百を越えていた。


「兄ちゃん」


 テオが蓮の袖を引いた。


「メンタル様、喜ぶかな」


「喜ぶよ」


「去年さ、俺、いちばん前で聞いてたんだ。そしたらメンタル様が、俺の頭を撫でてくれた」


 テオは、自分の頭のてっぺんを得意げに叩いた。


「優しいんだぜ。手が、すげえ柔らかいんだ」


 蓮の指が、紙の上で止まった。


「……そうか」


「兄ちゃんも楽しみだろ? 巡回」


 蓮は少年の顔を見た。何の曇りもない目だった。


「ああ」


 蓮は言った。


「楽しみだ」


 嘘をつくのは、もう慣れていた。

 慣れたくは、なかった。






 巡回の二日前、白い封筒がまた届いた。キネシスが送った当日の段取りへの、返事だった。


 ――お心遣い、痛み入ります。

 ――子どもたちの鳥、楽しみにしております。

 ――三十羽とのこと。私の手は、二つしかございませんのに。

 ――エスピリを伴います。

 ――メンタル


 キネシスは三行目を二度読んだ。


「分かっている、と言っているな」


「はい」


 蓮は言った。


「分かった上で、受けると言っています」


「断る理由が、あの方にもないからだ」


 キネシスは、手紙を机に置いた。


「子どもの鳥を断る貴族はいない。……だが、次の手は考えてくる」


 蓮は頷いた。頷くしか、なかった。


 その夜、蓮はゼノの木の枠を小刀で切って、手のひらに収まる大きさに作り直した。白い紙を張り直して、灰色の粉を薄く撒いた。

 外套の下、腰の高さで持てば、隣の者にも見えない。


 届いていないのか。届いて、効かないのか。

 粉は、嘘をつかない。






 巡回の日。都の広場は朝から人で埋まっていた。

 何千人いるのか、蓮にも数えきれなかった。屋根の上にまで、人が鈴なりになっていた。誰もが笑っていた。祭りの朝の顔だった。


 広場の北の端に木の壇が組まれていた。壇の上にキネシス。その半歩後ろにギード。壇の下には、紙の鳥を胸に抱いた子どもが三十人、一列に並んでいた。先頭は、テオだった。


 蓮は広場の真ん中あたりにいた。前にも後ろにも、右にも左にも、人の肩があった。外套の下で、小さな枠を握っていた。


 日が、頭の真上に来た。


 壇の上の空気に、縦の線が一本引かれた。線が、開いた。

 門だった。


 広場がどっと沸いた。


 門の向こうから、白い衣の女が歩み出た。袖口で、小さな銀の飾りが揺れていた。

 メンタルだった。


 その後ろから、もう一人。

 若い娘だった。メンタルと同じ白い衣。細い体。色の薄い、長い髪。口元に、笑みを浮かべていた。

 娘は、広場の何千人を端から端まで見渡した。品物を見るような目だった。棚に並んだ玩具を、どれから手に取ろうか選んでいるような。


 エスピリ。

 蓮はその名を頭の中で確かめた。


 門が、閉じた。


 キネシスが一歩前に出た。五歩の間を空けて、止まった。右の拳を、左の胸に当てた。


「ようこそ、メンタル殿。『移動』の民が、お待ちしておりました」


「お招き、嬉しゅうございます。キネシス様」


 メンタルは微笑んだ。両手はまだ体の前で重ねられたままだった。

 その手が動くより先に、キネシスが壇の下へ手を伸べた。


「まずは、子どもたちから」


 テオが壇の階段を駆け上がった。転びそうになって、踏みとどまった。メンタルの前で、ぴんと背筋を伸ばした。


「メンタル様!! これ、伝書鳥!! 俺が折った!!」


 紙の鳥を、両手で突き出した。首が、少し曲がっていた。


「まあ」


 メンタルは膝を折った。テオと、同じ目の高さになった。白い両手が、紙の鳥をそっと包んで受け取った。


「上手に折れたのね。ありがとう」


 片方の手が、テオの頭を撫でた。テオは、耳まで赤くなった。

 広場から温かい笑い声が上がった。


 蓮は笑わなかった。笑っている顔だけを、作っていた。


 二人目。三人目。

 メンタルは、一人ずつ膝を折った。一人ずつ、両手で受け取った。一人ずつ、礼を言った。

 五羽。六羽。白い腕の中に、紙の鳥が積もっていった。


 十羽を越えた所で、メンタルは後ろを振り返った。エスピリが進み出て、メンタルの腕から鳥を受け取った。

 それでも、次の子が来た。その次の子も。


 十五羽。二十羽。

 メンタルの両手は、一度も空かなかった。キネシスは、五歩離れた所に立っていた。一度も、近づかなかった。


 蓮は頭の中で数えていた。


 二十五。


 二十六。


 このまま、三十まで行けば。


 その時だった。


 エスピリが、腕の中の鳥を一羽、指でつまみ上げていた。


 首の曲がった鳥だった。


 テオの鳥だった。


 エスピリは、それを顔の前にかざした。上から眺めた。下から覗いた。羽の折り目を、指先でそっとなぞった。


 口元の笑みが、少しだけ深くなった。


「ねえ、あなた」


 壇の端に下がっていたテオに、声をかけた。鈴を転がすような声だった。


「これ、面白い折り方ね。こんなの、どの国でも見たことがないわ」


 蓮の背中に冷たいものが走った。


「誰に、教わったの」


 テオは胸を張った。


「従士の兄ちゃん!!」


 広場の何千人に聞こえる声で、言った。


「数ばっかり数えてる、変な兄ちゃん!! 俺たち皆、その兄ちゃんに教わったんだ!!」


 笑い声が、また上がった。


 壇の上で、キネシスの肩が、ほんのわずかに強張った。


 メンタルは、二十八羽目を受け取った所だった。


 その手が、止まった。


 ゆっくりと、顔が上がった。


 白い顔が、広場の方を向いた。


 何千人の顔の上を、目が滑っていった。


 端から。


 一つずつ。


 蓮は動かなかった。


 力を抜いた。


 瞬きを、周りに合わせた。


 前の男の肩の陰で、ただの一人になった。


 目は、蓮の上を通り過ぎた。


 止まらなかった。


 止まらなかったように、見えた。


「まあ」


 メンタルは、微笑んだ。


「数を数える、従士の方」


 歌うような声だった。


「その方にも、後でお礼を申し上げなくてはね」


 二十九羽目。三十羽目。

 最後の女の子が、羽の二枚ある鳥を差し出した。メンタルは、それを受け取って立ち上がった。両腕に、紙の鳥を抱いたまま。


 メンタルが、広場に向き直った。


 何千人が、静まり返った。

 誰もが、待っていた顔だった。一年、この時を待っていた顔だった。


「皆様」


 メンタルは言った。


「今年も、お目にかかれて嬉しゅうございます」


 優しい声だった。まだ、口調は変わっていなかった。


 蓮は外套の下で、木の枠を握り直した。


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