この夏のメインイベントは
遊んでいる暇のない僕らにとって、作った「夏休みToDoリスト」なんてものは所詮「やりたいこと」――つまるところ「希望」に過ぎない。作った時点ですべてやろうと思っていたわけじゃないし、できるとも思っていなかった。それが僕と沙織の共通認識。
その上で海には行った。とても楽しかったし、それは日々の「頑張り」を支えるいいリフレッシュになったと思う。この夏休み中、こうしたリフレッシュは形を変えて何度もやっていくだろう。
例えばキャンプ。僕らはそれが大好きだ。川遊びなんかもいい。海とは違う、清涼感に溢れた体験ができる。地元民名産食べない問題、なんていうのをあえて逆手にとって、ぶどう狩りなんかも楽しいかもしれない。海に行ったように、遠出するのもありだ。
大前提、沙織と一緒に。僕は沙織が好きで、とても大切だから。
――そしてその前提の上、僕がこの夏のメインイベントに据えているものが、すぐ近くに控えている。
僕は定休日のセルジュに沙織と一緒に向かっていた。
「私ほとんど何もしてないんだけど、いいのかなー」
「沙織は最初からホール担当でしょ。僕も言うほど仕事ないし、なんなら、まだ味の確認もしてないけど」
「そこは私もあーやと一緒に味わって欲しいって気持ちわかるなー」
そう、いわゆる「お盆休み」に予定されている、セルジュの復刻ハヤシライス試食会である。
誤解を恐れずに言えば、沙織はおまけ。僕と店長が、僕と店長の為に催したイベント。それでも僕はそれをこの夏のメインイベントだと言い張るし、きっとそれを沙織は否定しないであろうことも知っている。
もちろん口に出したりはしないけれど、きっとそれは態度に現れてしまっていると思う。なんなら、沙織に看破されているだろうことも簡単に想像がつく。
「チラシはもう配り始めてるんだよね」
「うん。誰に配るか、みたいなのは店長と僕で相談して、厳選した」
「とりあえず綾瀬家一同は決定でしょ?」
「そりゃあそうだよ。あと衣縫家も。他にも色々、合わせて二十人弱くらいかな。全員来てくれれば、だけど」
「おー、それでも一度に店に入れると結構大所帯だよね」
それでも沙織は、本当に楽しそうに試食会の話をしてくれる。前向きに乗り気に、「一緒になって」くれていると感じる。
だからきっと、これも「僕らのイベント」なんだ。
「お店のレイアウトとかも昔から大きくは変えてないし、そもそも店長が町にいない時も掃除はしてたみたいだからきれいなままだし」
「じゃあ、本当に作って食べるだけって感じだ」
「そうだね。イベントというか、本当に町の寄り合いみたいな」
「でも、それもいいねー」
そもそもこの第一回試食会は、身内向けの懐古イベント。徹さんや沙織は、そもそものところ「上巾紡季」を知らない。それでもそこに参加してくれている真心を、当事者である僕らが疑うのも失礼な話だ。
セルジュに着いた僕らは、「CLOSED」の札をそのままに表の入り口から入り、テーブルに座ってコーヒーを飲む二人に挨拶をした。
「お疲れ。コーヒーは自分で淹れてくれよ」
「はい。沙織は座ってて」
「はーい」
僕はそのままカウンターに入り、近くのテーブルで会議を始める三人に意識だけを残し、二人分のコーヒーを淹れ始めた。
会議、とはいっても語ることは多くない。先に言った通り第一回は身内向けの寄り合い同然のものであり、ある意味チラシ作りがその本番だ。既に仕事は終わったようなもので、あとは店長の腕次第。
であれば当然語るべきは第二回のこと、と思っていたら、どうやら違うようだった。
「当時のことを思い返す、っていうコンセプトで色々考えてたんだが、やっぱり弾き語りは外せないと思ったんだよな」
「いいですね! じゃあ、当時の動画流すとかですか?」
「それももちろん考えた。なんてったって本人だし、そりゃあ見たいし聴きたいし。動画はあったんだよな? 綾人」
「ありましたよ。写真も結構たくさん」
あやに見せたあのファイルを、あとから何度か確認した。あやと一緒だったり一人でだったり、当時を懐かしめば色々と思うところもあるけれど。
「それは見たい。見る。が、今回はあえて外そうと思ってな」
「……その心は?」
にしても相変わらず会議における沙織の反応が良すぎる。前のめりになって話に食いついてくれるから、店長ときたら興が乗ってちょっと身振りまで大げさになってるくらいだ。
さておき店長の考えた弾き語りというのは、本人の動画でなければあとは限られる。なんだろうと考えてはみたけれど、考えてみれば考える必要もない、ごくごく当然の成り行きで――
「綾人にやってもらいたい」
「……いい! それはとてもあり!」
真っ先に反応したのは沙織。「おー」と控えめに手を叩く徹さんが、なぜかちょっとかわいく見えたというのは置いといて。
考えてみれば予想はできるこの提案を、僕は躍起になって否定するほど意欲がないわけじゃない。それじゃあ「やります」と即答するほど乗り気かと言われればそうでもなくて、ちょっと複雑だなぁというのが正直なところ。
だからこそ。
「やりますよ」
「おぉ、意外とあっさり」
「綾人も成長してるんですよ」
店長が沙織が、大切な人たちが望んでくれるなら、そんな複雑さなんて迷う理由にすらならない。
僕は淹れ終えたコーヒーをテーブルに運び並べると、沙織の隣に腰掛けた。
「ただレパートリーはお母さんほど多くないですよ」
「そこまでたくさん必要ないよ。ほんの二、三曲やってもらえれば十分」
「それなら、全然。選曲は、こっちで?」
「ああ、任せる」
あっさりと決まった、僕にとっての「重大事」。隣を見れば、コーヒーを飲んでホッと一息の沙織と目が合った。柔らかく微笑んで、「がんばれ」と唇を震わせる。
会議は進み、試食会の詳細が続々と決まっていく。前々から決めていたことも含めて、店長の手元のメモ帳もずいぶん空白がなくなってきた。
とはいえ沙織の言う通り、ただ作って食べる程度の簡素な試食会。お客さんといってもほぼほぼ身内のような人たちばかりで、細部を詰めるよりむしろ当時を思い出しては語り合うような、いわば「場の提供」が主題だ。まるで葬式のようだな、なんて場違いに考えたりもしたけれど。
さておきそんな試食会でメモ帳が埋まるなんてこともなく、その内容の大部分は第二回に関するものだ。
色々と手探りではあるけれど、概要はほぼまとまった。規模としてはやっぱりこじんまりとしたものだけど、どうやらセルジュのSNSアカウントにはそこそこの有名人がフォロワーとして存在しているらしく。
試食会への招待、という名目であちこちに「コラボ」を打診したところ、二人ほどのインフルエンサーが参加を承諾してくれたとか。
僕も沙織も、残念ながら知っている人ではなかったけれど。
「セルジュがまた賑わってしまう」
「いや沙織、ハヤシライス一つでそう変わらん」
「インフルエンサーとコラボすれば、注目を集めるでしょう!」
「まぁ、儲けられるなら儲けもんだけどな。綾人が町を出た後もバイト雇えるくらいになればいいな」
「おぅ……反論できない……」
それなりに常連ではある沙織は、セルジュが混み合うことに思うところはありそうだ。今でもそこそこの人気はあるつもりなんだけど、それでも順番待ちが常に発生するような「混雑」は大型連休以外にはなくて――
それでも、成功してくれたらと思う。
「まぁ、ひとまず第一回だ。綾人に弾き語りやってもらう分、沙織の負担は大きくなると思うが」
「いけます! あと綾人があーやと並んでハヤシライス食べてるところを写真に収めたいです!」
「ついでみたいに欲望を開示しないでほしいなぁ」
「私もそれは撮りたいな」
「店長まで何言ってるんですか……」
話が進めば進むほど、決めるべきことが決まるたび、少しずつテンションが上がっていく。だから妙なことを言っているのかなぁなんて苦笑いも漏れる。
あの日に帰れる――なんて、思ってるわけじゃない。お母さんは人気者で、セルジュの中心で、お母さんがいてこそのセルジュである、っていうくらいの「看板」だった。今のセルジュは、もうそういうお店ではなくなったし、それでいいと思っている。
けれどほんの少しでも、あの日を思ってそれを分かち合えるなら。
そして何よりも、ずっとずっと切望してきたものを味わえるなら。
僕らは以前よりずっと、歩きやすくなるような――そんな予感が、差し込む夕陽のように胸に滲むのだ。




