ふたり、通じ合う
理由は、と訊かれれば、「そろそろ男友達も」と答えるのが最も適当。
朱子君である理由は、連絡先を知っているのが彼くらいしかいないから。昔交換した人がまぁ、いないこともないけれど、とはいえ連絡するほどの関係性もなく。
加えて言えば、沙織とそうなったから、心に余裕が生まれたというのもある。それ以前から「とられる」とか大それたことを思っていたわけじゃないにしろ、例えば糸生コーチとの関係性に少しもやもやしたものを感じたこともあった。
怪訝そうな二人に対しての説明はそんなもの。伏せておいた事実としては、あやがいる分彼を誘いやすい、というものすごく打算的な考えがあったことも否定はしない。
案の定というとあんまりだろうか。朱子君は「まんまと」誘いに乗ってくれて、当日は五人で出かけることになった。
二人に解放され、寝る準備をすっかり整えた頃、電話があった。
「私だ」
「……うん」
「彼女から電話だぞ。もっと喜べ」
「いや、嬉しいんだけど。なんかテンション変?」
「そりゃー初めて彼氏ができたってんだから、変にもなるよ」
「まぁ、わかるけど」
かく言う僕も、今もって地に足がつかないような、浮ついているような。
あやとぐるみにずいぶん現実に戻された感はあったけど、こうして耳元から声を聴いていると、実感する。不思議と以前よりも、彼女の声を近く感じる。
朱子君参加の了承はもうとってあるから、用件らしい用件はない。けれど僕らは恋人同士で、用件がなくとも夜に電話するのに不自然はない――なんて事実にすら、その実感を強めてしまうんだから。
「まーもう遅いし、ちょっとだけね」
「うん。そういえばお父さんと、何か話した?」
「……うん。セルジュのこととか、色々ね」
ある意味で核心に迫る話題。けれど沙織は拒まない。
二人が二人とも思い合っていたなら、それは些細なすれ違いだ。わずかにでも軌道修正ができたのなら、後は時間の問題。それならもう、僕から言えることは何もない。
よかったね、という僕の言葉に、そうだね、と沙織は返した。
「僕も、沙織のおかげで、本当の意味であやと仲直りできたから」
「そっか。その上ハヤシライスもできそうだしね。さすが私」
「……そうだね」
「えー」
調子の変わらない彼女に、僕は心から安心する。茶化してみるけど、本当に感謝してるんだ。
「明日はみんなでお出かけだから、あんまりイチャイチャしないようにしようね」
「僕はまだ外でそういう感じは勇気出ないなぁ」
「えー。綾人、割と私が押せばやると思うなー」
「……否定はしないけど」
そういう沙織だから、僕は今日まで一緒にいられたと思う。距離感のしっかりした普通の女性だったなら、きっとこうはなっていなかった。
電話口の彼女の声は、はっきりとわかるくらいに浮かれている。「こんな僕と」なんて無粋なことを言うつもりはないけれど、それでも、どうしても「感謝」みたいな気持ちは隠しきれない。
きっと彼女にも伝わっているだろうと思う。それも含めて、受け入れてくれた。
「今更だけど沙織の声、いいよね」
「お、ほんと? うるさくない?」
「よく通るけど、うるさいと思ったことはないかな。元気出る」
「じゃーもっと電話増やしてもいいかなー。毎晩しよう」
「毎晩はやりすぎじゃないかなぁ」
実際のところ、付き合うって何したらいいんだろう、なんて疑問はある。なんと言っても経験のないことだし、それこそ知識としては漫画レベルでしかない。
とはいえ経験がないのは沙織も同じ。これから二人でと思えばそれも楽しみではある。
「あと二年弱、色々やりたいねー」
「そうだね。電話は、それからでもできるけど」
「あ、そだ。ビデオ通話にしよう」
「え、うん、いいけど」
僕はスマホを離してスタンドに立て、ビデオ通話の通知を受け入れた。画面に映る、胸元から上の沙織の姿。藍色のパジャマには白いラインが縁取るように走っていて、彼女の輪郭を引き締める。髪はサイドでゆったりとまとめて肩から前に垂らしていて――
以前のパジャマパーティーとは違う、本当の意味での「オフ」の沙織だ。
「初めて見る感じ」
「可愛いのも好きだけど、こういうほうが落ち着くよね」
「どっちも似合ってるけど、確かに「しっくり」って意味だとこっちかも」
「でしょ? 綾人のも似たようなやつ」
「まぁ、僕はなんにしてもシンプルなのばっかで」
「いいじゃん。似合ってるよ」
「そっか、ありがとう」
楽しそうにニコニコと笑う沙織に、僕も自然と笑みがこぼれる。
ビデオ通話、いいなぁ。そりゃあ実際に会って話すのが一番だけど、こうしてそれぞれが自宅で夜中に、というところに特別感がある。なんというか、彼女の私生活を覗き見ているような。
ベッドに座って、スマホを膝辺りに持って、煽るような視点で。彼女自身以外には壁くらいしか映っていないけど、それでもそれだけ想像できてしまう。
「そういえば、言えてなかった」
「うん?」
「僕も、好き、だよ」
「……おぉ」
沙織の「好きだよ」に「僕も」と答えたんだから、言ったようなものではあるけれど。それでもどうしてか今、その言葉をはっきり言いたくなった。
目を丸くする沙織は、やがて柔らかく微笑んだ。見惚れてしまうくらいに優しい笑顔だった。
「綾人で、よかった」
翌日、駅前に集合した五人で電車に乗り込んだ。
部活で一緒とはいえ、プライベートで遊びに行くのはほとんど初めてらしい。朱子君は僕が見てもわかるくらいに緊張していて、そんな彼をいじる「部の先輩方」が実に楽しそうだ。
たった一年、されど一年。「先輩」って、なんでか緊張するよなぁ。
電車に五人で、ともなるとそれなりの大所帯だ。座るか立つかで少し話したけど、「俺、立ちますよ」という朱子君の提案に乗っかる形でクロスシートを二列使って二手に分かれた。窓際の沙織、隣の僕。その前の席には同じくあやとぐるみが。前の二人の背もたれにつかまって、朱子君は雑談に参加していた。
「え、付き合い始めた? っすか?」
「そ。昨日から」
「……早くないすか?」
「いいか後輩、こういうのは時間じゃないんだ」
そもそも「好き」という気持ちを抱く時間としては、朱子君も人のことは言えないと思う。
「沙織は視野狭いからなー。そっちしか見ねーでやんの」
「失礼な」
「りょーちゃんもちょろいから」
「失礼な」
ぐるみから出てくるとは思わなかった言葉に、思わず沙織と同じ抗議が口をつく。それを笑う三人に、僕ら二人もまた笑う。
絶好のテニス日和、車窓からは眩しいくらいの日光が注ぎ車内を白く染め上げる。少し冷えるくらいに空調の効いた中、沙織がそっと肩を寄せてきた。
「ガチで付き合ってるんすね」
「寒い時にくっつける。特権」
「わたしだってできるしぃ」
「ぐるみ、重い」
「失礼な」
背もたれで見えないけれど容易に想像できる、あやにもたれかかるぐるみの姿。身長差があるから、あやの負担がどうしても大きくなるんだよなぁ。
でも嫌がってはいない。まんざらでもない顔をしたあやの顔が目に浮かぶようだ。
「そういえば今日何面とってあるんすか?」
「一面だねー。というか二面は無理だよ」
「っすよねー。まぁ、このメンツなら今日の主役は綾人先輩っすよね」
「おー。けど朱子ももっと上手くなれよ、でけーんだから」
「でけーの関係ありますかね……」
「ありまくりだろーが」
小さなあやは、スポーツにおいて損をすることの方が多い。テニスにおいても例外ではないらしく、沙織曰くトップレベルのプロともなれば高身長で埋め尽くされるほどだとか。それにだってもちろん例外はあるけれど、それもあくまで例外だ。
とはいえまだまだ初心者の朱子君は、この三人の誰にも勝てない。誰よりも大きいのに。
わかる気はする。ジャンルを問わず、自分より上手い人を見ると、本当にこの人に追いつけるのかと不安に思う。何しろ自分が追い付こうと走ったところで、先を行く彼らもまた走っているんだから。
「まぁ、しっかり考えて練習することだね。私は今日綾人に付きっ切りだから、あーやかぐるみを頼るといいよ」
「最初のうちはそんな感じで分かれるか。ぐるみ、こいつの根性叩き直すぞ」
「おぉー。覚悟しとけよぉ」
「……っす、がんばります」
意図したか否かは別として、なんというか、いい形に落ち着いた。
追いつけるかどうかはおいといて、結局のところ「やるしかない」のが現実だ。何より今日はあくまで「遊び」で、楽しむことが大前提。
素直な朱子君は、そんな「しごき宣言」を受けて、嬉しそうな笑みを浮かべていた。




