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 馬車は五台、本当に小規模な座だ。雨風をしのぐには心もとないと身を寄せてきたのだろう。小鳥が寄り添いあって嵐をやりすごすように、馬車を寄せ合ってすごすほうが安全なのだ。

 全ての馬車を一箇所にまとめ、特に小さな馬車の者は大きな馬車に宿を借りて一夜を過ごすこととなった。美也子たちの馬車にも、二人の男が泊まることとなった。そのうちの一人は、醜怪種であった。

 こちらへ来てから初めて見る醜怪種だ。それは中年を過ぎようかという年頃の男で、顔に大きな傷があった。

「へえ、醜怪種とは、珍しいな」

 先に驚きの声をあげたのは、その男のほうだ。美也子はといえば、鼓膜に沁みる、懐かしい声に戸惑っていた。

(お父さん?)

 そんなはずがない。美也子は確かに記憶している。棺桶の中で白菊に囲まれた、きれいで、安らかな父の死に顔を。もっとも、死に化粧のおかげなのだ。父は通勤途中でバイクごとトラックに突っ込み、即死だったのだから。傷など気取らせないように、出棺の直前まで棺の小窓は閉じられたままであった。

 それでも、あの化粧の下に隠された傷は、もしかしたら、こんな形だったのではないだろうかと、美也子はぼんやりとその男の顔を眺める。人相を隠すほどの大きな傷だ。

 まず、鼻の中ほどから唇までを切り裂いた痕。手当てが悪かったのか右と左が小さくずれて癒着し、段差になっている。左目の横にも幾分小さい傷跡。こちらは継ぎ目こそきれいだが、引き攣れて癒えない負傷の標は、それがいかに深いものであったかを物語っていた。

「俺の顔が恐ろしいかい?」

 傷の左右を緩めて笑う男の言葉に、美也子は首を振る。やはり父なのかも知れない、とも思う。

 だから小さな声で、美也子は聞いた。

「あの……異界の方ですか?」

 男は一瞬、きょとんと目を見開き、それからすぐに笑い出す。

「異界人だって、こんな恐ろしい顔をしちゃいないだろうさ」

「本当に、こっちの人?」

「ちょっと記憶を飛ばしちゃあいるが、異界人なんて怪しいモンじゃねえよ」

 強くなり始めた風が馬車を揺らす。大粒の雨がばたばたと屋根を叩く不穏な音。こんなに心細いときに限って、ギャロはそばに居ない。

「記憶を、飛ばした?」

「ああ、俺はこの大怪我を負った状態で拾われてな、その前後の記憶があいまいなんだ」

「じゃあ、異界人かも知れないじゃない」

「ところが、覚えてるんだよ。俺には大事な家族が居て、幸せに暮らしていたんだ」

 左目の横の傷跡が、ひどく優しい形に引き攣れる。

「きれいな醜怪種の女房と、えらく可愛い女の子でな。どこかの集落に、小さな家を持って、ささやか過ぎる幸せに満たされて暮らして居た……」

 だが、そのやさしさとは裏腹に、男の瞳は悲しみに満ちていた。

「ところが、その家がどこにあるのかをすっかり忘れちまってな、こうして旅暮らしをしながら、俺は自分の帰る家を探しているんだ」

 ああ、奇妙な一致がいくつもある。だとしたらここは、死後の世界なのだろうか。自分の本当の肉体はあちらの世界では抜け殻となり、とっくに焼かれて、墓の下に入れられているのかもしれない。


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