8 アンダーソンの店
一通り買い物を終えた私とサミーは、アルバンに連れられて杖が売られている店に向かった。
最後に行ったのは、杖の店――「アンダーソンの店」だった。
杖というのは魔法使いの必需品で、これがないとまず魔法は打てないらしい。
アンダーソンの店というのは、エリシア歴が始まる前から続く老舗で――エリシア魔法界では「杖といえばアンダーソン」と呼ばれる程のブランドだとか。
そのため、私はたいそう豪華な店を想像していたのだが――実際には、随分とみすぼらしい店だった。
ボロボロの扉に、剥がれかかった金色の文字で「アンダーソンの店」と書かれている。
そのそばにはショーウィンドウがあったが、そこにはホコリまみれなクッションの上に、長い杖が一本置かれているだけだった。
アルバンは劣化した扉を壊さないよう、慎重に扉を開ける。
それと同時に、店の奥でベルが鳴り響いたのが聞こえた。
「凄い。これ全部杖?」
サミーは、店内を眺めながら呟いた。
カウンターの向こうには、杖が収められているのであろう細長い箱が、天井まで所狭しと積み上げられている。
「いらっしゃいませ」
まるで店内から染み出したかのような、優しい声が後ろからした。
驚いて後ろを振り向くと、そこには水晶玉のような大きな瞳をした老人が、優しげな笑みを浮かべ立っていた。
「お待ちしておりましたよ、サミー・カールトンさん。あなたは実に、お母さんに似た瞳をしておる――あの子がこの店にやってきて、最初の杖を買っていったのが、つい昨日のことのようじゃ」
彼は過去を懐かしむように、しばらく目をつむった。
どうやら、この人が店主のアンダーソンのようだ。
アンダーソンはサミーと握手を交わすと、私の方へと向いた。
「お嬢さんは初めてのお客さんだね。今年からハルフォードかな?」
「はい、そうです」
その後もアンダーソンはアルバンと挨拶を交わし、その流れでサミーの杖を探し始める。
杖選びは杖と魔法使いの相性で決めるらしく、アンダーソンは何度もサミーの手に杖を持たせては、取り上げてを繰り返していた。
「難しい客じゃの……なに、心配なさるな。必ずぴったり合う杖をお探ししますでな。そうじゃの……いや、そんなまさか」
アンダーソンは神妙な面持ちで一本の杖を取り出すと、サミーに持たせる。
その途端、魔法のことは何もわからない私にも感じ取れるほど、サミーの指先に魔力が集まるのがわかった。
サミーは勢いの向くまま、杖を上に振り上げる。
次の瞬間、杖の先から赤と金の花火のような火花が飛び出し――店の中を、スポーツカーのように飛び回った。
「素晴らしい。いや、よかったよかった。でも、不思議なこともあるものじゃ……」
アンダーソンはサミーの持っている杖を箱に戻して、茶色の紙で包みながら言った。
「あのぉ――何がそんなに不思議なんですか」サミーが尋ねた。
「カールトンさん。ワシは自分で売った杖を、全て覚えておる。貴方のご両親のも、そこにいるアルバンのも、それに、「あの閣下」の杖もじゃ」
「あの閣下」――私はその人物の名前は聞いたことがなかったが、大体想像はついた。
きっとサミーが赤子の頃、撃退した闇の魔法使いのことを指しているのだろう。
「この杖に使われている羽根と、同じドラゴンの骨で作られた杖が、この世にもう一本だけ存在しておる――たった一本だけじゃが。こういう杖のことを兄弟杖というのだが、不思議じゃ……なんと、その兄弟杖がその傷を負わせたというに……」
そういってアンダーソンは、サミーの顔をじっと見る。
サミーは大きく身震いすると、不安そうに視線を泳がせた。
「貴方はきっと偉大な魔法使いになる。さて、次はお嬢ちゃんじゃ」
アンダーソンはサミーから杖の料金を受け取ると、今度は私の方へと向く。
「利き手はどちらかね?」
「左利きです」
私はそう言い、左腕を突き出した。
アンダーソンは私の左腕のあちこちの寸法を測りながら、時折メモを取っていく。
「ふむ、これなんてどうじゃろう」
アンダーソンは机に置かれた杖を手に取ると、私へと手渡す。
私は渡された杖を手に取るが、アンダーソンはすぐに取り上げてしまった。
「次はこれじゃ」
またしても私が杖に触った途端、アンダーソンは取り上げてしまう。
「ふむ、どうも並の杖とは相性が悪いようじゃ。どうしたものか……」
アンダーソンは、困ったように頭を掻く。
そして少し悩んだのち、何かを思い出したかのように店の奥へと駆けて行った。
▽ ▽ ▽
しばらくして、アンダーソンは少し埃だらけになりながら帰ってきた。
手にはいかにも古そうで、そして上品な箱を持っていた。
埃の積もった箱の中には、赤く光沢のある杖が一本収められていた。
「振ってみなされ」
アンダーソンは丁寧に箱から杖を取り出すと、私に渡してくる。
その杖を受け取った瞬間、何か冷たいものが背筋に走るのを感じる。
魔力というものを意識したことがない私だが、今ならわかる。
杖を中心として――力の渦のようなものが、私の体を這いずり回っているような感覚がした。
「その杖は先々代が吸血鬼との戯れの一環で作った杖じゃ。普通、杖の芯材に吸血鬼の髪を使うことはない。込められている魔力自体は最高のものと言えるんじゃが、殆どの魔法使いと相性の悪い杖になってしまう――おぉ」
私はアンダーソンの話も聞かず、適当に杖を振ってみる。
すると杖の先から氷の結晶のようなものが飛び出し、空中で弾けて店の中に降り注いだ。
「――どうやらお嬢さんとは非常に相性が良いようじゃ。お嬢さん、名前は?」
「エリカ・ホワイトです」
「ホワイトさん。きっとその杖は貴方の良い相棒となるでしょう」
アンダーソンは古びた箱を魔法で新品同様にすると、私から杖を受け取って中に仕舞う。
そしてサミーの杖と同じように茶色の紙で包装した。
私は杖の代金をアンダーソンに払い、3人で店を出た。
アンダーソンの店を出て、そのままサミュエル横丁を歩いて最初の酒場へ戻る。
サミーはアンダーソンに言われたことをまだ考えているようで、あまり表情が明るくなかった。
「大丈夫か? なんだか随分静かだが」
アルバンは、酒場を通り抜けながらサミーに聞く。
サミーは言葉に迷っているようだったが、やがて小さく口を開いた。
「みんな、僕のことを特別だと思ってる」
日の暮れたランドールの町を歩きながら、サミーは続けた。
「カエデ市長のみんな、クインティル先生、アンダーソンさんも……でも、僕魔法のことは何も知らないし、当時のことなんてなんにも覚えてない。なのに、なんでみんな僕に偉大な何かを期待してるんだ?」
アルバンは、そんなサミーの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でた。
「心配せんでもええ。すぐに魔法界での生活にも慣れるさ。それにハルフォードでみんな一から学ぶんだ。そりゃ大変なのはよくわかる。おまえさんは選ばれたんだ。だがな、ハルフォードは楽しいところだ。ありのままでいい」
なるほど、サミーがアルバンを慕う理由が分かった気がした。
そのままランドールの町を歩いていき、私の暮らす孤児院までたどり着く。
アルバンは手に持っていた私の荷物を降ろすと、懐から封筒を一つ取り出した。
「ハルフォード行きの切符だ」
私が中身を確認する前に、アルバンはそう言った。
「九月一日、プリンセス・ソフィア駅発――まあ、切符に全部書いてある」
「ここまでありがとうございました」
私はアルバンに対し、深々と頭を下げた。
「なに、これも仕事のうちだ。次会う時はハルフォードだな」
私はある板と握手を交わすと、隣にいるサミーの方を見る。
「じゃあねサミー。長い付き合いになりそう」
「うん、これからよろしく」
私はサミーとも握手を交わし、その場で二人を見送る。
二人の姿が見えなくなると、大きな荷物から順番に自分の部屋へと運び始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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