9 プリンセス・ソフィア駅
あれから1ヶ月。
ついにハルフォードへ向かう日がやってきた。
私はいつも通りに皆で朝食を取り、身支度を済ませる。
「エリカおねえちゃんもういっちゃうの?」
「向こうの学校でも元気でね」
ちびっ子たちは寂しそうな声で、口々に私に声をかけてくる。
アイリスの家では私は「北の大地にある全寮制の学校」に入学するということだけが広まっており、魔法学校へ入学するということは院長――クーパーしか知らなかった。
「ええ、行ってくるわ。みんな元気でね」
私は子供たちに手伝ってもらい、クーパーの車に荷物を積み込んだ。
それから私は、ゆったりとした後部座席に乗り込む。
クーパーは車のエンジンを始動させ、アクセルを踏みこんだ。
アイリスの家からプリンセス・ソフィア駅まではそう遠くはない。
なんなら、歩いても一時間かからないぐらいだ。
「それにしても、エリカが魔法使いだったとは」
今年で70になろうかというクーパーは、チラリと私の方を見て言った。
「ええ――私もびっくりです」
私は姿勢を正し、クーパーにそういった。
「これでも多くの子供たちを見てきたんだが、過去にもいたんだよ。魔法が使える子がね」
意外な告白に、私は驚いた。
「大体50年ぐらい前だったかなぁ――とっても優秀な子でね。ハルフォードを卒業したっきり、音信不通になってしまったが……」
私の前にも、アイリスの家に魔法使いがいたとは初耳だ。
まぁ、こんな時じゃないと言えない話ではあるだろうが。
「彼はハルフォードにいく前から魔法を使えたらしいが、エリカはどうなんだい? 私は君が魔法を使っているところなど、一度も見たことがないが」
確かに、私は「人にバレる形で」時間停止を使ったことはない。
かといって、他に超能力があるかといえば――別に、そんなことはなかった。
「いや――私は、別に……」
「じゃあ、なにか不思議なことはあったりしたかい? 物の大きさが変わったりとか、気づいたら知らないとこにいたとか」
クーパーは興味津々といった様子で尋ねる。
「うーん……あったような、なかったような……」
クーパーにはそう言ったものの、実のところ時間停止以外で魔法らしい力を使ったことなどなかった。
しいて言えばサミュエル横丁にいったとき、杖先から氷の結晶のようなものが出たのが最初だろうか。
「ちなみに、その魔法使いの名前は覚えていますか?」
気になって尋ねると、クーパーはなんてこともないように答えた。
「ああ、ディーンという男の子だよ。珍しい名前じゃない」
確かに。
ディーンなら、私のクラスにも一人はいた名前だ。
その後も院長と他愛ない話をしていると、車はプリンセス・ソフィア駅へと到着した。
クーパーと私は車のトランクから手押しカートに荷物を詰め替え、終わったところで別れることになった。
「きっと楽しいことになる。楽しんでおいで」
クーパーはそういうと、もと来た車で走り去って行く。
一人残された私は、構内へと入っていった――
▽ ▽ ▽
あまり駅に来たことはなかったが、電車の乗り方ぐらいは一般常識として知っていた。
私はアルバンからもらった封筒を取り出すと、中の切符を確認した。
「ハルフォード特急 フォードタウン行き 9.5番線 11時発」
プリンセス・ソフィア駅の地理はわからないが、少数のホームなどあるわけない。
しかし、ハルフォードは隠されてるんだ。
こんな一般人であふれるところに、秘密の学校行きの列車を作るとなれば――それこそ、秘密のホームの一つや2つ必要だろう。
それこそ、少数のホームみたいな。
私はカートを押しながら、駅の構内を歩いた。
「この駅、9番線と10番線が同じなのね――となると、9.5番線はこのあたりかしら?」
私は独り言をいいながら、9番線と10番線の共同ホームへと入っていく。
すると、見覚えのある後ろ姿が見えてきた。
「そーれ、ついたぞ小僧。よく見ろ、あっちが9番線、こっちが10番線。お前が行きたいプラットホームはその中間らしいが、どうやらまだできていないようだな?」
その後姿はサミーだった。
その横では――小太りの男性が、顔をにたつかせて彼を見ている。
「せいぜい新学期を楽しめよ」
男性はまるで薄っぺらい悪役のような大笑いを放つと、人混みの中へ消えていく。
一人残されたサミーは、どうしていいかわからないといった様子で頭を抱えていた。
「サミー、どうしたの?」
私はそう言って、彼の肩をポンと叩く。
サミーは大げさなほど飛び上がって振り向くと、私の顔を見て途端に笑顔になった。
「エリカ! 君に会えてよかった!」
「口説き文句としては三点ね」
私は嬉しがるサミーを、ゆっくりたしなめる。
テンションが落ち着いたところで、彼は言った。
「それよりエリカ、これなんだけど……」
サミーはそう言って、ポケットから同じデザインの切符を取り出した。
「9.5番線って……どこにあると思う? この通り、9番線と10番線しかないんだけど……」
サミーは上の電光掲示板を指差す。
そこには「9」と「10」しか書かれておらず、9.5番線という表記はどこにもなかった。
「私もこの駅には詳しくないのだけど……あっ」
私後ろから近づいてくる私たちと同じようなカートを押した集団を目で指す。
彼らは黒いローブを着て、果にはフクロウまで連れた赤毛の集団だった。
こんなの、魔法使いじゃなかったらなんというんだ。
「――彼らに聞いてみるのはどう?」
「そうだね」
私とサミーは、横を通り過ぎた集団の後ろについてプラットホームを進んでいく。
しばらく進んだところで、魔法使いであろう集団は立ち止まった。
「ママ、私も行きたい……」
一人の女の子が半べそをかき、恰幅のいい母親に抱きつく。
「ジェニー、あなたはまだちっちゃいからね、我慢してね」
母親がその子をなだめ、その間に一番背の高い少年に指示を飛ばす。
「パーシー、先に行ってて」
「わかった」
少年は背筋を伸ばしたまま、プラットホームの真ん中に建てられている柱に向かってカートを押していく。
激突する――と思ったが、少年は柱の中に消えていった。
――なるほど。
どうやら、この柱が「9.5番線」へ行く鍵のようだ。
しかし、むやみに突っ込んで、壁に激突する気にはなれない。
そう考えた私は、女性に尋ねることにした。
「すみませ――」
「あら、貴方たちもハルフォード? うちのローウェもそうなのよ」
これは自分語りになりそうだったので、単刀直入で質問することにした。
「いや、それより――9.5番線には、どのようにしていけばいいんですか?」
尋ねると、女性は微笑みながら答えた。
「ああ――簡単よ。あの柱に向かって、まっすぐ歩くだけ。怖いなら、少し走るといいわよ」
驚きのあまり、オレは言葉を失った。
私は合言葉とか、杖を使うとか――具体的な方法こそ思いつかなかったとはいえ、なんとなく頭を使うものだと思っていた。
「柱に突っ込む」なんて原始的な方法は、全く持って思いつかなかったのだ。
私は、サミーと顔を見合わせる。
どっちが先に行くか――サミーの目は、そう語っていた。
「れ、レディーファーストってことにはできないかな?」
「都合のいい用法だわね――まぁ、いいけど」
私はそういうと、カートを柱に向ける。
そのまま足を踏み出し、柱に向け突進した――
ここまでお読みいただきありがとうございました。
面白いと思ってくださりましたら、ブックマークと星5つでの評価をお願いします




