5 セルリア銀行
「さて、何を買うにしても――まずはお金を取ってこんとな」
アルバンが先導となり、その後ろを私とサミーが追いかける。
立ち並ぶ店には今まで見たこともないようなものが売られており、大鍋に始まり箒やフクロウ、蝙蝠の脾臓など、ここが今までの世界とは全く違う常識で成り立っているのだということが分かった。
「セルリア銀行だ」
しばらくサミュエル横丁を歩いていると、アルバンが不意に立ち止まる。
私はアルバンの背中にぶつかりそうになるが、何とか踏みとどまった。
「セルリア銀行?」
私はアルバンの陰から抜け、建物の全体を見る。
周りの店と比べてひときわ高くそびえる白い建物に、ピカピカに磨かれた銅製の扉が備え付けられていた。
「世界一安全な銀行だ。ここから盗もうなんて狂気の沙汰だわい」
アルバンが扉に近づくと、扉の横に待機していたゴブリンのようなものが恭しく扉を開ける。
おとぎ話に出てくる化け物のようだが、真紅と金色のきっちりとした制服を着ているあたり、正式な銀行員なのだろう。
「子鬼だ」
アルバンが囁いた。
「礼儀さえあれば問題ないが、できればトラブルを起こしたくない奴らだ」
扉を抜けた先は広々とした大理石のホールだった。
どこを見回しても多数のゴブリンが忙しなく仕事をしており、帳簿に何かを書き込んだり、秤でコインの重さを量ったりしている。
「さて」
アルバンは私とサミーのほうに向きなおった。
「ここでちょいと二手に分かれるぞ。まずエリカ、おまえさんは向こうのカウンターに行ってマーリン基金の手続きと一時金、帳簿を受け取ってくるんだ。なに、礼儀正しくしとけば後は向こうが勝手にやってくれる。おいらとサミーは金庫のほうに用がある。エリカが手続きしている間にちゃちゃっと行ってくるから心配せんでいい」
アルバンはそう言って長細いカウンターの一つを指さす。
確かにそのカウンターには「マーリン基金 受付」と書かれた札が置かれていた。
「待ち合わせ場所を決めとこう。どっちかが先に用を済ませたら扉の横で集合だ」
アルバンはそう言うと、サミーを連れてずんずんとカウンターの方へと行ってしまった。
一人残された私は、恐る恐る受付にいるゴブリンに話しかける。
「あのぅ……マーリン基金の受付に来たんですけど……」
ゴブリンはキラキラした目で私を観察した後、かしこまった口調で話し始める。
「どうぞお掛けください。事前申し込みはお済ですか?」
事前申し込み。
そんな話は聞いていないが、アリシアのあの言いぶりからして、きっと既に申し込まれているだろう。
「エリカ・ホワイトです」
「ホワイトさんホワイトさん……エリカ・ホワイトさんですね。それでは、こちらの用紙に必要事項のご記入を」
ゴブリンはそう言って私の前に一枚の羊皮紙と羽ペンを差し出す。
私はその用紙に書かれている通りに、名前、住所、体の特徴などを記入していった。
「ではこちらでお預かりします。これからマーリン基金の説明を致しますが、よろしいですか?」
何がよろしいのかよくわからないが、説明を聞かないわけにもいかない。
私は小さく頷いた。
「マーリン基金とは、魔法使いマーリンが身寄りのない子供のために設立したものです。貴方がハルフォードを卒業するまでの七年間、就学に必要なお金はマーリン基金から支払われます。貴方は事前に一年分の金貨を受け取り、使った分だけこちらの帳簿にご記入ください」
そう言ってゴブリンは金貨の入った小袋と、一冊の帳簿を取り出す。
「金貨の補充と帳簿の点検のために、年に一度はセルランドへお越しください。もっとも、一年より早く金貨を使い切ってしまった場合でも、こちらに来てくだされば金貨の補充は致します。もちろん、帳簿の方も確認致しますので、不要な買い物は控えるように」
私はカウンターに置かれた帳簿をぺらりとめくる。
なんてことはない、普通の帳簿だ。
「金貨や帳簿に魔法は掛けられておりませんので、不正しようと思えばいくらでも不正できるでしょう。ですが、このマーリン基金は寄付で成り立っている慈善事業です。それをしっかりと自覚して、お金は使うように」
私の内心を見透かすように、ゴブリンが言う。
だがすぐに目元を緩め、ゴブリンは付け加えた。
「最後に、お菓子などの嗜好品やちょっとした娯楽品は就学に必要なものと定めてあります。それでは、良い学校生活を」
ゴブリンは帳簿と金貨の入った小袋を私の方へと押しやると、さっさと仕事に戻ってしまう。
「ありがとうございました」
私がお礼を言うと、ゴブリンは羽ペンを持っている手を小さく上げて返事を返してくれる。
私は帳簿と金貨の入った小袋をポケットに仕舞ってカウンターを離れた。
▽ ▽ ▽
私はカウンターの傍にあった「魔法界のお金について」というパンフレットを受け取り、待ち合わせである大扉の横に移動した。
カエデ市長のことからしてすぐ来るとは思えなかったが、私の力はあいにく時間を速めることはできない。
だから、パンフレットを眺めることにした。
わかったのは、魔法界の物価はすごく安いということだった。
非魔法界――そういうのかはわからないが――より、体感3割ぐらい安い気がする。
これなら、お金の心配はなさそうだ。
しばらくして、ホールの奥から歩いてくるアルバンとサミーの姿が見えた。
「すまん、待たせたな。おまえさんの方は問題なかったか?」
「ええ、大丈夫よ」
重そうな鞄を背負いつつもいきいきとしているサミーと比べて、アルバンは車酔いでもしたかのように青ざめている。
金庫で何があったのかはわからないが、あまりいい気分ではなさそうだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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