4 サミーとルキウス
一時間ほど待っただろうか。
店は入店当初と比べて人が入っており、ガヤガヤと低い声が店内に満ちている。
バーテンダーも常連であろう客と談笑しており、私は邪魔にならないよう、店の隅っこへと席を変えた。
バーテンダーは「全部僕のおごりでいいよ!」と言っていたが、その言葉に甘えておかわりしまくるのも気が引ける。
というわけで、私は残り一口ほどになったジョッキから炭酸が抜ける様を、暇つぶし代わりに眺めていた。
アリシアが「おそらく時間がかかる」といっていたので覚悟していたが、それにしてはあまりにも遅い。
いつになったら来るんだと、私は酒場の扉へと目を向けた。
もう30回目を迎えようとしていたこの行動だったが、その時ガチャリと音がし――扉が開いた。
「お?」
私は期待の声を漏らす。
入ってきたのは、細身で眼鏡の冴えない少年。
そしてそれとは対照的な、扉を通るのがやっとなぐらいの大男だった。
バーテンダーが顔を上げ、少年の方に目をやった。
「――お、今日の主役のご登場だ!」
バーテンダーは先ほどまで話していた客を放り出し、少年のもとへ駆ける。
客の方も気分を害するどころか、後を追うように椅子から立ち上がった。
「お帰りなさいカールトンさん! 本当によくお帰りで」
少年はあっという間にパブ中の客に囲まれ、次々に握手を求められる。
「ダニー・クロッカーですカールトンさん。お会いできるなんて、今も信じられないです」
「帰ったら家族に自慢しなきゃ!」
少年は戸惑いながらも、客たちの握手に応えていく。
私はそんな少年を、じっと離れたところから観察していた。
アリシアが店を去ってからしばらく、私はバーテンダーと話していた。
その間に、この少年――サミー・カールトンについても少し聞いていた。
なんでも魔法界で最も恐ろしいといわれた闇の魔法使いを、まだ赤子だった彼が撃退したのだという。
それは確かに凄いことだとは思うが、あの様子だと本人にも覚えがないに違いない。
自分が知らないところで勝手に有名人になっているなんて――どんな気分なのだろう。
なんにしても、私だったらあまりいい気はしないだろう。
十分以上サミーは客に囲まれていたが、大男は客を掻き分けるようにしながら私の方へと近づいてくる。
私は如何にも気がついていない風を装い、チーズソーダの最後の一口を一気に煽った。
「やあ、初めまして。お嬢ちゃんがエリカ・ホワイトで合ってるか?」
大男は精一杯優しい声色を作り、私に話しかけてくる。
流石に無視を決め込む度胸も理由もないため、私は彼の方を向いた。
「はい、そうです」
「そうか。ここからの買い物の案内をするルキウス・アルバンだ。んであっちで囲まれてるのが……」
「サミー、カールトンですよね」
私はぽつりとそう呟く。
「ははん、流石に有名だな。サミーも今年からハルフォードだ。同級生っちゅうやつだな。っと、そろそろ時間が……ちょっと待っとれよ」
アルバンはそう言うと、また人混みを掻き分け、サミーを引っこ抜くように連れてきた。
サミーは客にもみくちゃにされて少しやつれて見えたが――よく考えたら、それは元々だった。
「サミーか――よろしくな」
私は愛想笑いを浮かべ、サミーに一言言う。
彼は疲れを見せながらも、少し照れ臭そうに微笑んだ。
そしてアルバンが、パチンと手を叩いた。
「――じゃあ、早速サミュエル横丁へ行こう。買い物が溜まってるんでな」
アルバンは私とサミーを連れて、そのままパブの奥へ進んだ。
そして、壁に囲まれた小さな中庭に出だ。
中庭にはゴミ箱や雑草が生えているだけで、特に何かがあるわけではなさそうだ。
ここで何をするのだろうか――と思っていると、アルバンが傘を取り出した。
ブツブツ言いながら、レンガのくぼみを数えている。
「ほれ、言った通りだったろう? おまえさんは有名だって」
アルバンは、楽しそうな口調でサミーに言った。
「……でも、実感がわかないというか、なんか……」
サミーは困ったような表情でそう答える。
バーテンダーから聞いた話だが、サミーの身上は私とよく似ていた。
両親はその闇の魔法使いとやらに殺され、一人残されたサミーは親戚に預けられ――自分が魔法使いだということを一切知らされず、今日の今まで生きてきたとか。
おそらく私と同じように、いきなり入校案内が来て、いきなりアルバンが訪ねてきたのだろう。
「三つ上がって……横に二つ……」
アルバンはさっきからレンガの数を数えていたが、やがて決心したかのように、レンガの一つを三回叩いた。
「二人とも下がっとれよ」
次の瞬間、レンガの壁がひとりでに蠢き――あっという間に、アルバンでさえ通れる大きさのアーチ形の入り口へと変わっていく。
その先には石畳の道があり、魔法使いの街――サミュエル横丁が広がっていた。
「サミュエル横丁にようこそ」
アルバンは、いたずらっぽくニコッと笑った。
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