40 アイドルは絶対ファンに中指を立てたりしない
アーカム内某広場にて行われているカラーズ定例ライブ。
その広場内にいる人たちはすし詰めのようであり、その中央のステージ上では今日も三人の少女が立っている。
中でも紫の髪をしたインは、ハイテンション極まりない様子である。
「いえええー! みんなイベントお疲れ! 応援ありがとな! あれからもう一週間経ったな! おまえら元気してたかあ!! ちなみに今回のイベント! あたしら三人の中でドロップアウトせずに最後まで生き残っていられたのは誰なのか知ってるかおまえらっ!」
会場は静まり返っている。
「そう! インちゃんだよっ!! ならおまえら、あの鉄壁たるダンジョニウム合金製の壁をぶち破ったのはどこの誰だかは知ってるかあ!?」
やはり静かである。
「あたしだ!! 今回のイベントでゴールできたクランは三つ! その一つはウチらカラーズだ! 二位だぜ二位!! 誰がゴールしたおかげか知ってるか!? そうアタシなのだっ!!」
インは満足げに胸を張った。それはとてもペッタンコだったが、彼女はとても誇らしげに前に押し出している。
そして会場は依然として静まり返っていた。
「なんでだ!?」
インはそこでとうとう我慢できずに静けさに言及する。
「おまえら今日は一段とあたしに冷てえじゃねえか! なんだよその塩対応!? とうとう気のせいとも言えないレベルすぎて、あたしがあまりにも可哀想じゃねえか! 泣くぞ! それ以上冷たくしたらあたしは泣くからな!」
尚も会場は葬式の如くであったが、遂に一名が声をあげた。
「インちゃん! この前のイベント、男とゴールしてたって聞いたぞー! あれ誰だよー!」
「えっ! お、男……それってもしかして、ヴァ」
やや顔を赤らめ、恥じらいつつあるインに、観衆が声を被せる。
「フェニックスのシェーンだよ! とぼけてんじゃねー! 見たって奴がいるんだからなあ!」
「………………は?」
インははっきりと不快感を顕わにする。
「っざけんなテメエら! なんで初スキャンダルがよりにもよってあんなタマゴサンドマニアなんだよ! あんな奴にあたしがフラつくかボケ! もっとせめて浮ついた感じの良い感じの奴選べねえのかよ!? スティーヴンとかさあ!」
「ぷぷぅーっ! いや、それはないー! ぷぷー! あの天下のスティーヴンがインちゃんとかーぷぷう!! ないよーさすがにい! くすくすうー!」
なぜか笑われた。
しかもなぜか拒否される側だった。
「っざけんな! あんな奴あたしの方からごめんだっつうの! そもそもスティーヴンなんかがあたしに釣り合うわけねえだろ! あんな奴あたしのダーリンの手下じゃねえかただの!」
「えっ……――」
「え?」
「え、だーりんって……え――?」
インはポカンとしていたが、やがて何かを口走ってしまったことに気がついた。横を見る。他の二人が「あ、やっちまったなコイツ」って顔をしていた。
「え、インちゃん……やっぱり、そうなの……?」
ドリダが戸惑いつつも問う。
「困ってるドリダちゃんかわいいよおおお!」
会場からドリダファンの奇声も聞こえた。
ドリダはその声に律儀に笑みを返してから、もう一度神妙にかえり、インに聞く。
「もしかして……男の子、できちゃった?」
「いや、だから、ほら……アレだよ、今のダーリンってのは、」
「とぼけんなー! もう言い逃れできねえぞお!」
会場からヤジが飛んだ。
インはその声に陰湿に舌打ちを返した。
「そういえば最近、インってば、ぼんやりと顔を赤らめて、空を眺めてること多くなった」
リンがポツリと言う。
インは恥ずかしそうに手を振る。
「あ、だから、それは……違うって! あはは、」
「さてはそれ俺のこと思い出してたんだなー!?」
会場から自意識過剰なヤジが飛ぶ。
インは精一杯の侮蔑を込めて中指を立てた。
「そっか、インちゃんできちゃったんだ、彼氏……」
ドリダには思い当たる人がどうやらいるらしい。
それもそうだ、彼女とインは一つ屋根の下で暮らし、常に一緒にいる。ダーリンと呼んだのが誰のことなのか、バレていたとしても不思議ではない。
というわけでドリダは、躊躇していたが、やがて思い切ったようにして、とうとうその名前を口にしてしまう。
「相手は、シェーンさんなんだよね?」
「んなわけあるかあああ!!」
インは空前絶後な雄叫びで否定した。
「え、違うの? お似合いだと思うけど」
「もしかしてドリダあたしのこと嫌ってる?」
「どちらかと言えば好きじゃないけど」
「ひどおいい! あたし泣くよ?」
「嘘だよ」
「ならよし!」
「うふふ、ドリダちゃんたちは仲良し。インちゃんだーいすき」
「でへへ、照れるなオイ。あ、あたしも好きだぜ、ドリダのこと」
「で、誰なの? ダーリンって」
「ああ、それな。ヴァン・ダイン。ブラザーズの」
ドリダはそこで会場を見た。
インは再度自身の失敗に気付いた。
「あ、おまえら、いまのは――……」
慌てて否定しようとするが、どうやら手遅れであるようだ。
会場は、そう。
寒気のするほどの、水を打ったような静けさだった。




