41 愛のないイジリはただの中傷
近ごろなんだか様子がおかしい。
というのも、この前のイベントで一位をとってからというもの、アーカムの街を歩くと必ず見知らぬ男たちに呼び止められるのだ。
それでだいたいの場合次のようなことを言われる。
「よお、ダーリン。元気か?」
それに加えて様々なオプションが加えられたりもする。
例えばいきなり手を握られて「上書き完了だ」とか、顔を近付けてきて「最近いつエッチしたの?」って真顔で訊かれたり、あとは無言で息を荒くハアハアされたり、それから謎に尾行されたりとかする。
マジ普通にこわい。
俺の貞操の危機を感じるレベル。
見知らぬ野郎どもにいきなりダーリン呼ばわりで握手されるだけでも相当ビビるのに、更に性生活とか謎の怨み言とか息を荒くされたりするとかそれ一体どんな嫌がらせなの?
「かくいう私も近ごろ変な目にあうんですよ」
そう言ってくるのは近ごろすっかり仲良しとなったフェニックスのシェーンさんだ。
彼は差し入れであるサンドイッチのお弁当を俺の前に並べてみせるとおもむろに口の前で手を組み、こう言った。
「どういうわけか見知らぬ男たちが次々と私を元気付けていくんです」
「羨ましいんだけど」
素で。
最近嫌がらせしかされてない俺からすると、そんなのタダのご褒美でしかない。俺だってみんなに元気付けられたい。
「そ、そうですか? 普通に迷惑なんですが……」
「俺なんてオスにダーリンって呼ばれて謎の上書きをされるんだぞ?」
「……なるほど。あ、ポテトサンド食べますか? 会心の出来です」
慰めのつもりなのか新味のサンドイッチをすすめてくるシェーンさん。普通に美味かった。
で、どういう風に元気付けられるのかを訊いてみた。
「そうですね、基本は謎のアドバイスをもらうことが多いです……」
彼は難しい顔で告げる。
「例えば、『まずは友だちからはじめると良いと思うぞ!』とか、『近くに良い酒場がオープンしたらしいな! ちょっと誘ってみたらどうだ!?』とか、『心を強くもてよ兄弟! 一度や二度フラれたくらいでくじけてどうする!』とかですかね。あと”恋愛成就”のお守りを買ってきてくれたりとか」
「やっぱり普通に羨ましいんだが」
「ヴァンさん、けっこう病んでます? 感覚麻痺しちゃってますよ。実際にされたら恐いものですって」
そうか? そうかもしれない、近ごろ謎のコミュニケーションをいろんな人から試みられすぎててそれくらいなら俄然アリな気がしてしまっていた。
「ていうか、なんか恋愛のアドバイスってかんじなんだな」
「あ、そういえば、そうですね。たしかに」
いま気付いたようにシェーンさんは手を打つ。
「しかしなぜ私に恋のアドバイスを? 自慢ではないですが私そういうのまったく興味ないんですよ」
知らんがな。
「更に言えばそういうわけで未だに童貞なんです」
もっと知らんがな。
てか突然なにをカミングアウトしてきてんだ。男同士でも唖然とするわ。だいいちそういうの恥ずかしげも無くサラッと言っちゃうのってどうかと思うぜ? 男ならもっと寡黙に生きよう。だから別に仲間がいたからって嬉しくなんかないし? そういうわけで俺は素知らぬ顔でぜったいに喜んだりしないでこう突っぱねる。
「シェーン! かくいう俺も童貞だよおーっ!!」
「童貞仲間じゃないですか、ヴァンさん! 今度一緒に飲み明かしましょう!!」
「いいねいいね、いつでも連絡くれよおっ!!」
話を戻す。
「他はないのか?」
もっと俺の心が癒されそうなやつをくれ。
あーそれだったら俺の事案の方がいくらかマシかなって思えるようなやつを。
シェーンはむむむと考え、そうだ、と話し出す。
「こんなことがありました。見ず知らずの男からいきなり手を握られて『おまえに運んできてやったぜ! 握ってから二日経ってるが、一度も洗ってないから安心しろよな!』ってすっごい笑顔で言ってくるんです」
「うわ、まじかよ……」
そいつはやべえな。さすがにちょっと癒される。つまり完全に俺のがマシだわ。
「つーか、それって俺の手に謎の上書きした奴なんじゃないか?」
あいつ、あれから手二日も洗わなかったのか……。
「つまり、私に起きている謎の事案と、ヴァンさんに起きている事案は、何らかの繋がりがあると?」
「そうなるね」
でもいったい何で繋がっているのかがわからな――
「へい、お待ち」
ちょうど、注文していたメニューをいかついスキンヘッドのおっさんが配膳してくる。
「あ、どうも――」
お礼を言いかけて、フリーズする。
なぜならその運ばれてきたオムライスに”ダーリン、乙”とケチャップされていたからだ。
俺はゴゴゴゴと顔を上げる。
するとその目の前で、かくいうシェーンはチョコレートパルフェをサービスされ、”こんなヤツさっさとボコっちまえよっ”ってニッとされていた。
配膳を終えて去って行くその店員を見据え、俺はユックリと立ち上がる。
「う゛ぁ、ヴァンさん……へ、平気ですか?」
もしかすると危険な形相をしていたのかもしれない。シェーンが怯えながら伺ってくる。
俺はその問いを無視してポキポキと指の骨を鳴らし、ただこう告げる。
「おいシェーン。あのハゲをボコるぞ。ついてこい」
「……わかりました」
俺はスッと厨房に入っていき、ハゲの後頭部を鷲掴みにする。
「えっおまっダーリンじゃねえかどうし――ちょ、なんだよいい度胸じゃねえかそっちがその気ならぶっころ――うぎゃああちょおま、ちょまっ、ちょまっぐやああああああ!!」
「だああれがダーリンだてめえらああいいかげんにしろよこのこのこのこの!! 男にダーリンって毎日毎日いわれて粘着される日々の苦悩をこれから三分間に凝縮しておまえの身体に刻み込んでやるからなア!! おらついでに吐けやあ! なんでこの俺をダーリン呼ばわりしてんのかワケを吐いてみろおォ!! さもなくばますます忘れられない三分間になっちゃうだろうよこらあ!!」
「や、やめえー! そこ、やめえええ! やめ、うお、そこ、そんな角度にならないやああああああ!! そこ、だめ、そんな広がんな――うわあああああ!!」
悲惨な声が店内にこだまする中で、そっと、シェーンは呟いていた。
「ヴァンさん……やっぱり悩んでたんだ……今度ポテトサンドイッチ持っていきますね」




