38 脱出
「なっ――なんだ……これは……?」
呆然と、シルバは目の前で起きたことを整理しようとする。
が、思考が追いつかない。
何が起きたのかは一応分かってはいる。目の前をビームが走り、それが共闘相手を消し飛ばし、このダンジョンの壁に大穴を開けた。
「なぜ、穴が開く?」
この世で不変で不滅な物などありはしないが、それでも一つ挙げるとするならば、十中八九ダンジョンがそれであると――おそらく一般的な教育を受けたものならば間違いなくそう答える。
ダンジョンとはそれくらい、絶対的なものなのだ。
傷はおろか大穴が開くなんてことは、断じてありはしない。するはずがない。
それなのに――
「なぜ、穴が……?」
シルバは同じ問いを繰り返す。
そのくらい、混乱していた。
背後を振り返ると、スティーヴンも同様の表情で壁を見ている。
――が、
「……何を喜んでいるんだ?」
スティーヴンも勿論驚いてはいる。いるのだが――しかし、それと同じくらい、いやそれ以上に――
歓喜していた。
否、称賛していた。
もしくは、満足げだった。恍惚とすらしている。
彼はその表情のままこちらを見て、ユックリと頷く。
「さすがだ……と、そう思ってね。俺は今、心から感服している」
意味がわからない――
シルバは力が抜けて、地に膝を突いた。
「おっー! ちゃんと穴開いてるな! よしよし! ミネットもう一踏ん張りだぞ!」
「ふ、踏ん張ったら出ちゃうよ、ヴァンちゃん。踏ん張っちゃダメなんだよ。私に今必要なのは精神集中なの。精神を穏やかに保ち、無心を続けることなの。話しかけないで」
「うわ、めんどくさいなこいつ」
――と、何者かがビームの飛んできた方角の通路より、駆けてくる。賑やかに笑い声と話し声が響いてきた。
「あっ――スティーヴンじゃん。なにしてんだおまえ、戻ってこなかったじゃん」
姿を現わしたそいつは、一目スティーヴンを見て、そう言った。
スティーヴンはひたと頭を垂れ、甲斐甲斐しく告げる。
「申し訳ない、我が主。少し厄介な者に絡まれてしまいまして」
「へえ? あ、そいつ?」
シルバを見た。
何食わぬ目で。
なんの警戒も示さず。
さながら、愛玩動物を舐め回すかのように。
(僕を……いったい……なんだと……おもって……!)
怒りがわいてくる。
まるで警戒に値しないと面と向かって告げられたかのような屈辱に、打ちひしがれた。
そっとホルダーに手をやり、刃を掴む。
(殺す――)
精神を研ぎ澄まし、殺意を宿す。
そして顔を上げ、そいつを睨んだ。
(――――――――ッ!?)
「平気か? スティーヴン。苦戦してるなら、俺がやろうか?」
すると目の前には、その者の持つ、十字型の槍の先端があった。
それをまっすぐに向けられていた。
(死ぬ――)
シルバは震え上がった。
なぜだかわからない。元来の勘の良さからとしかいいようがない。
一目で分かった。理解した。格の違いを。この穴を開けたのが誰であるのかを。それがどこから放たれたのかを。
「ま、まいった……勘弁してくれ……」
瞬間、彼は両手を挙げていた。
力が抜け、その手に掴まれていた刃が、ポロリと床に落ちる。
この死なない世界で、戦意喪失し投降してしまった――その意味。
心がおられたのだ。
ぽっきりと。
頭の天辺から足の先まで、真っ白になった。
つまりもう、二度と、彼はその者に抗うことは出来ない。
ヴァン・ダインは不思議そうに首を傾げた。
「……だってよ?」
スティーヴンは苦笑し肩をすくめた。
「ところで、どうされたのです? 急ぎの様子ですが」
「ああ、うん。まあ火急の用事ができたというか――なんていうか、ミネットがウンコ漏らしそうなんだって」
「ヴァンちゃあああああん!! マジあとで覚えてろよ!! 言ったなあ!? 言っちゃったなあ!! ぜったい後悔させてやる! めちゃめちゃにしてやるから! スティーヴン忘れてよね! 忘れないと後で記憶消してやるから! そしてヴァンちゃん急いでえええ! もう無理! 無理だからああ! 私のお尻が悲鳴をあげてるからあ!! ノッキンオンマイアヌスだからあ!!」
ヴァン・ダインに背負われている女が泣きながら叫んでいた。
ていうか、それはあのミネット・ウォルターズだ。あの女がこうも泣きじゃくる姿を見る日が来るとは。しかもその理由が、ウンコ漏らしそうっていうものだとは。
(――! つまりコイツは、勝つ為とか、そういうことではまるでなく、ただただ便意を訴える女を救う為にこの壁を壊したと言うことか――!?)
その気づきで、途端におかしくなる。
「あはは、あははあはは!」
スティーヴンは言っていた。
ヴァン・ダインは俺たちと同じレベルにはいないと。
たしかにそれはその通りだった。
シルバが認識していたのとはまるで正反対の意味ではあったが。
ヴァン・ダイン一行は、笑いこけるスティーヴンを横目に、ダンジョンを脱出していく。
誰もいなくなったそこから、彼はずっと動くことができず、結局そこから出たのは、救援スタッフが駆けつけてきてからのことだった。




