36 タマゴサンドは夏場のお弁当には適さない3
「フェニックスはもう、残すところ私ひとりだけですよ」
シェーンさんからの情報でいくら待ってももう誰も来ないことを知った俺たちは、スティーヴンの後を追って最終広場へと進むことにした。
「あーお腹減ったなー」
その道中、ミネットがポツリとそう言い落とすのが聞こえた。
彼女にしては珍しい、少し弱気な発言だ。
「おやおやミネットさん、それでしたらこのタマゴサンドを食べますか?」
例のむちゃくちゃ美味いらしいタマゴサンド――その残りを彼女の前に差し出すシェーンさん。
後ろを歩いていたフレイアはそれを見て「うっ」と口を押さえた。どうやらトラウマ的な何かでタマゴサンドを見ると吐き気を催す体質になってしまったらしい。あんなに好きだったのに、可哀想に……。
「いいんですか! でも、たしか他のクランメンバーの方に食べさせたくて持ってきたって話じゃ?」
「いえいえ、いいんですよ。どうせ、私の制止も聞かず突っ走って勝手にドロップアウトしていくような奴らです。それよりも今は、あなたのお腹を満たす方が先決ですよ」
ミネットは感激したようだった。
「ありがとうございます! いただきます!」
そうしてタマゴサンドを頬張る。
「おいしーッ!!? なにこれ!! 最早タマゴサンドの次元を超えた何かの味がしますよ!?」
「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう」
とてもご満悦な両者。
そこまで感激する味とはどんなものなのか、少し味わってみたい気もしたが、背後でフレイアが「うっ」と吐き気を催しているのを聞いて、スッ――と食欲が失せた。この野郎め。
結局、残りのタマゴサンドは全て、ミネットがひとりで平らげた。
「満足満足!」
とても嬉しそうにしているミネット。
よかったですね。
グルルルルルルルルルル――
それからしばらくして、前を歩くミネットから何かとてつもない音が鳴った。
皆が一様に彼女を見る。
当然俺もである。
「ど、どうしたミネット? もしかしてまた腹でも減ったのか?」
ハハハ、と俺はまだ冗談めかしていた。
しかしそれも、振り返った彼女を見るまでのことだ。
「え、ええっと……ね、ヴァンちゃん……その、」
とても気まずそうにしている彼女は、とてもとても体調が優れない様子だった。
まず多量の汗をかき、そして顔を青くし、ブルブルと震え、歩幅が狭く、前屈みで、なによりもお腹を強く押さえていた。
「おまえ……まさか……」
多分その場にいる全ての者にとって自明の理であっただろうが、しかしミネットは恥じらった。言葉を濁した。
故に俺の耳にそっと口をやり、小声で言う。
「お、お腹痛いの……」
だろうな。
「どういう風に痛いんだ?」
「え、えっと……」
彼女は顔を赤らめる。
ややたじろいだ後で、思い切ったように耳元で囁く。
「で、出そう……なの」
ミネットおまえもなのか。さっきからなんなんだうちの女性陣は。どいつもこいつも出そう出そうって。
「ちなみにどっちが出そうなんだ? おっきい方か?」
「ち、ちがうよ! もう!」
なんだ、違うのか。小っさい方ならまだ安心だな。比較的我慢しやす――
胸をなで下ろそうとした俺にまた彼女が耳元で言う。
「ヴァンちゃん! 声おっきいよ! 声ひそめて! なんの為に耳元で喋ってると思ってるの?」
「す、すま」
「ひそめて!」
「……すまん」
今度はひそめて言う。
結果として、みんなの衆人環視のもと、二人でひそひそ話をはじめるという奇妙な構図となった。
「でも、小便なら我慢すんの余裕だろ? 何食わぬ顔でこのままゴールしようぜ」
提案すると、彼女はヒソヒソ声のまま怒って言う。
「小なはずないでしょ! おっきい方だよ! もう! ヴァンちゃんのアホ!!」
スゴく怒られた。
ええ……だってさっき違うって言ってたじゃん。
どうやらさっきは俺の声が大きかったので照れてしまっただけらしい。
いや、そんな見るからにお腹下してる様子で見栄張らなくたって……。
ぐるりゅりゅりゅりゅryるyるりゅryるりゅryるyる!!
次の瞬間、また大きな大きな音が鳴った。
「うううううううううううう!!」
彼女がその場に崩れ落ちる。
「ど、どどどっどどうしよう!? ヴァンちゃんどうしよう!? 我慢できない!! もう無理!! どうしよう!!?」
今度は悲鳴のように涙目で狼狽えはじめるミネット。
それはそれは、死ぬ寸前なんかよりも余程鬼気迫る様子であった。絶体絶命――このままウンコを漏らせば私は死にます! まさしくそんな恐怖を見る者に感じさせた。
「も、もしかすると……私のサンドイッチ?」
あれーやっちまったあ? みたいな感じで振り返ってくるシェーンさん。
うん、まあたしかに夏場にタマゴサンドは結構ヤバい感あるよね。
「そおおおんなのもおおどうでもいいのおお!! 原因なんていいのお! それよりも今は、私のうんちをどこに出せば良いのってことなのおおッ!!? わかる!?」
もはや先ほどまでの恥じらいも完全に失せてはっきりと危機源を言及してしまっているミネット。
そのことからも最早一刻の猶予もないことが察せられた。
やばいのか……? もうむりなのか……?
そのように目で問うと、
やばいの……もうむりなの……ほんとむり、ああっもうむり。
そんな風な目がかえってくる。
長年の付き合いにより、それはかつてない危機であると俺は確信する。
だから次の瞬間に思いついた、革新的なそのアイデアを提案するのに、迷いなんてなかった。
「そこの隅っこですればよくね?」
「死ねッッ!!!!!」
ミネットに初めて死ねって言われた。死ねって。
「ヴァン……今のはアンタが悪いわ」
フレイアに諭された。くっ、屈辱……!
「ダンジョン内で出来ないとなると、一刻も早くここを出るしか方法はないな……」
「ならばパパ、出口はもうすぐそこ、走りましょう」
「……! ヴァンさん、どうやらあなた、気付いていらっしゃらないので?」
シェーンが真面目な顔でそう問う。
なにが?
「このダンジョンはおそらく、最後のひとりにならないと出られないのですよ」
彼が話すオニール将軍の説明についての解釈は、俺たちのものよりもさらに洗練されたものだった。
というか、あの説明を聞いてそこまで推理出来たのはシェーンただひとりだけなんじゃないか? スゴすぎる。
「まあそれだけが私の取り柄でして」
なるほど、そうなるとフェニックスメンバーの奇妙な行動にも説明が付く。
ただのゴールまでの競争ならば逃げ回るカラーズなんて無視して進んじゃう方が良い。それなのにあそこまで執拗に追いかけていたのは今の情報を知っていたから。
「いえ、あいつらはタダの戦闘狂なだけですよ」
「あ、そうなんですか」
どうやらシェーンさんはかなりの苦労人であるみたいだ。
「だとすると、さすがに出るには今生き残ってる全員を倒す必要があるのか。それって間に合うのかな?」
ミネットさんにお伺いを立てる。
べチャリと地面に座り込んでお腹を押さえる彼女はこちらに顔を上げ、真っ青にフルフルと首を横に振った。
無理みたいっすね……。
「でしたら、パパ。開かない扉なんて実力でぶち破ってしまえばいいのでは?」
あ、たしかに。
目から鱗である。さすがは我が娘。形にとらわれない柔軟な思考だ。
「何をバカな! ダンジョンの壁や扉が何で出来ているかご存じないのですか!? この世界で最も強固と言われるダンジョニウム鉱石ですよ! 誰も壊せないからこそ、幾年が経過しようとも無くなることなく存在し続けられるのです! 壊せないからこそ、人は皆ダンジョンのギミックを解こうと必死に探索するんですよ! 壊そうと思って壊せるなら、誰も苦労しませ――あれ、なにしてます?」
「いや、壊すことにします」
「いや、はなし聞いてました? 壊せないって……」
「物は試しですからね」
俺はポケットの中の切り札を使うことにする。
まさかミネットのウンコ場所を確保する為に使わされることになろうとは思いもしなかったが、仕方がない。
そしてなにより、これ以上にない使用目的である気がする。
だって、たぶん、彼女ここで漏らしたらきっと死ぬ気だろうから。
これは彼女を守る為に行われるチート行為なのだ。
だから、許してくれるよね?
【オシリスの個人的無意識】をポケットから取り出し、肌に当ててスイッチを押す。すると肌に当たっている部分から針が飛びだし、突き刺さった。
すると――グンッと何かが俺に宿り、次にバリンと割れ落ちる音がした。
自身の状態をブレスレットで確認する。
スキルが全て使用可能になっている。
「やりますか……ミネット、待ってろよ、もう少しの我慢だ」
「ヴァンちゃんん……」
「ちょ、おま、何するつもりなんだよ?」
「みんなー耳ふさいどけえー」
忠告も半ばに、スキルを発動する。
俺の周囲に幾多の魔力が光球となって実体化していき、足下、そして槍の先端から二重三重に渡って魔法環が展開され、回転、力を収束していく。
ゴゴゴゴゴゴゴ―――地響きで世界が揺れる。
所持スキルの中で、最もミドルレンジの攻撃力に秀でているそれ――
「【不遜世界】」
膨大な筒状のエネルギー破が槍の先より発射された。
つぎからはもっとクリーンな話づくりを心がけたいと、そう思いました。




