35 タマゴサンドは夏場のお弁当には適さない2
俺たちのキングゴリラ討伐戦はいよいよ佳境に差し掛かっていた。
「きゃあああ! ちょっとお!? あの、ヴァンさあーん? はやく、はやくして欲しいんですけどおお!? ちょ、ちょとおおちょおおおお!! ゆら、ゆらさないでええ、おま、ゴリラおま、マジ調子のんなマジ調子のんんんんん――!!」
さながらパパに高い高いをしてもらっている赤ん坊の如く、キングゴリラに脇の下を後ろからガシリと両手で掴まれてしまったフレイアは、なぜか先ほどから一心不乱にアップダウンを繰り返されている。
「ちょ、それ以上揺らすなって――ちょ、マジもう無理うぷ――きもち――うっぷっ!! やば、はき、はきそ――」
その上下運動で三半規管をやられてしまいつつあるらしいフレイアは、しきりにウップと口を押さえ、顔を青ざめさせながらもギリギリのところで耐え「今でーす! コイツ隙だらけでーす! はやくう!」とこちらに訴えかけてきている。
もしかしするとこのシーンを目にした皆様の中には、
さてはこのサラマンダー、自身を囮にすることで隙を晒したキングゴリラを討ち取らせようとしているのか?
なんていう風に考えてしまう方もいらっしゃるのかもしれないが、騙されないで欲しい。だってコイツ、クソサラマンダーなんですよ?
フレイアはどうやらどうしてもシェーンのタマゴサンドが食べたかったらしく、最初は珍しく戦意をみせていたのだが、相手がとても強いと悟るやいなやすぐに方針を変えた。
「決めた! まずはタマゴサンドだけを頂きましょう! ゴリラを倒すかどうかは食べ終わってから決めるわ! 美味しければ倒してあげないこともない!」
お前どんだけタマゴサンド食べたいんだよ。
とにかく彼女は食べると言ったらぜったいに食べるサラマンダーだった。嫌がるシェーンから無理矢理タマゴサンドを一片奪い取ると口の中に入れ、咀嚼し、そして元気よくこう言った。
「こ、これは……美味いッ!! 美味すぎるわ!! ――……ああいえ、ええ、間違えたわ。全くダメね、やり直し、なのでキングゴリラにこれ以上、私たちは一切関知しません。残りのサンドイッチを全て置いて、アンタはおとなしくアイツに食われなさい」
極悪非道かよ。あんまりだ。ほら、シェーンさんが泣きそうになってるだろ!
「大丈夫よ、ほら、死んでも外に出るだけだから! ほうら、ほら、さっさとそのタマサン全部こっちに寄こしなさい! ほら、さっさとするの! さっさとほ――ええええええちょおおおおお!」
そうして残りのサンドイッチを無理矢理奪い取ろうとしていた彼女を、キングゴリラは後ろから掴みあげた。
そしてそう、高速高い高い運動を始めたのである。
彼女はみるみる顔色を悪くしていった。
「ヴァンさあーん! はい、今ですよー! 私がこの身を呈してつくり上げたこのアタックチャンスを逃しちゃダメですよー!」
「いや、でも、おまえ今さっき、俺たちはこのゴリラに一切関知しないって……なあ、シェーンさん、あいつそう言ってたよな?」
「ええ、言ってましたね。はっきりと、この耳で聞きました。そのまま食われれば良いのに」
「う゛ぁんさああーーん、そのタマサンの人いま真顔でスゴいこと言ってたんですけどおお! 私に食われろって、食われれば良いのにってええ!」
「いや、その前におまえがシェーンさんに言ってたんじゃないか。食われろって。なあ、シェーンさん、あいつそう言ってたよな?」
「ええ、言ってましたね。はっきりと。この耳で聞きました。はやくガブリといかれれば良いのに」
「ごめんごめんごめええん! もう、あやまるか――うぷっ! ゴメンだからああうぷうっ! だめ、もう、げんか――その、もうああ、なんかクる――何か熱いものがかけ昇って――こみあげてくるううう――だめええええ!!」
真っ青を通り越し、もはやどす黒くなっていくフレイアが、何か虹色の液体を口からレロレロと散布する様を俺たちは三歩ほど下がってのんびりと見守った。
「うぅ、うううぅうええええ、ゴリラに高い高いされながら人前で出しちゃったああ、出しちゃったよおおお、ひぢょいい、ひじょいよおおお、もうお嫁に行けないいい」
目から涙を流し、鼻から鼻水を、口からよだれと嗚咽を、そして尚且つリバースも続けながら、彼女はそれでも高い高いをされ続けていた。
「ううぅううごめええん、ヴァンさん、タマゴサンドの人おお、ごめええん。食べたかったの、どうしても全部食べたかったのおお。美味しかったからああ、タマサン好きだったからああ反省してます助けてええ」
「シェーンさん、あいつあんなこと言ってますけど」
「ええ、仕方ないですね。タマゴサンドはまた作ればいいです」
大人の微笑みで頷くシェーンさん。この人とはなんか気が合う気がする。
俺は立ち上がり、親指を立てて「やっちゃう?」とみんなに訊く。
それでみんなで高い高いしてる隙だらけのゴリラを討伐した。
一件落着。
「うええええうええええくさいよおおおタマゴも全部出ちゃったあああ」
いい薬だとも思ったけど、少し可哀想な気もしたからそっと近付いていって彼女の肩を叩く。彼女のあれが手に付いたけど、まあ、我慢して、言ってあげる。
「どんまい」
「うっさいのよおおおええええええん」
しかし彼女に俺の気持ちは伝わらなかったようだ。
「おまえ、良いとこあんじゃん。ま、これで手え拭けや」
インさんがハンカチを貸してくれた。ありがとうインさんも意外と優しいとこある。洗ってから返すからね。
「ふう、危ないところでした。皆さん、どうもありがとうございます」
全てが終わった後で、シェーンさんがそうしてお辞儀をして握手を求めてきた。
「いえいえ。こちらこそ、うちのあのアホが失礼をしてホントすみませんでした」
「いえいえ。今度よければ、改めてタマゴサンドを作ってお礼にうかがいます。”ブラザーズ”の皆様ですか。ふむ、新生のクランならば何かと入り用でしょう。このイベントはぜひ勝たないとですね」
まあそうは言ってもこんなチンタラしていて、とても一番乗りなんて出来る気はもうしない。スティーヴンも帰ってこないし。アイツいったいどうしてんだかな。
ああ、ていうか、なんか癒し系すぎて忘れかけてたけど、
「よく考えるとシェーンさんって敵じゃないですか。やります?」
「はっはっはっ。いえいえ、もう、そんなつもりはこちらにはありませんよ。今の戦闘の様子だけでもあなた方の強さは伝わります。私ひとりで同行できる皆様でもない。そもそも恩人にすぐに戦いを挑めるほど、私も太い神経をしていませんからな。むしろあなた方の勝利に貢献したいくらいです。残り時間は微力ながらお手伝いにまわりましょう」
「まじっすかー是非お願いします!」
めっちゃいいひとやーん。
というわけで同行者がもうひとり加わった。
しかし、この決断が後のあの不幸を呼ぼうとは、この時の俺たちは誰一人として気がついてはいなかった……。




