32 ブルンとかブルとか、あのさー
ブルンの首をはねると同時、
バリン――
と、さながら割れたガラスのような音と共に彼の身体が破裂すると、今度はドンッと音を立てて中から光が飛びだしてきて、ダンジョンの入口の方へと猛スピードで飛び去っていった。
この世界で死ぬと、どうやら魂ぽいのがああやって鏡めがけて飛んでいき、そのまま実世界に強制アウトされる仕組みらしい。
なるほどね。
「た、助けてくれた……?」
声で振り返ると、服を切り刻まれた紫髪の少女が「あわわわ……」と戦慄いていた。
あといま気付いたんだけど、その女の子はさっき俺が模擬戦をしたあの女の子だった。
「ど、どうしよう……もごもごもごもご」
でもずいぶんと印象が違う。
わりとがさつな感じだった気がしたけど、今はわりと可愛らしくモジモジとしていて、時々モゴモゴと何かを言ってキャーって顔を振ったりしている。
まあ俺としては、彼女を助けるつもりなど毛ほどにも無く、あのブルンとかいうヤツがとても喧しく耳障りだった為、純粋に黙らせようとしただけなのだが。
でも結果として助けてしまったことには間違いないわけで。
だから、一応これを訊いておくべきなのかもしれない。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
彼女はハッとする。
それからパッと居直って何食わぬ顔になると、
「お、おう。まあな。まあ、なんだ、助かったわ。一応礼を言っとく。サンキュな」
と言って遠くを見た。
定期的にこちらをチラッと見ては、「あわわわ」とすぐに遠くに戻したりする。
俺はその様子を見てすぐにピンときた。
(ははーん。こいつもしかして変な奴だな?)
そういうの俺すぐ分かっちゃうから。
「なるほどそれはそれは何よりですじゃあ俺はこれでお元気で」
「まっ、ままま、待てよっ! ちょっ――」
光の速さで別れを告げて立ち去ろうとした俺を、彼女は慌てて引き留めた。
なんだろうさてはコイツここに来て敵対する気か? と振り向くと、赤い顔をして恥ずかしそうにそいつは言った。
「あ、あたしは”カラーズ”のインってんだ。その、出来ればでいいんだが……あ、あたしのことも連れてってくんねーか? あのブルンに酷い目にあわされて、今あたし結構こたえてんだわ……。一人で生き残る自身がねえ。仲間のとこまででもいいんだ」
「………………」
ぶっちゃけそんな義理こちらには微塵もないわけだが、服を切り刻まれ、むき出しの肌の所々に切傷を負っている(鏡面世界なので実世界とは異なり、ガラスのひび割れみたいな傷だったが)彼女を見たら、基本的にお人好しな俺は無下に断われくなっていた。
みんなの方を見ても、肩をすくめて”仕方ないな”って笑ってた。
俺はため息をついて言う。
「じゃあ連れて行ってあげてもいいですけど……」
「まあーじ!? 助かるよ! ありがとな! ……ん? けど? いいけど、なんなんだよ?」
「今日のパンツ、ダサいですね」
「見んなよおおお!! アタシのダサパン見んじゃねえよオオ!! アッ! おい、おまえなんでそんなしげしげ観察しはじめてんだよ!? おいしゃがむんじゃねえよ! ふざっ!? なんでめくってんだよ!? もう十分だろ! めくる必要なんてほとんど無いくらい見えてんだからめくんじゃねえよオオ!! や、やめてえええ!! 明日にしてええ! 明日、明日は可愛いのはいてくるから! その時ならじっくり見せてやるからああ!」
というわけで、俺たちのパーティに同行者が増えた。
「ヴァンちゃんはずいぶんと女の子にモテるようになったんだねえ? すごいねー」
だからミネットさん、その分かりやすい煽りみたいな褒め方やめてください。どうせなら普通に褒めて、お願い。
※※※
――バリンッ――ドンッ――――……。
”フェニックス”のシェーンはひとり、遠くの方で鳴り響いたその音を聞いた。
先ほどから何度か耳にしているこの異音。
これはおそらくイベント参加者が倒され、鏡面世界よりドロップアウトする際のエフェクト音声なのだろう。
本来聞こえるはずもない遠方のものでも、この音だけはきちんと聞こえてくるのは、情報戦の材料にでもしろということなのだろうか。
(……うーむ、しかしほんと、どうしようもないですね、うちのパーティは)
最初の交差点――その広場の中央で腰を下ろしながら、むむむとシェーンは表情を険しくする。
(言っても止まらないんだから。あれではまるで獣です。作戦担当の私の存在意義なんてきっとどこにもないんですよ)
少し前のことだ。
パーティメンバーであるクランリーダーのガイドと、アタッカーのブルンは、ここで他クランパーティと出くわした途端、目をぎらつかせ、水を得た魚の如く、有無を言わさず襲いかかった。
その襲いかかられたパーティはあの”カラーズ”の三人組であり、それなりの実力者ではあるのだが、相手がトップランカーのあの二人ではひとたまりも無かったらしく、あえなく敗れ、泣きながら四散し逃げ出した。
二人はそれを追った。
シェーンは深追いはよくないと止めたのだが、あの二人が聞くはずもなく、それを追ってどこまでも走って行ってしまった。
そしていつまで経っても戻ってこない……。
故に彼はこの最初の交差点で釘付けになっていた。
(どうしようかな……)
無視して先に進んだ場合、断言するが間違いなく最後まで彼らとの合流は不可能となる。
あの二人はアタッカーとしては国内でもトップクラスの実力者であるが、その他の人間性能は壊滅している。
故に、獲物を仕留め終えた後、元の位置に戻ってくることは出来ても、それ以上のことはぜったいに期待できない。
つまり今シェーンは強いられている。判断を。
「一人でこのイベントを攻略するか、それとも僅かに残る可能性を信じてここで待ち続けるか――」
めちゃめちゃや。
ほんと、毎度のことながら、めちゃめちゃ。あーあ。
シャーンは半ば諦め、バックパックからお弁当を取り出した。
中には彼お手製のタマゴサンドが几帳面に敷き詰められていた。
一つ取り出して、ほおばる。
「このままだと一人で全部食べちゃいますよ、まったく」
マジウマなのに……。
モグモグとしながら、ふと、顔を上げる。
「…………は?」
すると、予想だにしないものと、目線が合う。
それは、ダラダラと、よだれを垂らしていた。
※※※
「あっらー? ここどこ? えーっと……途中に広場を三つ通り過ぎてきてここが四つ目だから……おわっもしかして隣のブロックなんじゃねえの? やっばあーどこまで逃げてきちゃってんのキミ」
トーナメント表で例えるならば、ここは隣のブロックの決勝戦ポイントである。
つまり自分たちのいたブロックの最初の広場からスタートし、次の広場を通り過ぎ、最終的な全ブロック決勝戦の広場を右折し通り過ぎ――そのまま隣のブロックまでなだれ込んできてしまったということだろう。
フェニックスリーダーのガイドはぺっと唾を吐いて、とうとう追い詰めたその獲物――カラーズのリンをガシガシと足蹴にする。
黄色い髪の物静かなその少女は既に四肢を切り落とされている。
その断面は鏡面世界の仕様で割れたガラス面のようになっており、勿論血も流れない。代わりに何か蒸気のようなものが漏れ出していた。
「なーんか、斬った感じしないなー。ま、でも遠慮のいらなくなるこのシステムはサイコーだな。あの将軍、やっぱやる奴だわ。前からそんな気してたけど、やっぱ気のせーじゃねーな」
「イン……、ドリ……ダ……」
少女がとうとう力尽き、バリンと割れた後にドンッと出口に向かってドロップアウトしていく。
どうやらトドメをささずとも、あの蒸気みたいなのが全部体内から出尽くしても、死亡認定されるらしい。
「うっし、じゃあ残りの奴もやるか」
カラーズのパーティは三名。うち一名は今仕留めた。一名はブルンの奴が追った。あと一名は途中ではぐれてたから、狙うならそっちだ。
「ブルンの奴ももうそろそろ、仕留め終わってる頃か? ああいや、でもアイツヘンに趣味に走るとこあっからなーまた遊んじまってるかもな」
そう思った矢先――
バリンっ――ドンっ――――!
と、音が聞こえた。音だけならば、先ほどから何度も聞こえてきていたが、今回は、耳元で次のようなアナウンスも同時に流れた。おそらくはこれも仕様であるのだろう。
『パーティメンバー、ブルン、ドロップアウト』
「――――っ! なッ!?」
それははっきりと予想外の出来事だった。
「まっさか、あいつが落とされるとはなー……」
インとかいう奴にやられたのか?
いや、さすがにそれはない。ならいったい誰に?
今回の参加者の中でいたか?
「……強いていうなら、あのイケメンくんか」
名前は忘れたが。
あいつらのトリオはなかなかやる。ワンチャンあるかな?
「それってもしかして……僕のことかな?」
「おっ、んだよ、いんじゃん。そうそうおまえだおまえ」
この広場からは三つの通路が伸びている。
一本が、最終広場への道。つまりガイドが来た道。
そしてもう二つが、このブロックのそれぞれの最初の広場へ繋がる道である。
その後者の道の一つから、イケメン率いる三人組が、いけ好かない微笑を浮かべて姿を現わした。
クラン”ヴィーナス”の面々である。
「キミが相手なのか……?」
イケメン――シルバがガイドにそう問いかけたとき、彼の隣のもう一本の通路から新たなる面子が調度やって来た。
「えっ――どうな――?」
その者たちは、この場に三組存在していることに驚いているようだ。
そう、本来であれば、最後の広場以外では三組が居合わせることはまずあり得なかった。
「なるほど。……さすがだね、ガイドくん。いちいち型破りだ」
シルバはなんとなく事情を察したようで、そう感想を述べた。
「まーよ、俺って前例にとらわれない男だから! でもちなみになんのこと言ってる? そっと教えてくれ。いや、やっぱいいやめんどい。それよりオマエら、うちのブルン殺ってない? さっきアイツ誰かに落とされちまったんだよなー」
「え……ブルンくん? ふふ、いや、僕たちじゃないな。そうか……落とされたか。彼ほどの者をやれるとなると、なかなかに限られてくるね」
「おまえぜったいその顔、誰かしらに検討ついてんな? 教えろよ、誰だよ?」
「教えるわけないだろ、ばーか」
「あっなんだブル、おまえ相変わらず生意気だぞてめ。あとうちのブルンと名前が似ててややこしいからさっさと改名しろって言ってんだろ?」
「まあまあ」と謎に仲裁しつつ、シルバは未だ状況が飲み込めず戸惑っている隣から上がってきたパーティに声をかけた。
「ねえキミたち、協力しないかい?」
「えっ? 強力?」
「そう、強力だ。彼は――国内三位のクラン”フェニックス”のリーダーで、個人としても国内アタッカーランク五位の実力者だ」
「し、知ってる……」
「そうだよね、失礼。でもそれなら分かるだろ? 僕たちが三つ巴でやり合えば、間違いなく泥沼だ。彼は場を荒らすのが得意だからね、想定より三倍はヒドい結果になると思う。まだこの先にグランドファイナルが控えているからそれは得策じゃない。そうだろ?」
「つまり組んで、まずアイツだけをやろうと?」
「その通り」
「相変わらずシルバさんは慎重だなー、あんな奴大したことないのに」
結局、ヴィーナスともうひとつのクランパーティは徒党を組むことに合意し、七人によるフォーメーションをとった。
ガイドはその様子を見守り、最後にフッと嬉しそうに笑い戦闘態勢をとる。
「いいね。だからオマエは好きだわ、イケメン」
「シルバだよ、好きなら名前くらいは覚えていってくれ」




