31 お前のパンツは何色だ
ダンジョンの中はやけに照度が高く、トンネルのような一本道になっていて、俺たちはそのゆるやかな坂道をゆっくりと進んでいく。
「ねえ、でもこんなチンタラ歩いていていいわけ? 競争なんでしょ? 走るべきなんじゃないの?」
しばらく進んだところで、フレイアが珍しく建設的な発言をした。
たしかにその通りだよなって俺も同意しかけたけど、やめておいた。
なぜかというと、横を歩いていたスティーヴンとミネットが明らかな難色を示していたからだ。
これは何かあるな。
と勘付く。
そこで俺はアレを実行することにする。
「走らない理由はなんだと思う?」
アレとは、つまり質問者にまわるということである。
これまで生きていてなんとなく気付いたことなんだが、人間って答えているより質問している方が不思議と賢そうに見えるんだ。
「う……! なによ、思わせぶりに質問を質問で返しちゃって! なにか理由があるんなら最初っからそう言いなさいよ……知らないわよそんなの」
「さすがは我が主! 然程も思考している様子も無かったのに、このダンジョンの構造のことにもう考え至っているとは!」
自分のことのように歓喜し称賛してくれるスティーヴンと、たじろぐフレイア。
こういう分かりやすいリアクションをみていると、なんていうか、この二人ってなんだかんだ相性良い気がしてくる。
「……ふふ、ヴァンちゃんも成長したなあ」
小狡くなっちゃって……みたいな微笑をたたえているミネットには、どうやら俺の立ち回りのことがバレてしまっているみたいだ。
さすがは幼馴染み。一番付き合いが長いだけはある。
「要は道中を急ぐか急がないかも戦略次第ってことなんだよね」
「ミネットくんの言うとおりだ」
ミネットが告げると、スティーヴンも首肯し、二人で解説を始める。
「このダンジョンは十二個の全ての入口からほぼ同じ距離の道程で一個の出口に繋がっているとオニール将軍は言っていた。だとすれば肝要なのはそれらルートはどのように出口に繋がっているのかということだ」
「それについては直接言及は為されていないから推測するしかないんだけど、将軍が”殺しアリ”と明言している以上、最低限ルート同士の交わりがあることが予想されるね。なら次に問題になるのが、どの程度交わっているのか? ということだけど」
「ヒントになるのが十二個の入口について”どれを選んでも有利不利はない”と言及されていたことだ。この発言はつまり、”どの入口にも平等に接敵の機会が設けられている”――ととることができる」
なるほどね。
「……つまりこのダンジョンの各ルートは、言うなれば”トーナメントツリー”のような形状をしているってことだな。勝ったものが先に進めて、最後まで勝ち抜くとゴールに出られる――みたいな」
俺はおもむろに二人の発言内容をまとめた。
このまとめるというのも、なんとなく賢く見える振る舞いのひとつだ。
「はい! 我が主には元より分かりきっていたことでしょうから、お聞き苦しい時間であったかと思います。なにとぞご容赦を! このフレイアに説明の必要があったものですから!」
「ふ、ふん! なによ! みんなして利口ぶっちゃって! そんなのわっかるわけないじゃない!」
まったく今回ばかりはこのクソサラマンダーに同意だ。
わかるかそんなの。バカなのか? ちなみに俺はバカじゃない。
「ふふふ、ヴァンちゃんって知らないうちにずいぶんと賢くなってたんだなー。すごいぞー」
おいミネット、その分かりやすすぎる煽りみたいな褒め方マジでやめろ。俺は白状しないぞ? バレるまでは断固として利口ぶってやるんだ。
まあとにかく、そういうことである。
このダンジョンは、自分で歩くトーナメント表なのだ。
十二組なのでそれぞれ三つ、他のルートと交わるポイントがある。
そして組数から考えると、順当にすすめば最後は三つ巴戦だ。
このことを踏まえると、最速進行だけが最適解であるとも言い切れなくなる。メリットはあるが、それがベストなのかどうかは考え方次第ともとれる。
この手の進行で、最も怖いのは後続からのバックアタックである。先頭を走るチームには、常にそのリスクが付きまとうことになる。
更に、後続側は先行側の動向が見えるが、先行側にはそれがない。故に後続らが何らかの対策を為してきた場合の対応に一定の不安を抱えることになる。
しかし前を走るメリットも当然ある。
まずトラップを仕掛けられる。
なんだったら待ち伏せもできる。
ダンジョンの構造について予測が立てられていなくても、先を走ってればそれに勘付くチャンスをはやく得られる。
なにより最後まで追いつかれる事無く走り抜けられれば、一度の接敵も無くゴールできる可能性があるというのはデカい。
俺たちのチームにはいったいどちらが適しているのか?
「そういうことならやっぱりユックリ行きましょ。どっちも一長一短なら、のんびり歩いて行ける方が楽で良いも――」
――と、
フレイアがそのように言いかけたとき、
「――――! ――――――!! ――――――っ!?」
なに者かが、何ごとかを大声で叫びながらこちらに近づいてきているのがわかった。
「まさか――こんなところで敵襲!?」
俺たちは戦闘態勢をとる。
「もしかして逆走してきたってこと?」
つまり俺たちのルートとこの先で交わっていたパーティが、先に進むわけでも待ち伏せをするわけでもなく、わざわざ俺たちのルートを逆走し仕留めに来たということ。
「その行為にはあまりメリットを見いだせないが……戦闘に余程の自信があるということか?」
ということは間違いなく猛者だ。
俺たちは緊張を募らせて、その徐々に大きくなってくる声と、姿に意識を集中させる。
「…………ん?」
しかしやがて気がついた。
どうも様子が思っているのとは違うと。
なぜなら、
「ほうれ、ほうれ、切っちゃうっすよお、切っちゃうっすよお、見えちゃうっすよお、全部服切り刻んじゃうすよおおお!!」
「ちょっおおおおおお! おまっ!! おまえ来んなってええ!! こっち来んなってえええっ!! や、やめろおおお!! きょ、きょうあたしださぱ、ダサパンだからああ! やめてダサパン晒さないでえええ!!」
まずもの凄くエロガキの権化みたいな顔した少年がウヒヒと言いながら剣をフリフリしていて、それからもうひとりの紫髪の少女が泣き叫び鼻水とかいろんなものを垂らしながら必死に逃げ走っていた。
なんていうか、二人だけで構図が完結しすぎていて、ああこれ俺ら関係ないわっていうのが一目で伝わってきた。
「………………行くか」
俺たちパーティは無言で見つめ合い、脱力する。
そっと素通りすることに決めた。
出来るだけ目線を合わさないように下を向きながら、通り過ぎようとする。
「うわっマジダサいっす! なんすかそのパンツ! こんなにダサいパンツ見たことないっす! ダサい、ダサすぎる! 癖になる! ダサすぎて癖になる! 丸出しに! もっと丸出しにしてやるっす!」
「やめてええ! たまたまだから! 今日たまたまなんだからあああ!! いつもはもっと可愛いのはいてるの! せめて別の日にしてえ! いやうそ! ていうかそもそも乙女のパンツ丸出しにすんなやあああ!!」
「ふひひいい! おまえのそのダサパン! 自分が切り刻んでスタイリッシュに変えてやるっすよお!! 布面積! マイクロだfjskldふぁsdfさ――ッ!!」
でも気が変わった。
ので通り過ぎるついでに俺は思いっきり少年をグーパンでぶっ飛ばした。
「ぐっくそ……何するんすよ……――見たことない弱小ぽいクランだったからスルーしてやってたのにいきなり殴るなんて――酷いじゃないっすか! なんでそんな非道なことが出来るんすか! 理由を! 理由を言えっす!」
ぐぐぐっと立ち上がりながらそう問うてくる少年に俺はビシッと指差し、率直な感想を述べた。
「まず、うるさい。とても声が大きい」
「それ自分の長所なんす」
「なるほど、見解の相違だ」
「そうみたいっすね」
「いや、おまえらいったいなんの会話なんだソレ」
俺と少年のやり取りにダサパンの少女がツッコミを入れた。
少年はフフフと殴られた頬をぬぐうと俺に告げる。
「敵対行為とみていいんすよね……? やっちゃうっすよ?」
「まあ逆に今ので敵対しなかったらビックリしてたところだ」
いいからさっさとかかって来いよ。
俺は武器を【呪われたマハ・マーヤナの鈷=天の楼閣(Lv.99)】に持ち替えて、スキルを発動する。
「【氷結晶剣】」
――バキゴキゴキバキ。
ヴァジュラの先にクリスタルの粒子が音を立てて集結・凝固し、やがて刃を形作る。
「――ん」
それを見た少年の表情がやや引き締まるのが分かった。
「……自分は”フェニックス”のセカンドアタッカー・ブルンっす。あなたは誰っすか?」
「俺は”ブラザーズ”のヴァンだよ」
「了解っす。ヴァンさん、どっちが勝っても恨みっこなしっす」
唐突に礼儀正しく、そしてフェアな態度と変わったブルンは、楽しげにステップを踏むと、次の瞬間にこちらに跳ねた。
(――――――ッ!!)
鋭い跳躍。
しかしフェイクだった。彼は軌道をずらし、俺の周りを猛スピードで跳ね回る。
その動きだけでわかる。
圧倒的格闘センス。
(これは勝てないな……)
普段ならともかく、鏡面世界ではマントに付いている防御系のスキルも全て使用不可となっている為、防御面は特性の【被ダメ軽減】と【確率ダメ無効】の二つに頼ることになる。
どちらも有用な特性ではあるが、あくまで被弾を発動条件としている為、どうしても運ゲー感が否めず、格上相手に勝利のビジョンを描きにくい。
(新しい戦法を模索する時期に入っているのかもしれない)
これまでのゴリ押し一辺倒ではなく、ある程度の戦術性を伴う戦法に。
というわけで俺は唱える。
「【Ice Class7・永久凍土】」
「…………? ――――はあっ!?」
ブルンが不意を突かれたような呻きをあげた。
それと同時に回避行動をとろうとしていたが、間に合わない――
――――キイイイイイイイ。
高周波のような甲高い音を伴いながら、一瞬にして周囲の地面を凍結する。そしてそこに接地する脚も同時に凍り付けにした。
「これでウロチョロ出来ないな?」
脚ごと凍結されて動けなくなっているブルンに近づいていきながら俺は告げる。
彼は見るからに狼狽えながらノーゲームを訴えた。
「ちょっマジっすか! レベルセブンって……。大層な魔法剣を出したんならそれはもうその剣で戦うんだなあって思うじゃないっすか! なるほどな、魔法剣士タイプなのか――って! なのにいきなり特大魔法ブッパってアホっすか!? どんな壮大なミスリードなんすか! そんなんひっかかりますって! 無理っすよ」
特大魔法……? ああまあ、レベルセブンって世間一般的にはそうなんだっけか。
「ノーゲーム! ノーゲーム! もう一回、もう一回仕切り直しのチャンスくださいっす! 次はちゃんと避けますから! 避けてみせますからッ!」
ちなみにそれ、キミの言うとおりに実際にやり直してちゃんと避けられてしまうことで、はたして俺にいったいどんな得があるというの? アホなの?
いろいろと突っ込みたいことはあったけれど、とりあえず、そういうのを全部のみ込んで、率直な感想だけを述べることにした。
「声が大きい」
「それ長所っす!」
首を切り落とした。
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