22 男なら泣くのは友達ができた時にしろ
弟妹ズとそのお守りでミネットを家に残し、俺はひとり人材捜しのためアーカムにやって来た。
なんだかんだで人里に降りてきたのは結構久しぶりである。
「ひと、おおいなー」
今までモンスターや建築材たちとばかり戯れてきていたので、人通りが激しいこの場所はなかなかこたえるものがある。
ていうか冒険者たちは街に留まりすぎな気がするわ、マジで。国外のモンスター除去及び領土開拓が最たる使命なのにさ。まあ、いいけど。
さっさとどこかお店に入るか。
まずは適当に求人を出しておきたい。
「となると酒場か。……あとはギルド」
今も昔も冒険者たちが多く集まるのは酒場だ。
故にその場所にはいつしか求人や依頼を張り出す掲示板が出来ていった。そして結果的に、仕事を求める冒険者以外の者共も酒場へとむらがりだしたわけだ。
ギルドは冒険者の本丸なので、事務的な求人・依頼の紹介が一応為されていたりするが、堅苦しいし雰囲気悪いしで多くの者はやっぱり酒場に行く。
というわけで酒場へ――
向かう最中のことである。
「う、ううぅ……そこのあなた、どうかお恵みを……どうかぁあ……」
物乞いにあった。
ぺたりと地面に座り込んだ薄汚れた身なりの女がこちらに手を伸ばし、「なにかちょうだいいい」と言ってきている。
そして驚くことに俺はそいつに見覚えがあった。
「え……フレイア?」
「あ、……」
なんとその物乞いはいつぞやの俺の元マッチング相手であるサラマンダーだった。
かの紅蓮の瞳と髪を持つ、麗しき上位者。
それが、見る影もなく、物乞いその者に、ボロボロで、ドロドロで、半裸でこちらにすがりつこうとしてきていた。
「な、なにしてんの? こんなとこで……?」
「え、う……うぅ」
問うと、彼女はフリーズした。
プライド高かったし、こんな姿を知人に晒してしまったのが恥ずかしくなったのかもしれない。
顔を真っ赤に染めて、唇を噛み、俯き、黙り込んでしまう。
気まずい沈黙……。
「あー……なんだ、その、久しぶりじゃん。……元気してんの?」
久しぶりに会った世間話風に切り口を変えてみる。
すると、
俯いていた彼女はブルブルと震えだして、やがて、バッと顔を上げ、
「わあああああああぁあああ!! ヴァン聞いてよオオおおおおお!! ちょっと聞いててえええっ!! ヒドいの、アイツヒドいのよオオおおお」
大泣きしながら俺に飛び付いてきた。
あー……なんか、めんどそうなの拾っちゃったな。
酒場に来た。
「うぅっ……うぅっ……」
一緒に席に着いたが、未だ俯いて泣き続けているフレイア。
何を話しかけても泣くばかりで答えてくれない。
「あー…………腹とか減ってる?」
ピタ――と、泣き止んだ。
「あー……、何か頼む?」
ムクッと、顔をこちらに向けた。
「………………好きなの、頼んでい――」
「はあーいっ!! そこの店員さんカモーンッ!! ちょっなにボサッとしてんのよ! 注文よ! さっさとこっち来なさいよ! まずエールにあとこのブーブーの丸焼きに、それに――」
もう今後何があってもコイツのこと可哀想とか思うのやめようと、俺は心に決めた。
「で、何があったんだよ?」
テーブルに並べられ、積み重ねられた数多の皿とグラスを前にして、もうそろそろ良いかな? と、俺は切り出した。
「え、なにがって、何が?」
しかし馬鹿面でそう聞き返してくるフレイア。
口の周りと鼻先にエールの泡と、数多の食べ滓を付けている。
手には空のジョッキグラス。更にお代わりしようと店員に手を挙げている。
ちなみに今は昼だ。
昼間っからこいつは人の金で大酒をあおり、飯を平らげようとしているわけだ。
「…………おい、フレイア、もうそろそろ態度を改めておかないと、俺は今すぐにでもこの席を立つからな? お前は気付いてないかもしれないが、俺はこれまでの注文に一切手を付けていない。全部お前が注文して、そして全部お前が食べたんだ。俺の言っている意味がわかるか?」
「……え、」
「はい、お代わりでしょうか?」
ちょうど店員が注文をとりにやってくる。
フレイアはサーッと顔を青ざめさせながら、スーッと、挙げていた手を下ろしていった。
「あの、あはは、ただ呼んだだけです……お代わりなんて……その、欲しいですけど、えへへ、注文は無いです、行ってよーし」
「は?」
イラッとした顔をした店員はプンスカと去って行った。
それを見送りシュンとするフレイア。
「で、何があったんだよ?」
フレイアはまたキョトンとしかけたが、すぐに思い出して、今度は「うう……」と泣き真似をおりまぜ話し出す。
「実は……」
彼女が涙乍らに話した内容を要約するとこうだ。
なんと、前回の俺とフレイア、そしてミネット、ひいては将軍とのやり取りで何か不審なものを感じ取ったスティーヴンは、事情を話せと彼女に詰め寄ったのだという。
それがあまりにもしつこかったので、彼女はとうとう話してしまったそう。
「まじで? 言ったの? 全部? 俺を殺そうとしたって?」
「うん、まあ」
すげえなこいつ。
「あんたみたいな能なしなら、殺したって別に仕方ないよねって言ってもらえると思ったの」
「あーほんとお疲れしたー。じゃ俺はここらへんでー」
「やめてええーほんとごめんほんと! 嘘だから! 思ってないから! 大好き! ほんと! 愛してる! だからほんと帰んないで、お願い帰んないでええ!! やめて! フェイントはやめてええ!! お金ないの! もう嫌なの! 無銭飲食してボコボコにされるのはもう嫌なのおおお!!」
スッと立ち上がる俺に即座にしがみつくフレイア。
なにやら既にいくらかのトラウマが彼女には刻まれてしまっているらしい。
「で、スティーヴンにキレられたのか?」
俺はいったん座って、ウンザリしながら話の続きを促す。
彼女はホッとした後で、ハッとして悲しみの表情を作り、うう……と頷いた。
「ええ、そう。スティーヴンったらね、ヒドいの。”許せない! お前のような人でなしをこの屋敷には置いておけない”って。それで追い出されたの」
「いいぞスティーヴその調子だもっとやれ」
「え?」
「え?」
「……しかもね、スティーヴンったら、私の身ぐるみを剥いだの。持ち金と着ているものまで全て奪ってね、無一文の裸一貫で私は外に放り出されてしまったの。うう……あんまりよね」
「………………」
「え? なによ」
シラーッとした目で見つめている俺に、不審そうにするフレイア。
「お前ウソついてるだろ?」
「え、つ、つつつ、ついてないわよ、なにを根拠にそんなこといってんのよ?」
もの凄く目を泳がせながら言い返す彼女。なんだったら薄く口笛まで吹いている。
意外とこいつは嘘がヘタだ。
俺はため息をつく。
「どーにも俺には、アイツ……あのスティーヴンが、お前の身ぐるみまではがして追い出すようなやつには思えないんだよな。なんだかんだアイツはイイヤツのはずだ。追い出すにしても普通に生きていけるくらいの手はずは整えておきそうな」
「は、はあー? な、なに言ってんの? 言っておくけど私、なにも貰ってないから! 別にお金なんて貰ってないから!」
「なるほど、やっぱり貰っていたか。で、いくら貰ったんだ?」
彼女は観念したようにポツリと言い落とす。
「……………………一万」
「……ほんとか? もっともらってるだろ?」
「………………五万」
「正直になれよ」
「…………十万」
やっとソレっぽい額になった。
ていうかどんだけサバ読んでんだよコイツ。
「……いいかげんにしろよ?」
でも念のため鎌をかけておく。
まあでもさすがに?
これ以上はいかな――
「……五十万」
「…………嘘だよな?」
さすがにもらいすぎだよな? そこまではいかないだろ?
でもそれを言っているフレイアの顔は、まだ嘘をついている顔だった。
汗をいっぱいかき、目が泳ぎ、震えている。
うそだろ?
「おい……」
「百よ! 百万! もう、ヴァンにはほんっと、嘘つけないわ!」
「まじかあー」
スティーヴン想像以上にイイヒトすぎい!!
もはやそれ生活保護じゃん。
殺人未遂で百万もらえるとか、男爵家の金銭感覚壊れちゃってんじゃないの!?
「てかマジおまえどんだけ最初サバ読んでんだよ!? 嘘つけないだあ? どの口が言ってんだこのこのこの!」
「やめてえええ! お口伸ばさないでえええ! もう広がんない、それ以上広がんないからあああ!! ビロビロになっちゃうう私のお口ビロビロにいい!!」
「てかそんなに貰ってんならなんで物乞いなんてしてんだよ?」
フレイアの口で散々弄んでストレスを発散し終えた俺は、そう訊ねて、すぐに自己解決する。
「まさか……?」
「え、えへ」
彼女は頬をひくつかせて頷く。
「つ、つかっちゃった」
俺は席を立った。
「やめてえええ帰らないでえええ見捨てないでえええ」
足枷のように俺の脚にしがみついて引きずり回されながら泣き叫ぶフレイア。
ちょっと前まで高ランク上位者様よ頭が高いわ的なプライドの塊だったのに……。
「ん?」
そのサラマンダーの成れの果てを呆れて見下ろしているうちに、俺は近くの席に見知っている顔が座っているのに気がついた。
「う、うぅうううう……感動した、俺は今、猛烈に感動した……! まさか、きみは、俺のことをそんなにもちゃんと理解し、信じてくれているなんて……くうううっ!!」
その者は、プルプルとなぜだか男泣きをして、ウンウンと俺に向かってしきりに頷きを放っている。
どうやら先ほどまでのやり取りを隣の席で聞いていたらしい。
そして俺がスティーヴンはそんな酷いことをするやつじゃないと即座に看破したことに感動を覚えたようだった。
「スティーヴンじゃん。げ、げんきい……?」
「うぅううううういおおおおおおおおおおおお! ヴァン!! 我が運命の友よおおお!! 離さない! もう俺は君を離さないぞおお!!」
こちらに一歩で詰め寄り、ガシッともの凄い力でハグ――というか拘束をキメてくるスティーヴ。
なんかめんどいのがまた増えたな……。




