14 王国のひとびと
アーカム王国のトム・ジョーンズ王が執務室で家臣と話をしていると、妙なことにその家臣が突然目を見開いて窓の外に釘付けになった。
(集中力を欠いておる)
トムは面白くない気持ちでその目線の先を追って窓の外を見る。
「な――――なんだ、あれは……!?」
そして彼も結局家臣同様に素っ頓狂に目を見開くことになった。
しかしそれも仕方の無いこと。
窓の外には当り前の日常ではなく、明白なる異常事態が広がっていたからだ。
暗黒――遠くに見える空一体に、大きな暗黒が広がっていた。
「あの黒いのはなんだ――? 分かるかブラウン?」
家臣のひとり――知識の泉と名高いひげ面の老人に問う。
「分かりませぬ」
彼は首を振った。
「モンスターです! どうやらモンスターのようです! 巨大な! まるで夜空の如き巨大な翼を持つ雌牛の頭をしたモンスターが国の東側の空に出現したとのこと!」
部屋に飛び込んできたひとりの衛兵がそう報告をしてくる。
「モンスター……? 馬鹿も休み休み言え、あんなに巨大な獣がこの世界にいるものか」
知識の泉たるブラウンはそう罵倒していながらも、その表情からは恐怖が読み取れた。
王は唸る。こめかみには一筋の汗が流れた。
「もし万が一、あれが本当にモンスターであるとしよう。その場合、どれほどの兵を費やせば、退治できる?」
「…………およそ一万、いや二万は、……それくらいは必要になるでしょうの」
「二万!? 大国と戦争が出来る数だぞ!」
「まさしく。もしかするとそれでも足りぬ可能性すらある。王もご存じでしょう? この世界で恐ろしきは人ではなく獣。なぜに我々がそろって強固な砦の中に閉じこもっているのか、思い出してみて下され」
「くぬッ! 冒険者だ! 連盟に通告を出せ! 大至急だ! あの混沌のモンスターを至急退治せよとな! 我らも兵を出す! おい、衛兵! オニール将軍と聖騎士アリアンナをここに呼べ!」
王が声を荒げて対処に動き出す。
それを横目に、ブラウンは自身の髭をさすりながら、目を細めた。
遠くの空に見える禍々しくも恐ろしい存在――それを見据え、いよいよその時がやって来たのだと知る。
「おお、おお、我らがChaos……、黒き混沌よ……、見えぬのか、あんなにも空は深く悩ましげである……。目を伏せよ、我らがObeliskを高く讃えたまえ……」
老人は口の中で小さく唱えた。
そして笑みをたたえる。
「王よ――」
トム・ジョーンズ王は全ての手配を終え、勇ましくも現地に向かわんとしていた。
王のメイルと剣を携え、部屋を出て行こうとしている。
「わしも、共に参りまするぞ」
「おおなんと、来てくれるかブラウンよ、知恵の泉と名高き者! 西方より来たりし三賢者――その泉をもたらす者よ! 嬉しいぞ、ぬしが共に来てくれるのなら、どんな化け物も討ち滅ぼせようぞ! なあ、そうは思わんかオニール! アリアンナ!」
王の前には二人の屈強なる戦士が既に控えていた。
先ほど招集をかけていた、オニール将軍と聖騎士アリアンナである。
どちらも輝く鎧を身にまとい煌びやかなマントを翻している。
「まったく、俺は今日、非番であったんですがね。それが獣狩りとは、また恐れ入りまする」
「不敬だぞ、オニール将軍。王の御前である!」
軽口を叩き、叱責されたオニールは片眉をあげ、彼の背後に立っていた女魔法使いに言う。
「言われているぞカーター? 王の御前らしい、口を慎めよ」
「あなたのことですよ、オニール。あなたです」
「堅いこと言うなよカーター? お前が俺の代わりに慎んどいてくれ」
「グゥハッハッハッハ! 決戦前にしてこの余裕! 相変わらず我らが騎士たちは頼もしいことだ! フフフハ! ブラウン! 今回こそはおぬしの予測――外れかもしれぬな! 我が精鋭たちならば、あんな獣、軽々とひねり潰せそうじゃないか! なあ!」
ブラウンは笑みを崩さぬ。
なぜなら彼は知っている。
この国は――否、この世界は、どうやってもアレに勝つことなど出来ぬのだと。
※※※
「な、なんなんだあいつのあの魔法は――!?」
ミネットの背後で誰かが混乱したように叫んだ。
それは大地に膝をついた戦士、スティーヴンである。
その目線は天を覆うように飛ぶ、”ハートホール”と名乗った巨大モンスターにまっすぐ向けられている。
奴はまず先にミネットたちを見つけ、「ハートホール」と名乗った後に、「集まってくるまで、少々遊んでやるか」と告げ、永遠とこちらをいたぶるように、未知の魔法攻撃をしかけてきている。
「それに言葉を話せるモンスターなんて聞いたことがない! フレイア、もしかするとサラマンダーの君なら、なにかあいつに心当たりでもあるんじゃないか?!」
「……いえ、あんなやつ、見たことも聞いたこともないわ。マジなんなのあいつ、糞ヤバそうな雰囲気がプンプンしてんですけど」
「うん……? なにかいつもと感じが違うくないかい?」
「あっ――い、いいえ、いつも通りですわ! あんなモンスター私も初めて見ます! うふふスティーヴ!」
猫かぶりを見破られかけて、フレイアは慌てて演技を再開した。
このアホが演技を忘れるくらいなので、あの空を飛んでいるデカいのが相当ヤバい個体であるのはやっぱり間違いない。
(ていうか……)
ミネットはジトリ目でフレイアに告げた。
「逃げないでね、フレイア。さっきからなんだかジリジリちょっとずつ後ずさっていってるけど……、逃げたら背中から迷わず刺すから」
「はっ? はぁっ!? に、にげ、逃げようとなんか、し、してないし!? い、言い掛かりはやめてよね!」
多分、余程の正直者でも絶対に騙されそうにないような、そういうレベルの慌てっぷりでもの凄い勢いで首と手を振って否定してみせるフレイア。
どうやらこの上位者、こう見えてウソつくのヘタなタイプらしい。
「いや! 逃げろ! 逃げろ二人とも! 俺がしんがりをつとめる! この命に代えても――二人が逃げ切るだけの時間は稼いでみせるッッ!! いけえええええええええ!!!」
やにわにイケメンなことを叫びながら目に火を点しひとり突撃をかけようとするスティーブ。
こいつ意外とこういうタイプだったのか……。
「ちょっと待って、スティーブ」
ミネットは走り出す彼を後ろから掴んで、そのままこかした。
彼はぐるんぐるんと無様に転がり、股間の間から顔を出して抗議をする。
「何するんだミネット! 俺は男として、キミたちレディたちをこの命に代えても守らなくてはならないんだ!」
「そうよそうよ! おとなしく逃がして貰いましょうよ!」
フレイアは威勢良く便乗しようとしていた。
この女、ついさっきまで運命の人ね……とかウットリ言ってたのに、今はあっさり囮にして逃げようというのだから……
……なんていうか、この女がヴァンの相棒にならなくてやっぱり良かったなとミネットは心底思う瞬間だった。
「はあ……」
ミネットはため息をつく。
あたりには、駆けつけて来てくれていたたくさんの兵士や冒険者たちが倒れている。
それらはすべて、あのモンスターの見たこともないような未知の魔法によって倒された。
雌牛の頭部に女体の身体を持つモンスターは、巨大な翼で天を覆い隠し、大地を暗闇に包み込んでいる。
奴は、その暗闇の中で光る文字列を常に口から吐き出している。
文字を、唱え続けているのだ。
その文字は魔法の力を持っており――というか魔法そのものであり、さながら生物のように留まり、動き回り、こちらに攻撃をしかけてくる。
それ自体が強力な魔法である為、触れることは魔法攻撃を受けることと同義である。
今では辺り一面光る文字だらけだ。
ウジャウジャと、今でも増え続けているそれに、ミネットたちアーカム国一派は、少しずつ後退することを余儀なくされている。
「とりあえず、あの文字は相手にしちゃダメだ。本丸をなんとかする手を考えよう」
ミネットは提案する。
文字を相手にしてもこちらが消耗するだけ。
事実、数多の戦士たちが今もそれにより倒されている。
「アンタバカ? それが出来れば苦労しないわよ。あんなデッカいのを仕留められるだけの火力がわたし達にあると思ってんの? ないでしょ? ないわよね? だからさっきからこうやって私だけでもなんとかこっそり逃げ出そうとしてんでしょうが!」
「え?」
「え? あらいやですわウフフ、スティーブ! 言い間違い、いえ――聞き違いです! ところで、さっきのしんがりの話、ウフフ、あれ覚えてます? いつやります?」
ダメだコイツ。
ヴァンちゃんが見つかったら即刻張り付けにして庭に埋めよう。
ざっざっざっざっ――
と、そこで何か大群が歩いてくる音が聞こえた。
振り返る――
その足音の正体はアーカム軍だった。
しかもとんでもない数だ。
数千――それに数多の冒険者たちもいる。
「――! 来てくれた! 来てくれたぞ! ははは見ろよ! 絶景じゃないか! 壮観じゃないか! 圧倒的だな! 俺たちの国の軍はッ!!」
たしかに頼もしい。
頼もしくはある――が、それでも、どうしてもミネットはまだ楽観できずにいた。
(アレで、勝てるの……? 果たしてあいつに)
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