13 行くより残るほうが案外つらい
途中で視点がヴァンからほかの人物に移ります
転送が終わる――
第一層に来た。
するとその途端、俺の目からこぼれだしていた液体が、球体となって宙に浮かび上がりはじめた。
いやそれだけではない。
俺の身体すらも、ふわふわと宙に浮き出している。
(――な、なんだこれっ!?)
異変はそれだけではない。
辺り一面が、あまりに混沌とした漆黒に覆われている。
いや、ただの漆黒ではない。
そのところどころに、まばゆく光る輝きが散らばっている。
俺はこの景色に見覚えがあった。
(暗黒空間だ)
超上暗黒空間――そう呼ばれている、空の更に遙か上空に存在している、永遠の夜の世界。
ホルスが、俺たちとの戦いで逃げたあの空間だ。
(息が出来ない――!)
いくら吸い込もうとしても、なにも体内に入ってこない。
苦しい――!
暗黒空間には気体が存在していないのか?
だとすればホルスは、この空間でどうやって――
そこまで考えて、すぐに思い至る。
(【適正領域】)
ホルスからのドロップアイテムに付いていたこのスキルの効果はたしか、自分を取り囲む空間を任意のものに変更・維持させるというものだった。
俺はそのスキルにより、自身の周囲を俺の知っている地上のものへと変化させる。
「っはあ! はあはあ――!」
ストンと地上に落ちて、膝をつき、大きく息をした。
死ぬかと思った。
落ち着くと、立ち上がり、改めて辺りを観察する。
どうやら、俺が今までいたこの”天の楼閣”とは、暗黒空間に浮かぶ円柱状の超巨大ダンジョンであったらしい。地階――即ちこの第一層は、ダンジョンの頂上に位置している。
昇っていくのではなく、下っていくタイプのダンジョンであるというのに、天の楼閣というのは不可思議なネーミングセンスであると常々疑問に思っていたのだが、こういうことであったらしい。
下っているからといって、地下を進んでいるとは限らなかったわけだ。
「なーるほどなあー」
円形のフィールドの端から、下の方を覗き込む。
くそ長いダンジョンの遙か先に、丸い星が見えた。
俺たちの星だろう。
「すげえな、ちっぽけだ」
どこまでも続いている気のしていた世界が、バカみたいに小さく見える。
無能という自分の悩みも、どうでも良いことのように思えた。
そして、今別れたばかりの敬愛する我が師にも、また会えるような気がした。
だって、俺たちの世界はこんなにもちっぽけだから。
だから前に進む。
「よーし、帰りますか」
俺の故郷に。
スキル【飛翔】を発動する。
すると左肩に付けていた勲章から三枚のまばゆく巨大な翼が生える。
それは一枚が上に伸び、一枚が俺を包み、そしてもう一枚が下に向かって伸びるという奇異な形態をとった。
準備が整ったらしく、最後に足下に魔法円環が発生すると、俺は飛翔をはじめた。
勢いよく宙に飛び立ち、星に向かって直進していく。
俺の横をダンジョンが通り過ぎていく。
巨大ではあるが、中に存在しているスケールのわりに明らかに外見の長さが足りてないので、ダンジョンらしく不可思議な何かが作用しているのだろうか。
あの中のどこかに、師匠はいるのだ。
まだ、高みを目指して、冒険を続けている。
幾万にも及ぶダンジョン攻略。
それはきっと師匠にしか出来ないことだ。
「さよなら師匠――また、会いましょう」
俺はもう振り返らず、星を目指す。
ややもすると、ちっぽけに見えた星は広大な世界に移ろっていき、やがて見慣れた景色が広がる。
自分の国に戻れるか心配になったけど、幸運にも、すぐその近辺に来ていた。
しかし――
「…………ん?」
様子が少し変だ。
※※※
「相変わらず、今日もミネットはしかめ面をしているな。せっかく可愛いのだから、少しくらい笑ったらどうだ?」
ミネットは話しかけられ、その声の方に目線をやった。
本当は無視したかったのだが、せめて目線だけでもくれてやらないと、彼は話しかけることをやめないとミネットはよく知っていた。
彼の名前はスティーヴン――ミネットの所属するパーティのリーダーだ。
金髪碧眼、通った鼻筋に人当たりの良い唇。
長身で引き締まった身体にはいたく高価そうなフルメイルを着込んでおり、背中には自慢の長剣と赤い派手なマントを背負っている。
実家は公爵家だ。
「……まったく、君のような才能溢れる女性が、なぜにあんな無能者の死にそんなにも囚われてしまっているのか、はなはだ疑問でならないな」
「――スティーヴっ!! 生きてます! ヴァンちゃ――ヴァンは、間違いなく、生きています。冗談でも、……そんなことは、二度と口にしないで下さい」
「……す、……すまん」
ずっと黙っていたミネットが急にきつい口調で叱責したため、スティーヴは驚いたように謝罪した。
「あらいやですわ、ミネット。そんな些細なことで声を荒げて、はしたないですよ?」
スティーヴの横に立っていた上位者がオホホとそう告げた。
そいつ――サラマンダーのフレイアのことは、はっきりと、ミネットは睨み付ける。
「そんなに睨まないで下さいよ? いったい私があなたに何をしたというのです? 無礼ですよ? 今もこうして、あなたのさがしものに付き合って差し上げているというのに」
「あなたが――!」
「私が、なんです?」
「……………………いえ、なんでも。……私は別にあなた方に何も頼んだことはありません。ついてくるのは勝手ですが、邪魔はしないでもらえますか」
「あらまあ、ずいぶんな言い草であること」
ミネットは背後で吐かれた嫌みに耳を貸さず、遺跡の跡地を出ていく。
その後ろに、かの二人も未だについてきているのがわかった。
あれから――
ヴァンが行方不明になってから、半年が過ぎていた。
あの夜、夕食の後にミネットを家までおくったのを最後に、消息を絶っている。
協会はそれを受けて、死亡――と結論を打った。
そしてかつて彼のマッチング相手であったはずの上位者フレイアには再マッチングが行われ、その結果今度はスティーヴンが相手に決まった。
ヴァンとはまるで正反対なあの男。
家柄も良く、ステータスも優秀で、目鼻立ちも整っていて、あらゆるものを高水準で保持している。
フレイアは大喜びだったという。
「今度は、私にピッタリな相手です」と、声高らかに笑ったのだという。
(何も知らないくせに)
ヴァンのことを、何も知らないくせに。
誰も、何も知ってはいないのだ。
彼の良いところを。
(たくさんあるのに)
ただ長所が人より目立ちにくいだけだ。
それなのに、それだけで、みんなはヴァンを無能者と呼ぶ。
(ヴァンちゃんは生きてる)
ミネットはそれを確信していた。
確固たる信念で、そう信じていた。
彼女の全てを捧げて、その可能性を信奉していた。
迷ってはいけない。
疑ってはいけない。
そうすればきっとあっという間に、のみ込まれてしまう。
疑心の渦に――
そうすれば今度は一瞬だ。
刹那で、崩れる。
自分が。
絶望で。
無くなってしまう。
だからそれを心のどこかで理解している彼女は、あの日から一度も、ただの少しも疑ってはいない。
ヴァンちゃんは生きてる!!!!!!
この圧倒的希望に満ちすぎている明るい事実。
これをミネットはずっと、一分の隙も与える事無く信じ続けている。
それだけを信じて、ずっと、冒険者活動を中断して、ありとあらゆる場所で、彼の痕跡がないか探し続けていた。
パーティの仲間が、そんな無駄なことをやめて活動に戻ってくれと懇願してくるが、悪いが優先順位が違う。
こちとら、ヴァンがいないのなら、冒険者なんて続けるつもりは毛頭ないのだ。
だから無視していたら、今日のスティーヴのようにひとりずつついてくるようになってしまった。
彼らは、ヴァンが生きているなんて、まるで信じていないのに。
ちなみに、生きているんだと提示できる根拠は、一応ある。
直前の夕食で、ミネットがヴァンに渡した首飾りのことだ。
ヴァンのマッチングのお祝いで用意していた、ありったけの貯蓄をはたいて買った、あの――”三千世界の雫”。
小さな百八十五の貴石と一個の大きなヘマタイト魔晶石で作られている”三千世界の雫”は、持ち主が危機に瀕した際に自動で発動するスキルを備えている。
そのスキルとは、”186分の1の確率で、その危機の身代わりになる”というもの。
首飾りの材料となる186の石のうち、ヘマタイトが輝けば、その効果が発動するといわれている。
つまり――ただのお守りだ。
誰も本当に命を救ってくれるだなんて期待していない。
買うことに意味があり、それを渡す想いに意義を見出している、ただの記念品にすぎない。
ミネットも、そういうつもりで渡した。
いや、嘘だけど。本当はヘマタイトの石言葉が気に入ったからだ。
でも――そう、ヴァンがいなくなった時に、すぐに思った。
ヴァンならば、186分の1の確率くらい、余裕で引いてしまえるのではないかと。
昔から彼はくじ運が強い。
彼の母のカトリーヌも”引きだけは強かった”とあの夜も言っていた。
だから生きている。
たとえ、誰かに殺されかかったのだとしても。
「でも、本当に生きていたら、お前はどうするんだ? フレイア。彼のところに戻るのか?」
「…………え、戻る? ……――ああ! うふふ、そうですわね、元々は彼がマッチング相手でしたものね。うっかり失念していました。でも、いやですわ、スティーヴ、そんな寂しいことをおっしゃるなんて。私の相手はあなたですよ、運命でそう決まっていたのです。あのモ――ヴァン・ダインがいなくなったのも、きっとはじめから決まっていたことなんです」
ミネットはたまらず振り返った。
「あら、なんですの? 怖い顔をしていますわよ、ミネット」
「お、おいおい……な、仲良くしろよおまえたち……」
間でスパークする何かを感じ取ったのか、スティーヴは仲裁に入る。
二人はそれをまるで取り合わないが。
「本当に生きていたら……わかっているの? ただでは済まさないから」
「あーら、何をおっしゃっているのです? そしてどうなるというのです? ふふ、でも……そうね、生きていれば、ね? 万が一生きていたのなら……その時は……」
バチバチと、火花が飛んだ。
スティーヴンは、その間に入り、「やれやれ、なんだって言うんだ……? これだから女同士は……」と肩をすくめていた。
そして――
オオオオオオオンンン――オオオオオオオオンンオオオオオオン――――
次の瞬間、耳にしたこともない、異様な翼音が辺りに響き渡った。
三人は空を見上げる。
否――
三人のみならず、おそらくは辺り一帯の生命は漏れなくそうしていた。
快晴の日。
その青かったはずの空には、
空一面を覆い隠すほどに巨大な、不気味な翼が広がっていた。
読んでくださりありがとうございます。
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