15 再会
(なんだアレ……?)
暗黒空間から地上へ向かって降下している最中――俺の住んでいたアーカム王国の東側辺りに、正体不明のやたら巨大な黒い影がひしめいているのが見えた。
いや、でもよくよく見てみると、なんか見覚えがないでもない。
(なんだっけな、最近似たような光景をどこかで見たような……)
思い出そうとしながら影に近づいていくと、それが影ではなく、馬鹿でかい二枚の翼であることが判明し、それでピンときた。
「ホルスじゃん……」
羽を広げると辺り一面が夜空みたいになるあのモンスターだ。
それを今度は上から見下ろしている形になるので、ちょっと感じが違ってすぐには思い出せなかったわけだ。
「てかあいつ何してんだ……? そもそもちゃんと倒したはず」
自分で言って、すぐに思い当たる。
奴の死ぬ間際の台詞――
――”アネ、ウエ……オキヲツケテ……”
そういえば姉がいるみたいなことを言っていた。
その時は更なる深層に待っているってことなのかと思ったが、違ったようである。
「まさか俺たちの星に侵略に来ていたとは」
呆れる。
あんなに糞雑魚い分際で、いったいなにを考えてんだか。
それとも弟とは違い、姉はメチャクチャ強いのか?
うん……?
降下して行くにつれ、眼下の地上での様子が徐々に明らかになっていく。
そして俺は――
その姿を見た。
ミネット。
俺の幼馴染みだ。
他にもなんかたくさんいるが、それしか目に入らなかった。
懐かしの、ミネット。
家族同然の――俺の幼馴染み。
その姿をこの眼でやっと見ることができて、素直に嬉しかった。
しかし――
久方ぶりに見た彼女のその表情は――
恐怖に染まっていた。
「――――――――っ!?」
それもそのはず、よく見れば、ホルス姉は馬鹿でかい魔力を両翼に集めていて、今にもそれをミネットの方に放出しようとしているところだった。
(なんかやべえ!)
なぜミネットはボウとしている? あんな雑魚相手にどうしたっていうんだ?
いや、今はそれどころではない。考えている暇はない。
俺は無我夢中で、即座に槍を構えてスキルを発動した。
「【黄金世界】ッ!!」
イコン・ヴェーダの聖槍から放たれた数多の魔弾が、ホルス姉へと飛んでいき、その両翼に五月雨のような魔法の雨を降らす。
それにより奴の翼は八つ裂きにされ、溜めていた魔法も霧散した。
俺はそのまま急直下でミネットの前に着陸し、肩に手を当て、声を掛ける。
「ミネット、無事か!?」
「…………え?」
ミネットは俺の顔を見て、ポカンとしていた。
まるで、何が起こったのか分からないとばかりに。
しかしそれでも、分からないなりにも、ただ一つのことに関してははっきりと理解したようでにわかに顔をくしゃりとさせる。
「ヴァンちゃん!!!!!!!!!」
「うわっ、ミネット、元気だったか?」
「元気だったかじゃないよおおおおおおお!!! ヴァンちゃんこそ元気だったの? 元気そうだよおおぉお良かったよおおお生きてたああ生きてたああああ!!!!!!!!」
彼女は俺に抱きついてきて、そのまま、大泣きをはじめた。
「……お前がそんなに泣いてるのを見るのは、俺んちにお前がお泊まりしに来た時に俺のベッドを貸したら、もう12歳なのにオネショかましちゃって俺のベッドを小便まみれにしてしまったあの朝以来だな」
「ウッサいバカあああ! そんなこといつまで覚えてるのおおお忘れてええもう忘れてええ!!」
「忘れようにも、……なんか未だにあのベッド香ってくるんだよな、小便の臭いが。きっとミネットが恥ずかしがってマットレス日干しさせてくれなかったから染みついちゃったんだよ」
「だって恥ずかしいじゃんおねしょとか! それにいっぱい出ちゃってたもんっ! てなに言わせるのおお!」
泣きじゃくる彼女を話して、顔を見つめて、
「ただいま」
と言う。
ミネットは目を真っ赤に腫らして涙を流しながらも、嬉しそうに笑って、
「おかえり!」
と言った。
「き、君は……いったい……」
「ヴァン・ダイン――!! う、うそでしょ……!?」
「う゛ぁ、ヴァン――!? 無能と名高いあの男か! こ、こいつが……!?」
背後が騒がしかったので振り返ると、見知らぬボロボロの男と見覚えのある汚れ一つついていない上位者がいた。
俺は彼らを無視して辺りを見回す。
どうやらホルス姉は国土を目指しているようで、出現場所らしき地点からここまでの間の大地に、膨大なる死体が転がっていた。
(よく分からないが、なんらかの事情で本気を出せずに手間取ってしまっているのか?)
そういう感じで察する。
国土の方からは更なる国からの増兵が来ているのが確認できた。
『――どういうことじゃ? 妾の翼はどこにいった? なぜ妾が地に足をつけている?』
翼を削ぎ落とされたことで大地に堕ち、うずくまっていたホルス姉が俺に呻きを上げる。
『貴様、このハトホルにいったいなにを――?』
どうやらハトホルと言うらしい。
「おまえはホルスの姉か?」
『……なぜ人間如きがその名を知っている? あやつは天楼から出たことは一度もない』
「その天の楼閣の66,666層で」
『ふっふは? 笑えん冗談じゃのう。あの深さまで人間ごときが潜れるはずが――……よもや本当なのか?』
「信じなくても、まあ俺は別に困らない」
『ふん、不愉快じゃ。……それで、さてはホルスのやつ、貴様を見逃したな? やりそうな事じゃ。自分のところまで辿り着いたことに免じ、逃がされたのじゃろう。まあ、気持ちが分からぬでもないが。キチンと始末しないのはあやつの悪癖じゃ』
「逃がすと言われたが、逃げなかったよ」
『…………なに?』
「アイツは、殺した」
『……………………ほう?』
面白い冗談だと本気で思ったようだったが、やがて、ハトホルは俺のまとう【飛翔】の翼形に気がついた。
『貴様……、その翼、どこで手に入れた……?』
「いっただろう? お前の、弟だ」
『ウソじゃ……ウソじゃうそじゃうそじゃうそじゃうそじゃ――』
何度もそう言って首を振っていたが、やがて、何かがキレたかのように、プツリと、動きを止めた。
そして――
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!』
悍しい叫びが、辺り一帯にこだました。
空気が震え、地響きが揺らす。
「ちょっと! なんかよく分かんないけどさっさとアンタそいつに謝んなさいよッ!! その人怒っちゃってんじゃない! かわいそうでしょうが!」
後ろから風圧で飛ばされないように踏ん張りながら、フレイアが非難してくる。
ていうかよくコイツ普通に話しかけてこれるな。
でもたしかに一理あるな。
可哀想なことを言ってしまったかもしれない。
「ごめん」
謝ってみた。
『そんなんで許すかアアアアアアアアアア!!!?』
逆上された。
まあそりゃそうだ。
「おい、フレイア、お前の言うとおりにしたら火に油だったぞ? どうすんだよ? あやまれよ」
「え、ご、ごめん! 悪いの全部そいつだから! その無能が全部悪いの! 私悪くないから!」
『皆殺しじゃああああッ!!!!!!!!!!!!!』
完全に怒りで我を失ったらしいハトホルは、謎の文字を吐瀉物のように辺り一面に吐き出していく。
「きゃああああ! 文字よ文字! また文字出した! すごい数なんですけどおお!? 死んじゃう! マジ死ぬ!」
「キミたち、俺がしんがりをつとめる! 逃げろオオオオ!!」
「ヴァンちゃん! もうあげた首飾りって無いんだよね? なら私の後ろに!!」
なんか多種多様な反応を見せている一同。
端的に言ってやかましい。
ので、俺は早急なる自体の解決を図ることにした。
サッと、メイン武器の槍からサブ武器のヴァジュラに装備を切り替えて――
「【Ice Class9・超常結晶】」
口早に、そう呟いてスキルを発動する。
「えっ――?」
すぐ前に立っていたミネットが驚いたような声を出していたが、
イイイイイイィイィイイイイ――
という、耳をつんざくような急激なる凍結による高周波の音波により掻き消える。
一瞬の出来事だ。
次の瞬間には辺り一面が分厚いクリスタルに覆われていた。
さながら、ここがもともと幾千年太陽が当たらず全てが凍りついている世界であったかのように。
見渡す限りの大地や木々が、クリスタルによって覆われている。
そしてその氷結の爆心地ともいえる地点――
その場所には、一本の巨大な墓標のようなクリスタルが立っていた。
「えー……と、」
クリスタルの前で、立ち尽くしてそれを見上げていたフレイアはポカンと口を開けて言い落とした。
「どゆこと?」
ハトホルはそのクリスタルの中で、一瞬にして凍結されていた。




