11 一年はとても速い
空を覆わんばかりの翼を背中から生やした、ハヤブサの頭部をもつ天使――
突如俺たちの前に飛びだしてきたこの階層のボスはそんな風体をしていた。
「ヨクゾ、ココマデキタナ。ヨモヤ、タドリツクモノガ、イヨウトハ……ソウテイガイデアル」
「…………師匠、あいつ喋りましたけど。そういうものなんですか?」
「いや、極めて初だね。実際、話しかけられたことに今僕は誰よりも動揺している自信があるよ」
実際彼は子供のように目玉を大きくして感動を顕わにしていた。
「ワレハ、ロクマンロクセンロッピャクロクジュウロクソウヲ、マモルモノ――ホルス」
「え……?」
俺は耳を疑う。
今あいつは、なんといった?
ロクマンロクセンロッピャクロクジュウロクソウ……?
66,666層!?
「えっ? ここ66,666層なの!?」
「マサシク、ソウデアル」
師匠に振り返る。
「あれ?」って言う顔を彼はしていた。
「五万までは数えていたんだよ」
知ってます。
「あれ……? もしかしてアレからそんなに進んじゃってた? 間違いない? ここ66,666層?」
「ウム、マサシク」
「マジか」
マジかじゃねえよ。
師匠、そういうとこだぞ。
前の9層ボスどころか、50,000層の記憶も曖昧なんじゃねえか。
気付かず16,666層も昇っちゃえるものなの? 人って。
「シタノ、テンソウソウチ……、ツカッテイナカッタノカ?」
「あっ……たしかに。転送装置のパネルで確認できたね。でももう階層に興味がなさ過ぎて、現階層はあんまりチェックしてなかったや」
「師匠って……大物ですよね」
「ええっ!? そうかい? そうかなあ? えへへありがとうヴァンくん」
皮肉半分、本心半分。
でもまあ、たしかに、何万もの階層を攻略していれば、数なんかに興味は薄れていくのかな。
師匠はつまり、二年で26,666層を踏破していたということになるのだから。
凄まじい数だな……。さすが師匠……。
「ならホルス、キミは66,666層に置かれた特別なボスということなのかい?」
俺たちの目の前の空で浮かぶホルスは、師匠の問いを首肯した。
「ソウダ。ワレハツヨイゾ。イカニオマエタチガ、ココマデコレタ、モサ、デアロウト、ケッシテ、カツコトハカナワヌ」
言うねえ。
でも実際、かなり強そうだ。
「ワレラハ、ココマデダレカガ、ジッサイニ、タドリツクトハ、オモッテイナカッタ。タワムレデアッタ。ユエニ、オマエタチニワレハ、ケイイヲイダイテイル」
「ありがとう、ホルスくん」
「ウム。ナノデ、オマエタチニ、チャンスヲヤロウ」
「チャンス? 何のチャンスだい?」
「ニゲル、チャンスダ。オマエタチニ、イチドダケ、ワレカラニゲルチャンスヲヤロウ。タタカッテモ、ゼッタイニ、カテヌ。シヌダケダ。オマエタチヲ、コロスノハ、オシイ。タチサレ。シタノ、テンソウソウチデ、チジョウニ、カエルガイイ」
俺は師匠を見返る。
むちゃんこ強そうな、このスペシャルボスが、ここまで来たことに敬意を表して、見逃してくれるらしい。
やったじゃん。
素直に俺は喜んでいた。
ぶっちゃけむちゃくちゃ強そうなホルスを一目見たときから、マジで今すぐ帰りたいと全力で心が叫んでいた。
――が、
「ふっ」
師匠は、違っていたらしい。
不敵に笑っていた。
「ナニガオカシイ」
「なにが? 全てだね。全て――キミの言っていることが漏れなく的外れで、全く以て笑いが止まらない」
そう言った師匠はもうまったく笑ってはいない。
むしろ、その顔に表情は無く、おそろしくすらある。
「不快だよ。侮蔑された気分だ。僕たちがキミに勝てないだって? はなはだ不愉快だ」
「ソンナツモリハナイ。タダ、ミノホドヲシレト、ソウイッテイタ。イヤ、シッテイルモノト、ソウオモッテイタ。ユエニ、シンセツシンデ、イッテイタ。シカシ――」
良かろうと――、ホルスは言った。
マジか――と俺は思った。
やるのか――と。
やる雰囲気だな――と。
師匠は俺に向かって、「言ってやったぜ」みたいなウインクをしていた。
今の彼の発言が俺たちの総意であると、そう本気で思っているようだった。
「ホコリタカキセンシニ、セメテ、アットウテキ死ヲ――」
ホルスはそれを最後に戦闘態勢に入る。
中空で膝を抱えると――そのまま、二体に分離した。
なんてインチキ。
「ヴァンくん、右のを頼むよ。左は僕がやろう」
当然のように一体を任せて背中を預けてくる師匠。
俺は苦笑する。
でも――
「わかりました」
そう、別に悪い気はしなかった。
だって、そんなことは生まれて初めてだったから。
誰かに信頼されることなんて、無能の俺には、これまでただの一度も無かった。
幼馴染みのミネットですら、戦いを俺に任せることはしなかった。
だから、尊敬する師匠に、それをしてもらえたことが、誇らしかった。
「見せつけてやろう」
師匠がそう言う。
望むところだった。
「オロカモノ、セメテ、アッケナク、死ヌガイイ」
俺の担当となった二体のホルスのうちの一体――ホルス乙と呼称する――は、そう呟くと、諸手を広げた。
なにかを仕掛けてくる――
そう予感する。
その前に先制攻撃を仕掛けるべく、聖槍を構えてスキルを発動する。
「【黄金時代】」
眼前に表れたスクリーン上で、ホルス乙の身体のあらゆる部分をロックオンしていく。
「ムダナコトヲ」
ホルス乙はそう言った。
そうして、俺の背後――つまり師匠が相手をしているホルス甲のほうに目配せしたかと思うと、
「なっ!?」
次の瞬間、二体同時に、一気に上空へに向かって上昇していく。
速い――もの凄い速さだ。
俺は慌てて【黄金時代】を放ったが、奴の速度は黄金時代の魔弾のそれよりもはるかに上をいっていた。
弾に追いつかれる事無く――気付けば、二体は、星の高さにまで駆け上っていた。
このダンジョンフィールドの構造は謎だが、さながら外の世界のように、どこまでいっても天井はないようで、空のはるか上空には、星の浮かぶ暗黒空間が存在しており、ホルス甲乙はその位置からこちらを見下ろしてきていていた。
俺たちの立っている位置は、一応雲の上である故か、超上暗黒空間にいるホルスの姿も(やはりほとんど点ではあるが)ある程度は確認できた。
「テモ、アシモ、デマイ」
しかし奴らの声ははっきりとこちらに届いた。
「シカシ、ワレラカラノコウゲキハ、オマエタチニトドク」
ホルス甲乙の周囲に、光の渦が収束していく。
「ワレノテイアンヲ、ムシシタコト、ワレヲ、アナドッタコト、死デツグナウガイイ」
言葉と共に、強力な光熱波が放たれた。
俺は立て続けに二つのスキルを発動する。
「【見つめるもの】」
「【頂くもの】」
マントのスキルである【見つめるもの】で魔力感知フィールドを展開し、光熱波を感知し捉える。
それにより【頂くもの】の発動条件が満たされ、俺と師匠を覆う完全防御フィールドが展開され、熱光波を防御する。
「フフフ、シンダカ?」
奴の声が聞こえたが、当然俺たちは生きている。
「おつかれ、ヴァンくん。さすがだね」
「いえいえ、余計なことをしてしまいましたか」
「ナッ!? ニンゲンガ、ドウヤッテ、イマノヲ!?」
煙幕がはれると共に、ピンピンしている俺たちを確認して、暗黒空間でホルス甲乙が驚愕している。
「おいおい、もしかして今のが全力なのか?」
「……ナゼイキテイルトキイテイル!」
どうやらそうらしい。
まさかの、この程度――。
俺はおかしくなった。
師匠を見る。
「ね? ムカついてきたろ?」
ウインクする師匠に、俺は苦笑を浮かべた。
なるほど――
師匠はすぐに奴の力量を見極めていたらしい。
「ですね、じわじわムカついてきました」
「なら、目にものを見せてやろうぜ」
師匠の言葉で、俺は空のホルス乙を見上げる。
「ナ、ナンダソノカオハ! ダカラトイッテ、オマエタチハ、ワレラニ、テモアシモ――」
「ロケット――」
師匠の声が聞こえた。
俺も負けじと、スキルを発動する。
聖槍の攻撃スキルの中で、最も高い弾速と、射程距離と、殺傷力を持つもの――
「【四季世界】」
槍を構えて、空に先端を向ける。
周囲に魔円環が複数展開され、それらがすべて槍の先端に収束されていく。
「ナンダソレハ、ソノチカラハナンダ、ヤ、ヤメ――」
発射。
師匠からはパンチが、
俺からは素速く鋭い一筋の熱光弾が。
それらが一瞬にして上空のホルス甲乙たちを貫いた。
ボトリ――
二体が空から落ちてくる。
「マ、マサカ……ソンナ、コンナコトガ……」
二体は一つに戻り、そうして飛ばされる砂のように消えていった。
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