10 新たな扉がたたかれる音
いよいよ超弩級ドラゴン討伐に挑む――
ということで俺たちはアジト階に戻り、これからは未踏破層へと進むことになる。
俺の最初に飛ばされた階層が50???層だとするならば、
アジト階が50???+1層で、
これから攻略していくのが50???+2層からということになり、ここからは師匠もまだ足を踏み入れていない未開の地である。
超弩級は九の倍数層にいる。
「ヴァンくん、もしかすると次の最初の一層目でいきなり弩級階ということもあり得るからね。油断しないようにね」
「……というか、前回の弩級階がどれくらい前だったのか分かればそんな心配もいらないですよね。なんとなく覚えてはいないんですか?」
それが分かれば”あとだいたい何層くらい”と目安を持って攻略計画を立てられる。
「うーーーーーーん……、そうだね、結構前だったような、そうでもなかったような」
「どっちなんですか」
「結構前かな?」
「結構って、どれくらい前なんですか?」
「うーーーーん? 三層の五回分くらい?」
「師匠、かけ算ってできますか? 普通に九を超えちゃってますけど……」
「うっ、ほんとだ! あーじゃあ、三の平方根くらいかな?」
「なるほど、……1.7320階くらい前だったんですね」
「ご、ごめんよ……」
「いいんですよ」
時々、この人は冗談で言っているのか単に天然で言っているのかが本気で分からなくなるときがある。今だ。
まあいずれせよ、次の九層のどこかに弩級層はある。
一応42,212層から一千層以上進めたばかりであるし、未踏破層とは言えそれくらいの数の攻略は然程問題ではないだろう。
未踏破層攻略――第一層目。
昇降床でそのフロアに降りる――と、そこに広がっていたのは――
「おおー!」
抜けるような青空と白い雲だった。
さながら白い砂浜と、そこに寄せては返す青い海のように、白い雲の大地に、青い空のさざ波が寄せては返している。
言うなれば、空の海である。
天空の抜けるような海が、一面に広がっていた。
「すごく綺麗な場所だね、ヴァンくん! さしもの僕でもこれには驚かされたよ」
過去一万の間にも、こんな奇抜で壮麗な景観のステージはなかったという。
「敵の気配もまるで感じられないけど……どうだろう?」
「一応調べますか」
俺は【見つめるもの】のスキルを発動する。
それなりに範囲を広げて索敵してみたが、敵は見当たらなかった。
「いませんね」
「うーん、おかしなことだねえ。はじめから敵がまったくいない層なんて、初めてだよ」
そう首を傾げなら、師匠は白い雲の大地に”天の楼閣 50???層”と指先で刻んだ。
一度来たという目印で、階数を数えなくなってからも続けているルーティーンであるとのこと。
おかげで俺も、やって来てすぐにそこが並々ならぬ場所であるとすぐに警戒できた。
「まあしかし、水場というのはことダンジョンでは貴重なものだ」
師匠は人型に戻ると、青空の海に手を付ける。
ピチャピチャと、音がした。
空のように透き通ってはいるが、たしかに水ではあるようだった。
「ヴァンくん、実はね、僕はここ最近、常々キミに言いたかったことがあったんだ」
師匠はそこで神妙に振り返る。
「な、なんですか……?」
「うん、なんて言うかね、とても言いにくいことなんだが」
その表情はとても重苦しく、並々ならぬことをこれから口にすることが察せられた。
「今の僕たち、とてつもなくクサいよね」
あ、はい。
というわけでずっと風呂に入れていなかった男同士での水遊びが始まった。
お互い服を脱ぎ捨て、青空のように透き通った海で泳いだり、水を掛け合ったり、白い雲浜で雲の城を造ったりした。
「あはは、ヴァンくん、ほうら」
しかし一つだけ大きな問題があった。
そうそれは、師匠があまりにも可愛すぎるということだ。
ほら、今だってチョー可愛い。水をこっちにピチャピチャしながら、天使みたいな笑みを浮かべてる。
(くっ……! くそ……! か、かわいい、かわいいぞ、なんだあれ……!)
師匠は男だし、声もガチムチマッチョだけど、しかし純粋に見た目だけなら超絶美少女なのだ。
ていうかもし彼がそのまま女子なら、俺はその人を理想の女性として崇め奉っていてもおかしくないほどの好みの容姿をしている。
しかも困ったことに、脱いでも普通にスレンダーな女子として通用するルックスなのだ。
そしてなにも付いてない。彼らの種族のオスは皆男性器を持たぬらしい。
だから脱いでもイケる。イケてしまう。
問題なくホントに美少女そのものだ。
つまりこいつ性別と声はオスなのに他全部俺の理想の女性でしかないのだ。
「そ、そんなに僕のあそこをジッと見ないでもらえるかい……? 僕たち”大海の守護者”はキミたちのようには付いてないから、なんか……分かるだろ?」
師匠はそう言って、股間を隠して恥じらいだす。
(く、くそ……ど、どうしよう……)
間違えるな、ガチムチマッチョだ。思い出せ、こいつはガチムチマッチョなんだ。
師匠と二人、裸族でバカンスしている終始、俺は例の説法を頭の中で繰り返していた。
気を抜くとすぐによぎる邪念をそうやって払いのけることに俺には必死だった。
(なんだこれ? なんなんだこれ……? どうして俺がこんなことで悩まないといけない? なんなんだこれ)
しかしそれも、いいかげん我慢の限界だった。
「どうしたんだい? ヴァンくん、なんだかちょっとずつ様子が変だけれど……」
超絶美少女が下から俺の様子を覗き込んでくる。
何かがキレそうだった。
「し、師匠ッ!!」
「え……っ!? な……、なんだい?」
だからとうとう俺は師匠の肩をガシッと掴み、そして言った。
「頼むから今すぐ服を着ろ!」
そしてそれを二度と俺の前で脱ぐな。
「え、あ、はい」
――と、その直後。
背後――いや足下か。
青空の海のはるか深きところより、何かが高速で浮上してくるのが分かった。
ザパアアアアン――
それは海の外へと――俺たちの前に姿を現わす。
「――――ッ!?」
あまりにも大きい。
まるで天を覆う空が、そのまますべて巨大な生物になったかのような、それ程に規格外のサイズのモンスターだった。
「あ、あれが……もしかして超弩級ドラゴン!? そうなんですか師匠!?」
師匠ってホントに九層ごとにこんなの倒してきていたの?
すごすぎるんだけど。さすが師匠。
ていうか俺こんなの倒せる気しないんだけど。
そう思って振り返ったら、師匠も青ざめて首を振っていた。
「いや……、僕の知っている弩級ドラゴンは……こんなのじゃないな。さすがにもっと小さい。てか、何なんだろ……これ?」
ええぇえええええ……。
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