第十一話「王都への道」
俺は何もやましいことはしていない。
「ご、ご主人様、しゅごいですぅ」
繰り返すが、俺は何もよこしまなことはやっていない。
「ご主人さまぁ、もっと、もっとくだしゃいぃ」
ラムが蕩けきった顔で俺にしなだれかかってくるが、それでも俺はやっていない。
「ご主人様、焦らさないで、はやく、はやくぅ」
「お前ら! 何で飯食ってるだけでそんな展開になってんだよ!」
乗り合い馬車で同行している中年男が俺達に向かって叫ぶ。俺も聞きたいよ。俺達はただ食事をしていただけなのだ。
昨日、何事も無く眠れぬ夜を過ごし、俺達は乗り合い馬車に乗って王都へと出発した。今は馬の休憩を兼ねて昼食にしていたところだ。そういえばラムには味覚操作のことを話していなかったと思い出し、味気ないパンを甘くして食べさせてやったら先ほどの騒ぎとなったわけだ。
「でもでも、ご主人様の魔法すごいんですよ! とっても甘くて美味しいんです!」
「あぁ? 何だそりゃ。いや、以前ちらっと聞いたな。市場で砂糖を無限に作り出す魔法使いが出たとかなんとか」
「大分尾ひれがついてますが、多分俺ですね。良ければ試して見ますか?」
いぶかしげにこちらを見ていた中年男は、少しだけ迷いを見せたが、すっと手を差し出してきた。やっぱり気になってはいたんだな。味覚操作をしてやると、かなり驚いた様子で目を見開いていたが、パンを食べ終わる頃にはすっかり上機嫌になっていた。
続いて他の同行者達にも、挨拶代わりに味覚操作をかけてまわる。今回王都に向かうのは俺達を入れて七人。先ほどの中年男とその奥さん。商人風の小太りの男と、その奴隷らしき蛇人。そしてよぼよぼの御者の爺さん。皆一様に喜んでくれていたようだが、予想外にも一番幸せそうなのは中年男であった。
「兄ちゃん、なかなかやるじゃねぇか! 馬車の旅は飯がまずくて嫌いなんだが、今回は楽しめそうだな!」
今後も飯のたび要求されるんですかね。まぁいいけど。王都までは一週間ほどの旅程。それまで同行するのだから、仲良くなっておくに越したことはない。美味い飯があれば大体は幸せな気分になれるのだから、そういう意味でこの能力はなかなかに便利だ。
「ご主人様ぁ、私にももう一回お願いします」
ラムが照れながら俺におねだりをする。おねだり、甘美な響きだ。実情は色気も何もあったものじゃないが。というか、この子本当に奴隷? こんなストレートに要求したりするもんなの? 気楽だし、ラムが幸せそうだから別に良いんだけど、奴隷のイメージがガラガラと崩れて行っている気がする。
「良いけど、声あげないようにな」
「えへへ、努力します」
結局、ラムは声を我慢できなかった。周りの目線が痛い。止めさせないと社会的に俺が死ぬ。王都に着くまでに何とかすることを固く決意する。
その日は何事もなく道を進み、日が傾き始める頃に野営の準備を始めた。とは言っても、俺は野営なんてしたことがないので、見よう見まねでやってみているだけだ。薪を集めるのすら、生木が混じっていたりして他の乗客に呆れられた。
「ご主人様、今まで良く生きて来れましたねぇ……流石です」
その哀れむような「流石です」は、止めてくれ! 自分でも分かってるから! ち、畜生。いつか絶対見返してやるからな!
「それで、この後はどうするんだ?」
「見張りを立てながら交代で休みます。最初は御者さんとあちらの夫婦さんで、その次に私達が見張りの番みたいです」
「じゃあ先に寝させてもらおうか」
「はぁい」
ラムは意気揚々と寝床をこしらえ始める。その辺の草や荒い布を使ってテキパキと手際よく準備を進める姿は普段のおっとりした様子とはまるで別人だ。実際に寝転んでは感触を確かめ、微調整を何度か繰り返してようやく満足したのか、にっこりと笑みを浮かべて俺を招いた。
「ご主人様、準備できましたよぉ。早く寝ましょう!」
「あ、うん」
まだ一緒に寝ることに恥ずかしさを感じずにはいられない。おずおずと毛布の中に入ってみると、意外なほどにしっくりと来る寝心地だ。昨日の固いベッドよりも快適かもしれない。
「これは寝心地いいな」
「えへへ、寝床を作るのは得意なんですよ」
ラムは嬉しそうな笑顔を浮かべる。いや、得意げにして良い技術だ。素晴らしいよラム君。良いにおいもするし、完璧だな君ぃ!
香りに気をとられているとまた眠れなくなるので、空を眺めて心を落ち着かせる。満天の星空が眼前に広がっている。言葉に言い表せない感動が胸に押し寄せる。異世界に来て最初の数日は野宿だったが、星空を綺麗だと感じるような余裕もなかったからな。
「すごいな」
思わず口から感嘆の声が漏れた。
「ご主人様って、不思議な人ですねぇ」
ラムがぽつりとこぼした。
「何が?」
「だって、あんな魔法も使えて、奴隷を買えるくらいにお金持ちなのに、全然偉ぶらないですし」
「魔法も金もたまたま手に入っただけだからなぁ。それで威張り散らすのって格好悪くないか?」
「偶然でも何でも、手に入れたのなら自慢したり振りかざすのが普通ですよ。貴族様なんか典型じゃないですか」
ラム、意外と毒吐くよね。
「それなのに、野営の仕方も知らないし、今は夜空を初めて見たような顔してます」
「あー俺の故郷では、こんな風に外で寝るなんてほとんど無かったし、星もこんなに綺麗に見えなかったからな」
「そうなんですか? 町の中だけで生活できるなんてすごい良いところですね。私も行ってみたいです」
「俺の故郷に行くのはちょっと、難しいかな」
元いた世界のことを思い出す。両親や友人達は元気だろうか。もう、あそこへは帰れないのだろうか。いや、俺は帰りたいのだろうか。色々な感情が頭を渦巻いていた。薪の弾ける音が妙に大きく響いている。
「それじゃあ、私の村を案内しますよ」
「ラムの?」
「はいー。ご主人様の故郷には及ばないと思いますが、のどかで食べ物も美味しいんですよ」
ラムの故郷か。行ってみたいな。思えば異世界に来てからは流されてばかりで、何かをしたい、なんて思うこともなかった。王都の用事が片付いたら行ってみよう。元の世界に戻る、なんてのは、この世界を満喫してからで十分だ。そう思うと心が晴れていく気がした。
「そうだな。そうしようか。ありがとう、ラム」
「ご主人様に気に入って頂けるいいんですが」
にへっと笑うと、ラムはそのうち寝息を立て始めた。俺も徐々に瞼が重くなってきた。
「兄ちゃん、交代の時間だ」
揺り起こされて目が覚めた。だ、誰だ!? 眼前に迫るいかつい顔の男に驚いていると、意識がはっきりしてきて、同行している中年男だとようやく認識できた。
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、あとよろしくな」
中年男が去っていくのを見届けて、横で寝こけているラムを起こす。
「ラム、見張りの時間だ」
むにゃむにゃと眠そうに口元を動かすラム。目を開ける様子はない。寝るの好きそうだもんな。
「ラムー、朝だぞ、起きろー」
強めに体を揺さぶるが、意に介さず寝息を立てるラム。少し嫌な予感がする。
「おい、ラム!」
肩に手をかけて、本格的に起こそうとしたが、的確に手を打ち払われた。えぇー……。ラムは何かから隠れるように体を丸くして、再びぐぅぐぅと心地良さそうな眠りに落ちていくのだった。
こ、このポンコツ護衛が! 全然起きる気配ないじゃねーか! 羊人は気配察知が得意、とか絶対嘘だろ!
その後、ラムを起こそうとしばらく努力したものの、徒労に終わった。結局次の交代まで怯えながら一人で見張りをするのであった。




