第十話「初めての夜」
よくよく考えれば、立場を利用してコトに及ぶというのは、みっともないと言うか、男として情けないというか、とにかく自分にはできそうにもない。童貞臭いと笑いたければ笑うがいい。いつか、彼女を心の底から惚れさせれば何も問題はない。
決意を新たにしたところで、店のドアが開いた。そこから出てきたのは店員と、羊人族の超絶美少女であった。日の光の下で見るとさらに輝いて見える。店員が何やら挨拶をしていたようだが、よく聞こえない。
「ラムと申します。これからよろしくお願いいたします、ご主人様」
うっ! さっき固めた決意が今にも崩れ落ちそうだ。破壊力抜群の笑みに何とか耐える。
「こちらこそよろしく。俺はリョータだ」
気を取り直してラムを眺める。身長は俺より少し低いくらい、年齢は同じくらいだろう。麻の服を着て、手荷物は何もなし。首には小さなチョーカーが巻かれ、主人である俺の名前が書かれている。ブラウンの瞳はくりっとしていて非常にキュートだ。体つきは柔らかそうで、特に胸部は歩くたびに大きく揺れて俺の目を惹きつけてやまない。
いつまでも見つめていたいが、そういうわけにもいかない。彼女に今後の予定を簡単に説明する。
「さて、早速だけど、俺達は明日の乗合馬車で王都に向かう」
「流石です、ご主人様」
「今日はその準備をする。まずは装備品を買い揃えよう」
「流石です、ご主人様」
「……その後に食料品とか、長旅に必要なものを入手する」
「流石で」
「ちょっと待て!」
発言に違和感しかない。全然賞賛されるポイントなかったよね?
「どうかされましたか? ご主人様、流石です」
「その機械的な流石です、ってのは何?」
「奴隷商の方が、とりあえず言っておけば間違いないと」
またあの商人か。やり手っぽく見せてたが頭悪いのだろうか。それともラムが教え込んでも覚えないから苦肉の策でこれを教えたのか? 異世界人は皆おだてに弱い、というのであれば間違った戦略ではないのかもしれないが。
「私、あまり頭が良くないので、迂闊に喋らない方が良いと忠告を受けまして」
少し俯き気味に答えるラム。言葉遣いが悪くて折檻される、なんてこともあるだろうから、悪くない措置なのだろうか。いや、それにしても限度があるだろう。馬鹿にされてると取られてもおかしくないと思うよ?
「えーっと、流石です、は使わなくていい。それに、口調なんかも気楽にしてくれていいよ」
「え、ほんとですかぁ? いやぁ、助かりますぅ。敬語とか、堅苦しい喋り方苦手なんですよぉ」
急に軽いな! ちょっと予想外だよ! ふにゃんとした笑顔とおっとりとした喋り口調。多分これが彼女本来のものなのだろう。気楽にして、と言った瞬間にそうする警戒心の無さは、少し心配になるが……
「それじゃあご主人様、改めてよろしくお願いしますね?」
可愛いからいいか!
町を歩き、アンナの母親お勧めの武具屋に入る。頑固そうなドワーフの爺さんが店員で、いかにも武器職人という雰囲気だ。こちらをじろりと見ると、興味なさげに手に持った剣を研ぎ始めた。
「まずは装備か、ラムはどんな武器使うんだ?」
「そうですねぇ。訓練ではメイスとかハンマーみたいな鈍器が合ってるって言われました」
「そうか、じゃあラムの武具を優先して揃えよう」
「え? あのぉ、ご主人様の装備を優先する方が良いと思うのですが」
ラムが困惑したように声を上げる。それに対し俺は首を横に振る。
「いいんだ、ラムにはあまり痛い思いをして欲しくないし」
護衛として戦いを強要しておいて何だが、これも本心だ。極力怪我をしないように、できるだけ良い装備品を用意してやりたい。
「それに、俺が何を装備したところで戦力外だしな!」
「……流石です、ご主人様」
ラムさん? 「流石です」をため息混じりに言うのは止めてもらっていいかな? がっかりされた感が半端無くてちょっと心折れそう。自分でも情けないのは分かってるんだけど、事実だから仕方ないんだ。
武具屋では鉄のメイスと二人分の皮製の防具、ナイフや小さめのナタなどを購入。その後、市場で食料、水、ロープやランタンなどの物資を買い揃えた。お馴染みとなったアンナの宿屋へたどり着いたときには、日が傾きかけていた。
「あ、リョータさん、お帰りなさい」
宿に入った俺にアンナから声がかかる。アンナの視線が俺の後ろから入ってきたラムに向くと、アンナは目を丸くした。
「獣人さんだー! こんにちは、アンナはアンナだよ!」
実にアンナちゃんらしい自己紹介である。かわいらしい仕草に目を細めていると、奥からアンナの母親がやってきた。
「あら、リョータさんお帰りなさい。そちらの方が」
「はい、護衛をお願いしているラムです」
「ラムと申します。よろしくお願いいたします」
ラムは優雅に一礼した。先ほどまでのおっとりとした動きとは違い、気品を感じる動作だ。奴隷商人に叩き込まれたのだろう。アンナはそんなラムに駆け寄り、前後左右から興味深げに観察していた。
「ラムさん、おっぱいすごいね!」
「ぶふっ!」
爆弾発言を落とした。確かにすごいんだ。わかる。俺も言いたい。感動を共有したい。この世にある全ての賛辞の言葉を並べて褒め称えたい。
「こら、アンナ!」
「ふふふ、すごいでしょう。村でも一番大きかったですから」
「うん、すごいすごい!」
母親はたしなめているが、ラム自身は気にした様子もなく、むしろ自慢げである。アンナはラムに抱きつくと、胸に顔を埋め、幸せそうに笑っている。う、羨ましい! 女の子同士ならあれが許されるって言うのか! 俺、今なら血の涙が出せそう。
荒くなりそうな呼吸を無理やり落ち着けて、いつもの強面親父に話しかける。
「えーっと、今日は二人なんですが、料金は?」
「部屋はあのままで良ければ、食事二人ぶんで銀貨三枚だ。二人部屋に移るなら銀貨三枚と銅貨五枚だな」
それは、つまり、ベッドは一つ、寝るのは二人、ってことですよね? 是非もない。無言で銀貨三枚を支払う。いやいや、違うよ、お金が心もとなくなってきたから、節約のためだよ。もしかしたら何かあるかも、なんて思ってないよ?
「もうお食事も準備できますが、どうされますか?」
「じゃあお願いします」
「わぁい。ごはん、ごはん。ご主人様ありがとうございます」
ラムが何事も無く向かいの席に座る。いや、良いんだよ、そこに座るんでいいんだ。だけど、良くあるパターンとして、奴隷は当然のように床に座って食べ始めようとするのを、主人公が辞めさせて同じ席で同じ食事を摂るように命じる、ってイベントがあるじゃないですか! そこで主人公の優しさに触れて、奴隷少女が惚れるって大切なやつが! どうなってるんですか責任者さん!
「その、昔知人に聞いたんだけど、奴隷は床で食事させられたりする、とかってのは本当?」
「……なんでそんな無駄なことするんです? 汚いし、通行の邪魔だし、何も意味ないじゃないですか?」
あ、うん。そうだね。全く持ってその通りだと思います。
「奴隷にはちょっと安いものを、ってのは聞きますけど、大体同じ時間に同席して食べるのが普通ですよ。宿側も、二度も準備するの大変ですし」
そこまで話すと、何かに気付いたかのように、ラムは見る見るうちに顔を曇らせていった。
「も、もしかして、私と一緒に食べるのは、嫌でしたか?」
盛大に勘違いしている! 慌てて弁明する。
「あ、いや、違う! 一緒に食べれて嬉しいんだ! ただ、その、以前聞いた話がどうしても気になったから……無神経でごめん」
「良かったですぅ、初日から嫌われたらどうしようかと思いました」
ラムは心底ほっとしたかのように胸をなでおろした。
「そんなこと絶対ないから! その、俺は田舎から出てきたばかりで、あまり世間の常識知らないからさ、変なこと言っちゃうこと多いと思うんだ。だから、ラムが色々教えてよ」
「はい! 私に分かることでしたらなんでも!」
目じりに溜まった涙を指で払うと、いつもの笑みを浮かべてくれた。あぁ、いきなりラムを悲しませてしまった。自己嫌悪。食事は味がしなかった。
食事を済ませて部屋に戻り、明日の出発に備えて荷造りをする。とはいえ、今日買ってきたものをかばんに詰め込むだけなのですぐに終わった。窓の隙間から月明かりが漏れている。月光を受けたラムは神秘的な美しさを放っていた。
電灯などない異世界では、夜は寝るものだ。そう、寝るのだ。今から、ラムと、同じ部屋で。ラムが俺に心を許すまで、こちらからは手は出さない、と決めている。そう決意してはいるが、もしかしたら、と思わずにいられないのが恋愛素人の悲しい性である。
「そ、そ、それじゃあ、そろそろ、寝ようか?」
「あ、はぁい。毛布お借りしますね」
かなりの覚悟を決めて発した言葉は震えに震えていた。それを意にも介さず、ラムはせっせと床に毛布を敷き、自分の寝床を作る。ベッドは主人のもの、というのがこの世界の常識のようだ。
緊張で喉がカラカラに渇く。言え。言うのだ、俺よ。
「いや、ベッドに余裕あるし、こっちでもいいよ?」
言った! 今世紀最大の度胸を振り絞ったという確信がある! 今日の俺はすごいぞ!
「あ、いいんですかぁ? じゃあお言葉に甘えますね。あ、壁側と通路側、どっちが良いですか?」
「え、あ、え、じゃあ壁側で」
「はぁい。いやぁ、こうしてると実家で弟達と一緒に寝てたこと思い出しますねぇ、ふふふ」
対するラムの反応は異常に軽かった。毒気を抜かれるどころの話じゃない。俺の緊張を返して。
いや、だがまだ希望はある。状況は良い。同じベッドに男女が二人。互いの体温を感じられる程の距離。ラムの俺に対する感情は、そこまで悪くない、と思いたい。つまり、何かが起こっても不思議ではない! いや、起こって欲しい!
「ぐぅ」
……願いむなしく、ラムの寝息が部屋に響き始めた。
寝るの早いね君! というか、俺全く男として意識されてない? 弟扱い? ちょっと、っていうか大分悲しいんですけど? 奴隷商人が、発情期以外は期待しないように、とは言ってたけどここまでとは流石に予想外だよ。
「……まぁ良いか」
あんまりにもラムの寝顔が幸せそうだったので、満足してしまった。緊張やら何やらで寝れるかどうか分からないが、とりあえず目を閉じる。隣からは太陽の香りがした。




