第九話「奴隷」
奴隷。現代日本に生きていて良いイメージを持つ人はあまりいないだろう。俺も奴隷制なんて人を人として扱わないような制度に嫌悪感がある。だが、ここは危険極まる異世界であり、自分には悲しいことに戦闘能力が皆無である。戦える奴隷を雇って、一緒に旅をするのがベストなのだ。
というのは建前だ。本心は、俺もついに可愛い女の子奴隷とキャッキャウフフができる! という邪な心が俺を突き動かしている。エロは全ての原動力なのだ。
「随分と綺麗な建物だな」
そうしてやってきたのは昨日、アンナの母親に教えてもらった奴隷商人の店である。イメージだと、薄暗くて汚い、スラムの片隅にあるかと思っていたのだが、意外にも大通り傍で普通に営業していた。
「いらっしゃいませ」
店に入るともみ手をしながら中年の男が近寄ってくる。ここの店員だろうか。こぎれいな格好で人当たりの良さそうな雰囲気の男で、ぱっと見では奴隷商人とは思えない。
店内も、宿と変わらない普通のつくりだ。牢屋に奴隷をつなぎっぱなしで、じめじめした不潔な場所だと思っていたのだが。商談スペースだからだろうか?
「えーっと、王都に行くまでの護衛をできるような奴隷を探しているんですが」
「さようでございますか。あいにく男性の奴隷は今は在籍しておりませんので、紹介できるのは女性のみですがよろしいですか」
願ったりかなったりだ! あ、いやいや、男の方が頼りになっただろうに、女性しかいないのでは仕方ないな、うん。いやー残念ダナァ。
「ええ。ですが、男性がいないというのは何故でしょう」
「元々男性の方が売りに出る数は少ないのですが、最近は町の拡張工事など力仕事が必要となることが多く、売れ行きが良いのです」
なるほど。単純な力仕事に従事させるなら、男の奴隷を使うのが合理的だろうし、需要が高まってるのだろう。でも、元々売りに出る数が少ないってのは何でだ?
「お客様はあまり奴隷についてご存知ないようですね」
「恥ずかしながら、田舎の出なものでして」
「奴隷となるのは困窮した農民や町人です。畑を耕すにせよ職人として生きるにせよ、体力がある方が稼ぎが多く、家を維持しやすい。ですので、男は畑や家業を守るために残し、女を口減らしも兼ねて奴隷に落とす、という傾向が強いのです」
ふむ。女性の人権が見直されるのは、地球でも相当後になってからだったはずだから、こういうものなのかもしれないが、何と言うか、かわいそうだな。
「ですが、奴隷になれるものはまだ良いほうです」
「えっと、それはどういう?」
「戦える者は護衛として、読み書きや計算ができる者は商人の補佐などとして、お買い上げ頂ける可能性が高いので、当方でも優先して確保します。しかし、何の技能もないものを確保しておくことは、食費や生活費の観点からできません。ですので、身売りに来てもお断りする場合が多いのです」
奴隷にすらなれなかった者は……か。異世界、えげつないよ。知識も技術もないやつは野垂れ死にとか、辛すぎません?
「とはいえ、初めから農民や町人で何かしらの技能を持っている方は少ないです。ですので、面接にて見込みがありそうだと思えば、一度引き取って教育を施して売りに出す、ということもしております」
救いはあった。多少かもしれないが。
「話が長くなってしまいましたな。早速、護衛としてお勧めできる者を連れてまいります」
数分後、店員は三人の女性を連れて戻ってきた。
一人は二十台後半くらいの、がっちりとした体型の女性。
もう一人は、緑っぽい色の皮膚に鱗がところどころに張り付いたトカゲ顔の生物だった。ゲームでよく見るリザードマンのような種族だろうか。
最後の一人は、とてつもないたわわな胸をお持ちだった。思わず二度見した。いや、釘付けになって離れない。これが、巨乳が持つ魔性の力なのか!
「えー、一応ご説明させていただきますね」
店員が苦笑していた。そんなに酷かっただろうか。いや、女性陣もかなり呆れ顔だから、かなりじっくり見てしまっていたのだろう。顔が熱くなる。
「こちらは人間族の元傭兵です。この中で一番腕は確かです。犯罪などで奴隷落ちしたわけではありませんのでご安心ください」
「はい」
「こちらは蛇人族の戦士です。硬い鱗が特徴で、生半可な武器はものともしないでしょう」
「なるほど」
「そして、こちらは羊人族の町民です。耳や鼻が良く、気配を察知するのが得意です。また、こちらで戦闘訓練もさせましたので、街道のモンスター程度なら軽くあしらえます」
頭から軽くカールした角が生えている。肩辺りまで伸びたふわふわの白髪も合わせて、確かに羊を連想させる。眠そうな目が印象的だ。そして圧倒的なボリュームを誇る双丘。
「当店でお勧めできるのはこちらの三名です。ご要望とあらば他の者も連れてまいりますが」
確認するまでもなさそうですが、なんて声が聞こえてきた気がする。いや、確かに心は決まっているのだが。見透かされた気分で恥ずかしいやら何やら。
「そちらの、羊人族の方をお願いします」
決意を込めてそう告げる。ドキドキする。嫌がられたり拒絶されたらどうしよう。女の子に告白する時ってこんな感じなんだろうか。思えば、日本でも片思いしたことはあれど、思いを告げるなんてやらなかった。こんなにすごいのか。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
地面に下げていた目線をそろそろと上げると、彼女と目が合った。途端に、花が咲くような笑顔を向けられる。心臓が高まる。やめてくれ! 彼女いない暦が年齢に等しい男にそんなことはしないでくれ。勘違いしそうになる。あれは営業スマイルなのだ、そうなのだ。頭では分かっていても、心は嘘のように弾んでいる。
「価格や注意事項などの説明もまだなのですが、よほど気に入って頂けたようで何よりです」
「あっ!」
そうだった、またやらかしてしまった。周りが見えなくなる癖は本当に直さないとな。
色々と準備があるから、と彼女達を一旦下がらせて、店員は俺に向き直った。
「それにしても、三人とも随分と健康そうでしたね。勝手なイメージですが、食事も満足に与えられず、不潔な牢屋につながれて、弱りきっているものだとばかり思っていたのですが」
「ははは、随分と悪いイメージを持たれててしまっているようですな、まだまだ我々の努力も足りませんね」
「あ、すみません! そういうつもりでは」
うっかりテンションが上がって余計なことを言ってしまった。
「いえ、そういう悪徳な奴隷商人がいるのも確かなのですよ。経費を抑えられますから。売りに出すときだけ肌が明るく見えるよう化粧をして、数日も経たぬうちに病気や体力の低下で死ぬ、というのも良くある話なのです」
「そうなんですか」
「しかし、それでは信用を失います。こういう言い方も良くないかもしれませんが、彼女達は、貴重な商材です。そして、我々がその才を見抜き、時には磨いて送り出す、私達にとっての誇りなのです。大切に扱うことは当然のことです」
奴隷商人にもプライドというのか、美学というのか、経営哲学のようなものがあるのだろうか。なんとなく、彼には信頼が持てるような気がする。
「すみません、つい熱くなってしまいました」
「いえ、興味深いお話でした」
「お恥ずかしいですな。それでは、本題に戻りましょう。彼女ですが、金貨五枚でお譲りいたします」
相場が分からない。アンナちゃんの宿二五〇泊分と考えると結構な額だが、人一人の値段と考えると安すぎる感覚もある。一応クラリスから餞別として金貨十枚もらっているから、支払いは問題ないな。
「金額はそれで問題ありません。彼女達の取り扱いについて何か注意事項はありますか?」
「食事と寝床の準備は雇い主の義務ですので必ず用意してください。また、奴隷が犯罪を犯すと雇い主に責任が及ぶ場合がありますのでご注意ください」
「わかりました」
「これは、個人的なお願いになりますが……奴隷はどんな命令でも従います。ですが、心はどうしても疲弊します。無茶な命令は極力なさいませぬよう、時には休息を与えてやっていただけると嬉しく思います」
この人、なんで奴隷商人やってんだ? 滅茶苦茶いい人っぽいぞ。
「はい、そうしようと思います」
「ありがとうございます。それでは、御代を頂戴いたします」
金貨を差し出す。店員は書類に何やら書き込み、促されるままに俺もそれに署名をする。
「これで彼女はあなたの奴隷となりました。これ以降一切の返品や苦情は受け付けませんのでよろしくお願いいたします」
「はい」
「ところで、女性の奴隷ですので、夜伽の相手をさせることもあるかと思います」
「ぶふっ!」
夜伽!? それって、つまり、アレですよね!? 男女がくんづほぐれつ、キャッキャウフフするという。本で予習はバッチリです!
「もちろん、彼女は処女ですのでその辺りはご安心ください」
思わず唾を飲む。先ほどチラリと見た彼女のあられもない姿を幻視し、つい顔が緩む。
「羊人族も含む獣人には、発情期というものがありまして」
発情期。文字だけで想像が膨らむ。漂うこの淫靡な響きは何なのだ。
「発情期の獣人たちは、それはもうすごいことになるそうです。ハマってしまった貴族が身を持ち崩すというのも珍しくありません」
や、やめろ! これ以上俺に想像をさせてどうするつもりだ、このオッサンは! 立てなくなるだろうが!
「ほ、ほう。そうなんですか」
「ええ。逆に、発情期以外ではあまり性的に興奮することはないようで、夜伽をさせても反応が薄いらしいのです。件の貴族に言わせれば、人形を相手にしているようでつまらん、だそうです」
それは、なんというか。初心者にはハードルが高いプレイになりそうで辛いな。
……ん? そういえば。
「ちなみに、発情期っていつ頃なんですか?」
「春先頃ですな」
「今は?」
「初夏ですな」
一年お預けかよ! ふざけやがってこの野郎! さっきはいい奴だなんて思ったがとんでもない、こいつは最低のクズだ! 俺は心の中でむせび泣いた。




