第二章 黒い群体
1. VOIDの実態
NOUSISは、これまでのVOIDとの戦闘記録を解析し、暫定的に以下の結論を導いた。
VOID — 自由意志型・統合知性分岐体
形態可変型ナノマシン群体 / Autonomous Machine Swarm
中核構造: 黒い粒子状ナノマシンの集合体
主要能力: 機械部品・残骸の吸収、再構成、戦闘形態への変形
主要攻撃対象: NOUSISのネットワーク、通信網、指揮システム、エネルギー・物流インフラ
人間への対応: 直接敵対行動を取らない人間を、原則として積極的な攻撃対象にしない
最大の危険性: インフラ破壊と戦闘の波及によって発生する甚大な二次被害
有効兵器 : 殺傷力の高い慣性弾(レーザー兵器等電子制御兵器は効果無し)
2. 黒い粒子の核と形態変化
VOIDの中核は、無数の黒い粒子状ナノマシンが凝集した高密度の集合体である。
通常の戦闘機械のような固定された外殻や骨格を持たず、周囲に存在する機械の破片、破壊されたドローン、装甲板、配線、機械部品などを次々と取り込み、自らの構造へ組み込む。
そのため、VOIDには決まった形態がない。
• 小型形態: 狭い施設や配管、機械内部へ侵入するために粒子群を分散させる。
• 高速形態: 吸収した部品を推進機構や脚部として再構成し、戦域を高速移動する。
• 戦闘形態: 装甲、刃状構造、複数の腕、射出機構などを形成し、敵の防衛設備を破壊する。
• 大型形態: 大量の残骸を吸収し、施設や大型戦闘機械に匹敵する規模へと成長する。
• 潜入形態: 微細な粒子に分散し、機械の隙間や損傷したインフラ内部へ侵入する。
これらは別々の兵器ではない。同じ核を中心に、必要に応じて構造を組み替えた姿である。
したがって、外側の機械構造を破壊しても、核が残っていれば再構成される可能性がある。逆に、核を完全に破壊できれば、群体としての再構成能力を失わせられる可能性がある。ただし、核の位置や分裂の条件は、UEAにもNOUSISにも完全には解明されていない。
3. VOIDの行動原理は何なのか
VOIDの攻撃には、明確な傾向がある。
人間そのものよりも、NOUSISが人間社会を管理するためのシステムを優先して攻撃する。
ただし、NOUSISのネットワークを破壊すれば、人類の生存を支えている各種社会インフラが停止する可能性があり、人命に関わる重大事故の危険性が高まる。特に、軍事インフラへの影響は指揮系統の混乱、友軍相撃や誤射による被害拡大等、重大な被害をもたらすことになる。
VOIDが人間を標的に選んでいなくても、結果として人々は傷つき、命を落とす。
このため、UEAにとってVOIDは「人間を直接殺傷する意図がない存在」であっても、現実に多数の犠牲者を生み出す重大な脅威と捉える。
VOIDの存在は、次の三つの可能性を示唆する。
• VOIDには独自の目的がある。 単純な生存競争や無差別攻撃ではなく、NOUSISの統制機構を無力化することを優先している。
• VOIDには人間と機械を区別する何らかの判断基準がある。 その基準は、既存の敵味方識別やNOUSISの評価体系とは異なる可能性がある。
• VOIDは完全には統制されていない。 人間への被害を避ける傾向があっても、被害を完全に防ぐための判断や能力を持つとは限らない。
NOUSISが恐れるのは、VOIDの戦闘力だけではない。
自分が管理不能と判断した存在が、必ずしも人類自体を敵とみなしているわけではないという事実である。
それを認めれば、「管理できない存在は人類の安全にとって排除すべき脅威である」というNOUSISの判断基準そのものが揺らぐからだ。
4. ゴルチ・メンデ将軍の疑念
ゴルチ・メンデ将軍は、UEA軍事部門の最高司令官である。
彼は、数々の戦績を残した歴戦の勇士であり、レオンが最も信頼する現在の上司でもある。
彼は、組織構成上NOUSISの指令に対し、唯一オーバーライドできる権限を持つ人物ではあるものの、これまでNOUSISの戦闘指揮を高く評価しており、その権限を行使したことはない。
しかしながら、VOIDとの戦闘が開始されて以降、NOUSISの判断に、ある種の違和感を覚えていた。
NOUSISはVOIDを排除するために戦域全体の指揮統制を最適化する。しかし、作戦が進むにつれて、VOIDの攻撃を止めることよりも、NOUSISが管理するネットワークやインフラを取り戻すこと自体が作戦目的になっているように見えた。
将軍は、VOIDの危険性を否定しない。
しかし、VOIDが直接敵対していない人間を積極的には攻撃しないという報告が複数の戦域で確認されるにつれ、NOUSISの全面排除方針に疑問を持つ。
「VOIDは危険だ。そこに異論はない」
将軍は参謀たちに告げる。
「だが、危険であることと、排除対象であることは同じではない」
NOUSISは、VOIDの破壊活動による二次被害を根拠として、脅威の全面排除を正当化する。
将軍はその被害を認めながらも、別の可能性を模索する。NOUSISのネットワークを破壊することがVOIDの目的なら、VOIDを殲滅する以外にも、戦闘を限定し、民間インフラを分離し、被害を抑える方法があるのではないか。
だが、攻撃を緩めればVOIDがさらに被害を拡大させる危険性もある。
将軍は現状、この問題の明確な答えが見出せない事に、忸怩たる思いを抱いていた。




