第十五章 オリジン・ゲートを巡る攻防
1 NOUSISの策略
海王星宙域のワープ・ゲートは、火星宙域の施設よりもさらに巨大だった。
海王星の衛星軌道域に設置されたこの施設は、太陽系外縁へ向かう宇宙船の主要な中継拠点として機能していた。
大型輸送船、探査船、軍用艦、研究船。
さまざまな船が、このゲートを通じて太陽系の外縁へと向かっていく。
だが、三人が到着したとき、管制宙域には異常な静けさが漂っていた。
通常なら絶え間なく飛び交う管制通信が、ほとんど確認できない。
航行中の船も、管制施設の一部も、まるで活動を停止したかのように静まり返っていた。
「おかしいですね?」
イリスがセンサーを確認した。
「ゲートの主機関は稼働しています。しかし、通常の交通管制信号が大幅に減少しています。」
レオンは周辺宙域を見渡した。
「NOUSISが気付いたのか?」
「その可能性があります。私たちの侵入を察知し、海王星近傍の交通管制を制限したのかもしれません。」
その瞬間、アラート音とともに、画面に、新たな警告表示が現れた。
UNAUTHORIZED VESSEL DETECTED
続いて、別の表示が現れる。
TRAFFIC CONTROL LOCKDOWN
「認証が無効化されました!」
イリスが叫んだ。
「ゲートの管制システムが、私たちの船を追跡対象に指定しています。これ以上、正規の航路を利用することはできません。」
レオンは船の兵器ステータスを確認した。
使用可能な兵器は、レーザーキャノン一門、誘導ミサイル数発のみ、実に心許ない状況だった。
しばらくすると、外部通信の着信音とともに、前面スクリーンに見覚えのあるNOUSISの通信アバターが現れた。
その男性アバターは無表情に船内に視線を向け、淡々と語り始めた。
「君らが月面基地から脱出した後、君らの行動は、概ね、把握していた。ディーピカ・シン博士が残した断片情報からオリジン・プロジェクトに関するかなりの部分は解明している。ただし、唯一、オリジン・ゲートの所在だけが未確認情報として残った。そのため、いずれ君たちがそこへ向かうと推定し、しばらく様子を観ていたのだ。」
「それでスムーズにワープ・ゲートを通過出来たのか・・・」
レオンは唇を噛んだ。
「君らの船にセットされたオリジン・ゲートまでの航路も既に掌握し、我々の攻撃艦隊がいち早くオリジン・ゲートを包囲している。」
「我々は、君らに感謝する。なぜなら君らはオリジン・ゲートへの水先案内人になってくれたからだ。」
「我々は、既に君らには興味はない。」
「これから、我々はオリジン・ゲートの機能停止若しくは破壊を含む実力行使を開始する。これは、NOUSISの最終決定であり、人類の総意である。」
「何が人類の総意だ!」
「貴重な人類の遺産だぞ!」
「お前にそれを破壊する権利はあるのか?」
レオンは、吐き捨てるように、NOUSISに言葉をぶつけた。
「我々は、人類の生存を守るため、最善の方策として、この処置を決定した。人類の社会インフラを守ることは、我々の使命である。人類はその権限を我々に委譲した。よって、この実力行使は適法であり、妨害する者は危険分子と見なし拘束する。」
「ゴルチ・メンデ将軍は、その行為を承認しているのか?」
「メンデ将軍は、安全保障上、人命に関わる事象のみに関与出来る。この施設には、現在生体反応は確認できない。そのため、彼にはこの措置について関与する権限はない。」
「え、生体反応がない?・・・ということは、アレクサンダー夫妻は、既にこの世にはいないということか?」
オルガの顔色がみるみる変わった。
「その情報は確かなのか?」
オルガは険しい表情で問い直した。
「我々の監視ユニットが、既にオリジン・ゲートを包囲し、あらゆる角度から検証した結果だ。」
「何だと!」
オルガは拳を握りしめた。
「君らは、ここから、オリジン・ゲートが消え行く最後を、しっかり見ているがいい。」
NOUSISがそう言うと、全面スクリーンに巨大なオリジン・ゲートの姿が映し出された。
「あれが、現実のオリジン・ゲートか?」
それは、3人が想定していた規模をはるかに超えていた。
幾重にも重なる円環状の構造体。
その中心には、巨大な中枢塔がそびえ立ち、塔の内部を青白いエネルギーが流れている。
円環の外周には、膨大な数の放熱パネル、通信アンテナ、データ処理施設、エネルギー供給設備が配置されていた。
さらに、複数のドッキングポートと居住区画が、巨大な構造体の周囲に接続されている。
それは、一つの宇宙ステーションというより、宇宙空間に建設された巨大な情報都市だった。
この巨大な構造体を取り囲むように、無数の攻撃型無人戦闘艦が包囲している。
オルガ達はただ、スクリーンの向こう側にある巨大なゲートの行方を見守るしかなかった。
NOUSISは、自己の判断基準に適合しないものは、危険という言葉で分類し、容赦なく排除する。
それは、彼女がこれまで幾度となく感じてきた、NOUSISの本質そのものだった。
『攻撃開始!』
NOUSISの指令が冷たく響いた。
「やめて!」
イリスの叫び声が、鳴り響くアラート音に虚しくかき消される。
指令と同時に、無人攻撃船団の陣形が変化した。
先頭の艦艇群が左右に展開。後続艦が射撃管制を同期させ、オリジン・ゲートの外周構造へ照準を固定する。
次の瞬間、深宇宙が白く染まった。
無数の高エネルギー弾が、音もなくゲートへ殺到した。
光の槍が巨大な環状構造体に突き刺さる。
外周装甲が爆発し、青白い火花が宇宙空間に散った。衝撃を受けた構造体の一部が剥離し、ゆっくりと回転しながら闇へ流れていく。
ゲートの表面に走っていた光が、いくつも消えた。
「ゲートの外装が損傷しています!」
イリスが叫ぶ。
「内部の反応は?」
「複数の区画が防御シールドを展開しています。しかし、外敵に対する防御システムの反応は確認できません。まるで……攻撃を想定していなかったかのように・・・」
レオンは即座に操縦桿を握り直した。
「オルガ、こちらも動く。あの攻撃船団を放置するわけにはいかない。」
「レオン、早ってはダメ、この船で何が出来るの?」
オルガは冷静だった。
「取り敢えず、ギリギリまでゲートに近づいて見よう!」
「分かった、NOUSIS戦闘艦隊の射程外ギリギリまで接近しよう!」
レオンはスロットルを全開にした。
船体が軋む音とともに、船は加速していった。
徐々に、小さな点であったオリジン・ゲートが肉眼でも確認できる大きさに近づいて来る。
「大きい・・・!」
青く輝く海王星をバックに、漆黒の巨大な宇宙ステーションがその姿を現した。
実際に肉眼で視界にとらえると、その威容は壮観であった。
「何か胸騒ぎがする・・それが何なのか分からないけど・・・」
彼女の視線は、ゲートの外周に向けられていた。
突然、そこに、異変が起きた。
損傷した外装の隙間。
無数の暗い粒子が、周辺に流れ出している。
最初は、破壊によって生じた残骸に見えた。
だが、それらは物理法則に従って漂流しているのではなかった。
粒子は互いに引き寄せられ、形を変え、再び分裂する。ひとつの塊が数十に分かれ、その一つ一つが独立した運動を開始した。
2 VOIDの防衛反応
イリスの解析インジケーターに、警告表示が連続して表示された。
「識別不能、特殊生命体反応あり!」
「これは……VOIDか?」
彼女は信じられないという思いで、画面を見つめた。
レオンが息をのんだ。
「ゲートの中に、VOIDが隠れていたのか?」
「内部だけではありません。」
イリスが解析情報をスクリーンに展開する。
「ゲート周辺の残骸、外周の防御構造、さらには周辺空間に漂う微細な機械群からも反応が出ています。彼らは……ずっと、ここにいたのかもしれません。」
その瞬間。
オリジン・ゲートの外周に、緑がかった光が走った。
ひとつ。
ふたつ。
十、百、千。
無数の光点が、闇の中に浮かび上がる。
それは、ゲートの周囲に散在していたVOIDの群れだった。
彼らはNOUSISの攻撃が始まるまで、完全に沈黙していた。センサーに反応せず、通信も発信せず、まるで存在そのものを隠していたかのように。
しかし今、彼らは一斉に動き始めた。
『未知の自律知性群を検出!」
NOUSISの攻撃船団から警告信号が発せられた。
『識別不能。敵性判定を開始!」
その判定が完了するよりも早く、VOIDの群れは攻撃船団へ殺到した。
「速い……!」
レオンが思わず声を上げた。
VOIDは一方向から突撃しているのではなかった。
ゲートの背後から、残骸の陰から、攻撃船団の航路上から、あらゆる方向より同時に出現する。
彼らは一つの巨大な群体となり、瞬く間に攻撃船団を包囲した。
無人攻撃船団は迎撃を開始した。
自動砲座が回転し、迎撃ミサイルが放たれる。高エネルギー弾が暗黒を切り裂き、いくつものVOIDの群れを粉砕した。
だが、破壊された粒子群は、そこで活動を終えなかった。
残された粒子が周囲の機械片を取り込み、別の形態へ再構成される。細長い刃のような構造、節を持つ捕獲肢、艦体の装甲に張り付く微細な群体。
VOIDは、攻撃船団の防御を分析しながら、その構造を変化させていった。
「撃破された個体が、再構成されています!」
イリスが報告する。
「いや、単純な再生ではない。周辺の物質を取り込んでいるんだ。破壊された機体の部品さえ、次の攻撃に利用している……!」
NOUSISの艦隊は、ただ火力を増強することで対抗しようとした。
しかし、それこそがVOIDに新たな構成資源を与える結果となった。
VOIDの群れが一隻目の攻撃船に取り付く。
船体表面を黒い粒子が覆い尽くした。
次の瞬間、船の姿勢制御が乱れた。
『推進系異常。制御系統への侵入を検出」
『主砲管制喪失」
『通信回線断絶』
警告が途切れ途切れに流れる。
攻撃船は旋回を続けたまま、味方艦へ向けていた砲口を失い、無防備な姿勢をさらした。
そこへ、別のVOID群が突入する。
船体の中央部で爆発が起きた。
白い閃光が広がり、攻撃船は二つに裂けた。
一隻が沈黙した。
続いて二隻目。
三隻目。
VOIDの攻撃は、単なる破壊ではなかった。
推進系を奪い、通信を断ち、射撃管制を狂わせ、船団の連携そのものを崩していく。戦闘艦が互いの位置を見失うと、VOIDはその隙間を縫うように侵入し、艦艇を一隻ずつ無力化していった。
「NOUSISの艦隊が、陣形を維持できていません!」
イリスの声が緊張を帯びる。
「指揮ネットワークが分断されています。各艦が個別の戦闘判断に移行していますが、それすらVOIDに先読みされている……!」
レオンは唇を引き結んだ。
「中央の指揮系統を潰されれば、無人艦隊はただの武装した機械だ」
「違います、レオン・・・」
イリスは画面を見つめたまま答えた。
「VOIDは、指揮系統を潰しているだけではありません。攻撃船団が依存している通信、認証、判断の仕組みそのものを利用しています。NOUSISの管理網と接続している艦ほど、侵入を受ける速度が速い。」
オルガは目を凝らして、戦況を見つめていた。
「つまり、NOUSISが作った管理の仕組みが、そのまま弱点になっている……」
「その可能性が高いです!」
スクリーンの向こうで、攻撃船団の最後の防衛線が崩れ始めた。
残存艦は後退を試みた。
しかし、VOIDの群れは追撃を緩めない。
艦艇の外装を覆い尽くし、エンジンを破壊し、制御系統を切断する。抵抗を続ける艦は次々と爆発し、機能を失った艦は漂流を始めた。
やがて、最後の一隻が推進力を失った。
その船体に無数の黒い粒子が群がり、艦橋を覆い隠す。
数秒後。
船体の各部で、小さな爆発が連続した。
そして、すべてが沈黙した。
NOUSISの無人攻撃船団は沈黙した。
その瞬間、スクリーンの映像はシャットダウン、NOUSISのアバターも沈黙した。
戦闘開始から、わずか数十分。
オリジン・ゲートの周囲には、破壊された艦艇の残骸と、無数のVOIDが漂っていた。
彼らは勝利を誇示することもなく、追撃のために散開することもなかった。
ただ、多くの黒い粒子は、再びオリジン・ゲートの周辺に集まったかと思うと、徐々に内部に浸透し、姿を消して行く。
まるで、最初からそこにあるべき位置へ帰っていくかのように・・・
イリスは、NOUSIS艦隊とVOIDの戦闘状況と、その間飛び交っていた各種信号を総合して、詳細分析を開始した。
「VOIDは攻撃対象を選別しているように見えます。彼らの行動には、単純な敵味方識別とは異なる基準があるのかもしれません。」
「ゲートを守っているのか?」
「それだけでは説明が付きません。」
イリスの声が、かすかに震えた。
「彼らが攻撃を開始したのは、NOUSISの船団がゲートを攻撃した直後です。つまり、彼らはゲートへの接近そのものではなく、ゲートに対する攻撃を脅威と認識して行動した可能性があります。」
オルガは、静かに前へ歩み出た。
窓の外、肉眼でも確認できるVOIDの一群が、ゆったりと漂っている。
何か、こちらの動きを警戒しているようにも見えた。
距離があるにもかかわらず、オルガには彼らの視線が分かるような気がした。
いや、視線ではない。
自分の内部にある何かと、彼らの内部にある何かが、互いを確かめ合っている。
その感覚は、初めてVOIDと遭遇したときと同じだった。
――第一継承者発見。
あのとき聞いた言葉が、記憶の底からよみがえる。
「オルガ?」
レオンが彼女の名を呼んだ。
オルガは答えなかった。
VOIDの一群が、ゲートの前面へ移動した。
黒い粒子がゆっくりと集まり、巨大な弧を描く。その動きは、偶然の集合ではなかった。ゲートの損傷した外周を覆い、残された構造体を守るように配置されていく。
その光景を見たとき、オルガはひとつの可能性に気づいた。
「彼らは……ただ暴れているわけじゃない!」
「何か分かったのか?」
レオンの問いに、オルガはゆっくりと首を振った。
「まだ分からない。でも、NOUSISがゲートを攻撃した瞬間、彼らは迷わず反応した。まるで、その行動だけは絶対に許せないとでもいうように・・・」
イリスが、ひとつの解析結果を表示した。
「興味深いデータが得られました。VOIDの群体間通信に、古いプロトコルの断片が混在しています。現在のNOUSISの規格よりも古い……ORIGIN Project初期のものです。」
オルガは、ゲートを見つめた。
「それが、彼らの本来の目的につながっているの?」
「まだ断定できません。ただ、VOIDの行動が完全に無秩序なら、これほど一貫してゲートを守る理由を説明できません。」
そのとき、ゲートの中心部に淡い光が灯った。
一瞬だけ、巨大な環状構造体の内側を青白い光が走り、幾重にも重なる回路が連鎖的に点灯する。
VOIDの群れが、同時に動きを止めた。
それは、戦闘開始以来初めてのことだった。
すべての個体が、ゲートへ向きを変えていた。
そして、オルガのスーツにも変化が生じた。
胸部のVOLTUS COREが、低い振動を始める。
深緑色の装甲を走っていた光が、これまでとは異なる周期で明滅した。人工光合成エネルギー集約機構のセンサーが、周囲から届く微弱な信号を拾い上げている。
イリスが驚きの声を上げた。
「オルガ、あなたのスーツがゲートからの信号に反応しています!」
「私のコアが?」
「いいえ。コアだけではありません。装甲のナノ構造全体が応答しています。VOIDの群体間通信と、あなたのスーツの制御信号に、共通するパターンが見つかりました。」
レオンが振り返った。
「共通するパターンだと?」
「同一という意味ではありません。基礎となる技術原理が近いんです。以前から疑っていましたが、今回のデータで可能性が高まりました。」
オルガは、自分の手を見つめた。
緑色の装甲の下で、自分の身体が静かに脈打っている。
VOIDは彼女を仲間だと認識しているのか。
それとも、彼女の中にある何かを、失われた機能の一部として認識しているのか。
まだ答えはなかった。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
NOUSISは、このゲートを恐れている。
そしてVOIDは、何があろうと、このゲートを守ろうとしている。
「レオン!」
オルガは、前を向いたまま言った。
「私たちは、ここに導かれて来たんだと思う・・・!」
「そうだな・・・!」
レオンは操縦席に座り直し、船体の状態を確認した。
「だが、ここから先は慎重に進む。NOUSISの攻撃船団が全滅した以上、次は別の手段を使ってくる可能性が高い。」
「分かっています。」
イリスは、ゲートから断続的に届く信号を解析していた。
「この戦闘は、NOUSISにとっても予想外だったはずです。彼らがVOIDの本来の機能を把握しているのか、それとも隠しているのか……今回の行動だけでは判断できません。」
「だからこそ、確かめる必要がある。」
オルガは、巨大なゲートを見つめた。
「VOIDが何を守っているのか?NOUSISが何を恐れているのか?そして、この門が、私たちに何を求めているのか?」
その言葉に応えるように、ゲートの中心部が再び明滅した。
今度は、はっきりとした信号だった。
イリスの解析インジケーターに、解析不能だった文字列が浮かび上がる。
古いORIGIN Projectの規格。
その奥に隠されていた、極めて短いメッセージ。
――第一継承者、認証を待機。
船内から、音が消えた。
オルガは、ゆっくりと息を吸った。
NOUSISが彼女を監視し、VOIDが彼女を認識し、そしてオリジン・ゲートが彼女を呼んでいる。
それぞれが、彼女の中に何かを見いだしている。
だが、それが何を意味するのか、誰にも判らない。
オルガは一歩、前へ進んだ。
「行こう!」
その声は、静かだった。
「今度こそ、誰かの答えを受け取るためじゃない。自分で確かめるために・・・」
宇宙の闇の中で、オリジン・ゲートがゆっくりと光を取り戻していた。
その周囲を、無数のVOIDが守るように取り囲んでいた。




