第十三章 しばしの休息
1 ディーピカの最後の言葉
オルガは、ディーピカの最後の言葉をしみじみと思い出していた。
・・・あなたは、『私が生きた証』、『私の意思を受継ぐ継承者』、『私はもう十分』・・・
なぜ、その言葉を残したのか、オルガはその意味を理解出来た。
・・・人間は、いずれ死を迎える、でも次の世代に何かを残せたと実感出来れば、また自分の意志を受け継ぐ継承者が存在すれば、安心して死んでいけるのかも知れない・・・
「ディーピカは、安心したのかなぁ・・・」
オルガは、焦点の定まらない視線で、中空を仰ぎながら、ポツリと呟いた。
「そうだな・・・」
レオンが大きく頷いた。
「なぜ、私たちが『継承者』と呼ばれるのか、その意味も何となく分かるような気がする。」
「そうね。」
イリスも頷いた。
オルガは、ディーピカから受け取ったブレスレットを眺めた。瞼の裏にキーラの姿がぼんやりと浮かんだ。」
「・・・お母さん・・・」
オルガの記憶は、優しい母親との触れ合いや、たわいもない会話の記憶だけだった。そこには職場での優秀な研究者としてのイメージは全く無かった。
「イリス、キーラの記憶は残ってる?」
「若干残ってる、彼女はいつも私に、こう言ってた。『人は必ず過ちを犯す、過去を振り返れ、答えは必ずそこにある』と・・・」
「なるほどね、あなたの設計思想の原点は、そこにあるんだろうね!」
「そうね。」
2人は、暫く顔を見合わせ、過去の郷愁に浸っていた。
2 レオンの生い立ち
「ところで、レオンって幾つなの?」
オルガが、唐突に聞いてきた。
「何だよ、急に・・・『35』だよ!」
「へぇ、そうなんだ!」
オルガは、何か詮索するように、上目使いでレオンの瞳をのぞきこんだ。
「ところで君は、幾つなんだ?」
「レディにその質問は御法度よ!、でも一応答えとくね!」
オルガは、人差し指を顎に当てて、暫く考えていたが、やがてこう答えた。
「そうねぇ、アレクサンダーの娘さんが16歳で亡くなっているから、そこから開発されたとして、16歳プラスαで20歳前後かなぁ・・・」
「でも、そこから20年眠ってたんだから40歳以上なんじゃないの?」
レオンがすかさずツッコミを入れた。
「えー、そんなことないよ、基本、そこで時間は止まってるから、20歳前後が正解よ!」
イリスはコケティシュな笑顔とともに、そう答えた。
「君もそういう表情をするんだなぁ、可愛いとこあるじゃん!」
「うるさい!、私も一端のレディなんだから、それなりの扱いをしてよ!」
「へー、なんか、長年付き合ってきたカップルの痴話げんかみたい!」
2人の会話をジーッと聞いていたイリスが、ー言、そう言った。
3人は顔を見合わせ、ぷっと吹き出して笑い出した。
しばし、緊張が解けた一瞬だった。
改めて、オルガが、レオンの生い立ちについて質問した。
「私達の生い立ちについては、レオンはわかってるけど、私たちは、レオンについて何も知らないわ、・・・私たちは図らずも運命共同体みたいな関係なんだから、レオンの過去についてもある程度教えて・・・」
「そうだな・・・じゃ、手短かに話そう・・・、私は地球圏の居住区生まれで、父親は、保安部に勤める職員、母は医療従者だった。兄弟はいない。第ニ次軌道戦争中、敵の攻撃からの避難中2人は命を落とし、私は戦災孤児となった。その後、私は、戦争を無くすために軍人を目指した。そんなとこかな・・・」
「なぜ、NOUSISの命令に背いて、私を助けたの?」
「そうだなぁ、流れでそうなった、といえば話は簡単だけど、・・・よく考えると、君と出会って、行動をともにする中で、何か忘れかけていた大事なものを君が思い出させてくれたような気がしたからだ!」
レオンは、しみじみと語った。
オルガとイリスは、黙って聞いていた。
しばらく沈黙が流れた。
「取り敢えず、当面の危機は脱した。NOUSISも次の行動が予測出来なければ、我々を暫く泳がせて情報収集を継続するだろう。しばらく休息を取ろう、緊張の連続だったからね!」
レオンは、気を取り直して、そう言った。
「そうね、流石に疲れたわ!、少し休もう!」
3人は、しばしの休息を取った。
3 謎の少女
オルガは、これまでの緊張が解けた安堵感から、急に疲労感に襲われ、久しぶりに、ゆっくりと睡眠をとった。
オルガは、カプセルから目覚めて以降、初めて夢をみた。
そこは、地球の古い研究施設に隣接する庭の一画。青い空。風に揺れる木々。白い壁の建物。
荒廃した地球圏の現実とは異なる、穏やかな風景。そよ風が、優しく頬を撫でる。
そこには、翼を傷めた小鳥を見つめる一人の少女が佇んでいた。
彼女は小鳥を優しく両手で包み、研究施設の中へ連れて行く。
彼女は、小鳥を鳥籠の中に放す。
小鳥は、怪我はしているものの、一生懸命羽ばたき外に出ようともがいている。
その時、部屋の奥から一人の男性が、歩み寄り、少女の様子を見に来る。
「あれは、アレクサンダー博士!、じゃ、彼女は、彼の娘『オルガ』?」
少女の顔は、ぼんやりとして、ハッキリとは見えない。
少女は小鳥が鳥かごの中で羽ばたく姿を見て、何かを考え込んでいる。
「ここにいたら、ごはんももらえるし、危なくないのにね。」
彼女は鳥かごをジッと見つめている。
「でも、この子はここに居たくないのかな?」
父親は、傷が治るまでは保護する必要があると説明する。少女も、それが必要なことだと理解している。
数日後、小鳥の傷は癒え、飛べるようになる。
父親は、外には危険があるから、もう少し保護した方が安全だと告げる。
少女は迷う。
鳥かごの中なら、餌もあり、外敵に襲われる心配もない。
けれど、小鳥は何度も翼を広げ、空を見上げている。
少女は、鳥かごの扉に手をかける。
「飛んでいったら、もう帰ってこないかもしれないよ。」
そばにいた父親が言う。
少女は小鳥を見つめたまま答えた。
「うん。そうかもしれない。」
それでも彼女は扉を開く。
小鳥はしばらく少女の手の上にとどまり、やがて空へ飛び立っていく。
少女は寂しそうに空を見上げるが、涙は流さない。
「帰ってきてほしいけど……帰ってくるかどうかは、この子が決めることだもんね。」
夢を見ているオルガは、少女の姿を少し離れた木陰から眺めている。
最初、彼女は自分が誰なのか分かっていない。
少女の表情や仕草には、不思議な懐かしさがあった。
笑い方。考え込むときの癖。何かを決める前に、ほんの少し首を傾ける仕草。
それらは、オルガ自身の中にも存在している。
少女が小鳥を逃がした後、ふとオルガの方を振り返える。
「あなたも、誰かに決められるのは嫌でしょ?」
オルガは答えようとしますが、言葉が出ない。
少女は、彼女が何者なのかを尋ねない。なぜここにいるのかも問わない。
ただ、当たり前のことを当たり前のように言う。
「自分が何をするかは、自分で決めたいよね。」
オルガは、自分がこれまで経験してきたことを思い返す。
NOUSISによる管理。VOIDとの戦闘。イリスやレオンとの出会い。ディーピカとの別れ。そして、シーヴァとZERO REWRITEをめぐる謎。
彼女は、自分の意思で行動してきたつもりだった。
しかし、本当に自分の意思で選んできたのか。
自分の人格の一部が、すでに亡くなった少女の記憶に由来するものだとしたら。
自分が大切にしている感情や価値観さえ、誰かによって与えられたものなのではないか。
そんな疑念が、オルガの中に浮かび上がる。
少女は、彼女の不安を見透かしたように微笑んで言う。
「でも、人から教わったことだからって、それが自分の考えではないってことじゃないよ。」
オルガは顔を上げた。
「それに、その人が考えたことを、全部自分の考えにしなくてもいいんだよ。」
少女はそう言って、空を見上げる。
「だって、これから何をするかは、自分で決めるしかないんだから・・・」
ここで、少女の姿が少しずつ遠ざかる。
オルガは思わず手を伸ばすが、少女には届かない。
少女は振り返える。
その顔は、オルガ自身に似ているようにも、まったく違う誰かのようにも見えた。
少女は答えない。
ただ、最後にこう言う。
「あなたの人生は、あなただけものだから・・・」
その瞬間、オルガは目が覚めた。
4 目覚めたオルガが理解すること
そこは、宇宙船の居住区。隣には、イリス、レオンがまだ夢の中だった。
エンジンの低い振動音が、静かな船内に響いている。
月からの脱出に成功した一行は、次の目的地へ向かうまでの短い休息を取っていました。
オルガはゆっくりと目を開きます。
夢の内容は、細部まで覚えているわけではありません。
しかし、小鳥が飛び立つ瞬間と、少女の最後の言葉だけは、鮮明に残っています。
彼女は、自分の手を見つめます。
この手は、戦場で敵を倒してきた手。仲間を守るために武器を取り、時には自らの判断で命令に背いてきた手でもある。
そして今、この手は誰かの記憶を受け継いでいるかもしれない。
オルガは、これまで自分の人格の起源を知ることに、どこか恐れを抱いていた。
もし、自分の感情や価値観がすべて過去の誰かに由来するなら、自分自身とは何なのか。
しかし、夢の中の少女の言葉は、その問いに別の角度から向き合わせてくれた。
過去の記憶が自分の一部を形作っていたとしても、それだけで未来の選択まで決まるわけではない。
受け継いだ記憶をどう理解し、どのような意味を与え、何を選ぶのか。
それは、今を生きるオルガ自身の問題。
彼女はアレクサンダーの娘の代わりではない。
娘の記憶を受け継いだとしても、彼女は彼女自身の人生を生きる存在なのだ。




