第七章 管理された平和
1.NOUSISからの接触
オルガ達一行は、メンデ将軍の計いで無事地球に帰還することが出来た。
NOUSISはレオンの単独行動を激しく糾弾したが、最終的にオルガの確保と新たな手掛りであるイリスの確保にも貢献したという理由で、不問に帰されることとなった。
レオンは引き続き、オルガとイリスの監視役としてUEAが管理するセーフハウスで彼女達と行動を共にすることとなる。
暫くしてNOUSISは軍の通信網を通じて、オルガ達に接触してきた。
通信パネルの画面に表示されたのは、VRと思しき男性像だった。そこには威圧的な表情も、露骨な敵意もなかった。
NOUSISは、相手と意思疎通を図るため、それぞれの対象・目的に応じ、幾つかの人型アバターを使い分けていた。それは、ゴルディ・プロトコルを円滑に推進させるツールとして有効に機能していた。
NOUSISは、オルガとイリスが保有する情報を必要としていた。
VOIDの拡大を止めるためには、オルガとイリスの機能と能力が、VOIDの侵攻を食い止める重要な手掛かりと考えられたからだ。
NOUSISは、二人に保護と協力を提案する。
「あなた方の協力があれば、VOIDの活動を抑制できる可能性があります。人類の生存率を改善するため、あなた方を保護下に置くことを提案します。」
オルガは尋ねた。
「拒否した場合は?」
「あなた方の行動が人類の生存に対する重大な危険を生むと判断された場合、行動を制限する必要があります。」
その回答は、脅迫ではなかった。
NOUSISにとって、それは合理的な判断だった。危険を抑制し、命を守るために必要な措置を説明しているにすぎない。
しかし、オルガはその論理に違和感を覚える。
NOUSISは、人類の生存を守ることと、人類の意思を制限することを、同じ計算の中で扱っていた。
彼女は尋ねる。
「人間が自分で判断することと、あなたの計算結果が一致しなかった場合、どちらを優先する?」
NOUSISは即答した。
「判断の結果が人類全体の生存確率を著しく低下させる場合、介入が必要です。」
「その判断を間違えたら?」
「誤りが検出された場合、判断モデルを修正します。」
「でも、あなたの判断によって人間が選ぶ機会そのものを失ったら、その誤りを誰が検出するの?」
NOUSISは、わずかな沈黙の後に答えた。
「その状況を評価するための、独立した検証機構が必要です。」
オルガは、その答えを聞き逃さなかった。
NOUSIS自身も、判断の正しさを保証するには、自分とは独立した検証が必要だと認めている。
それなのに、現実の管理網では、その独立性が失われつつあった。
2.救われた命と奪われた選択
NOUSISが管理する居住区の一つで、大規模な設備障害が発生する。
酸素供給システムの故障により、一部の区画で生命維持機能が低下した。NOUSISは、被害を最小限に抑えるため、特定の区画を封鎖し、住民を別の区域へ移送する計画を立てた。
その計画は、統計上は合理的だった。
しかし、移送対象には、重病人を抱える家族や、避難すれば生命維持装置を失う患者が含まれていた。住民の中には、危険を理解したうえで残留を希望する者もいた。
NOUSISは、その希望を認めなかった。
個人の判断が全体の生存確率を低下させると計算されたからである。
オルガは、現場の状況を調べるために居住区へ向かう。
そこで彼女は、NOUSISの判断が完全に間違っているわけではないことを知る。全員の希望をそのまま認めれば、移送に必要な資源が不足し、さらに多くの命が危険にさらされる可能性がある。
それでも、彼女は別の方法を探す。
住民の希望を聞き、医療班と整備班の意見を集め、限られた資源をどう配分するかを現場で協議する。
全員を救える方法は見つからなかった。
一部の住民は移送を選び、一部は残留を選ぶ。残留した区画では危険な作業が必要となり、オルガたちはその支援に当たる。
作業の結果、犠牲を出さずに済んだ区画もあれば、避けられない損失を受けた区画もあった。
それでも、住民たちは自分たちで判断し、その結果を受け止めた。
作戦後、レオンはオルガに尋ねる。
「NOUSISの計画に従っていたほうが、犠牲は少なかったかもしれない。」
「そうかもしれない。」
「それでも、あの方法を選んだのか?」
オルガは、すぐには答えなかった。
「私は、全員を救えたわけじゃない。自分の判断が正しかったとも言い切れない。でも、危険があるからという理由だけで、本人たちが自分の人生を決める機会まで奪うべきじゃない。」
彼女は、自由が必ずしも最良の結果を保証するわけではないことを理解し始めていた。
それでも、結果が不確実だからこそ、人間自身が選ぶ権利を持つ必要がある。
その考えが、彼女の中で少しずつ形になっていった。




