213.囮(おとり) 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
脳裏を乱雑なものが走り抜ける。海、炎、沈む船、砕ける甲板、古いドイツ語の怒号、鋼板の内側から響く鈍い震動。一秒か、それ以下か——そして俺の体は、その力に引き摺られて前へ飛んだ。
飛んだのではなく、引かれた。
菊月がほぼ限界の切り角で俺を送り届けた次の瞬間、俺はビスマルクの外板に叩きつけられた。肩が砕けそうになり、胸が暗転するほど詰まり、冷たい海水と火薬の匂いが顔面を直撃した。上方からはドイツ側の近接火力が乱射されている。罵倒する暇もなく、手が先に動いて外板の縁にある、古すぎて不合理なほど残っている構造の突起を掴んだ。
「乗れたか?」山口の声がようやく耳に届いた。別の国からのカスタマーサービスの電話のように遠い。
「これで乗ったと言わないなら、お前の登艦の定義は厳しすぎる!」
「上へ行け」
「上に行くのは分かってる、ここで飾りになるつもりはない!」
罵りながら、外板を這い上がる。
これは人間が素手で登るように設計されていない。普通の状況なら、今俺がやっていることは「非常に死にたがっている」と呼ばれる行動だ。今日に限っては、「手順の都合上」と呼ぶしかない。ビスマルクの外板は滑り、多くの箇所から油とも古い血ともつかない黒いものが滲んでいて、手で掴むたびに吐き気がする。上からは断続的に火線が掃射され、弾や破片が外板を跳ね回り、耳元で鉄の玉がガラス瓶を叩くような音がする。
ようやく甲板の縁を乗り越えた瞬間、最初の感想は——静かすぎる、だった。
ドイツ水兵、亡霊の甲板兵、儀式の守衛、旧軍服を着た狂人が整列して出迎えてくれると思っていた。
だが、誰もいなかった。
甲板は広く、暗く、冷たく、風が硬い。
遠近様々な方向から炎が差し込み、上部構造を醜い影の断片に切り刻んでいる。遠くに砲塔、設備、歪んだ鋼構造、戦艦には本来あるはずのない工業的増設物が見える。だが「人」が少ない——予想より遥かに少ない。皆無じゃない。時折、ドイツ海軍の気配を纏った曖昧な影が遠くを横切り、炎の向こうで人影が一瞬だけ見え隠れする。だが全体として、生きた防衛部隊が稼働しているというより——巨大で、あらかじめ設えられた墓器のような印象だ。
「山口」
「言え」
「甲板がおかしい」
「どういう意味だ?」
「ガラガラすぎる」俺は身を低くして前へ走りながら周囲を確認する。「火力はある、圧力もある、船自体も動いている。だが人の気配がない」
山口が二秒、沈黙した。
遠方の海でまた砲火が交錯し、榛名と霧島が猛烈に撃ち返し、飛龍の航空隊が制圧を続けている。
「空いているからといって油断するな」
「ホラー映画で一番役に立たない忠告だな」
「だが有効だ」
「はいはい、お前が正しい」
俺は甲板の設備と影に沿って切り込み、後方から掃射してくる二本の火線を避け、半崩壊した構造物の脇から上部進入口へ潜り込んだ。
扉は扉じゃない。
戦艦の原型構造を強引に切り開き、別の工業様式で補強し直した開口部だ。
潜り込んだ瞬間、温度が変わった。
外は海風と炎と砲声。内側は籠もった冷たさ。
密閉空間の普通の冷たさじゃない。この船の内部がとっくに正常な生命活動を失い、鋼鉄と油と電気と記号と死の気配だけが層を重ねて積み上がっているような冷たさだ。照明もおかしい。軍艦によくある固定照明ではなく、暗い工業用蛍光灯と異色の光が明滅する場所が混在している——工場と霊安室を同時に内装した者の仕業だ。
十数歩進んだだけで、甲板であれほど違和感を覚えた理由が即座に分かった。
ビスマルクの内部は、正常な戦艦じゃない。
工業製の霊柩だ。
廊下は狭く、低く、旧ドイツ艦特有の人を寄せ付けない金属圧迫感がある。それだけで十分不快なのに、この船全体がさらに後から、より冷たく工業的な手法で上書きされている。太い電線が血管のように艙壁に打ち付けられ、元の軍艦システムとは無関係の金属殻で覆われた箇所もある。配管周辺の奇妙な記号は、宗教でも純工学でもなく——霊異の力を工業外殻に封じ込める専用技術のようだ。一部区画は奇妙なノード室に改造され、本来の軍艦の心臓が抉り取られ、ここには存在すべきでない人工器官が詰め込まれている。
その廊下を見た瞬間、最初に浮かんだ言葉は——ワイスマン臭だった。
文字通りの匂いじゃない。実際に冷たい油、鉄錆、湿気、防腐剤の気配が漂っているが、俺が言っているのはスタイルのことだ。工業骨格、戦争の遺骸、亡霊ノード、口にすべきでない技術手法を一つに縛り上げるあの臭い——あいつの線上で何度も嗅がされてきた。
「ここはあいつの手術室だな」俺は低く言った。
山口が聞いていた。
「正しい場所にいるということだ」
「あるいは、とびきり高価な罠の中にいるか」
「その二つは矛盾しない」
「また遺言録音したくなる言葉をありがとう」
俺は鋼鉄の棺桶のような廊下を進んだ。足音は殺し、目だけは止めない。ビスマルク内部の音は奇妙だった。外の砲火は続いているのに、内部の特定区画では振動が削がれている。意図的に隔離層を設け——外から見れば戦艦、内側は儀式を執り行い、何かを保管し、人を一歩一歩特定の場所へ誘導するための工業墓穴として機能させている。
最初の敵は三つ目の角で現れた。
普通の守衛じゃない。
旧ドイツ海軍の水兵装具を身につけながら、体の半分が艙壁の工業骨格に溶接されたような存在だ。動きが遅く、俺が反応せざるを得ない距離で振り向いた。顔はもはや顔ではなく、焼け爛れて縫い直された皮膚と鉄の混合物。手にしているのも普通の銃器ではなく、ノード外殻を被せられた短武器だ。
「クソが、門番まで溶接工の悪夢かよ」
飛びかかってきた瞬間、俺は討論など試みなかった。
こういう存在に「どの霊異技術の産物か」と分析している間に、向こうは先に俺を統計データに変えてくる。俺は即座に体を捌いて最初の一撃を躱し、短刀を首側と鎖骨の間——最も人体に似ておらず、最もノード線らしい隙間——に叩き込んだ。手応えは肉じゃない。湿った金属繊維の束に刺し込んだ感触だ。そいつが痙攣し、黒いものが刃口から滲み出す。俺は蹴りを入れて壁に叩きつけた。
即死しない。まだ蠢いて、鉄片がガラスを削るような音を立てている。
遺言を聞く気はない。胸の最も太い露出管を二撃目で断ち切った。
それでようやく止まった。
「ドイツ人は生きてる時も死んでからも、同じくらい気持ち悪い仕事をするな」俺は息をつき、刀の黒い汚れを払った。「生きている間は工学で狂気に走り、死んでからも工業で社会に復讐し続ける」
俺は進み続けた。
道中で出くわすものは似たり寄ったり——多くはないが、全て異常だ。亡霊兵士の群れではなく、特定要所に配置された工業の墓守たち。その役割は俺を倒すことではなく、足を遅らせ、「正しい方向に進んでいる」と確信させ、角を曲がるたびに「ワイスマンはもっと奥にいる」と思わせることだ。
この設計が一番気持ち悪い。
合理的すぎるからだ。
俺がどう判断するかを先読みして、判断経路をあらかじめ敷いてくれたような合理性だ。
だがその不快感は、すぐに別のもっと直接的な感情に塗り潰された——期待だ。
アイドルに会う期待じゃない。ワイスマン本人をぶちのめす期待だ。
ロッテルダム港からソフィアの資料、工業殻、運命の槍、ドイツのノード、そして今夜この海上の王座——この線を追ってきた。あいつが中にいないはずがない。外の演出がこれだけ大がかりで、内部が全てあいつのスタイルなら、核心がここ以外のどこにある。
だから奥へ進むほど、あいつの喉元に近づいている感覚が強まった。
廊下は下へ続くほど戦艦らしさを失っていく。
区画は完全に内装を剥がされ、中央に巨大な金属フレームと導線、奇妙な固定環が接続されている。別の空間には工業規格の箱体が列を成し、二十世紀海軍倉庫システムには存在すべきでない記号が刻まれている。士官区画だった場所は資料ノード室に改造され、机も壁も旧式金属棚も銅片と回路で覆われている——指揮区画全体を偽の脳に仕立てたようだ。
金属机の上で、半分焦げた紙を見つけた。
紙は古いが、字跡の一部は新しい——後から書き足されたものだ。ルール地方の地名略称、輸送ノードのコード、そして俺には見慣れすぎた印——ワイスマン系工業殻のラベルだ。
俺は冷たく笑った。
「やはりお前はここにいるな、この野郎」
山口の声が耳元に届いた。
「何だ?」
「あいつの痕跡だ」俺は紙をポケットに押し込みながらさらに下層へ向かった。「これがあいつの本拠地じゃないなら、俺はこの船を食ってやる」
「外は、お前が登艦してから明確な指揮混乱が起きていない」
俺は足を止めた。
「どういう意味だ?」
「ビスマルクは安定した出力を維持している。シュペーとシェーア、後方ノードの連携も、お前が甲板に乗った後も断裂していない」山口の声が普段より低くなった。「この現象が気に入らない」
俺も気に入らない。
だが当時の俺は、まだ理由を探していた。
もしかしたらこの船の指揮構造は最初から甲板に依存していないのかもしれない。上部構造にも、通常の艦橋にも。本当の核心はもっと下にあるのかもしれない。ワイスマンは指揮台で斬られるのを待つような間抜けじゃない。この船全体が彼の工業棺であり、俺は今その底へ向かっているのかもしれない。
つまり俺は、あいつが中にいると信じ続けていた。
これが最も質の悪い部分だ。
一つの方向へ誘導され続け、周囲の全ての痕跡が同じ人物を指し示している時、頭で警鐘が鳴っていても、人は先に自分に言い聞かせる——いや、これは罠じゃない、あいつが普通より上手く隠れているだけだ、と。
俺は足を速めた。
下へ行くほど、船内は霊柩に近づいていく。
艙壁両側の工業増設物が増え、密度を上げ、多くの場所で補強を超え、軍艦内部に第二の骨格を意図的に生やしているようだ。金属梁、導線束、密閉殻体、固定溝、人か何かを拘束するための環状構造——全てが混在し、海戦のために生まれた船が「何か」を運ぶための巨大な棺に改造されている。
匂いが濃くなってきた。
海でも油でもない——古い教会の地下室と溶接工場と遺体安置所を混ぜ合わせたような匂いだ。
「燭台を何本か足せば、変態工業美学展として入場料を取れるな」俺は言った。
「集中しろ」山口が返す。
「集中してる。静かすぎると自分の存在意義を疑い始めるんだ」
前方に重厚な艙門が現れた。
元の軍艦標準艙門ではなく、後から追加された工業密封扉だ。周辺の固定ボルトと導線配置は、防火防水のためではなく、何らかのノードか圧力を内側に封じ込めるためのものだと一目で分かる。扉の前に二体の墓守がいた。これまでより完全で、より「人」に近いが、胸と腕には明らかな工業殻の補装具があり、目は消えた後に再点灯された石炭のようだ。
この配置を見た瞬間、確信が深まった。
「着いた」
二体は俺を発見した瞬間、左右から同時に詰めてきた。今度は無秩序な突進じゃない——連携している。一体が高く、一体が低く、一体が正面を取り、一体が脇腹を狙う。動きに軍事的痕跡があるが、生きた人間にはできない硬さだ。俺は即座に側面へ踏み込んで壁を蹴り、低位から切り込んできた方を空振りさせ、もう一体の肩頸構造線へ上から刃を叩き込んだ。
金属と、存在すべきでない硬い骨が同時に砕ける不快な音が響く。
反手で掴もうとしてきた。俺はそのまま密着し、左手の指輪をそいつの胸の工業殻に直接押し当てた。
次の瞬間、そいつはより深いノードの反動に撃たれたように胸腔が内側へ陥没し、裂け目から黒煙と液体とも言えない汚物が噴き出した。
「悪いな、今夜の俺はお前より優秀な電気工でね」
蹴り飛ばして、振り向き、もう一体の追撃を躱しながら、地面に落ちていた半溶接半銃器のガラクタを拾い上げ、そいつの頭側へ叩きつけた。一撃では足りない。二撃目で、ようやく完全に動かなくなった。
艙門の前に、俺一人が残った。
胸の鼓動が速い。だが耳の周りは、奇妙なほど静かだった。
外ではまだ海戦が続いている。山口が向こうで俺の代わりに踏ん張ってくれているってのに、ここまで来ると、ビスマルクの内部はまるで——棺の蓋が開けられるのを待ち構えている死体みたいな静寂に包まれていた。
この異様な静けさが、背筋をじわりと粟立てる。
「山口、開けるぞ」
「外の状況は最悪だ」と奴は言った。
「どんくらい最悪だ?」
「お前が深部に侵入しても、ビスマルクの攻撃リズムは一切鈍っていない。それどころか、さっきもう一波押し込んできた」
頭の中でずっと鳴り続けていた警報が、さらに音量を上げた。
「つまり俺は今、ただの飾り物を解体してるってことか?」
「つまり、中に何があろうと——急げってことだ」
聞きたかった答えじゃない。
でも今は他に選択肢もない。
分厚い密閉扉に手を押し当てる。
冷たい。
金属というより——冷やされた死体に触れているときの、鉄の温度だ。
死神の指輪が触れた瞬間、周囲の露出した導線と固定溝がぱっと反応した。光ったわけじゃない。もっと深い——節点レベルでの応答だ。扉には物理的な鍵なんてかかっていない。というより、そもそも「普通の機械式ロック」で閉じている種類の扉じゃない。この扉全体が、ある種の「節点特性」を持った何かが触れてくるのを、最初から待っている。
で、不幸なことに——死神の指輪に、飛龍の鋲、扶桑の鋲、青葉の鋲。そのうえ、ドイツ海軍の亡霊シーケンスに一晩中ボコられた経歴までフル装備している俺は、見事にその条件に合致しているわけだ。
「クソ、マジで会員制かよ」
力を込めて押す。
扉はゆっくりと内側へ開いていった。
中の空間は、想像していたより広かった。
そして、想像していたよりずっと——祭壇っぽかった。
いや、違う。
祭壇なんて言葉は、あまりにロマンチックすぎる。
ここは、工場の手法でこしらえた「偽物の祭壇」だ。
空間の中央には、巨大な金属製のコア構造体。その周囲を、幾重もの導線、節点環、封鎖シェルが取り囲んでいる。まるで、軍艦の奥深くにあった重要区画をまるごと抉り取り、その跡地に人工心臓を押し込んだみたいだ。上からは垂直構造物が垂れ下がり、床には固定レール。壁際には、データ端末や監視端子らしき装置まで並んでいる。
ただ、そのどれもが「できすぎている」。
あまりにも「ちょうどいい」。
あまりにも「見せるため」のコアだ。
空間には誰もいない。
ワイスマンもいない。
指揮官もいない。
俺がここで顔を合わせるとばかり思い込んでいた連中は、一人としていない。
あるのは中央の、でかくて、静かで、工業製の偽心臓だけ。「これこそが答えだ」と言わんばかりに——やたら丁寧に、やたら完璧に、やたら「核心らしく」飾り立てられた、そんな答え。
俺は入り口に立ったまま、すぐには中に踏み込まなかった。
ここまで来てようやく、いろんな細部が一斉に「おかしい」と主張し始めたからだ。
綺麗すぎる。
整いすぎている。
ヒントとして、あからさますぎる。
外ではあれだけの規模の海戦をやっている。ビスマルク全体も、ここまで徹底して工業霊柩みたいな姿に改造されている。そんな艦の「真の中枢区画」に、もし本当に人間が常駐しているなら——この完璧さの中に、必ず「生身の乱れ」が混じるはずだ。
だが、ここにはそれがまるでない。
ここは、展示物だ。
よく出来た心臓模型だ。
「誰かが突入してきて、『見つけたぞ』と悟るための仕掛け」として用意された——偽物の答えだ。
俺はゆっくりと中央の構造体に歩み寄る。
近づけば近づくほど、死神の指輪は、先に本物の節点をぶち当ててきたときみたいには騒がない。代わりに、妙な「反響」だけが返ってくる。空っぽの墓穴で声を張り上げたとき——音は返ってくる、でもそれは「中に誰かいる」という保証にはならない、あの感じだ。
いくつかの外装シェルに、見覚えのありすぎる刻印が残っているのが目に入った。
ワイスマン系の工業外装マーク。
ルールノードのコード。
そして、さらに人をイラつかせるもの——わざと焼き切らずに残してあるデータテープが一本。そこには、あいつの癖丸出しのラベリングがしてある。
この瞬間、鳴るのは警報なんかじゃなかった。
俺自身が、すっと冷えていく。
「山口」
「聞いてる」
静まり返った巨大な「なんちゃって核心」を見上げる。外の砲声は、俺がここまで潜り込んでも一向にリズムを乱していない。その事実も抱えたまま、俺はピースを埋めていく。
「ここには、生きてる指揮なんてねえ」
山口は、ワンテンポだけ黙った。
「俺もそう見てる」
俺はさらに二歩ほど近づき、中央構造体の外殻にそっと手を当ててみる。
中身が——薄い。
何も入ってない、という意味じゃない。こいつの役割は、最初から「指揮中枢」なんかじゃないという意味だ。
これは、「そう思わせるため」の装置だ。
節点自体は、ちゃんと組み込まれている。ただし——それは「主節点」じゃない。
これは殻だ。
「核心みたいに見えるように作った」偽の核心。
旗艦。
だが、誰かが本当に腰を据えて座るための王座じゃない。「敵に『最重要人物はここにいる』と思い込ませるため」の看板だ。
今夜ずっと引っかかっていた違和感が、一気に駆け抜ける。
甲板がやけに空いていたこと。
護衛は最低限だが、「誘導としては十分」な数だったこと。
工業改造の痕跡があまりにも整いすぎていて、「はいここ、いかにもワイスマンですよー」と言わんばかりだったこと。
そして何より——俺が乗り込んでも、外の戦況が一切傾いていないこと。ドイツ海軍亡霊シーケンスは、むしろ安定して前進を続けていること。
山口の言った通りだ。
俺は心臓をぶっこ抜いてるわけじゃない。
上等な棺桶の中に、きれいに案内されただけだ。
この艦は最初から、そういうつもりで仕立ててある。
俺向けに。
あるいは——「旗艦を叩きに来る誰か」向けに。
これは王座じゃない。
これは餌だ。
空虚な旗艦。
「ここが本体だ」と信じ込ませるためだけに用意された——偽のコアシップ。
工業製の偽心臓の前に立ちつくしながら、全身の血がすっと引いていくのを感じた。
恐怖というより——きれいにやられたとき特有の、あの冷え方だ。
ワイスマンは、俺みたいな人間のことを熟知している。追い詰められりゃ、最後には「殴り込みに行く」という判断をするタイプだということを。山口が、あるラインを越えたら必ずこの手を選ぶだろうということを。俺がこの工業霊柩じみた改造痕を見たら、「これはワイスマンの匂いだ」と言って、一直線に食いついてくることを。ルール、外装シェル、やつの刻印——そういう「証拠」を見せられれば、「もう一歩だけ、奥へ」と踏み込まずにはいられないことを。
だから、やつは先回りして——ビスマルク丸ごとを一つの「答え」に仕立てた。
あまりにも「答えらしい」偽の答えに。
喉がひどく乾いている。
ゆっくりと息を吐き出しながら、俺は、いちばんクソな事実を認める。
ワイスマンは、最初からここにはいねえ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




