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213.囮(おとり) 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

海の女王が現れた。


それは形容詞じゃない。


事実だ。


ロッテルダム沖一帯が、その瞬間、誰かに強引に一寸押し沈められたような変容を見せた。風は止まず、波も止まず、港の炎も止まない。油と火と鋼鉄と煙が夜空を化膿した傷口のように染め続けている。だが全てが道を空けていた。シュペー《アドミラル・グラフ・シュペー》とシェーア《アドミラル・シェーア》はさっきまで前端で狂ったように噛みついていた二匹の老犬だったが、今やその火線すら自発的に左右へ割れていく。より深い海面に横たわる、最も黒く、最も重く、胃が自動的に収縮するあの影が——ついに炎と霧の間から、自分の輪郭を押し出し始めた。


ビスマルク。


その巨体が形を成し始めた瞬間、左手の死神の指輪が息を呑むほどの痛みを叩き込んできた。


熱さでも刺す感覚でもない。手の骨全部を炉に突っ込まれて焼かれるような痛みだ。俺はその場で冷たい息を飲み込み、飛龍《ひりゅう》に乗る前に生死同意書のサインでも忘れたんじゃないかと本気で疑った。掌の飛龍のソウルリベット、扶桑《ふそう》のソウルリベット、青葉のソウルリベットが一斉に震える——まだ死にきれていない三つの心臓が互いに怒鳴り合っているようで、この俺というとんだ貧乏くじ引きが、ちょうどその中間で電気を通す肉塊になっている。


「クソが」


俺は左手を一瞥し、それから海へ視線を戻した。


ビスマルクはまだ完全には姿を現していない。


映画みたいな格好つけた登場の仕方はしない。美しい遠景から始まって、音楽がゆっくり盛り上がるような演出は皆無だ。歴史に死刑を宣告されながら、それでも海底に大人しく横たわる気のない化け物が、帝国の鉄屍全体の重量を引きずりながら、一節一節、自分を闇の中から引き剥がしてくる。まず前端、次に上部構造、そして——「これは普通の船じゃない」と一目で分からせる、あの主体的な圧迫感。大きさだけの話じゃない。海全体がそれを支えるために重さを分担しているような感覚だ。


山口多聞《やまぐち・たもん》は右前方に立ち、その視線は海に打ち込まれた刃のようだった。


「距離をさらに二海里取れ」彼は低く言った。


俺に言ったんじゃない。


艦隊全体に言ったのだ。


飛龍が足元で即座に応じた。エンジン音でも、現代軍艦が持つような機械的な振動でもない——艦隊全体の重量と秩序が再配分される感覚。蒼龍《そうりゅう》が左後方へ微修正し、瑞鶴と翔鶴が後方の航空層をより広く展開し、榛名と霧島が半歩前へ圧をかけ、菊月、夕月、卯月《うづき》が狂犬のように外周へさらに散り、相手が快適に食らいつけない角度帯を幾重にも構築していく。筑摩と利根は観測網をさらに遠くへ張り、二枚の巨大な透明な網でドイツ側前端とより深い海域を丸ごと覆う。


そして俺は、この一連の同期にほとんど膝を折らされかけた。


「お前ら海軍の隊形変換、人体の臓器を集団で強奪するやり方にそっくりだな」俺は歯を食いしばって言った。


山口は俺を見ない。


「今は余計なことを言うな」


「クソ、普段は口を動かして意識確認しろと言って、今度はうるさいと言う。死人はつくづく扱いにくい」


「さっきとは次元が違う」


分かっている。


ビスマルクが現れた瞬間、戦場全体の重量が一変したからだ。シュペーとシェーアが持ち込んでいたのは前衛の圧力——探りを入れ、港を引き裂き、火線を噛み、本体のために場を整えることだった。ビスマルクは違う。ビスマルクが出てくれば、海そのものに階層制度が生まれる。戦場に加わるのではなく、戦場を再定義する。


そして——撃った。


砲声一発、ではない。


深海で誰かが鉄槌で世界を殴りつけたような一撃だった。


最初に見えたのは炎だ。


より正確に言えば、前方の海面の一区画が突然歪んだ——誰かがそこで黒い幕を引き裂いたようで、砲炎がその黒の中から押し出されてきた。炎は鋭くない、分厚い。爆発ではなく、圧力だ。一拍遅れて、音が届く。その低さは胸骨全体を共鳴板にされたようで、耳の中が直接鳴り響き、飛龍の甲板さえその瞬間に一寸沈んだように感じた。


さらに次の瞬間、前方の外海が一面爆裂した。


水柱一本ではない——海の壁一面が叩き上げられた。榛名の前方左舷水域で白波、炎、黒煙、鋼鉄の破片が一斉に噴き上がり、半分の造船所を空気に変えたような光景。霧島が即座に前へ切り込んで補い、扶桑《ふそう》がより深い位置から猛烈に撃ち返し、青葉が側角から一撃を刺し込み、筑摩と利根がほぼ同時に修正線を前へ送り出す。日本側編隊は乱れない。だがその「乱れない」は余裕からではなく、全ての骨が力を振り絞っている結果だ。


そして俺は、その反動でほぼ視界を失いかけた。


目の前が暗転し、胸の内側を誰かに捻り開けられたような衝撃。艦橋の縁を死ぬ気で掴み、指の関節が白くなるほど力を込める。死神の指輪はもはや燃えているだけじゃない——噛みついている。物理的な噛みつきではなく、亡艦の記憶、死の海、戦場、霊艦編隊全体の圧力が、あの呪われた指輪を通じて俺の全身に流れ込んでくる。


「このクソが……」


誰かを罵っているわけじゃない。自分にまだ口があることを証明するための、ただの音節だ。


山口多聞がようやく振り返り、俺を一瞥した。


「踏ん張れ」


「骨折した奴に転ぶなと言うのと何が違うんだ」


「まだ立っているという点が違う」


「お前ら海軍は激励を知らなくて、検傷しか知らないのか」


山口は答えなかった。海上に答える時間がなかったからだ。


ビスマルクの第一斉射が通り過ぎると、ドイッチュラント海軍亡霊序列全体が即座に動いた。シュペーとシェーアが前端へ噛み直し、それまで深みに控えていたいくつかの重艦影がより明確に前へ押し出し、火力の層が一列ずつ主戦面を外海へと押し込んでいく。日本側では榛名と霧島が正面を死守し、扶桑と青葉がノードから補強し、飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴の航空隊が空域を支え続け、菊月、夕月、卯月《うづき》が目も当てられない剃刀三振りのように波を切りながら前端艦の角度を奪い合う。


それでも——長くは持たないと、俺には分かった。


第一波を凌ぎきれないからじゃない。


向こうのリズムが、完璧すぎるからだ。


シュペーとシェーアはもはやただの二匹の猟犬ではなく、ドイッチュラント海軍亡霊序列の前歯として機能している。ビスマルクが後方で制海権の重力を維持し、さらに深みからも別の重量が近づきつつある。外海の主戦面は少しずつロッテルダムから深海へと引きずられ、一輪凌ぐたびに一段後退する。後退は敗北じゃない——向こうが最も快適に戦える水深、最も快適な死域、最も快適なリズムへと引き込まれているということだ。


つまり今の俺たちは港を守っているんじゃない。海戦も霊界海戦も知り尽くした相手に、一寸一寸、その本拠地の居間まで引きずり込まれている。


俺は口端の血を舐め取り、前方の火線と黒影を睨んだ。


「山口」


「言え」


「あと何輪持つ?」


今回は、人を気絶させるような平静さで即答してくるいつもの山口じゃなかった。


三秒、沈黙した。


海戦における三秒は長い。特に毎秒、艦隊の代わりに殴られ続けている時は。


最後に、彼は口を開いた。


「今の圧力なら、三輪だ」


俺は眉をひそめた。


「三輪というのは?」


「三度の完全な重火力交換の後、飛龍と蒼龍の航空リズムは後退を余儀なくされ、榛名と霧島の前端耐圧は許容限界を超え、扶桑と青葉のノード補強コストが高くなりすぎ、駆逐艦外周の切り込みも意味を失う」彼は海を見たまま、天気予報を読み上げるような口調で言った。「その先も戦えないわけじゃない。だが、より深い場所に引き込まれる。その深さは、向こうに有利だ」


「より深い場所」という言葉を、彼は淡々と口にした。だが俺にはその意味が分かった。


地理的な深さだけじゃない。


亡艦の深さだ。


この海がドイッチュラント海軍亡霊序列に支配されれば、外へ行けば行くほど、深く行けば行くほど、それはあいつらの海になる。


「つまり、このまま引き延ばせば、向こうのホームグラウンドで向こうと本気でぶつかることになるわけか」


「そうだ」


「クソが」俺は火薬臭い冷たい空気を深く吸い込んだ。「アウェー戦は嫌いだ。ましてそのアウェーが死んだ海軍の墓場なら、なおさらだ」


山口が俺を見た。


急かすわけでも、慰めるわけでもない。ただ事実をそこに置く、いつもの目だ。


分かっている。


分かりたくもない。


だがこういう時に分からないふりをすれば、海の方が直接教えに来る。


また一斉射が主戦面を叩いた。


今度はビスマルクの主砲だけじゃない。シュペー《アドミラル・グラフ・シュペー》、シェーア《アドミラル・シェーア》、そして後方のいくつかの重圧力線がほぼ同時に前面へ叩き込んできた。榛名が最大の一撃を受け止め、艦影が炎と波の間で明らかに震える——霧島が即座に斜めに切り込んで補位し、扶桑《ふそう》が猛烈に撃ち返し、青葉が細刃のように隙間を突く。飛龍《ひりゅう》側の艦載機発艦リズムは乱れていない。だが胸の痛みはもう、内出血し始めているんじゃないかと疑うほどだ。


もしかしたら、実際に出血しているかもしれない。


誰に分かる。


今この状況で、停戦して血液検査をする気にはなれない。


俺はビスマルクを見上げた。


まだ完全には姿を晒していない。だがその主体的な圧力はすでに十分だ。主砲が火を噴くたびに海が道を空け、輪郭が一段鮮明になるたびにドイッチュラント海軍亡霊序列全体が真の背骨を得ていく。


ふと悟った。この戦いのリズムを変えるには、あと数輪耐え凌ぐだけじゃダメだ。


誰かが、深く切り込まなければならない。


心臓を直接刺すしかない。


自分でも答えが分かっている問いを、俺は口にした。


「もし俺が乗り込んだら?」


山口多聞《やまぐち・たもん》がようやく正面から俺を見た。


「ビスマルクへの強行登艦か?」


「そうだ」俺は唇の端の血を舐めた。「このまま引き延ばせば深みに引き込まれると言ったな。なら海の上で女王様と綱引きを続けるより、直接乗り込んでその核心をぶち壊す方がいい」


山口は黙った。


計算しているのが分かる。俺の命が惜しいかどうかじゃない——これが戦術的に意味を持つかどうかを。これが最も山口多聞らしいところだ。他の人間なら「危険すぎる」「不可能だ」「死ぬぞ」と言うだろう。彼は違う。まず考えるのは——お前が死ぬとして、それに値するかどうかだ。


数秒後、彼は言った。


「可能性はある」


鼓励には聞こえない。「判決は下せる、だが結果が気に入るかは保証しない」という裁判官の言葉に近い。


「おお、心が躍るな」俺は口の端を引いた。「詳細は?」


「旗艦を正面から斬る発想は正しい」山口は言った。「ドイッチュラント海軍亡霊序列には主従の階層がある。シュペーとシェーアは前衛制圧、後方にも別のノードがある。だが今、ビスマルクが最重の主体だ。お前が内部に入り、核心の共鳴を内側から断ち切れれば、この海の圧力が一層緩む」


「一層だけか?」俺は眉を上げた。


「神を解体しに行くつもりか?」


「違う。自分が何つ星の評価に値するか知りたかっただけだ」


山口は俺の減らず口を完全に無視した。


「問題は、登艦が飛び乗るだけじゃないということだ」彼は前方の巨大な黒影を見据え、海から引き上げたばかりの鋼板のように冷たい口調で続けた。「前衛の火線を突破し、中層の制圧を抜け、接近時の甲板防御を耐え、その上で内部の真の核心を見つけなければならない。もしワイスマンが直接設置した工業殻と儀式層があれば、中に入った後の方が外より遥かに辛い」


「金を払って苦しむ豪華コースだな」


「行かなくてもいい」


「やめろ」俺は息を吐いた。「さっきのお前の目は明らかに『お前が行けばまだ局面を変えられる、行かなければ撃たれながら後退するしかない』と言っていた」


山口は否定しなかった。


する必要がなかったからだ。


外海でまた重火力が交錯し、飛龍の甲板が足元で釘打ちしたように安定している。だがその安定が俺の接続が切れていないことで成り立っていると分かっている。ビスマルクの圧力は一層一層、戦場全体を深海へと引きずっている。向こうは急いでいない——時間が自分たちの味方だと知っているからだ。このまま火力を交換し続ければ、日本側の霊艦群はいずれ、より深く、より暗い、ドイッチュラント海軍亡霊序列の海域へと引き込まれる。


そして林雨瞳《リン・ユートン》たちは今、ルールへ向かっている。


海上をこのまま時間の墓場にするわけにはいかない。


「行く」俺は言った。


山口が微かに首を傾けた。


「俺が乗り込む」


誰も拍手しない。


誰も「勇敢だ」と言わない。


海上にそういう酸素の無駄遣いをする流れはない。


山口はただ即座に前方へ向き直り、俺が今死にに行くと言ったのではなく、火力表に組み込むべき座標を一つ報告されたかのように動いた。


「榛名、霧島前進——ビスマルク右前角に隙を作れ。扶桑、左側火網を圧迫。青葉、中層交差を噛め。筑摩、利根、最短切り込み線を引け。菊月、夕月、卯月《うづき》、接近準備。飛龍、蒼龍、航空層でドイツ側甲板活動を抑制。瑞鶴、翔鶴、後方空域を受け持て」


命令が落ちた瞬間、胸に工具箱を丸ごと叩き込まれたような衝撃が走った。


これが俺が最も嫌いで、最も敬服する部分だ。山口という人間は命令を下す時、感情的な緩衝を一切与えない。怖いかと聞かない、気をつけろと言わない、肩を叩いて頑張れとも言わない。ただ登艦戦に必要な火力、角度、煙幕、航空制圧、ノード調整の全てを淡々と並べる——世界に向かって「よし、この人間が今から死にに行く、各自協力するように」と告げるように。


同期の衝撃を受けながら、俺は思わず口から出た。


「お前ら日本海軍、葬儀屋みたいに段取りだけは完璧だな」


「お前はまだ死んでいない」


「じゃあ今のは予行演習か?」


「接近だ」


外周の菊月が最初に動いた。


大艦隊の中で見ると、あの小艦は本当に捨て駒にしか見えない。だがこういう場面で最も恥知らずで、最も相手の顔面に貼りつき、最も高速の乱切りができる汚れ仕事をこなせるのも、こういう存在だけだ。夕月と卯月が続いて外周をさらに細かく切り刻み、三振りの狂った軽い刃が波頭を飛び回り、ドイツ側前衛が快適に照準を合わせられないよう徹底的に掻き乱す。榛名と霧島が第二層の前圧を猛烈に叩き出し、ビスマルクとの間にある「普通の人間なら夢にも思わない」距離を、狂人がかろうじて試せる一本の線へと無理やり変えていく。


扶桑《ふそう》が左側から重火力を一斉射した。その一撃で俺は内側から粉砕されそうになった。青葉がより嫌らしい角度から噛みつき、シュペーとシェーアの前衛圧力を一時的に一層断ち切る。筑摩と利根の観測が冷たい二本の鉤のようにビスマルク周辺海域に食い込み、俺が死にに行くための全ての角度を洗い出してくる。


そして空では、飛龍と蒼龍《そうりゅう》の艦載機影が高度を落とし始めた。


全面爆撃じゃない——ビスマルクの上層甲板と周辺火力点への短時間制圧だ。現代の攻撃機のような洗練されたものじゃない。だが別種の、背筋が寒くなる執念がある。命令が生きている限り、半分燃えていても飛んで行って砲塔を叩きに行く、そういう飛行機たちだ。


「ルートをくれ」俺は言った。


筑摩と利根がほぼ同時に情報を流し込んでくる。


文字じゃない。方向感覚だ。


ビスマルク右前外板、前甲板と中段上部構造の間に、短時間だけ切り開ける線が存在する。狭く、汚く、不安定で、次のドイツ側斉射と波向きで即座に消える。もっと率直に言えば、あれは道じゃない——今しがた誰かが無理やり作った、一本の墓道だ。


「どうやって渡るつもりだ?」山口が聞く。


「この期に及んでまだ計画を聞くのか?」


「海に飛び込みたいだけじゃないか確認している」


「安心しろ、自殺するならもう少し文学的な場所を選ぶ」俺は息を吐き、明滅する接近線を睨んだ。「菊月に乗せてもらう。速くて、低くて、十分に卑怯だ。外板に噛みつける距離まで来たら、指輪とソウルリベットで強引に掛かる」


山口が俺を見た。


「痛いぞ」


「それを言って何か意味があるのか?」


「叫びすぎるなという注意喚起だ」


「本当に殴りたい」


言い終わる前に、俺は飛龍の甲板から菊月の方向へ駆け出した。


「駆け出した」と言っても、甲板も風も炎も海も全部が俺をそちらへ送り出しているような感覚だった。俺が格好いいわけじゃない——艦隊ノードがここまで開いた状態で、死神の指輪と三つのソウルリベットが甲板全体とほぼ一体化しているからだ。菊月が切り込んできた瞬間、飛龍と菊月の間に俺が踏み渡れる道が短く生まれた。一秒も無駄にせず、俺はそこを渡った。


菊月に降り立った瞬間の第一印象——本当に小さい。


飛龍、榛名、霧島のような艦の上から駆逐艦を見ると、細くて機敏な小刃に見える。実際に踏み込んで初めて分かる、小刃は小刃だ。全体のリズムが速すぎて、いつ波に飛ばされてもおかしくない。甲板は狭く、艦影は海面に張り付き、速度が上がるにつれて体の全てが告げてくる——ここは安定して立つための場所じゃない。ここは運命に体当たりするための場所だ。


「クソが、これは船じゃない、海の上の首輪だ」


手すりを掴みながら俺は罵った。


前方の黒い海と火線が顔面を叩き、波しぶきが一掴みずつ冷たい塩を叩きつけてくる。菊月は俺の気分など一切無視し、艦影ごと海面の最も凶暴な方向へ切り込んでいく。夕月と卯月が左右から乱入し、三振りの狂った軽い刃が波頭を飛び回り、一緒に人の足首に噛みつきに行く三匹の狂犬のようだ。


ビスマルクがどんどん大きくなる。


これが最悪の部分だ。


遠くから見ている時は、距離で自分を誤魔化せる。大きい、重い、厄介、そう思うだけだ。だが本当に近づいた時に分かる——あれは大きさじゃない、圧力だ。外板、上部構造、主砲塔、旧帝国の重厚な線条が、近距離では一隻の「船」に見えない。開砲する鋼鉄の墓碑だ。近づけば近づくほど、あれが単に海面に浮いているのではなく、より深く暗い何かに支えられ、海全体に担がれているのが分かってくる。


ドイツ側の甲板火力がすぐに俺たちを捉えた。


全部じゃない。飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴の航空制圧がビスマルクの上部構造と周辺の明確な火力点を叩き続け、榛名と霧島もあいつを楽にさせていない。それでも、こちらへ向けて掃射が始まった。


まず副砲。


次に、より低い層からの機銃火線と——現代の機銃ではないが、明らかに接舷防御用の、霊異的な制圧。海面、波壁、白煙が一塊に掃き乱され、前方がほとんど見えない。菊月の狂犬本能だけを頼りに突っ切るしかなかった。


夕月が右側に一撃を受け、艦影が大きく揺れる。だが位置は死守した。卯月はさらに外周へ飛び出し、相手の視角を掻き乱す——まるで生きて帰るつもりが最初からない狂人のようだ。


「お前たち三隻は何なんだ、駆逐艦でここまでやるのか」


誰も答えない。


こういう時、答えはそもそも余計だ。


ビスマルクの右前外板が目の前に迫った。


その瞬間は「到達」という言葉では足りない——前方の黒と炎の混合体が突然、理不尽なほど巨大な鋼鉄の壁として眼前に叩きつけられた。黒く、濡れ、冷たく、古く、分厚い。帝国の背骨を一枚の壁に鋳込み、海に漬けて今日まで養ったような外板だ。


左手の指輪が燃え上がり、飛龍のソウルリベット、扶桑のソウルリベット、青葉のソウルリベットが一斉に震えた。


今だ。


俺は左手をその外板に叩きつけた。


次の瞬間、左腕全体を鉄釘で骨の奥まで縫い留められたような激痛が走った。


「クソッ——!」


比喩じゃない。本当に釘で留められた感覚だ。


死神の指輪がビスマルクの外板に触れた瞬間、より深層の亡艦ノードに噛みついた。飛龍側の力、掌の三つのソウルリベットのノード応答、そしてドイッチュラント海軍亡霊序列自体の深く黒い重量——全てが同じ一点に叩き込まれた。


その一点が、俺だ。


世界が一瞬、溶けた。

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