211.砲火と激浪
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
飛龍の甲板を踏んだ瞬間、最初に消えたのは恐怖じゃない。
「自分はまだ完全な人間だ」という錯覚の方だった。
足元の鋼板は冷たく、硬く、古く、海水に浸かり、炎に焼かれ、戦時の摩耗が刻み込まれた粗い感触。だが本当に胃を突き上げたのは甲板の感触じゃない。左手の死神の指輪と、掌の飛龍のソウルリベットが、同じ瞬間に燃え上がったことだ。
発熱じゃない。焼けた電線を手首から胸に直接差し込まれ、胸骨の裏から脊椎まで一気に引き抜かれるような感覚だ。
俺は冷たい空気を吸い込んだ。
「クソが」
冗談でも減らず口でもない。現在の医学も宗教も完全には説明できない状況に対する、俺の最も正確な反応だ。
山口多聞は数歩前に立っている。その背中は、戦時の甲板に打ち込まれた古い鉄釘のようだ。夜風は強いが、彼の軍服の残影はほとんど揺れない。風は海を動かし、炎を動かし、ロッテルダム港で崩れかけているあらゆるクソ事態を動かせる——だが、とっくに自分と戦場を一体化させてしまった死人の軍官だけは、動かせない。
彼は振り返らず、淡々と言った。
「接続した」
「海軍の挨拶って全部こんなに縁起が悪いのか?」俺は歯を食いしばり、神経を這い上がる灼熱を無理やり飲み下す。「普通は『ご乗艦歓迎』だろ。『接続した』じゃ、病院が家族に挿管成功を告げてるみたいだ」
「今のお前の方が、挿管に近い」彼は言った。
「ありがとよ。お前の慰め方は沈没船みたいに安定してるな」
山口は俺を無視した。
彼はそういう人間だ。お前が死にかけていても肩を叩いて励まさない。生き延びても「よくやった」とは言わない。ただ事実を目の前に置く。弾薬箱を地面に投げ落とすような、無感情な手つきで。
今、俺の目の前に置かれた事実は——ロッテルダム沖の海が、強引に書き換えられつつあるということだ。
飛龍の甲板に立って外を見ると、最初に目に入るのは炎だ。
港はまだ燃えている。
外港を囲む大型施設群は、かつて文明社会の秩序の象徴だったものが、今や一つ残らず腹を引き裂かれた機械の死体のようだ。油槽区の火柱が高くそびえ、夜空をオレンジ色の釘で一本一本打ち抜いたように見える。輸送ラインの何箇所かはすでに断ち切られ、炎が裂け目に沿って走っている。上から見ると、ロッテルダムという港湾都市の血管を誰かが切り開いたようで、燃えているのは石油ではなく、この街全体の物流の命脈だ。さらに遠くの液化天然ガス貯槽は炎に照らされて青白く——解剖を待つ内臓が吊り下げられたように白く光っている。
海上では消防船、曳船、作業艇が乱走している。相手が何者か分かっていながら、それでも火場に突っ込まざるを得ない社畜どものように。
本当にヨーロッパらしい。
普段は制度だの安全だの手続きだのと声高に語っておいて、いざ海から這い上がってきたドイツ軍艦を前にすれば、現代の港湾規程を手に霊異の重砲と向き合うしかない。
あの炎の海を見ていると、ソフィアに電話して今の気分を聞きたくなる。「私の埠頭」「私の港」「私の秩序」と言い続けていたあの女の、今夜の心境を。結局ドイツ海軍の老骨が二隻、先に改装してやったわけだから。
だがそれも一瞬の考えで終わった。
次の瞬間、飛龍全体が足元で動いたからだ。
現代の船のようなエンジン始動の振動じゃない。もっと不快な感覚——半分しか開いていなかった巨大な胸腔が、ようやく最初の完全な息を吸い込んだような。
そしてさらに多くのものが流れ込んできた。
海風でも、音でも、映像でもない。
ノードだ。
左後方、蒼龍。
さらに後方外縁、瑞鶴、翔鶴。
前方の沈圧位置、榛名、霧島。
近外縁を波に沿って走る、菊月、夕月、卯月。
さらに遠くで観測と外縁視野を張る、筑摩、利根。
そしてこの編隊の外側で、俺の掌にある別の二本のソウルリベットを通じて引き寄せられたのが、扶桑と青葉だ。
「見える」感覚じゃない。胸の中に突然、艦隊の骨格図が一枚丸ごと現れたような感覚だ。各艦は図示じゃない——本当に重さを持った鋼鉄の器官として、この俺というとんだ貧乏くじ引きの体に接続されている。飛龍が最も重く、蒼龍は対になった肋骨のよう。瑞鶴と翔鶴は後方から編隊全体の呼吸を支える肺葉。榛名と霧島は本気で殴りかかる準備を整えた二本の拳。菊月たちは犬歯のよう。そして扶桑と青葉は、より古く、より深い水底からこの夜に伸びてくる二本の補助神経だ。
「これは乗艦じゃない、臓器移植だ」俺は息をつき、艦橋の縁を掴む。「しかも麻酔なしで」
「今から自分を個人だと思うな」山口が言う。
「やっぱり普通のことは言えないんだな」
「自分をノードだと思え」
「ますます新興宗教みたいだ」
「その方が生き残りやすい」
「日本海軍の採用試験、体力検査の他に『生きてる人間を言葉で追い詰められるか』も項目にあったんじゃないかと思えてきた」
山口がようやく横目で俺を見た。
「まだ減らず口が叩けるなら、限界まで達していない証拠だ」
「俺は科学的なサンプルには向かないぞ。死にかけてても口だけは動く」
「なら続けろ。お前にまだ意識があるかどうかの判断材料になる」
俺は笑った。自分でも少し乾いていると思うような笑いだった。
彼は正しい。
俺は今、船の上で景色を眺めているんじゃない。艦隊全体の現実側と残響側の閉合圧力を引き受けているんだ。一艦接続されるたびに、一本の火線が整編に加わるたびに、航空隊、観測、砲火、位置、圧力の同期が一層増すたびに、胸の奥を古い鍋釜で殴られたような衝撃が走る。
飛龍の艦橋の残影が徐々に鮮明になっていく。
もやのかかった構造線が、一層ずつ浮かび上がってくる。測距儀の輪郭、甲板昇降区の縁、艦橋外壁に刻まれた海風と砲火の痕跡——全て別の時代から引きずり出されたようだ。完全な物理的実体ではないが、幻覚と呼ぶには程遠い。幽霊船と言えば安っぽすぎる。投影と言えばこの重さを侮辱することになる。
より正確に言えば、戦争の記憶によって支えられた鋼鉄の亡骸。そして今、俺はその胸腔の中に立っている。
遠くの外海で、また砲炎が上がった。
山口に言われるまでもなく分かる。
施佩伯爵海軍上将号。
あのドイツの老犬の位置は外港と主戦面の間——陰険で、急所を狙うのが巧い。砲口が閃いた瞬間、海面がただ照らされるのではなく、その前方に不自然な暗線が一本現れ、その暗線の中から炎と鋼鉄が一緒に押し出される。数秒後、港区のさらに外側でまた爆発が起き、作業を辛うじて支えていた鋼構アームが一本ねじ切れ、炎の中に崩れ落ちた。港の腕を一本、先に折られたようだ。
「場所の選び方が上手い」俺は言った。
「装甲艦は道徳を語りに来るわけじゃない」山口が言う。
「分かってる。ただドイツ人は死んでも生きてても仕事のスタイルが同じくらい鬱陶しいと思っただけだ」
炎が収まりきる前に、別の方向が光った。
舍爾海軍上将号。
施佩伯爵より陰険な打ち方だ。最大の爆発を狙うのではなく、港湾のリズムを崩す位置を狙い澄ます。曳船の航路、外港の誘導線、緊急消防水域の進出角度——どこを断てば港全体が一段と混乱するかを計算して打ち込んでくる。派手さはないが、卑劣で、効果的だ。遠くから見ると、二丁の古い大鋏でロッテルダム沖の現代港湾秩序を少しずつ切り刻んでいるようだ。
「この二隻は示威行動じゃない」俺は言った。
「当然だ」山口は淡々と言う。「前衛だ」
その言葉を聞いた瞬間、左手の指輪がまた熱を帯びた。
本当に「前衛」という言葉が嫌いになってきた。
誰かが「今のは前衛に過ぎない」と言う時、決まって本当に厄介なものがその後ろに控えているからだ。
俺は視線をさらに深い海面へ向けた。筑摩と利根が張った観測網を通じて、海霧と炎の向こうにさらに大きな影が押し上がってきているのが分かる。全体像は見えない。輪郭の縁が炎に照らされた瞬間だけ、理不尽なほどの重量感が一瞬だけ覗く。
単艦じゃない。
普通の随伴艦でもない。
旧帝国の鋼鉄の背骨を丸ごと海底から担ぎ上げているような圧力——一寸上がるたびに、この海が一寸沈んでいく。
「見えたか?」山口が聞く。
「見えた」俺は言う。「今夜、誰も俺を楽にさせてくれないことも分かった」
「お前がいつ楽だったことがある」
「その一言で人類文明の代わりに黙祷を捧げたくなった」
山口は答えなかった。
ちょうどその時、飛龍の左後方で蒼龍が完全に形を成したからだ。
海から突然現れたのではない——もともと飛龍の背に張り付いて眠っていたものが、最後の一つの脈動で輪郭を全て点灯させたようだ。彼女が接続された瞬間、肺が裂けそうだった胸の圧力が、わずかに分散した。楽になったわけじゃない。「今すぐ血を吐く」から「もう少し後で血を吐く」に変わっただけだ。
「少しマシになった」俺は息を吐く。
「分流しただけだ」山口が言う。
「海軍って士気の鼓舞というものを知らないのか?」
「戦場では、正確であることが鼓舞より重要だ」
「お前ら、絶滅した後に教官をやったら向いてるな」
蒼龍の後、瑞鶴と翔鶴が順次接続された。
飛龍や蒼龍とは気質が違う。前者二隻が、前の大戦を血まみれで生き延びた者たちだとすれば、瑞鶴と翔鶴はより完全で、より重く、文字通り大規模艦隊戦の終盤を支えきれる背骨だ。彼女たちが入ってくると、俺の中に加わるのは船影だけじゃない。後方航空戦力の運用面、圧力の受け皿の広がり、次の一手を伸ばす余地そのものが増える。
つまり俺は、「もうすぐオーバーロード寸前のかわいそうな個人」から、「オーバーロード寸前だが、『ユニットが足りない』という愚痴を言う資格だけは失ったかわいそうな個人」にアップグレードされたわけだ。
「この仕事、残業代は出るのか?」俺は聞いた。
「出ない」
「保険は?」
「お前は今、幽霊船の上に立っている」
「なるほど、説得力のある答えだ」
前方の海面がさらに重く沈む。
榛名、霧島が姿を現した。
この二隻が主編隊に入った瞬間、海そのものの圧が一段階増したのが分かる。空母が胸郭なら、戦艦は拳——この比喩は、考えた奴を褒めてやってもいい。榛名の輪郭は何度も研がれた刃のように鋭く、霧島はもっと直情的で、「話し合いなど不要」とでも言いたげな殴りつける気配を纏っている。彼女たちが前に出ると、艦隊全体に「殴り返せる」感覚が戻ってくる。
ただ突っ立って殴られるだけなのと、殴り返す拳を持っているのとでは、心の持ちようが根本的に違う。
続いて、菊月、夕月、卯月。
彼女たちは前の艦のように重量で場を支配するタイプじゃない。速度と柔軟性で噛みつく側だ。細長い艦影が波の縁を滑るように走る様は、大きさこそないが、肋骨の隙間からぐいっと潜り込んでくる刃物を思わせる。三隻が外周に散った途端、海面の死角が一段階薄くなり、編隊全体に相手の足首を噛みに行くための犬歯が生えた。
少し後ろで、筑摩と利根が観測線を完全に展開する。
この二隻が出てきた瞬間、俺の頭の中の戦場図が一気に「気持ち悪いほど」鮮明になった。射線の角度、波高差、波形による微妙な補正、ドイツ前衛艦のポジション変化、港湾火災が作り出す煙の壁——どれも抽象的なデータではなく、視神経の裏側に直接刻み込まれる感覚情報として流れ込んでくる。
そして、掌の二本のソウルリベットを通して、扶桑と青葉がゆっくりと繋がった。
扶桑が繋がった瞬間、最初に来るのは感動じゃない。古い鉄骨で胸骨を思い切り殴られたような衝撃だ。彼女の存在はあまりにも古く、重く、しぶとい。俊敏に立ち回るためではなく、「俺はまだ完全には朽ちていない」と世界に殴り書きするためにここにいる、そんな感触。青葉はその逆で、編隊の死角に斜めから差し込まれた一本の細い刃。大声ではないが、敵が「安全だ」と思った位置にだけ確実に傷を残す。
飛龍の艦橋脇に立つ俺は、たった今までの身体を一度ばらされ、一個一個、艦隊の臓器に差し替えられた気分だった。
この瞬間になって、ようやく本当の意味で理解する。
「艦隊整備完了」とは何かを。
霧の中から一隻の船が格好つけて出てくる、そんな単純な話じゃない。それぞれの艦が然るべき場所にいて、然るべき圧力を受け、火力と観測と機動とリズムを同時に支えている状態——それを同じ夜の中で成立させて初めて、「艦隊」と名乗れる。一つでも抜ければ、それはただの、海に浮かぶ霊的プラモデルの群れだ。
山口多聞が手を上げる。
本当に小さな、ただの所作だ。
だが、その瞬間、ロッテルダム沖一帯が、見えない指揮棒で軽く叩かれたように音を立てた。
飛龍が僅かに前へと沈み込む。
蒼龍が左後方でそれを受け止める。
瑞鶴と翔鶴が後方で空中戦力と戦線の伸縮を支えながら構える。
榛名と霧島が前方と中前方で、ドイツ前衛艦の火線を受け止めるための二本の柱を打ち込む。
菊月、夕月、卯月が波の外側に躍り出る。
筑摩と利根が観測と修正の面を、ドイツ側前面海域に被せる。
扶桑と青葉は、より古く深い神経として、俺の身体を通じてこの夜の中へとずぶりと差し込まれる。
その瞬間、左手の指輪は、感覚がなくなるほど熱くなった。
「クソったれが」
今度ばかりはカッコつけでもなんでもない。本気で、膝が笑った。
艦隊全体のシンクロは、一面の海が胸の上に乗っかってくるようなものだ。呼吸は重くなり、耳の中はノイズで満ち、胃袋を鉄の鉤で引っかけられたように内側から引きずり回され、視界は一瞬、本当に白く飛んだ。反射で艦橋の縁を掴んでいなければ、きっと情けない格好でしゃがみ込み、大日本帝国幽霊海軍の面前で、「人間発電機・過負荷の図解」を披露するところだった。
山口が俺の肩を掴む。
支えるためじゃない。この臨時心臓がまだ動いているか確かめるためだ。
「耐えろ」
「こういう時、一番役に立たないセリフってそれだぞ」
「知っている」
「じゃあ何で言う」
「お前が、まだ聞き分けられるからだ」
荒い呼吸を整え、喉元まで上がってきた血の味を押し戻しながら、俺はなんとか立ち直る。
数十秒がひどく長い。
十数隻の幽霊艦の反圧を、毎秒ごとに胸で受け止めていると、その長さはとびきり悪意のある冗談みたいに感じられる。
だが、それを越えたところで、ようやく「パターン」が見え始める。
楽になったわけじゃない。ただ、慣れてきた。
人間という生き物は、本当にどうしようもない。痛みが続けば、強くはならない。ただ、分類が上手くなるだけだ。さっきまで一つの塊として俺を押し潰していたものが、徐々に分解されていく。飛龍の主圧、蒼龍の分流、瑞鶴と翔鶴の後方支え、榛名と霧島の前面の拳、駆逐艦群が外周で位置を変えるたびに走る細かい震え、扶桑の古く重い補強、青葉が斜めから刺してくる刃の感触。
要するに、「車に轢かれた」から、「どの車にどう轢かれたか分かる」段階まで進歩したわけだ。
ちょうどその時、施佩伯爵海軍上将号が再び火を噴いた。
さっきまでと違い、その斉射ははっきりと一段階重かった。港湾への嫌がらせ半分から、こちら——外海の主戦面へ意識を移したのが分かる。砲焔が立ち上がる瞬間、水線の前に再び黒い裂け目が走り、そこから弾が押し出される。数秒後、榛名前方右舷側の海域が轟音と共に跳ね上がった。水柱は、海そのものをひっくり返すつもりかという高さに達し、白波と煙と炎と鋼の破片が風に撒き散らされる。飛龍の甲板にいる俺のところにまで、その一撃の重さが伝わってきた。
「こっちを嗅ぎつけたな」
「正常な反応だ」
山口が言う。
「たまには、もう少し人間味のある言葉を選べないのか」
「異常な反応の方が厄介だ」
「はいはい。死人にユーモアセンスを要求した俺が悪かったよ」
舍爾海軍上将号がすぐに第二撃を重ねる。
こいつはやはり施佩伯爵より陰湿だ。狙うのはいつだって「関節」だ。直線的な最大火力ではなく、こちらが一番姿勢を崩したくない角度を的確に撃ち抜いてくる。榛名は退かない。霧島が一歩前に出て、二隻が波面に殴りつけるように身を預け、ドイツ側の圧力をまともに受け止める。
そして——扶桑が撃った。
その瞬間、心の底から悪態が込み上げた。
不快だからじゃない。重いからだ。
旧式戦艦の火力がラインに乗った時の反動は、鋼鉄で組んだ桟橋を丸ごと胸の中に投げ込まれたかのようだ。遠くの海面が彼女の砲撃に抉られて白い飛沫を天に向けて噴き上げる。施佩伯爵海軍上将号に直撃はしなかったが、その前方のリズムを崩すには十分だった。間髪入れず、青葉が斜めから刺すように一撃を加える。顔の横から針で突き刺されるような、いやらしく精密な弾道で舍爾海軍上将号の姿勢も修正を強いられる。
歯を食いしばり、口の端に滲んだ血の味を無理やりごまかす。
山口多聞は、それを見ても何も言わなかった。
こういう時、彼は「大丈夫か」も「よくやった」も口にしない。ただ艦隊を前へ進める。それしか選択肢がないと分かっているからだ。一度止まれば、ここまで積み上げてきたリズムが一気に崩壊する。
外海の空模様も変わり始めていた。
飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴の甲板の上に、艦載機の輪郭が一機、また一機と立ち上がる。博物館に飾られた展示品でも、軍オタの涙腺を狙った映画のスローモーションでもない。むしろ、埋葬されるはずだった戦争作業プロセスそのものが、死体の胸から無理やり引き剝がされて再起動しているような光景だ。翼の一部は焦げ、機体の輪郭も炎と霧に揺らいでいる。それでも密度さえ整えば、本当に飛んで、爆撃して、誰かの頭上へと「仕事」に向かうようにしか見えない。
「航空隊、待機」
山口が言う。
胸の奥が、再び深く沈んだ。
分かっているからだ。
圧力の本番は、まだ始まったばかりだということを。
海上の艦隊戦だけでも十分に理不尽なのに、今度は空中の層まで丸ごと接続されようとしている。一機が発艦するたび、一度位置を変えるたび、一本の射線と高度修正が入るたびに、最終的には全部この俺という貧乏くじ引きの心臓を通過しなければならない。
ふと、バストーニュが懐かしくなった。
おかしなことを言っているのは分かっている。あの時の街は死体だらけで、装甲の影があちこちを踏み潰し、警官は死に、民間人は逃げ、ホテルが前線指揮所になって、毎朝目を覚ますたびにゴミ箱の中で生存確率を漁っているような日々だった。だがあの頃は、少なくとも壁の後ろに隠れることができた。路地の角へ走ることができた。銃と、脚と、根性で問題に対処することができた。
今は違う。
今の俺は壁の上に立っている。
しかも、その壁全体に電力を供給しなければならない。
「どうだ?」山口が突然聞いた。
「造船所を一つ丸ごと肋骨に配線されて、旧式主砲をマッサージ棒代わりに内臓を殴られてる感じだ」俺は言った。
「まあ、いける」
「お前らの『いける』の基準、禅の悟りみたいに低いな」
前方の海線が、また光った。
今度は施佩伯爵でも舍爾でもない。
もっと後方。
より遠く、より重く、より大きな砲炎。
その光が走った瞬間、一帯の海面が先に押し潰されてから、音が後から届いてくるような感覚があった。距離がまだ遠く、輪郭は掴みきれないが、あの重量感は前衛艦が持つべき火力じゃない。
俺は目を細め、海霧の向こうに蠢く、より大きな影を見据えた。
「後ろにまだ何かが上がってきている」俺は言った。
「当然だ」山口が言う。
「お前は今日、人の顔に魚雷を叩き込みたくなる言葉しか言わないのか?」
「今お前に魚雷があるなら、向こうに取っておけ」
「分かってる。だから口だけで済ませてるんだ」
港でまた爆発が起きた。
今度は油槽区のさらに奥の鉄骨架が崩れ、倒壊の勢いで輸送管を一本丸ごと引き裂いた。炎が一気に噴き上がり、ロッテルダム北側の夜空が一段と汚いオレンジ色に染まる。海風が煙を外海へと運び、ドイツ側の前衛艦影が炎と煙の間に明滅する。その光景は、世界滅亡前日の工業プロパガンダ画のように醜悪だった。
だがその炎の海が、外海全体を俺の心の中の四文字——鋼鉄霊界——に変えてしまった。
普通の戦場じゃない。
普通の海域でもない。
海そのものが鋼鉄と砲火と亡魂と戦争の記憶によって書き換えられた後に初めて生まれる、そういう場所だ。
説明しにくい感覚だ。
自分が踏んでいるのは海上戦艦の甲板で、目の前はロッテルダム沖だと分かっている。だが同時に、ここがもはや完全には二十一世紀に属していないとはっきり感じられる。より古く、より冷たく、より残酷な規則が海底から浮かび上がり、現代のあらゆるもの——港湾局、消防隊、油槽、保険契約、ニュースの生中継、富豪の埠頭女王——を全部一緒に飲み込もうとしている。
俺たちは港を守っているんじゃない。
海の上で、再び呼び覚まされた古い戦争と向き合っているんだ。
山口多聞が再び手を上げた。
今度は整編じゃない。応答だ。
榛名と霧島がもう一段前へ出る。
菊月、夕月、卯月が波の縁を高速で切り、ドイツ前衛が食らいつこうとしていた有利な角度を全て潰す。筑摩と利根の観測線が同時に絞り込まれ、施佩伯爵と舍爾周辺の海域を剃刀の薄さに削り込む。扶桑がより深い位置から一段火力を補い、青葉が修正の瞬間を突いて側面を噛む。飛龍と蒼龍の航空隊プロセスが同期して引き上がり、瑞鶴と翔鶴が後方の空域を受け持つ。
艦隊はもう、ただ踏ん張っているだけじゃない。
本格的に打って出ている。
その瞬間、胸を一面の海に貫かれたような衝撃が走った。
呼吸が半拍止まり、胃が一気に縮み、耳元の全ての音が一つの塊に溶け合う。視界が一秒だけ暗転し、このまま飛龍の艦橋の外で情けない死に方をして、後世の軍事怪談に「主人公、供給過負荷により一章半で退場」という笑い話として残るのかと思った。
だが次の瞬間、俺はまた持ちこたえた。
意志力とか、そういう勇ましいものじゃない。
腹が立ったからだ。
俺はどうも、倒れるなと言われれば言われるほど意地でも立ち続ける性分らしい。この世界が俺の膝を折りたいなら、まず二言三言罵倒してから、どうやって立ち直るかを考える——それが俺のやり方だ。
だから口の端の血を拭い、前方の外海に浮かぶドイツ艦の影を睨みつけた。
「ああ、来いよ」俺は低く言った。
山口は答えなかった。だが飛龍全体が、その言葉を聞いたかのように動いた。
甲板の風が強まり、艦橋がより安定し、編隊全体のリズムがウォームアップから戦闘モードへと切り替わる。
ドイツ側もすぐに応じた。
施佩伯爵海軍上将号と舍爾海軍上将号は、もはや各自で撃ち合うのではなく、互いに連携しながら前へ押し上げてくる。これが一番厄介だ。ただの幽霊船が暴走しているなら、まだ「死んだ船が発狂した」と片付けられる。だが今は違う。連携し、探りを入れ、リズムを読みながら噛みついてくるのが分かる。施佩伯爵が正面から注意を引き、舍爾が嫌らしい角度から圧力を補い、その後ろの大きな影たちは、こちらが隙を見せるのを待っている。
その感触が、胃をさらに冷やした。
これはワイスマンが海から引き上げたのが、ただの海上の死骸の山ではないことを証明している。
作戦行動ができる、ドイツ海軍の亡霊体系だ。
バストーニュで俺たちが相手にしたのは、街に溢れ出した戦争の断片——地面、路地の角、装甲と死兵の悪意だった。凶暴で、圧倒的で、息もつかせない。だが多くの場合、過去の残響特有の鈍重さがあった。ここは違う。目の前の相手は見て、待って、層を分けて噛みついてくる。「いつ本当の重さを見せるか」まで計算に入っている。
つまりこれは、怪談じゃない。
軍事的な問題だ。
そして軍事的な問題の最も厄介なところは、口が達者だからといって自動的に解決しないことだ。
遠方の大きな影が、また少し鮮明になった。
まだ全体は見えない。
だが「何かが来ている」という感覚が、どんどん重くなる。
胸の供給圧力も、それに合わせて一層一層積み上がっていく。飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴、榛名、霧島、菊月、夕月、卯月、筑摩、利根、扶桑、青葉——全艦が俺を通じて現実側に繋ぎ止められている。一度の位置変更、一斉射、一波の艦載機整備、その全てが反動として俺に流れ込んでくる。
ある瞬間、ひどく散文的な事実に気がついた。
いわゆる「艦隊の心臓」とは、主人公が最前線でカッコよく立つことじゃない。
全員の分の痛みを、お前が引き受けることだ。
バストーニュよりずっと、硬い。
バストーニュがどれだけ地獄でも、俺はまだ街を走り回る一匹の野良犬ではいられた。だが今の俺は人間じゃない。システムの部品だ。ノードだ。いつ焼き切れてもおかしくないのに、止まることも許されない、壊れかけの心臓だ。
油煙と海塩が混ざった冷たい空気を吸い込み、もはや完全に人間の世界とは言えないロッテルダム沖の鋼鉄霊界を睨みながら、俺は短く笑った。
短く、冷たく。
今夜の一番クソな部分が、ようやく見えたからだ。
港が燃えているからじゃない。
ドイツ艦が浮上しているからでもない。
死神の指輪が骨を溶接しそうなほど熱いからでもない。
目の前のこの戦いが、一方的な蹂躙じゃないからだ。
山口多聞は飛龍の艦橋前に立ち、日本側の霊艦群を外海の主戦面へと着実に押し進めている。対する施佩伯爵海軍上将号と舍爾海軍上将号はドイツ側前衛の火力を持って食らいついて離れず、さらに後方では海面の色を変えるほどの大きな影がまだ立ち上がりつつある。背後ではロッテルダムが燃え、空には艦載機の残影が次々と引き上がり、双方の砲火と死のエネルギーの圧力の下で、海面は鋼鉄で焼かれた鏡のようだ。
俺は飛龍の甲板に立っている。左手の指輪は焼けた枷のように熱く、胸の一打ち一打ちが艦隊全体への借金返済のように感じられる。
そして俺はついに、一つのことを認めた。
「山口」
「言え」
外海に広がる、まだ厚みを増し続けるドイツ艦の影を見ながら、俺は声を低く、だが乗艦直後より遥かに落ち着いた口調で言った。
「これ、バストーニュより全然硬い」
山口多聞は二秒、沈黙した。
それから、極めて平静に頷いた。
「知っている」
炎と、海と、鋼鉄霊界を見つめながら、胸の中で誰かが鐘を叩き続けているような痛みの中で、それでも俺は口の端を少し上げた。
目は嘘をつかないからだ。
今夜の局面は、俺たちが一方的に相手を雑魚として片付けられる展開でもなく、向こうが俺たちを好きなように海に沈められる展開でもない。
俺たちには飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴、榛名、霧島、菊月、夕月、卯月、筑摩、利根、そして死神の指輪とソウルリベットによって引き込まれた扶桑と青葉がいる。向こうにはアドミラル・グラーフ・シュペー、アドミラル・シェーア、そして後方でまだ完全に姿を現さないまま海面を沈み込ませ続けている大物がいる。
双方とも、飾りじゃない。
双方とも、本物だ。
双方の戦力は拮抗している——これは一方的な蹂躙じゃない。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




