210.燃え盛るロッテルダム 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「奴らはロッテルダムの喉首を絞めに来ている」
山口多聞が言った。
「港を生き物として殴っている。呼吸を断ち、血流を止め、神経を焼く」
「後続の主力艦隊が進入すれば、ロッテルダムは海上の節点になる。単なる戦区じゃない——門の要だ」
俺は山口を見た。「さっき言ってた編隊前衛が本当なら、主力艦の到着まであとどれくらいだ?」
山口多聞はすぐには答えなかった。遠くの何かを聞いているような、俺たちには感じ取れない海面の圧力を測っているような様子で、数秒後に言った。
「もう向かっている」
その言葉が落ちた瞬間、俺の左手薬指にある死神の指輪が、突然微かに熱を帯びた。
表面温度が上がったわけじゃない。骨の芯に極細の針を焼いて突っ込まれたような熱だ。続いて、掌の飛龍のソウルリベットも反応した。最初は脈拍のように軽く——それからどんどん明確になり、金属特有の震えが皮膚越しにもはっきり分かるほどに。
山口多聞の視線が、瞬時に俺の手に落ちた。
林雨瞳も気づいた。
「これ、俺が東京の龍脈に打ち込んだはずじゃなかったか?」
「実体というより、意念体みたいね」林雨瞳の両目が奇妙な光を帯びる。
俺は掌を開いた。飛龍のソウルリベットが灯りの下で名状しがたい暗い光沢を放っている。古い鋼鉄が深海で謎の炎に照らされたような色。指輪の熱は手の甲を這い上がり、手首まで達する。腕全体が、見えない回路に接続されたようだ。
「今回は普通の反応じゃない」山口が言う。
俺は顔を上げて彼を睨んだ。「俺が一番聞きたくないセリフを言う気じゃないだろうな」
「飛龍に乗れ」
部屋が一秒だけ静まり返る。
最初に爆発したのは葉綺安だった。
「ダメ」
希が医療バッグを机にドンと叩きつける。「アカン」
レイチェルは俺たちと山口を交互に見て、完全に理解したわけではないようだったが、これが「記念撮影のために乗船してください」レベルの話じゃないことだけは察していた。
ヴィクトリアは銃のスライドを押し戻す。きびきびとした動作。刃のように冷たい目。「説明して」
山口多聞は周囲の感情を無視し、結論だけを述べた。
「死神の指輪は飛龍の残存ノードと深層連結を完了している。今、ドイツ艦は散発的な断片じゃない——大規模浮上だ。飛龍が旗艦として艦隊全体の圧力配分、航跡安定、航空戦力の統制を維持するには、核心部に生きた門樞を接続する必要がある」
彼は俺を見た。
「それができるのは、お前だけだ」
「やっぱりな」
俺はため息をついた。
「最近の俺の人生、サブスクサービスみたいになってきた。世界が爆発しそうになると、自動で俺から料金が引き落とされる」
葉綺安は全く笑っていなかった。
「彼じゃないとダメな理由は?」山口を睨みつける。「オカルトじゃなくて、誰もが納得する説明をして」
「分かった」山口は言った。「飛龍を動かすのはエンジンじゃない——記憶、残響、統御ノードだ。そのソウルリベットは飛龍が現実側に残したアンカーで、指輪は周士達の体にある死のエネルギーの門樞だ。二つが共鳴すれば、彼は飛龍を『見る』だけでなく、飛龍自身の圧力を分配し、蒼龍、瑞鶴、翔鶴、榛名、霧島、そして後続の護衛艦群へと拡散させることができる」
「人間の言葉で」ヴィクトリアが言った。
「彼がいなければ、艦隊は一部しか浮上できず、編隊も崩れる」山口は淡々と言った。「彼がいて初めて、艦隊全体が成軍する」
その言葉を聞いて、俺の心に浮かんだ最初の感想は、全然英雄的じゃなかった。
「クソが」だ。
二つ目の感想は「やっぱりまた俺かよ」。
三つ目でようやくまともになった——じゃあドイツ側はどうする?
林雨瞳も明らかに同じ瞬間に同じことを考えていた。
彼女は地図を広げ直し、早口になった。
「周士達が飛龍に乗るなら、地上ルートは即座に切り離す」彼女は言った。「もう待てない。ルール地方こそが本当の組立工場。海戦のせいでドイツの線索を全て手放せば、ワイスマンの裏口を閉めてやるようなもの」
「待って」レイチェルがようやく口を開いた。「それって……わたしたち、分かれるの?」
俺はレイチェルをちらりと見た。
当たり前の質問だが、今聞くとやけに刺さる。ブリュッセル、国境、地下の接合点、埠頭、ホテルと追ってくる間、俺たちは毎日互いの首を絞めたがっていたが、少なくともチームは完全だった。それがロッテルダム沖の一発で、真っ二つに裂かれようとしている。
「そう」
林雨瞳は言った。
平たく。
残酷なほど平たく。
「今すぐ分かれる」
葉綺安が勢いよく振り向く。「本気なの?」
「本気じゃなくても、やる」林雨瞳は言った。「海は局地戦。ルールは終点。ワイスマンが欲しいのは港じゃない——時間だ。ドイツ艦が出現したのは、私たちをここに釘付けにするため。全員でロッテルダムに残って海軍の花火を見物していたら、数日後にドイツで世界滅亡の生中継を見る羽目になる」
俺は思わず笑った。ひどく乾いた笑い。
「ありがとよ。あんたの慰め方、相変わらず工兵シャベルみたいだな」
「あなたには、もっと硬い道具がお似合い」彼女は俺を見る。視線に一ミリのブレもない。「よく聞いて、周士達。これは行きたいかどうかの問題じゃない。あなたが行かなければ、こっちの艦隊は崩れる。あなたが行って初めて、私たちは進める」
指先が地図を強く叩く。位置はまさに、ルール地方。
「そして私たちが進まなければ、ワイスマンはあの銃を完成させる」
部屋が静まり返った。
ソフィアはまだ回線に繋がっていたが、これが自分の口を挟める内輪の議論じゃないと理解したらしい。電話の向こうから冷ややかに一言だけ言った。
「あんたたちの内部分担なんて興味ない。今夜、誰が海上のあの骨董品どもを片付けてくれるのか、それだけ教えて」
スマホを見ながら、俺はふと、これがいかにもロッテルダム的だと思った。
港が砲撃され、埠頭の喉首が絞められ、外海にドイツの死人艦隊が浮上している。それでも保険会社と損害賠償の交渉をしているような口調を崩さない。この女は怖くないわけじゃない——「恐怖」を行政手続きにパッケージ化しているだけだ。
「分かった」俺は言った。「今夜、あんたの埠頭を放置したりはしない」
「有言実行を期待するわ」
「俺はいつだって有言実行だ。請求書の支払いが遅れることはあるがな」
彼女はそれには答えず、直接通話を切った。
部屋には再び俺たちだけが残された。
山口多聞は釘のように真っ直ぐ立っている。俺を急かさない。俺に決断を迫る本当の要因は、彼じゃないからだ。
机の上の地図、指輪の熱、外から絶え間なく聞こえる鈍い爆発音、そして、すでに戦時モードに切り替わった林雨瞳の顔。
俺は手の中のソウルリベットを見下ろした。
震えがどんどん強くなっている。死んだ物体じゃない。遠くにある巨大な鉄の心臓が呼吸していて、俺の手にあるのはその骨の欠片に過ぎない、そんな感覚だ。
山口が嘘をついていないのは分かる。
林雨瞳が誇張していないのも分かる。
問題は俺が飛龍に乗りたいかどうかじゃない。ここまで来て、世界がまたクソみたいに「お前にしかできない」という役回りを俺の頭に投げつけてきた、それだけの話だ。
俺は顔を上げ、まず林雨瞳を、それから全員を見た。
「分かった」
その一言が口から出た時、思ったより軽く感じた。
物事が決まってしまえば、脳がわざとらしく民主的な討論会を開く必要がなくなるからかもしれない。
「俺が飛龍に乗る」
レイチェルが目を見開く。
葉綺安は目を閉じ、心の中で俺に百回悪態をついてから、最後に一言だけ絞り出した。「あんた、本当に病気よ」
「ああ、昔からな」俺は言った。「保険が効かないだけで」
「ふざけんといて」希が冷たく言う。「あんたが乗った後、誰があんたの状態見るん?死神の指輪のオーバーロードは冗談ちゃうで」
「自分で見る」
「あんた、熱出しても焼け焦げる寸前まで薬飲まんやんか」
「俺の生活習慣への高評価、痛み入るよ」
「周士達」
林雨瞳が俺たちを遮った。声は大きくないが、全員が黙り込む。
「これからの配置をよく聞いて」
彼女は地図を別のページにめくった。もう港ではない——ロッテルダムからドイツ内陸へと切り込む複数のルートだ。
「私、葉綺安、希、レイチェルは即座に地上ルートを取る。ヴィクトリアは車、燃料、偽造証明書、短期補給と転進ルートの確保を担当。エリザヴェータは——」
彼女は、ずっと陰でお茶を飲んでいた、合法ロリ外見・非合法年齢の吸血鬼に目を向けた。
エリザヴェータはティーカップをソーサーに戻した。その優雅な動作は、まるで世界の終わりが就寝前の番組の一部であるかのようだった。
「妾は地上組と行こうぞ」彼女は言った。「海上に妾は要らぬ。ドイツの方が、長く見てきた目を要するじゃろうて」
軽く言ったが、極めて筋が通っていた。
五百年以上生きてきた化け物は、世界の表面だけを見ない。ワイスマンの線がドイツ深部へ、狼の巣と工業の核心へと近づくほど、彼女のような古い怪物が判読装置として必要になる。
林雨瞳は頷いた。
「了解。それで分かれる」
「待って」俺は言った。
全員が俺を見る。
「あっさりしすぎじゃないか?」俺は眉を上げる。「感動的なお別れシーンとかないわけ? せめて誰か泣いて、主人公扱いしてくれてもいいだろ」
葉綺安が迷いなく中指を立てた。
「考えすぎ。死にに行くんじゃなくて、電池になりに行くだけでしょ」
「おい、そんな言い方じゃ俺が安っぽく聞こえるだろ」
「元から高くないし」
希が医療キットの袋を俺の胸にドンと押し付ける。
「持っとき」
「なんだこれ、出航限定愛情パック?」
「止血、鎮痛、強心、痙攣止め、火傷処理、カテーテル、低体温防止ブランケット、それとうちが調合した救急剤二本」彼女は注射器で刺し殺しそうな目で俺を睨む。「これ無くしたら、戻ってきて真っ先にトドメ刺すからな」
「了解、医療界のホラー元カノ」
「うちはあんたの元カノちゃうわ」
「じゃあまだチャンスある?」
「もう一言言うたら今すぐ麻酔打つで」
ヴィクトリアが予備のハンドガン、マガジン二本、ショートナイフを机の端に並べた。倉庫出荷のような手際の良さ。
「海上じゃあんまり役に立たないかもしれないけど」彼女は言う。「あんた運悪いから、一番近接戦が要らない場所で近接戦引き当てるタイプでしょ」
「サンキュー」
彼女は俺を上から下まで眺め、冷たく付け加えた。
「Try not to die in an ugly way.」
「その英語、妙に心がこもってるな」
「That was not kindness.」
レイチェルがゆっくりと近づいてくる。この空気にどう加わればいいか分からない様子で、肩をすくめ、視線を泳がせる。彼女は俺の前で立ち止まり、小さな声で問う。
「わたしたち……ドイツでまた会えるよね?」
俺は数秒、彼女を見た。
こういう質問、普通の物語なら主人公は笑って「ああ」と答える。
だが俺たちみたいな物語じゃ、笑って保証すればするほど、死ぬのが早くなるだけだ。
だから俺は手を伸ばし、彼女の頭を軽く撫でた。
「理論上はな」俺は言った。「実務上、もし俺の到着が遅れたら、交通事情がマジで最悪だったってことだ」
彼女ははぐらかされたと分かっていながら、それでも鼻の頭を少し赤くして、最後に一言絞り出した。
「あんた、本当に嫌い」
「どうも。それが俺の人格コアだ」
葉綺安はずっと横で動かなかったが、ようやく歩み寄り、半歩の距離で止まる。俺の手も顔も見ない。殴りたくてたまらないのに、今は殴れない相手を見るような目。
「聞いて」彼女は言った。「ルール線、私たちが追う。ワイスマンのガラクタ銃も、人間を部品扱いする工業狂いどもも、私たちがぶっ潰す。でもそれは、あんたが海で勝手に死んでいい理由にはならない。分かった?」
「うわ、なんか告白みたいだな」
「分かった?」
「分かった」俺は言った。
彼女はまだ不満そうに俺を見据え、硬く付け足す。
「あんた、私たちにツケがいっぱいある。特に私に」
「俺のツケ帳、無制限サイズなんで」
「生きて帰って、めくりなさいよ」
俺は少し笑って、それ以上は返さなかった。
これ以上続けると、本当に安っぽいドラマになる。こういう時一番危険なのは砲火じゃない——本音を語ることだ。普段は軽口で蓋をしているものを、土壇場でぶちまけてしまうと、空気が崩れる。空気が崩れれば、胆力が緩む。胆力が緩んだまま戦場に出れば、教材用の死体になる。
林雨瞳がこの連中があと三分いたら誰かが崩れると分かっていたように、強引に場を引き戻した。
「タイムテーブル」
早口。一言一言が骨を断つ刃のように正確。
「十分以内に移動可能な全資料を整理。レイチェル、原本リスト、クロス企業記録、ホフマン関連ファイル。希、薬と簡易検査モジュール、海上で使えない重装備は全部私に。ヴィクトリア、下に降りて車両と予備車両確認、脱出ルート二本、ダミールート一本。葉綺安、近接戦と爆破モジュール確認、ドイツ内陸で使えるものは全部持って」
一拍置いて、俺を見る。
「あなた、五分後に山口と降りて」
「了解、林主任」
「もう一度呼んでみて」
「はい、指揮官殿」
彼女は俺を無視して続けた。「エリザヴェータ」
「分かっておる」吸血鬼のお嬢様が淡々と言う。「妾がロッテルダムからドイツの工業心臓が見える位置まで、こ奴らを連れていこうぞ」
「もう一つ」林雨瞳は言った。今度は俺から視線を外さない。「海上で何があっても、最後まで英雄ぶって退避を遅らせないこと。ビスマルクと一騎打ちするわけでも、個人叙事詩を演じるわけでもない。艦隊を動かすために行く」
「俺がそんな目立ちたがりに見えるか?」
「毎回口では面倒だと言いながら、最後は一番面倒なことを背負い込む」彼女は言った。「それも一種の自己顕示欲」
「うわ、心理分析」俺は口笛を吹いた。「結構傷つくぞ」
「傷ついて覚えてくれればいい」
外でまた遠くの爆発音。
今度は近い。廊下から混乱した足音が聞こえるほどだ。ホテルの他の客も起きたのだろう。電話をかける者、泣く者、テロかと叫ぶ者、ドイツの幽霊艦隊など説明できるはずもない現代ニュースチャンネルに向かって怒鳴る者。高層ビル全体が、鎮静剤を抜かれた巨大な蜂の巣のようだった。
山口多聞が振り返り、窓の外を見る。
「時間だ」
その一言で、全員が動いた。
誰ももう一秒たりとも無駄にしない。
会議テーブルは瞬時に戦時パッキングポイントに変わった。ノートPC、ハードディスク、紙資料、マガジン、薬箱、予備スマホ、証明書ケース、現金、ダミー会社の名刺が次々とバッグに詰め込まれる。ヴィクトリアはインカムで車両手配をしながら、地下駐車場の設計を英語で罵倒している。葉綺安はナイフを腰の後ろに固定し直し、二度確認してから、小型のドア破り用爆薬をサイドポケットに押し込んだ。希は俺に渡した医療バッグを再び開け、最上層にアンプル瓶を二本ねじ込んだ。
「何これ?」俺は聞いた。
「ほんまに痙攣し始めたら、まずこれ打ち。めっちゃ痛いけど、死ぬよりマシや」
「サンキュー、励みになる医療説明書だな」
レイチェルは資料の束を抱え、手の震えを目立たせないよう必死にこらえていた。エリザヴェータは立ち上がってコートを羽織る。その動作は、ドイツに向かうのではなく、古い貴族の深夜音楽会にでも出席するかのように優雅だった。
そして俺は、その場に立ったまま、短い乖離感に包まれた。
恐怖じゃない。脳がごく短時間で全ての出来事を再配列している感覚だ。ブリュッセル最後の夜、オランダでの昼間の行き詰まり、ソフィアの豪邸の風、港の門、ワイスマンの線、ロンギヌスの槍、ドイツのルール地方、目の前の紙やすりみたいに口の悪い連中、そして外で死人艦隊に叩き起こされている海。
そして俺は、とても正直な事実を認めた。
——本当は、乗りたくない。
怖いからじゃない。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




