209.悪夢 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
俺はファシストに十分な工期を与えることが、何より嫌いだ。
会議が解散した頃、外の街はすでに深く静まっていた。
普通の世界なら、今頃は熟睡の時間帯だ。
だが俺たちは、普通の世界には属していない。
希は医療キットの組み直しに向かった。
レイチェルはまだノートPCを抱えてホフマンの古い記録を掘り続けている。
葉 綺安は「入っていてはいけないものが入っている」あの箱を検査している。表情は、今すぐドイツの鉄道網ごと呪い殺したいというほど冷たい。
ヴィクトリアは別の班と通信中で、おそらく「ドイツのアウトバーンを社会への報復みたいに走る方法」を研究している。
エリザヴェータは椅子の背に、腹の立つほど優雅な姿勢で寄りかかっている。今夜の混乱と危機が、妾の茶に一枚レモンが増えた程度にしか見えていないような顔で。
そして俺は、林 雨瞳に蹴り出されて寝ることになった。
比喩じゃない。本当に蹴られた。
彼女はドア口に立ち、腕を組んで俺を見ながら言った。「さっさと寝て。今倒れたら、明日バカを一人余分に背負うことになる」
「俺はそんなヤワじゃない」
「ヤワとは言ってない」彼女は冷たく言う。「ただ、限界まで削れてるのに平気なふりをして、一番頭が要る場面でぼうっとする。早く行って」
俺は彼女を見た。
彼女も俺を見た。
その目を形容するのは難しい。単純な気遣いでも、単純な命令でもない。俺が自分を削り続けるのを長く見てきた人間の目で、それでもこういう時は甘くしてはいけないと知っている目。甘くすると、俺は動かない。これは厄介だが、本当のことだ。
「分かった」俺は手を上げる。「周 士達、充電しに行きます」
「そうして」と彼女は言った。
部屋に戻ると、体はとっくに限界だった。
だが頭は眠らなかった。
これは古い持病だ。夜が危険になるほど、脳は静かになることを拒む。横になると、天井が勝手に地図と名前とコンテナと船会社と工業倉庫と保険条項を生やし始める。それからソフィアの「扉を開ける相手を間違えた」という一言も。俺はヨーロッパのビジネスホテルには似つかわしくない安っぽい照明を見上げながら、極めて自分勝手で、極めて人間らしい考えが頭をもたげるのを感じた。
情報は手に入った。
ルール地方も決まった。
いっそ、夜明けと同時に出発してしまえないか?
ロッテルダムの番地はもう全部もらった。ソフィアも吐くべきものは吐いた。海の女王の縄張りを後にして、まっすぐドイツへ向かう。それのどこがおかしい?
要するに、逃げだ。
臨戦逃亡という格好の悪い意味ではない。
もっと現実的な戦術的離脱だ。情報を確保した以上、港に留まり続ける理由は薄い。ワイスマンが海上、陸上、港湾の三方向から同時に動くなら、ここにいるほど巻き込まれるリスクが増す。俺にはオランダの港湾地区を守る義務なんてない。EUの海上保安隊でもなければ、ロッテルダム市政府の外注神様でもない。
自分勝手な考えだ。
だが、同時に、ひどく正直でもある。
使命とか、大局とか、ファシストを阻止しなければとか、口では言う。でも深夜に一人でいると、最初に浮かぶのは大体こういうことだ——先に生き残れるか?
そんなことを天井に向かって考えていた時、外から低く鈍い轟音が聞こえた。
雷じゃない。
普通の工業騒音でもない。
もっと鈍く、もっと遠く、それでいて建物の骨格をすり抜けて胸の奥まで直接届くような音だ。
全身が一瞬で覚醒した。
心理的にではなく、肉体が先に目を覚ました。
心臓が一拍早く跳ね上がり、背筋が張り、指先が無意識に枕元を探る。骨が先に「あの音を知っている」と認識して、頭がそれに追いつく前に体が動いていた。
二発目は、最初より速かった。
今度ははっきり聞こえた。
窓枠が、かすかに震えた。
俺は悪態をついて、ベッドから飛び降りた。
ほぼ同時に、廊下から足音、ドアの開く音、半分眠ったまま殺す気で動いている誰かの「クソ」という声が聞こえてきた。
カーテンを引き開ける。
遠く、港の方角の空に、不自然な赤が滲んでいる。
工事の照明じゃない。普通の埠頭の夜間灯でもない。何かが燃えている。大きく、分厚く燃えている。三発目の爆音が転がってきた時には、ガラスが明確に揺れた。
フロア全体が一気に動き出す。
ドアを開けると、廊下にはすでに人影。ヴィクトリアは上着を半分しか着ないまま飛び出してきて、髪は雷に打たれたみたいにぐしゃぐしゃで、開口一番が「普通の爆発じゃない!」
「当たり前だ」俺は言う。
希も出てきた。裸足で、目は完全に覚めていて、服を着込む時間より早く戦闘態勢に入っている。
林 雨瞳は反対側の部屋から出てきた。顔色は氷で殴られたみたいに悪いが、頭はもう回転している。
「港区の方角」と彼女。
葉 綺安も来た。上着を肩に引っ掛けたまま、手にはあの小さな金属ケースを持っている。世界が本当に終わるとしても、まず「どの周波数で終わるか」を確認してから、という顔だ。
エリザヴェータが最後に出てきた。それでも、あり得ないほど整った深色の肩掛けを羽織っている。妾の落ち着きは時として腹が立つが、この状況で五百年生きた者の安定を目にすると、金庫がまだそこにあると確認した時のような、奇妙な安堵感がある。
「砲撃のように聞こえるの」妾は言った。
「俺もそう思う」俺は言う。
その瞬間、ポケットの中の携帯が震えた。
メッセージじゃない。
電話だ。
画面が点灯した瞬間、表示された名前を見て、俺は一拍止まった。
Sophia
部屋の何人かが、それを見た。
ヴィクトリアが即座に「あら——」
「今は野次る場面じゃない」俺は言って、そのまま出る。
向こうは最初から騒がしかった。
風、警報、金属が何かに当たる音、そして遠く、くぐもった爆発。ソフィアの声は、昼間の高慢さも夜の低く抑えた安定感もどこかに消えて、もっと速く、もっと削ぎ落とされていた。余分な感情をすべて切り捨てた後の、純粋な機能だけが残った声だ。
「周 士達」と彼女。
「いる」
「港の外に、正体不明の船が私の埠頭を攻撃している」
その一言で、頭の中に残っていた睡眠の名残と自分勝手な考えが、一緒に吹き飛んだ。
「正体不明の船、とは」俺はすぐに問う。
「二〇二六年のロッテルダム沖では、通常お目にかかれない種類の船よ」彼女の声は冷たい。「快速艇でも、貨物船でも、港湾警察でも、現代の軍艦でもない。港外に陣形を組んで、私の区域に直接砲撃してきている」
俺は窓際に移動し、スピーカーに切り替えた。
部屋の全員が、即座に近づいてくる。
ソフィアの側でまた一発、さっきより近い爆発音。短い沈黙の間に聞こえる彼女の呼吸は、平静ではない。演技じゃない。昼間、時間を使って人を羞辱することを愛していたあの海の女王の声から、高慢さが砲火に剥ぎ取られていく音がした。
「船の姿は見えるか?」俺は問う。
「輪郭だけ」と彼女。「高い場所にいるが、煙と火が強すぎる。埠頭の観測点から写真が一枚届いた。転送する」
次の瞬間、携帯が震えた。
写真が入ってきた。
開く。
全員が一緒に覗き込む。
ひどい画質だった。爆発と煙と炎と夜と恐怖の中で、震える手が無理やり押さえたような一枚。前景には港の縁のクレーンの影絵。背景には海面の上に浮かぶ黒い巨大な輪郭、その上部にいくつかの、現代の船体には存在しないはずの重厚な構造物。コンテナでも、現代の上部構造でも、ミサイル艦の洗練されたラインでもない。その形は古く、重く、鉄と巨砲と装甲を信仰していた時代の、野蛮な自信に満ちていた。
俺はその滲んだ写真を見つめ、喉の奥から言葉が絞り出された。
「戦艦……」
部屋の空気が、一変した。
戦艦の写真を知らない者はいない。
だが、あの輪郭が二〇二六年のロッテルダム沖に存在してはならないことも、全員が分かっている。まして、砲撃と埠頭とファシストの残党とワイスマンと、同じ章に並んでいていいはずがない。
最悪なのは——俺の頭に最初に浮かんだのが、ソフィアでも、オランダ海軍でも、NATOでもなかったことだ。
山口多聞。
まるで誰かと台本を共有していたかのように、その名前が頭に浮かんだ瞬間、部屋の窓際の暗がりが、海風に揺らされた水面のように、一度だけ揺れた。
次の瞬間、山口多聞が現れた。
あの顔のまま。
海軍の亡霊が持つべき、あの輪郭のまま。
だが今夜のこいつは、いつもと違った。
以前のこの男は、どんな場面でも殴りたくなるような飄々《ひょうひょう》とした雰囲気を纏っていた。世界が沈もうとも、まずくだらない話を二言三言挟んでから「偵察報告でも見るか?」と聞いてくるタイプだった。だが今はその飄々とした態度がほとんど消えている。残っているのは、やけに現実的な懸念だけ——海の底に沈んでいるべき何かを知っている人間が、それが本当に這い上がってくるのを目の当たりにした時の、あの顔だ。
「俺たちのじゃない」
山口多聞が先に口を開いた。
その一言で、部屋にいた全員がほぼ同時に息を吐いた。
短く。 だが確かな安堵。
少なくとも、あいつの艦隊じゃない。 少なくとも、こっち側の既知の幽霊海軍ラインが突然暴走したわけじゃない。
だがその安堵が完全に満ちる前に、山口多聞の次の一言がそれを握り潰した。
「ワイスマンだ」
部屋が真空になったように静まり返る。
山口多聞は勿体ぶらずに続けた。
「偵察機の報告だ。港を砲撃しているのは、ドイツ艦施佩伯爵海軍上将号と舍爾海軍上将号の二隻」
ヴィクトリアが真っ先に悪態をついた。
「は? ポケット戦艦じゃないの」
葉綺安の顔色も変わる。
「確かなの」
山口多聞の顔色は、見ていられないほど沈んでいた。
「確かでなければよかったがな」そう言ってから、低い声で続ける。「だが、あのシルエット、主砲配置、艦体比率、砲撃リズム——見間違えようがない」
電話の向こうのソフィアにも聞こえていたらしい。半秒の沈黙の後、さっきよりさらに沈んだ声。
「あんたたち、その船を知ってるの?」
「知ってるどころじゃねえ」
窓の外、じわじわと赤くなっていく空を見ながら俺は答える。
「今すぐクソったれって叫びたい気分だ」
まるでその言葉に応えるように、外でさっきとは比べものにならない爆音が轟いた。
今度は遠くの鈍い音じゃない。夜空全体が、下から巨大なハンマーでぶち上げられたような衝撃。窓ガラスがバンと跳ね、床まで微かに揺れた。遠くの港区を覆う赤が一気に膨らむ。まるで誰かが暗闇の中で地獄の炉扉を開け放ったように。
レイチェルがその場で小さく声を漏らし、肩を内側に縮める。
希が窓際へ二歩踏み出し、目をギラギラと輝かせる。
林雨瞳がカーテンの端を掴み、外を睨みつけたまま、氷水のような声。
「今回は、大物」
山口多聞も同じ瞬間に顔色が変わった。
普通の険しさじゃない。砲撃の威力を本当に理解している人間が、最悪の結果を目の当たりにして、顔の生気が半分抜けたような変わり方だ。
「周士達、やっかいなことになった」
声は上がっていない。むしろ、押し殺されている。
それがより恐ろしい。
山口多聞ほどの男が、このトーンで「やっかい」と言う時、それは建物が一棟二棟燃える程度じゃ済まない。
彼は外の赤を睨みつけたまま、俺たちには聞こえない周波数の報告を聞いているようだった。
「今の斉射、ロッテルダム港の油庫と液化天然ガスタンクに直撃した」彼は言った。「埠頭全体が、まるごと吹き飛んでる」
部屋の中から、言葉が消えた。
一番口が悪いヴィクトリアまで口をつぐむ。
もうこれは局地的な撃ち合いじゃない。
どこかの埠頭で怪しい砲声がしたとか、ギャングの抗争だとか、ファシストの牽制射撃だとか、そういう話じゃない。
本物の大規模港湾施設が戦艦砲撃の直撃を受けた。しかもよりによって、絶対に当ててはいけないもの——油庫と、LNGタンクに。
俺の頭に最初に浮かんだのは、英雄的な突撃でも、反撃の算段でもなかった。
逃げるか?
ひどく自分勝手で、人間臭くて、みっともない、だがこの上なく本音な考え。
情報は手に入れた。ルール線も確定した。ロッテルダムが今、沖の古いドイツ幽霊艦に砲撃されてようが、俺たちがこの面倒事に付き合う義理はどこにもない。ケツまくってさっさとずらかり、海沿いを避けてドイツ内陸に切り込む——それが一番賢いんじゃねえか?ソフィアの埠頭は俺の家じゃねえし、オランダの港が吹っ飛ぼうが、元々俺の担当リストには入ってない。ワイスマンが外海全体を射撃練習場にしてようが、俺がこの波を被る義理はない。情報を確保した以上、夜に紛れて撤退。理屈としちゃ、これ以上ないくらい正しい。
そう考えた瞬間、あまりに筋が通りすぎて、今すぐ実行したくなるくらいだった。
だが運命ってやつは、本当に性格が悪い。
理性を味わう時間なんて、大して与えちゃくれない。
山口多聞が俺の顔からその考えを読み取ったように、また体を震わせた。恐怖じゃない。もっと遠くて、もっとでかいものへの反射だ。
「どうやらワイスマン、ドイツ海軍を丸ごと海底から掘り出してきやがったらしい」
その一言に、エリザヴェータまでティーカップをソーサーに戻した。
「どういうこと」林雨瞳が問う。
山口多聞の表情は、限界まで険しくなった。
「偵察機の報告だ。十数隻の浮上を確認している」彼は遠くの炎を見据えたまま、声がどんどん乾いていく。「二隻だけじゃない。外海にはまだ反応がある。隊形は散発的で、現代海軍の教範通りじゃない。どちらかといえば……二度と動くはずのない残骸を一斉に叩き起こして、そのまま港に押し出している感じだ」
「十数隻?」ヴィクトリアの目尻がピクリと引きつる。「ワイスマン、海底でサルベージ業でもやってんの?」
「そうとしか聞こえねえ」俺は言った。「幽霊船を数隻引っ張り出して脅かす程度かと思ってたのに、あのクソ野郎、海軍総動員かよ」
葉綺安の声が、いつもより低くなった。
「もし施佩伯爵と舍爾まで上がってるなら……」
彼女は言葉を切った。
全員の頭の中で、同じ計算が働いていたからだ。
もしワイスマンがそのクラスのドイツ旧艦隊の残影を海底から引きずり出しているなら、外海で暴れているのはポケット戦艦二隻どころの話じゃない。この規模は思いつきでできるものじゃない。準備があり、采配があり、海上の巫術に支えられた、完全な復活工程だ。
レイチェルの声が震えていた。視線を下に向けたまま、か細い声で。
「わたしたち……まだ、ホテルの中だよね」
「理論上はな」俺は答えた。
「理論上って何」
「もしあいつらが本格的にロッテルダムを射撃練習に使い始めたら、このホテルが缶詰より頑丈だという保証はないってことだ」
「周士達」
林雨瞳が俺を睨みつける。
「事実だろ」
「こういう時は黙ってる方が、団結効果」
「了解」
電話の向こうのソフィアが、ようやく再び口を開いた。
背後の警報音はさっきより激しくなっていた。港区全体がもはや「やられた」レベルを超え、全面警戒から崩壊の瀬戸際に入りつつあるのが分かる。
「周士達」彼女は言った。「あんたたちがその船を分かるなら、もうただの襲撃だなんて思わないで。あれは港の呑み口を狙ってる。一般施設じゃない」
外でどんどん赤くなっていく地平を見ながら、心の中の「ケツまくってずらかる」という考えは、まだ完全には死んでいなかった。だが、もう足場を失いつつあった。
もしあの海上の古いドイツ幽霊艦隊が本当にロッテルダムの呑み口システムを狙っているなら、それはソフィア個人の埠頭の面子じゃない。物流の咽喉そのものを潰しに来ているということだ。言い換えれば、ワイスマンはルール側の寄せ集め工場を守るだけじゃなく、背後の海への門を直接爆破し、これ以上誰も物流線を追えないようにしている。
汚い手だ。
だが賢い。
ファシストが一番うっとうしいのはここだ——狂ってはいるが、ときどき戦術的に正しい選択をしてくる。
山口多聞が何かに刺されたように、また一歩前に出た。外の遠い赤を死んだような目で見据え、顔色が底まで沈む。
「違う」彼は言った。
「今度は何だよ」俺は問う。
彼はすぐには答えず、もっと遠い海面からの報告を受信しているようだった。
数秒後、喉仏がかすかに動く。
その動作だけで、俺の胸の奥の嫌な予感が、さらに数センチ沈んだ。
「ビスマルクの反応がある」山口多聞は言った。
誰も、声を出さない。
爆発音さえ、その瞬間だけ遠ざかったように感じる。
俺は山口多聞を見る。
山口多聞も、外を見ている。
いつもなら海軍の老いたならず者としての余裕を、顔のどこかに残している男だ。だが今は、その余裕が一滴も残っていない。
一語一語、噛みしめるように吐き出す。
「真の——海の女王だ」
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




