196.破敵の計 5
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「見えたかい?」
「見えた。」俺は言った。「工兵とケーブル。」
「それと発電機。」彼女が付け足す。「死人の玩具だけで十分なら、生きてる機械はこんなに要らない。ってことは、中に据えてある心臓は、純粋な陰の塊じゃない。」
俺は眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「両方食ってるってことさ。」彼女は自分の胸を指先でとん、と突き、その後で、さっきハーフトラックが去っていった方向を指した。「片方で死人を食い、片方で生きてるもんを食う。骨、血、鋼、油、火、規律、命令。全部まとめて中に流し込んでる。そりゃ砲も戦車も兵も、丸ごと引き戻せるわけだ。」
胸の奥がぞわりとした。
理解できないからじゃない。あまりにも筋が通っているからだ。
呪術と戦争を、工学二科目みたいに同列に並べて、一つのレポートにまとめました——そう言われているような感覚。
俺たちはもうしばらく待ち、外に戻ってくる気配がないのを確認してから、さらに北へ進んだ。その先は住宅街の縁にあたる。建物は減り、崩れた壁と果樹が増えていく。地面は次第に柔らかくなり、泥に雪解け水と灰が混じって、踏むたびに嫌な音を立てる。石や板や轍の縁を選んで踏むが、それでも完全には避けられない。
遠くから犬の鳴き声が聞こえた。
本物の犬じゃない。短すぎて、規則正しすぎる。ドイツ軍の警戒信号の一種だろう。俺はすぐに足を止めた。
馬三娘も止まり、林の縁を見上げる。
そこに、他よりもさらに黒い塊があった。
最初は樹だと思った。だが違う。角張りすぎている。しかも、嫌な形で角張っている。誰かが郊外に、場違いな倉庫を一棟むりやり立てたみたいだった。外壁はトタンと板材。屋根には帆布が被せてある。脇に探照灯が二基置かれているが、全開にはしていない。低い角度だけを撫でるように照らしている。そのさらに奥に、小さな発電施設が煙を吐いていて、そこから伸びる二本のケーブルが、黒い塊の下へと潜り込んでいた。
胸が、ゆっくり沈んだ。
「アレか?」俺は聞いた。
馬三娘は答えない。その場にしゃがみ込み、泥を一掴み取って鼻に近づけた。それから指先を舌にちょんと触れさせ、すぐに吐き出した。
反射的に顔が歪む。
「何やってんだよ。」
「味を見るのさ。」彼女は立ち上がり、舌先を上顎に押しつけて、怒りを押さえ込むみたいにした。「人間の脂、線香の灰、錆びた血。それに、砲弾の殻を粉にしたやつ。間違いない。」
「今度からやる前に言え。吐くところだった。」
「吐いたほうがいいさ。腹の中を空にしておいたほうが、後で邪魔にならない。」
前方の塊は、見れば見るほど異様だった。
外観だけなら、郊外の整備小屋かポンプ場の増設棟に見える。即席のコンクリート基礎、鉄骨、木杭、帆布、オイル缶、機械部品、発電機、コイル。どれも野戦工兵の拠点としてはおかしなものじゃない。迷彩ネットの支柱まで立てて、「ただの陣地工事です」と主張している。
だが、本当に気味が悪いのはそこじゃない。
その周りをぐるりと囲んでいる、何も置かれていない帯状の空間だった。
綺麗すぎる。
ここまで乱戦が続いたバストーニュの外縁で、破片も足跡も血も車轍も砲弾孔もない場所など、どこにある。なのに、あの塊の周囲だけは、誰かが何度も均し直したみたいに土が固く光っていて、雪泥も薄くしか積もっていない。まるで何かが、そこを乱すことを許していないかのように。
俺は声を押し殺した。「警戒の数は?」
馬三娘はさらに身を沈め、目を細めてしばらく眺めた。
「表向きで八人。」彼女は言った。「機関銃が二挺。一組は東側の土嚢の陰、一組は南側の半壊した壁の角。歩兵はばらして立たせてある、互いに死角を埋め合う配置だ。西側の見張りがいちばん厄介だねえ。こっちの線が丸見えさ。」
「暗に潜んでるのは?」
「分からないねえ。」彼女は指を二本出して、宙で円を描いた。「中で、何かが回ってる。」
俺はその偽装工業の殻を睨んだ。
林のほうから吹いてくる風が、薄い軽油の匂いと焦げた匂い、それからもっと深い何かを運んでくる。湿気た古い軍服と、埋め損ねた骨を一緒にカビさせてから、さらに火で炙ったような匂いだ。
これは単なる拠点じゃない。
心臓だ。
少なくとも、この戦場に後付けでねじ込まれた人工の心臓。
ようやく理解した。外周で工兵やハーフトラックがひたすらケーブルを延ばし、陣地を補修し、観測を修正している理由が。市街地で起きていることは、どれも単独の現象じゃない。88ミリ砲も、ネーベルヴェルファーも、パンサーも、迫撃砲も、建物の掃討も、ハーフトラックの機動も——全部がこの心臓から外へ伸びている血管と筋にすぎない。
俺は低く聞いた。「山口多聞に、ここごと洗ってもらうって手は?」
馬三娘は俺を見もしなかった。
「できるよ。」
一瞬、耳を疑った。
「本気か?」
彼女はそこで初めて顔をこちらに向け、心底意地の悪い笑みを浮かべた。
「中に据えてある邪の心臓と、その周りの地脈を、まとめてひっくり返してもいいならねえ。ドイツ軍がそこで散るかどうかは知らないが、生きてる側のほうも、だいたい一緒に棺桶に入ることになる。そんなに手間を省きたいなら、その懐中時計を取り出して、今すぐ海の上の古い鬼に泣きつきな。」
俺は口を閉じた。
そうだ。ここには撃てない。
少なくとも、今は。
山口多聞クラスの火力は、窓をこじ開けるためのものであって、外科手術のメスじゃない。これは映画じゃないし、飛龍の残影は便利な最終切り札でもない。艦砲でこの心臓を直撃すれば、砕けるのは敵の錨だけじゃない。バストーニュという街に残っている、やっとのことで繋ぎとめている現実のほうも、一緒に剥がれかねない。その時は体育館どころか、メルシエ・モーテルのあの廃墟まで、もう一度ひっくり返されるだろう。
「じゃあ、潜り込むしかない。」俺は言った。
「最初から、そのつもりだったろう。」馬三娘は言った。「まさか、アタシがわざわざ憑いてまで、お前と遠くから眺めてるだけだと思ったのかい?」
俺は消防斧の位置を少しずらし、壁に当たらないようにしてから、周囲の地形を改めて舐めるように見た。
今、俺たちが身を隠しているのは、半分崩れた果樹用の物置小屋の裏だ。前方には低い石垣が一本。その向こうには、砲撃で半分だけ残ったリンゴの木が二本。右手には履帯で固められた泥道があり、あの偽装施設の西側へと続いている。左手には古い灌漑用水路。今は半分乾いて、枯れ草で埋まっている。その溝は施設の裏手まで伸びているが、最後の十数メートルは遮蔽物が何もない。つまり、速度と、外の火力が抜ける僅かな瞬間だけを頼りに突っ切るしかない。
一通り見終わって、頭皮がきゅっと縮む。
「クソみたいな地形だ。」
「今のは地形評かい、それとも運命への感想かい?」
「両方だ。」
馬三娘は壁にもたれ、掌を地面に当てた。脈を取っているみたいな仕草だ。
「中の心臓の打ち方が、まだ安定してないねえ。」彼女がぽつりと言った。
「どういう意味だ。」
「つまり、まだ『試してる』ってことさ。」彼女はあの施設を見上げた。「まだ完全に噛み合ってない。外側の工業殻が抑えて、中の邪骨が踏ん張ってる。だから外回りのドイツ軍は、線を継ぎ、火点を継ぎ、観測を継ぎ続けてる。負けるのが怖いからじゃない。この心臓がテンポを外した瞬間、バストーニュ全体のドイツ軍実体化が弛み始めるからだ。」
俺は彼女を見つめた。
「中のそれをぶっ壊せば、亡霊ドイツ軍は——崩れるってことか?」
今度の彼女は、冗談を言わなかった。
前方を見据えたまま、薄く笑う。その目の奥に浮かんだ冷たい光は、ちょうど血の中から抜き取った刃についた冷たさだった。
「崩れるんじゃない。」彼女は言った。「散るんだよ。」
喉がひとつ鳴った。
さっきまでより、あの設備が一気に近くなり、重くなった気がした。
散る。
軽い字だ。だが、いまバストーニュの中で神崎忠明やジャックや林 雨瞳、希、ヴィクトリアと、あの記者三人を押し潰そうとしているドイツ軍——パンサー、ハーフトラック、88ミリ砲、迫撃砲、街角の歩兵や工兵——あいつらが、この一点さえ壊せば、現実から消しゴムでこすり落としたみたいに「解ける」のだと想像した瞬間、手のひらの汗が一段増えた。
興奮じゃない。重圧だ。
つまり、今、俺たちが目にしているこれは、ただの「目標」じゃないってことだ。
このバストーニュという悪夢の、本当の喉笛だ。
外で、また遠い重砲の音がした。
今度は街の中じゃない。もっと北だ。湖の向こうの艦影が、まだ外周を叩いてくれている。山口多聞は、俺たちが城の縁まで出てきていることを、ちゃんと分かっている。飛龍の残影が雲の裏で一閃し、その一瞬だけ、あの施設の屋根の輪郭を鮮やかに照らし出した。
その刹那、俺は見た。
帆布の下は普通の屋根じゃない。中から何かが押し上げている。曲がった鉄の肋骨が何本も、内側から屋根を支えている。建材が歪んだのではない。そもそも「中身」のほうが、ああいう形をしていて、外から工業の外殻をかぶせているだけだ。
胃がひっくり返る。
「骨が見えた。」俺は低く言った。
馬三娘は冷たく返した。「骨じゃない。あれは、あの心臓が息をしてる音さ。」
彼女は右手をゆっくり上げて、上着の内側に差し入れた。
取り出したとき、その手には新しいものが握られていた。
銃でも、刀でもない。今の時代の人間が持ち歩く武器でもない。
細い黒い棘のようなもの。先端は鈍く赤く、根元には古びた絹糸がきつく巻かれ、その先に色の抜けた護符の切れ端が一片ぶら下がっている。長さは大してない。銃剣というより、簪、釘、死人の骨に名前を彫り込むためだけに作られた道具、そんなふうに見える。
喉がひとつ上下した。
「千里追魂か。」
馬三娘は俺を見なかった。
掌の上でそれをひと回しする。長年握っていなかった凶器の感触を確かめる老練な仕草だ。彼女の目は変わらないのに、周りの空気が一段冷えたように感じる。
「いいかい。」彼女は言う。
「ああ。」
「お前は表向きの目ん玉を潰しておきな。アタシがあの心臓の前まで、手を伸ばせるように。」
「その後は?」
彼女はそこでようやく俺を見た。口角をわずかに上げる。寒々しいが、美しい笑い方だった。
「その後は——御退出願うだけさ。」
俺は息を吸い込み、腰の短銃に手をやり、もう片方の手で消防斧の柄を握った。前方の、工業の皮をかぶった邪悪な塊が、夜の中で低く唸り続けている。世界の喉に詰まった腫瘍みたいな音だ。周囲ではドイツ軍の歩哨が行き交い、土嚢の向こうに覗く機関銃の銃口は、真っ黒な穴を開けている。
俺たちは見つけた。
思っていた以上に、完全な形で。思っていた以上に、気持ち悪い形で。
身をさらに落とし、最後にもう一度だけ、頭の中でルートをなぞる。まず灌漑溝に沿って西側の死角まで貼りつき、外周の発電機の騒音を利用して最初の接近音を消す。その後、折れた二本の木の隙間を抜けて短い開豁地を渡り、西側の見張りを潰す。それから背後のトタンの継ぎ目まで切り込み、こじ開けて、馬三娘を中に送り込む。残りは——運と、腕と、この腐った世界が今夜どこまで「正常」を装う気があるか次第だ。
乾ききった唇を舌でなぞり、低く言った。
「行く。」
馬三娘は千里追魂を掌に貼りつけた。まるで、ずっと前に判決の出ている死刑執行命令書を、改めて読み上げるみたいに。
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