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196.破敵の計  4

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ラック・ド・ラ・オート=シュール(Lac de la Haute-Sûre)の向こうの艦影が、まだ俺たちのために息継ぎの時間を稼いでくれていた。飛龍《ひりゅう》の残影が時折夜空を切り裂き、ドイツ軍の観測をほんの一瞬だけ狂わせる。そのたびにバストーニュというこの腐った街が、俺たちに数秒だけ生き延びる隙間をくれる。


たかが数秒だ。


日独の戦力差はそこにある。こっちの気分次第で縮んだりはしない。ドイツ軍にはパンサーがあり、88ミリ砲があり、ネーベルヴェルファー41があり、ハーフトラックがあり、そして吐き気がするほど完璧な指揮系統がある。こちらは日本軍地上部隊が実体化して前線を支えてくれているとはいえ、骨で鋼板に噛みついているようなものだ。どれだけ強く噛もうと、歯のほうが砕ける。


俺は体を前に押し出し、ようやく一番狭い区間を抜けた。前方の空間が少し広がり、半しゃがみで歩けるようになった。壁には古い保守点検の刻印が残っている。フランス語、数字、意味不明の略号——どれも泥と煤《すす》に半分以上呑まれていた。


俺は低く聞いた。「感じるか?」


馬三娘(マー・サンニャン)はすぐには答えなかった。


俺の後ろで二秒ほど止まり、何かを聞き、何かを嗅いでいるような気配。それから右側の壁に手を当てた。五本の指を大きく開いて、高熱を出している患者の額を探るみたいに触れる。


「何かが外へ滲《にじ》んでるねえ。」彼女は言った。


「どんな種類だ?」


「純粋な鬼気《きき》じゃない。」彼女はゆっくり手を離した。指先には、黒光りする泥が少しだけついている。「鬼を餌に育てられたものさ。死んだ骨を煮詰めて油を搾り、それを鋼と鉄板と一緒に煮込んだような代物だ。」


俺は振り返って彼女を見た。


「もう少し人間の言葉で頼む。」


「いいよ。」彼女は涼しい笑みを浮かべた。「外に据えられてるあれは、呪術だけじゃない。工業の殻で包んである。お前たちの読み通りだ。」


悪態が一つ、口から漏れた。


驚きじゃない。確認だ。いちばん始末の悪い種類の確認。


城外に誰かが陣を描いて、札を焚いて、首でもいくつか供えているだけなら、まだ気が楽だった。確かに厄介だが、少なくとも「昔ながらの仕事」だ。今のほうがはるかに面倒——外側は鉄筋、発電機、オイル缶、ケーブル、コンクリート基礎。内側に骨と血と魂と死人の意志。工業の外殻に、内側は呪術。こういう実験を思いつく連中は、狂ってはいるが、筋道立てて狂っている。


だからこそ、高くつく。


こいつらがやっているのは、人を脅かすための遊びじゃない。仕事だ。


さらに二十メートルほど進むと、前方に鉄製のはしごが現れた。上は四角いマンホールに繋がっている。隙間から、ごく細い白い光が漏れていた。自然の月光じゃない。高く上がった照明弾が、ゆっくり沈みながら吐き出すあの青白さだ。


俺は手を上げて停止を合図した。


上で音がした。


まず履帯の音が過ぎる。遅く、重く、地面を歯ぎしりさせているような振動。パンサーかハーフトラックか、どちらにしても、俺たちみたいな肉体が正面から相手にしたくない相手だ。続いてドイツ兵の話し声がいくつか。マンホールでくぐもって、意味は分からない。それでも聞き慣れた調子だった——緊張でも、追撃の興奮でもない。定められた手順を粛々と実行している声だ。


俺と馬三娘(マー・サンニャン)はそれぞれ井筒の左右に身を寄せ、黙って待った。


金属音がした。何かを下ろしたらしい。一瞬、井蓋を開けるのかと身構えたが、違った。あれはケーブルを引きずっている音だ。


数秒後、足音が遠ざかる。


履帯の音も、離れていく。


さらに十秒待ってから、耳をマンホールに押し当てた。頭上からは風の音と、遠く近くの爆発音。それに混じって、ごく細い唸りが聞こえる。発電機をすぐ横に置かれたみたいなはっきりした低音じゃない。地中に何本ものケーブルが走っていて、その電流が土とコンクリート越しに震えを伝えてきている、そんな感触の音だ。


俺はマンホールをわずかに押し上げた。


冷たい風が吹き込み、焦げた木材と火薬と、溶けきっていない雪の生臭さを運んでくる。


外は住宅街裏手の路地だった。


左側の家は外壁が半分剥がれ落ちていて、ソファが外に転がり出ている。スプリングが弾け飛び、住人の腹の中身を掻き出して干しているみたいな有様だ。右のガレージは丸ごと崩れ、真っ黒に焼けた乗用車がレンガの山に挟まって、前輪を空に向けていた。路地の向こうで赤い光が一閃し、さらに先の大通りに止まっているハーフトラックの影を照らし出す。その脇で、兵士二人が長いケーブルリールを引きずっていた。


俺は目を細めた。


電話線なんて生易しいものじゃない。もっと太くて、被覆もごつい。


「配線してる。」俺は低く言った。


馬三娘(マー・サンニャン)が井戸の下から見上げ、一瞬で目を細くした。


「通信じゃないねえ。」


「分かってる。」


「なら、後を追うよ。」


俺が先に這い出て、身を伏せたまま着地する。手を伸ばして彼女に手を貸す——必要はなかった。彼女はそっと指先を掛けただけで、自分の身体をくるりと持ち上げてくる。着地の音は猫より軽い。借りているのは葉 綺安(イェ・キアン)の身体だが、今のそれは完全に作り替えられていた。重心も、リズムも、筋肉の使い方も、元の持ち主のものではない。


俺たちは壁に背を預け、路地の口へとにじり寄る。


外の大通りは一度見ただけで、もう見たくなくなった。道路全体が、神様に鈍い刃物で何往復も削られたみたいに抉れている。建物は皮だけ剥ぎ取られて、鉄筋と梁だけが露出していた。地面はクレーター、履帯の跡、砕けたレンガで埋まっている。少し離れたところでは、パンサーが車体を斜めにして交差点に噛み込み、砲塔で東側の通り軸を押さえている。その脇にハーフトラックが二台、一前一後に停車。後部ハッチが開き、歩兵が降車して再編成を始めている。さらに遠くの高台から、時おり88ミリ砲が鈍く咆哮し、数秒後にはバストーニュの別の端で黒い火の花が咲いた。


艦砲は確かにあいつらをかき回した。だが、散らすことはできなかった。


そこがいちばん気味の悪いところだ。


相手がただの暴走亡霊なら、まだ付け入る隙はある。だが、ドイツ軍は実体化すると同時に、規律まで一緒に実体化させてきた。山口多聞の艦砲で重火器を一度叩き潰せても、神崎忠明が日本軍地上部隊の残存兵力を率いて至近距離で噛みつき続けても、外にある錨が残っている限り、こいつらは誰かが青写真をなぞるみたいに、同じ配置を組み直す。蘇っているんじゃない。再配列されているのだ。


「右へ行くよ。」馬三娘(マー・サンニャン)が突然言った。


俺は本能的には左に切りたかった。左には崩れた壁があって使えそうだったし、右側の果樹園裏は開けすぎているように見えた。だが、彼女の声には一ミリも相談の余地がなかった。なら、問答に時間を使う気はない。こんな夜にまだ自分の判断にしがみついていたら、それはもはや根性ではなく、ただの愚か者だ。


低い柵を越え、裏庭に入る。


本来なら子どもの遊ぶ木馬や物干し台があるはずの場所には、焦げたシーツが一枚、鉄枠に引っかかっているだけだった。風が吹くたび、剥がされた人間の皮みたいに揺れる。馬三娘(マー・サンニャン)は身を低くし、ほとんど地面に這うように進む。止まるたびに、まず風を見る。次に影。最後に足元だ。彼女が警戒しているのは、ドイツ兵ではない。もっと性質の悪い何かだと分かる。


「何を探してる?」俺は小さく聞いた。


「印。」彼女は振り向かずに答えた。


「どんな?」


「生きてる場所に死人を飼うなら、必ず綻びが出る。」彼女は言った。「厚塗りした紅の下から、屍斑《しはん》が透けてくるみたいにな。」


「その喩えは胃に悪い。」


「今の状況で胃が動いてるほうが、よっぽど病気だよ。」


三つの裏庭と、爆風で引きちぎられたフェンスと、横向きにならないと通れないほどの狭い崩れ壁を抜けた。その間に、少なくとも四組のドイツ軍分隊を視界に捉えたが、すべて意図的に避けた。俺たちの運が特別いいわけじゃない。外周の連中が、今はもっと別の仕事に忙しいだけだ。観測の補充、ケーブルの敷設、迫撃砲位置の修正、負傷兵の回収、新しい火点の構築。


戦っているというより、あるプログラムを維持しているみたいだった。


一瞬、体育館の管理室で林 雨瞳(リン・ユートン)が言った言葉が頭をよぎる。


これは包囲戦じゃない。校正《こうせい》だ。


「このクソども、街を取りに来たというより、検品に来てるな。」俺は低く吐き出した。


馬三娘(マー・サンニャン)が横目で俺を見た。


「今の一言は、珍しく下半身以外で考えた結果だねえ。」


「褒め言葉にしては、ひどい響きだな。」


「お前の普段の行いのせいだよ。」


半分崩れた物置小屋に身を滑り込ませたところで、外が急に明るくなった。


炎じゃない。照明弾だ。


怒ったみたいに白い。誰かが死人の眼球を天井に吊るしたみたいな光だ。


俺は反射的に地面に伏せた。馬三娘(マー・サンニャン)はそれよりも速く、ひっくり返った芝刈り機の影に身体を滑り込ませた。光が庭の隅々まで洗い流す。壁の亀裂も、地面の血痕も、俺のブーツの泥まで、取り調べの証拠品みたいにあらわにされる。


路地の外から、ハーフトラックのエンジン音が響いてきた。


続いて兵士の話し声。


俺は息を殺し、手を腰の銃に当てる。この距離で見つかれば、撃つのはイコール、全体系のスイッチを入れるのと同じだ。だが撃たなければ、次の瞬間には消防斧で頭蓋骨を割る羽目になる。どっちにしろロクでもない。


照明弾がゆっくり沈んでいく。


光が消えきる前に、ドイツ兵二人が壁の外を通り過ぎた。五メートルも離れていない。ヘルメット、マント、ライフル、顔についた煤、靴底の泥の厚みまで、すべてくっきり見える。ぼやけた幽霊なんかじゃない。吐き気がするほど完成された実体だ。少し離れたところに停まっているハーフトラックの荷台には、二つのケーブルリールと、可搬式発電機が括り付けられていて、その隣で工兵二人が金属製のポールを固定していた。


背中に冷や汗が流れた。


あいつらは本当に、外へ繋いでいる。


闇雲に繋いでるんじゃない。方向とノードを選びながら、計画的に延ばしている。


照明弾がついに庭を照らさなくなった。さっきの二人はそのまま進み、こちらの庭には入ってこなかった。ハーフトラックも、少し止まっただけですぐ北側へ走り去る。


俺はゆっくり息を吐き出した。胸の中に熱い鉄板を突っ込まれたような感触だった。


馬三娘(マー・サンニャン)は影の中にしゃがみこんでいて、その目は水に濡れた刃物みたいに光っていた。

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