197.複合術式 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
呼吸を数えるのはやめた。
そんなことをするのは、まだ自分に余裕があると勘違いしている奴だけだ。
俺と馬三娘はすでに、あの邪悪な中枢の外壁の下に這いつくばっていた。目の前にトタンの壁。その向こうで、邪なる心臓が低く唸り続けている。バストーニュで死んだ骨という骨、ドイツ軍実体化が引きずり込んだ鋼鉄、砲兵観測網、そして数えきれない命——それらを全部、工業用の釜に放り込んで、じっくり煮詰めているような音だ。
外周の発電機はまだ回っている。
西側の機関銃座も健在。
ドイツ軍の歩哨が二人、左右で決まったリズムを刻みながら巡回している。
俺は短銃を握り直し、低く一言だけ言った。
「やるぞ。」
馬三娘は返事をしなかった。
千里追魂を掌の中でひと回しして、先に滑り出す。
突進じゃない。影が突然、位置を変えることに決めた、とでも言うような動きだった。一瞬前まで俺の隣に貼りついていたのに、次の瞬間には右側の歩哨の背後に立っている。そいつが振り返り終わる前に、馬三娘の左手が顎の下を掴み、右手の黒い棘が耳の後ろに滑り込んだ。
綺麗。
鋭い。
完全に、無音。
ドイツ兵は骨を抜かれたみたいにくずおれた。うめき声の一つも出し切れないまま、ただ下へ落ちた。
同じ瞬間、俺も動いた。
左側の歩哨がちょうど北側の探照灯に顔を向けた隙に、二歩で背後に密着する。短刀で先に口を封じ、そのまま喉の根元へ切り込む。刃が一瞬引っかかった。硬い皮でも当たったみたいに。そのまま体をトタン壁に押しつけ、膝で膝裏を固定し、手首を内側に捻り込んだ。
熱い血が虎口に一気に噴き出した。
この凍えた夜の中で、その温かさだけが、妙に現実感がなかった。
死体をゆっくり地面に横たえ、肩の小銃を外して壁に立てかける。外周に即座の反応はない。最初の一口を、正しい場所に嚙み込めた証拠だ。
馬三娘はドイツ兵の死体の横にしゃがんで、千里追魂を引き抜いた。黒い棘には、血の一滴も残っていなかった。
「西側の目は潰れたよ。」彼女は言った。
「まだ足りない。」俺は発電機と、祭壇の基礎に埋め込まれた太いケーブルを見た。「まず外皮を剥ぐ。」
今度は彼女も口を挟まなかった。ただ、その二本のケーブルを一瞥する。
「左だねえ。」
俺はすぐに発電機へ這い寄った。
近くで見ると、遠目で見た時よりもさらに気持ちが悪かった。外側は標準的な野戦発電機の筐体だが、そこから伸びるケーブルが違う。黒いゴム被覆の下に、細い金属糸が一層巻かれていて、その中にさらに黒ずんだ異物が混じっている。髪のようでもあり、焼けた経糸のようでもある。工業用の電力供給と、呪術の咒線を一本の筋に撚り合わせて、そのままナチスの祭壇に突き刺してある。
ペンチを取り出し、思い切り嚙ませる。
一撃目、外皮だけが開く。
二撃目、刃が内側の異物に食い込んだ瞬間、ごく微かな震えが手に伝わった。ケーブルを切っているんじゃない。まだ生きている神経を切っているみたいな感触だ。
歯を食いしばって、三撃目は全体重をかけて捻り込む。
ぱちん。
断線。
発電機の音が一拍、乱れた。
同時に、祭壇の西側トタン壁が内側へわずかに凹んだ。肋骨の隙間から何かが思い切り殴られて、思わず息を呑んだみたいな動きだ。地面も軽く揺れた。大きくはないが、はっきりと。
俺は低く悪態を吐いた。
「手応えがあった。」
馬三娘の目が、冷たく光る。
「手応えじゃない。急所に入ったのさ。」
彼女は一歩で距離を詰め、トタンの継ぎ目に手を当てた。扉の向こうに誰かが立っているかどうか確かめるみたいな仕草だ。次の瞬間、俺に向かって手を伸ばす。
「斧。」
短柄の消防斧を渡した。
彼女は遠慮なく、斧の刃を継ぎ目に差し込んだ。力任せじゃない。奇妙な力の使い方だ。手首をひと沈め、ひと跳ね上げる。それだけで、ぴったり閉じていたトタン板に、亀裂が走った。
金属が、聞くに堪えない呻き声を上げた。
棺桶の蓋を内側からゆっくり持ち上げているみたいな音だ。
裂け目が開くと、中身が露わになった。
壁じゃない。
鉄骨の骨格だ。
骨格の間には、太い麻縄、錆びた釘、煤で黒ずんだ護符の紙、そして人骨の小節が一連ずつ結わえ付けられている。骨は無造作に吊るされているわけじゃない。一節ずつ、鉄骨が最も力のかかる交点に嵌め込まれている。工業の外殻全体を骨格として使い、死人の骨をリベットとして打ち込んでいる——そういう構造だ。
胃の底がひっくり返りかけた。
「このクソ野郎ども、随分とクリエイティブじゃないか。」
馬三娘は一番太い骨節の連なりを見据えて、口角をゆっくり上げた。
「第一層の圧杭が見つかったよ。」
袖から、灰みたいに薄い古い護符を一枚取り出して、その骨節の連なりに貼りつけた。
その瞬間、周りの空気が一段冷えた。
気温が下がったんじゃない。この場所が、生きている世界から一寸だけ外側へ引っ張られたような感覚だ。バストーニュ市街戦の砲声、機関銃の音、パンサーのエンジン、ハーフトラックの履帯が泥を踏む音——全部まだ聞こえているのに、この一瞬だけ、全部が遠くなった。
馬三娘が低く何かを言った。
今の中国語じゃない。
俺が今まで聞いたどんな呪文とも違う。
次の瞬間、手首を返して、千里追魂を護符の中央からその骨節の連なりへ突き刺した。
炎はない。
雷もない。
ただ、ごく細く、長く、奇妙な裂け音だけが響いた。
長い時間張り詰めていた弦が、暗闇の中でついに切れたような音だ。
西側の鉄骨全体が激しく震えた。
貼りついていた護符が瞬時に黒ずみ、骨節が一節ずつ割れていく。滲み出してくるのは血じゃない。灰黒色の、細かい砂を含んだ液体が、釘を伝ってゆっくり流れ落ちる。足元のコンクリートも低く唸った。もっと深いところで、何かが突然、心拍を乱したような音だ。
俺は反射的に顔を上げた。
バストーニュの方角から、同時に幾つかの、おかしな音が届いた。
爆発じゃない。
銃声でもない。
多くの機械が同時に空回りしたみたいな音だ。
短く。
乱れて。
テンポを外して。
すぐに分かった。
俺たちの最初の一太刀が、本当にドイツ軍外周の鎖を一か所、引き裂いた。
実体化したドイツ軍の、あの気持ち悪いほど完璧なリズムを、城外から力ずくで一角、剥がすことに成功した。
馬三娘は千里追魂を引き抜き、さっきより目が明るい。
「やったよ。」
その言葉が落ちた直後、祭壇の内部が激しく一度、ぶつかった。
ドン。
爆発じゃない。中の何かが直接、鉄骨に体当たりして、トタン壁全体を外側に弾き出した音だ。続いて、それまで規則正しく唸っていたケーブル類が乱れ、外周のランプが一つずつ点滅し始め、東側の探照灯が突然向きを変え、南側の機関銃陣地から怒鳴り声が上がった。
「Achtung!」
ドイツ語は分からない。でも、その声の意味は世界共通だ。
何かが起きた。
次の瞬間、ナチスの祭壇の外周全体が、頭を鉄槌で叩き起こされたみたいに動き出した。
南側からまず怒鳴り声。
東側の機関銃班が立ち上がる。
北側の白い照明が三度、連続して走る。
ハーフトラックのエンジンが一気に回転を上げる。
さらに遠くで、パンサー特有の、獣が歯ぎしりするような低い振動が向きを変え始めた。
照明弾が上がった。
一発目。
二発目。
三発目。
郊外全体が、死人の昼間みたいな白さに染まった。
西側の哨戒位置に転がる二つの死体が一瞬で露わになり、ドイツ軍の怒鳴り声が一方向から三方向に爆発した。靴底が地面を叩く音、ボルトを引く音、機関銃の旋回架が向きを変える音、命令が重なる音——全部が一気に押し寄せてくる。遠くバストーニュ市街の銃声も一段密になった。神崎忠明やジャックや林 雨瞳たちのところも、今ごろ圧力を受け始めているはずだ。
俺たちが、本当に全部の線を引っ張り鳴らした。
身を低くする。トタン板と砕けた土が、すでに流れ弾で乱れ飛んでいる。
「上出来だ。」歯を食いしばりながら、こじ開けた裂け目を見据える。「最初の一太刀が入った。今や全員が、俺たちが墓を暴きに来たと知ってる。」
馬三娘は半しゃがみで俺の横に並び、千里追魂を横向きに掌に乗せたまま、目が冷たく光っている。
「知られてよかったよ。」
俺は横を向いた。
「なんで?」
彼女はその裂け目の奥に見える、さらに深く、さらに黒く、まだ脈打っている第二層の構造を見ていた。口の端がゆっくり上がっていく。
「なぜなら——」
言いかけたところで、祭壇の内部が二度目の激突を起こした。
さっきより重い。
より、生き物らしい。
そして今度は、確かに、こちらへ「応答」していた。
外のドイツ軍の怒鳴り声が、どんどん近づいてくる。工兵を呼ぶ声、西側を叫ぶ声、機関銃の仰角を上げろと命令する声。さらに遠くから、誰かが腹の中で太鼓を叩いているような迫撃砲の準備音も聞こえ始めた。パンサーはまだ完全には回り込んでいないが、ハーフトラックは確実に到着している。これが日独の戦力差でいちばん腹立たしいところだ——こっちが必死に一か所噛み破っても、向こうは鉄筋コンクリートの火力網全体を、その傷口めがけて押し込んでくる。
身を起こして、ようやく第一層の内部をまともに見た。
外殻は工業。内臓は呪術。しかも、人を騙すだけの安物の手品じゃない。鉄骨が肋骨みたいに何重にも内側へ収束していて、縄、線、護符の紙、鉄釘、人骨の節が、固定クランプと溶接点でがっちりと押さえ込まれている。左側にはディーゼル発電機と蓄電箱が一列。右側には作業台、計器類、溶接トーチ、ガラス瓶。瓶の中身は油でも薬でもない。灰だ。その灰には、ごく細かく白いものが混じっている。焼け残ったものを見慣れた目には分かる——あれは石灰なんかじゃない。
人間だ。
「このクソ野郎ども、鬼を拝んでるんじゃない。」俺は声を押し殺した。「組み立ててる。」
馬三娘は前に立ち、顔の半分が機械の灯りに照らされている。目尻が刃の背みたいに冷たい。
「今頃気づいたのかい。遅いねえ。」
その口調は、もう完全に葉 綺安のものじゃない。声が低くなったとか、態度が険しくなったという次元じゃない。人間そのものが、時代ごと入れ替わっている。あの語調、あの気配、死人を家具みたいに見るあの冷たさは、葉 綺安には真似できないし、生きている人間には演じられない。
外で突然、轟音がした。
第一層全体が左へ傾いた。
砲弾の直撃じゃない。工兵が外殻のどこかに爆薬を貼りつけた音だ。鋼板が一気に歪み上がり、機械の灯りが点滅し、作業台のガラス瓶が四本まとめて倒れて、灰が机一面にこぼれた。天井からばらばらと破片が降ってきて、首筋を叩く。粗塩を一掴み叩きつけられたみたいな感触だ。
「外殻を爆破してる。」俺は言った。
「させておけばいい。」馬三娘は背後を見向きもしない。「生きてる奴はドアをノックしたがる。死んでる奴は直接入ってくる。あの連中は今、その両方を覚えたわけだ。まあ、働き者じゃないか。」
「後輩の仕事ぶりを眺めてるみたいな口ぶりはやめてくれ。」
彼女は横目で俺を一瞥し、口の端がわずかに上がった。寒々しい笑みだ。
「じゃあ外のドイツ軍のために泣き女でもやろうか?」
言い終えると、さらに奥へ進む。
俺は後に続き、銃口を彼女の肩の後ろから左右の死角に向けた。第一層の中央よりやや奥に、内扉があった。鋼製の外枠。だが扉板の中央は一枚の金属板じゃない。何層も重なった異質なものだ。金属網、薄い鋼板、ゴム板、古い護符、それから乾いた皮膜みたいな半透明の夾層。その中で灰色の影がゆっくり流れている。扉の下から太いケーブルが二本延び、脇からさらに細いケーブルが何本か壁の中へ巻き込まれている。鍵というより、何かを中に押さえ込んでいる構造だ。
一目見て分かった。
これは「人を遮る」扉じゃない。
「心臓を押さえる」扉だ。
消防斧を脇に置き、制御盤を確かめる。ノブ、電圧計、レバー、ヒューズ、手書きのドイツ語の標識。脇に黒ずんだ護符が二枚貼ってある。クソ。工業化した呪術にも操作パネルがついてる。正気の世界に持ち込んだら、特許でも取れそうだ——街一つ滅ぼすついでに。
「どう解体する?」俺は聞いた。
馬三娘は答えず、掌を扉板の中央に当てた。
熱を出している人の額を確かめるみたいな、軽い仕草だ。
次の瞬間、扉の向こうから音がした。
コツン。
短い、くぐもった音。棺桶の板の向こうで、誰かが指の関節で一度だけ叩いたみたいな音だ。
背中が総毛立った。
「こっちを感知してる。」
「お前が肋骨に一太刀入れておいて、まだ感知してないなら、心臓じゃなくて粗大ゴミだよ。」馬三娘は手を引いて、目が少し明るくなった。「左上から先に切る。右下はその後。一度に全部外すな。中身が早く目を覚ます。」
「爆弾処理をしてるみたいだ。」
「今日はずっと爆弾処理をしてるんだよ。」彼女は冷たく言った。「ただし、これは恨みを持つほうの爆弾だ。」
俺はしゃがんで、ペンチを左上のケーブルに嚙ませた。
一撃目、外皮だけが裂ける。
二撃目、刃が内側に食い込んだ瞬間、手に戻ってくる感触が最悪だった。ケーブルを切っているんじゃない。温度のある神経を金属で切っているみたいな感触。そいつが微かに震えて、掌がしびれた。
悪態を一つ吐いて、三撃目は全体重で捻り込んだ。
ぱちん。
扉板の中央にある半透明の夾層に、灰色の紋様が一瞬広がった。中で何かが瞬きをしたみたいだ。
「次。」馬三娘は言った。
右下のほうがさらに気持ち悪かった。外側に黒ずんだ赤い紐が巻かれていて、その結び目に歯か骨釘か分からないものが半分埋まっている。もう丁寧に扱う気はない。刃を抜いて金属カバーを砕き、そのまま引き千切った。ケーブルが断ち切れた瞬間、扉板全体が内側へわずかに沈み、奥から低い摩擦音がより鮮明に届いた。
分厚い壁の向こうで、無数の歯が何かを噛んでいるような音だ。
胃が酸っぱくなった。
「中に何が入ってる?」
馬三娘は扉を見たまま、声を一段落とした。
「入ってるんじゃない。」彼女は言った。「組み上げてある。」
この二言が落ちた瞬間、頭の中でバラバラだった断片が一気に繋がった。
バストーニュは終着点じゃない。
この場所は、単純に亡霊兵を召喚するためでもない。
ここは試験場だ。
歴史上の戦場が、現実の座標と重ねられるかどうか。
死んだ部隊が、長時間にわたって実体を維持できるかどうか。
重装甲、砲兵、観測網、ハーフトラック、迫撃砲、工兵、歩兵——一式まとめて引き戻せるかどうか。
現代の都市と歴史の戦場を重ね合わせたとき、亡霊部隊が攻城効率を維持できるかどうか。
この扉の向こうにあるものは、神でも魔でもない。
試験機の心臓だ。
外でまた爆発音がした。
今度はもっと近い。
第一層のどこかの壁板が内側へ膨れ上がり、続いて機関銃の長い掃射が来た。弾が外殻の薄い部分を貫いて、上部の鉄骨に直撃し、火花が四方に散る。ドイツ軍工兵はゆっくり人を探しているんじゃない。標準手順に従って外殻を剥がしている。実にドイツ軍らしい。実に気持ち悪い。
消防斧を掴み、刃を扉の隙間に差し込んだ。
「どっちへ?」
「右へ跳ね上げる。引っ張るな。」馬三娘は言った。
言われた通りに、腰と背中を一緒に使う。斧の柄が掌に食い込み、扉の枠が歯が浮くような摩擦音を立て始めた。普通の金属が引っかかっているんじゃない。もっと深いところで、誰かが棺桶の隙間から爪をゆっくり外側へ引っかいているような音だ。
まず細い亀裂が入った。
熱気が一気に顔に吹きつけた。
高温蒸気のさっぱりした熱さじゃない。湿って、粘って、汚い。血、柴油、焦げた布、濡れた鉄、線香の灰、それから肉が半分腐りかけているのに、まだ死にきっていない何かの匂い——全部まとめて鼻腔に押し込まれた。喉が締まり、胃液が舌の根まで上がってきた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




