195.バストーニュ体育館 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
前方の道がパンサーに噛み殺された瞬間、今日はまだ息継ぎが終わってないと分かった。
「じゃあ、別の道にしよう」で済む種類の塞ぎ方じゃない。ドイツ装甲師団が、こっちの鼻先に顔を貼りつけて、丁寧な口調で告げてくる——先生、本日この一帯は通行できません、その場でお死にください。
俺は半壊した建物の割れ窓の陰に伏せながら、前方の街角でゆっくりと車体を斜めに向けてくるパンサーを見ていた。その後ろのハーフトラックも位置を補完するように続き、機銃口は急いで火を吐こうとせず、崩れた壁、窓枠、横転した車両、路地の入口を、辛抱強く順番になぞっていく。両側の歩兵は灰を浴びたアリの群れみたいに、壁沿いに張りつき、瓦礫を踏みながら、一歩一歩、火力の網を縫い直していく。
これがドイツ軍のいちばん腹立つところだ。
こっちが思い切り殴っても、すぐには殴り返してこない。
まず、口から飛び出した歯を一本一本拾い集めて、丁寧に嵌め直す。そして最後に口を開けて噛みついてくるとき——さっきの一発は無駄打ちだったんじゃないかと、こっちに思わせてくる。
ジャックは俺の横にしゃがんで、左耳はまだ耳鳴りがしているのか、顔全体が鉄鍋で正面から殴られた直後みたいな色をしていた。窓の外のパンサーを睨みながら、声を限界まで落とす。
「封鎖してるんじゃない。」
「じゃあ何だ。」
「俺たちがヘマをするのを待ってる。」
俺は口の端を歪めた。
「上出来だ。ようやく人間の言葉が喋れるようになったじゃないか。」
後ろの希は笑わなかった。壁に背中を預け、俺が雑に巻いた包帯の上から脚を押さえていて、顔色は水で洗い流したばかりの紙みたいに白い。葉 綺安がその隣に立ち、右腕はまだ少し不自然だが、体幹は揺れていない。レミはカメラを抱えてドア際に縮こまり、クレールは半しゃがみで息を整えている。ジュリアンは、外に倒れたままの馬を二度見しないよう、必死に自分の視線と戦っていた。
七人、まだ七人。
それが良いニュース。
悪いニュースは、さっきまであと二、三口しか残っていなかった道が、ドイツ軍によって病床に押し戻され、酸素チューブまで挿されたことだ。ただし、その酸素は俺たちのためじゃない。
俺はイヤホンを押さえた。
「林 雨瞳、まだそっちにいるか?」
雑音。
それからあいつの声が割り込んでくる。冷たい水が鉄管を伝って流れ落ちるみたいな冷たさで。
「いる。前が完全に塞がれた?」
「パンサー一台、ハーフトラック一台、歩兵が壁を補修中。さっきまで辛うじて生きてた道が、今は丁寧にタイルを貼り直されてる。」
向こうで半秒、間が空いた。
「熱源が戻ってきてる。局所じゃない。封鎖線全体が再構築されてる。」
「まるで不動産屋が中古物件を紹介するみたいな言い方だな。」
「少なくとも、施工効率はいいわ。」
窓の外でドイツ軍の工兵が何かを引きずりながら街角に入り込んでいくのを見て、俺は口元を引きつらせた。
「ああ、俺もそう思う。で、今どうする?」
「右側の裏庭に細い抜け道がある。住宅三棟を抜けてプールの外周フェンスへ。でも、ドイツ軍が左翼も塞ぐ前に切り抜けないと。」
俺は右側をちらりと確認した。「道」というより、運命に対する意見調査みたいな経路だ。半壊した住宅が三棟、割れたガラスと泥でぐちゃぐちゃの裏庭の隙間、その先に旧プール外周の震動で崩れた低い塀。通れるか。通れる。見た目がいいか。最悪だ。
「了解。」俺は言った。「そっちは持ちこたえられるか?」
今度は、すぐには返ってこなかった。
イヤホンの向こうから、遠い銃声、誰かが走る足音、鉄製の台車か何かが倒れる雑音が先に届く。その次の瞬間、ようやく林 雨瞳が口を開いた。
「今は『持ちこたえてる』じゃない。『まだ倒れてない』。」
この言葉は正直だ。
正直すぎて、少し笑いたくなった。
「それでいい。」俺は言う。「それが本当のことだ。」
通信を切って、振り返る。
「前は諦めろ。右に切る。裏庭三棟抜けてプール外周。今すぐ。」
レミが条件反射でカメラを抱え直した。
「ちょっと待て、前のドイツ軍は——」
「後から来る連中に、ゆっくり鑑賞してもらえ。」俺は言う。「お前の今いちばん大事な仕事は、そのカメラごとドイツ軍の手に落ちないことだ。」
クレールは鼻の頭の灰を拭いながら、息も整わないまま先に口を開いた。
「その裏道、本当にまだ生きてるの?」
「分からない。」
「それなのに——」
「前の道がもう死んでるからだ。」
彼女は黙った。
戦場でいちばん効く説得方法がこれだ。こっちの理屈が正しいからじゃない。他の選択肢が先に全滅するからだ。
俺が先に出て、右側の壁沿いに滑るように抜ける。ジャックが続き、葉 綺安が希を連れ、記者三人が最後尾。
この裏庭ルートは、さっき見た時点よりさらに酷かった。
一軒目の柵は跡形もなく吹き飛んでいて、半分の木の杭だけが泥の中に折れた歯みたいに突き刺さっている。二軒目の裏口は開け放たれていて、台所に干上がったスープの鍋が残っていた。鍋底まで割れている。三軒目が最悪で、壁一面が震動で吹き抜けになっていて、洗濯機が庭の真ん中に横転していた。尊厳のない死に方をした白い甲虫みたいだ。
遠くの砲声は、さっきより散っている。
静かになったんじゃない。ドイツ軍側も息を整えているだけだ。
艦砲をあれだけ叩き込まれれば、恐怖を漏らすのは俺たちだけじゃない。向こうも今、飛び散った部品と人員と戦意を拾い集めている最中だ。問題は、あいつらの拾い方のほうが俺たちより速いことだ。
二つ目の低い塀を乗り越えたとき、左側の大通りから機銃の長い一掃射が来た。弾は屋根の角をかすめて飛んでいき、二階の窓の半分を吹き飛ばした。レミが縮み上がり、カメラが手から離れかける。クレールが反射的にその腕を掴んだ拍子に、自分が崩れたレンガの山に倒れ込みそうになった。
「いい加減にしろ。死亡診断書に『死因:間抜け』って書かれたいのか、お前ら。」
二人が同時に俺を睨む。
睨む元気があるなら問題ない。
最後の一軒の裏の台所を抜けると、湿った消毒液と血が混ざり合った奇妙な臭いが鼻をついた。顔を上げると、中にはすでに二人の負傷兵がいた。ベルギー保安部隊だ。二人とも生きているが、体裁よく生きているとは言いがたい。一人はベルトで腕を縛って止血していて、血がすでに大きく滲み出している。もう一人は胸の上下が浅く、俺たちが飛び込んできた瞬間、本能的に腰の銃に手をやりかけて、途中で止めた。自分にはもう銃を持ち上げる力が残っていないと気づいたのだろう。
「体育館は?」俺は聞いた。
負傷兵がうなずく。
「裏の……路地を出て……右に曲がると……プールのフェンスに……穴がある。急いで。」
俺はその肩を一度叩いた。
「持ちこたえろ。迎えが来る。」
彼は引きつった笑みを浮かべた。顔が割れそうだった。
「その台詞、今日何度も聞いた。まさか自分が言う側になるとは思ってなかったよ。」
俺は返さなかった。時間がないから。それと、こういう時に言葉を継ぐと、自分の中でまだかろうじて正常な部分が一枚削れるから。
台所を出ると、すぐに旧プール外周の崩れたフェンスが見えた。金網は半分倒れ、残り半分は誰かに力任せに引き裂かれたみたいに、鋭い角を巻いてめくれ上がっている。その先に体育館外周の臨時防衛線——土嚢、横転した車両、外された鉄扉、プールの縁に積み上げた家具やコンクリート塊。全部が場当たり的で、全部がそこに立っていたくなさそうな顔をしている。それでも、立っている。
中の人間が、まだ倒れていない証拠だ。
フェンスの穴に近づいた瞬間、中からチェコ語で怒鳴り声が飛んできた。
「合言葉!」
思わず笑いかけた。
「俺が悪態をついてるのが聞こえてて、まだ合言葉を聞くのか?」
次の瞬間、土嚢の陰からヴィクトリアの頭が出てきた。顔に灰がついていて、髪は列車と殴り合ったばかりみたいに乱れている。それでも手の中の短銃は、ちゃんと安定していた。俺たちだと分かると、ひとつ汚い言葉を吐いてから、すぐ後ろへ手を振った。
「味方よ! 穴を開けて!」
二人がすぐに飛んできて、引っかかった金網を外側へ曲げる。俺たちは一人ずつ潜り込んだ。希は地面に足をつけた瞬間、膝が明らかにがくりとなった。葉 綺安が支える。クレールは入るなり壁に手をついて、空嘔吐を始めた。レミはまだカメラを死守している。ジュリアンは水の中から引き上げられたばかりみたいな顔で、そのまま幽霊役をやれそうなほど白い。
ヴィクトリアが俺たちを一通り見渡した。
「七人全員いる?」
「体は全員いる。」俺は言う。「魂がついてきてるかどうかは保証できないけどな。」
彼女はうなずいた。その目に一瞬だけ走った安堵の色は、半秒も経たないうちに引っ込んだ。
「よかった。今日数少ない、シャンパンを開けたくなるニュースね。あいにく、シャンパンの代わりに傷兵と悪いニュースしかないけど。」
俺は顔を一度ぬぐった。
「じゃあ、悪いニュースから頼む。」
ヴィクトリアは顎をしゃくった。
「中で。」
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体育館の中は、メルシエ・モーテルよりも、人が住む場所らしくなかった。
より荒れているからじゃない。限界を超えた荷物を無理やり積み込んで、それでも動き続けている機械みたいだからだ。
入口のホールは片付けられ、毛布、ビニールシート、どこかから剥がしてきた帆布が床に敷かれ、その上に傷兵、民間人、まだ完全には死にきっていない不運な連中が横たわっている。プールの周囲、本来なら子どもが靴を履き替えて、親がスマートフォンを眺めて、コーチが笛を吹いていたはずのスペースには、今は医療箱、弾薬、湯沸かし器、簡易照明、そして折り畳みテーブルを即席の手術台にしたものが並んでいる。空気は血、アルコール、濡れた布、汗、灰、塩素の臭いが混ざり合っていた。病院の臭いじゃない。戦場が自分を一度洗い流そうとして、それでもやっぱり戦場のままだったときの臭いだ。
林 雨瞳はプール脇の即席テーブルの前に立っていた。目の下の隈は炭で自分で描いたみたいに黒く、手にはまだペンを持っている。座ってもいない、壁にも寄りかかっていない。見えない糸で前方に引っ張られているみたいに、意地だけで立っていた。
希が入ってくると、あいつはちらりと顔を上げた。
「戻ってきた?」
「ああ。」俺は言う。
視線が素早く俺たちの間を走る。まるで荷物の数を確認するみたいに。
「ジャック、左耳から出血、脳震盪の疑い。希、脚の負傷。クレール、右手の甲に裂傷。レミ、頭部裂傷。ジュリアン、手首。葉 綺安、右腕打撲。あなたは?」
俺は一瞬、固まった。
「今から獣医に転職したのか?」
「まだ軽口が叩けるなら、今すぐ処置しなくていい。」
「心が温まるな。」
「どうも。」
あいつは俺をもう一度見ることもなく、近くで立っていた二人の雑用兵に向かって指示を飛ばした。
「トリアージ。希はここに残して、まず包帯を替える。記者三人は主通道に入れるな、西側の器材室へ。レミは映像データをまずコピー。クレールとジュリアンは医療箱の搬送を手伝って。ジャックは五分後に私のところへ。葉 綺安——」
葉 綺安はすでに背を向けかけていたが、自分の名前を聞いて足を止めた。
「その場を離れないで。」林 雨瞳は言う。
葉 綺安は一瞥して、何も言わずに、ただ立ち止まった。
ヴィクトリアが後ろから歩いてきて、さっきの短銃を腰の後ろに差し込み、血のついた布を脇の水桶に放り込んだ。
「東側の外周が、さっきまた試し圧をかけられたわ。本格的な攻撃じゃない。今の防衛線の継ぎ目を探してる。」
「分かってる。」林 雨瞳は言う。「北側は?」
「神崎が持ちこたえてる。生きてる。めちゃくちゃ怒ってるけど。」
俺はテーブルに歩み寄り、広げられた地図を見下ろした。
もはや地図じゃない。犯行現場だ。
赤丸、黒線、矢印、交差した注記、時刻の書き込み、塗り潰されたノード、書き直された方向——全部が一枚の紙の上に押し込まれている。
メルシエ・モーテルの区画には、すでに一本の斜線が引かれていた。迷いのない、きっぱりとした斜線。医者がカルテに書く「蘇生措置不要」と同じ意味だ。
体育館の区画は改めて丸で囲まれ、外周に半月形の防圧ラインが何本か引かれている。プール東側は負傷者区域、西側は器材と通信、北側の細い路地には矢印が延びていて、「退路可/非推奨」と書き添えられている。
この書き方は、いかにも林 雨瞳らしい。
徹底的に現実的で、それでいて、人をなるべく間抜けな死に方で殺したくないという意志が、地図の隅々ににじんでいる。
俺は二秒ほど地図を眺めてから言った。
「新しいノードを、なんとか立たせたんだな。」
ようやくあいつが顔を上げた。
「違う。ただ、多少は整理された死体の山に見えないようにしただけ。」
「十分成功してるように聞こえる。」
「外から戻ってきたばかりだから、基準が下がってるのよ。」
それは正しい。
外のバストーニュは今、「ひどい」という言葉ですら丁寧すぎる。普通の「ひどい」は、とっくに追いつかなくなっている。
ジャックは仮設の衛生兵に引っ張られて、脇に座らされていた。表情は不満そうで、自分の体が今日初めて言うことを聞かなくなった、という事実にまだ慣れていないのが分かる。希は傷の処置のために連れて行かれた。葉 綺安は動かず、テーブルの右後ろに立ったままだ。まだ鞘に収まっていない刃物みたいに。
レミは歩きながらもこっちを振り返っていた。次の瞬間にまた何かとんでもないことが起きて、自分がそれを撮り逃すんじゃないかと心配しているような目だ。
正直、その心配は合理的だと思う。
俺自身、今もそういう感覚がある——ここはまだ終わっていない。しかも、終わり方がきれいじゃない。
そう思った瞬間、外でまたくぐもった爆音がした。
艦砲じゃない。
ドイツ軍の迫撃砲だ。
着弾点はそこまで近くないが、精度は十分だった。建物全体が一度揺れ、プールの水面に細かい波紋が広がる。誰かが戦況図の代わりに水面を揺らしているみたいだ。次の瞬間、東側外周から短い銃声が連続して聞こえてきた。怒鳴り声、ガラスが割れる音、何かが転がる音。それから通信兵が叫ぶ。
「東側第三ライン、圧力を受けています!主攻ではなく、試射です!」
ヴィクトリアがすぐさま外へ向かおうとした。林 雨瞳は止めず、一言だけ投げた。
「火点を追うな。ラインを守って。」
「分かってる。」ヴィクトリアは振り返らない。
俺は東側の扉の外で揺れる光の影を見ながら、ひどく卑しい直感を覚えた。
「あいつら、俺たちを潰しに来てるわけじゃない。」
林 雨瞳は地図に目を落としたまま、記号を書き足している。
「全部じゃない、ね。」
「このクソどもはリズムを試してる。」
筆先が止まった。
「あなたも感じた?」
俺は地図の上に新しく書き込まれた矢印をいくつか見つめた。
「さっき外で見た封鎖線の再構築、速すぎる。艦砲であれだけ叩かれた直後の人間の最初の反応は、命を拾うことだ。隊形を拾うことじゃない。」
「ドイツ軍はもともと、隊形の立て直しが得意だ。」ジャックが脇から口を挟んだ。声がまだ少しかすれている。「でも今回の再構築速度は、俺でも異常に感じる。」
俺は振り返った。
「へえ。歴史オタクが、ようやく怖くなってきたか?」
「怖いんじゃない。」彼は腫れ上がったこめかみを揉みながら言う。「これは、制御を失った亡者が手当たり次第に暴れてる感じじゃない。どちらかというと——」
一瞬、言葉を止めた。自分がまともに聞こえるような言葉を探しているのが分かる。
「——復旧プログラムみたいだ。」
プールの周りが、一瞬だけ静かになった。
短い沈黙だったが、その言葉が地面に落ちるには十分だった。
復旧プログラム。
その言葉が出た瞬間、この状況全体の居心地が、さらに悪くなった。
今まで、こいつらを「やたら強い死人」とか「歴史の中から這い出してきた噛みつく化け物」と思うことはできていた。でも、単純に噛みついているんじゃなくて、何らかのプログラムを復旧しているのだとしたら——話の色が全部変わる。
これは暴走じゃない。
これは、どちらかというと、課題を提出しているみたいだ。
俺は地図を眺めながら、さっき外を走り回って見てきたものを、ゆっくりつなぎ合わせた。
パンサーは、空いている場所に適当に入ったわけじゃない。圧力を最も効率よく再建できる口を塞いでいた。ハーフトラックは、人が多い場所に向けて火を吐いたわけじゃない。まず歩兵を、ラインを維持できる位置に戻した。工兵も、ただ壁を吹き飛ばして追いかけてきたんじゃない。何かの構造を補修していた。88ミリ高射砲も、多連装ロケットも、迫撃砲も——俺たちをただ徹底的に殺したいというより、何かが再稼働できるかどうかを確認しているみたいだった。
これは気持ち悪い。
牙の根まで痒くなるくらい、気持ち悪い。
「このクソ野郎どもは、バストーニュを取りに来たわけじゃない。」俺は言った。
林 雨瞳が顔を上げた。
「じゃあ、何をしに来た?」
俺は地図の上の、書き足されたドイツ軍の熱点をいくつか見つめながら、自分でも気に入らない感覚を、ゆっくり言葉にした。
「検品に来た、みたいだ。」
すぐには、誰も続かなかった。
この一言が出ると、話が「敵が強い」だけじゃ済まなくなるからだ。敵が強い、しかも目的を持って強い、何かを証明しようとして強い——バストーニュ全体が、あいつらにとって「食い込む肉」じゃなくて、「歯の具合を試す骨」になっているみたいだ。
ジャックは眉をひそめて、椅子の背もたれに体を預けた。
「俺はてっきり、バストーニュをもう一度再現しに来たのかと思ってた。」
俺は冷たく笑った。
「今の見え方は、バストーニュで手順を流してる、のほうが近い。」
林 雨瞳は数秒黙って、筆先で地図のある一点を、静かに二度叩いた。
「いくつかの圧力が、理屈に合わない。」彼女は言う。「もし最速で俺たちを突き崩したいだけなら、何度か、残った防衛線をそのまま押し切れるタイミングがあった。でも、あいつらはそうしなかった。一度引いて、別の点を補修した。」
「どの点だ?」
彼女は俺を見ず、地図だけを見ている。
「人を最も効率よく殺せる点じゃない。『本来そこにあるべき』点。」
これはもっと気持ち悪い。
「本来そこにあるべき」。
戦術的な効率でも、殲滅の最短経路でもなく——「本来そこにあるべき」。
まるで、戦いを進めながら、もう一枚の、もっと汚いチェックリストを持ち歩いて、一項目ずつ印をつけているみたいだ。
プールの向こう側から、希の声がした。
脚の傷の処置が終わって、椅子の背もたれに手をついてゆっくり立ち上がろうとしているところだった。顔がまだ少し白い。
「点だけじゃないよ。」
全員が彼女を見た。
希は唇を噛んだ。自分の言葉がおかしく聞こえないか、一瞬だけ迷っている顔だ。それでも、口を開いた。
「街の中、今ぐちゃぐちゃなのは分かってる。でも、さっきみんなが外を走ってる間、ずっと感じてたことがあって。」
俺は彼女を見た。
「何を感じた?」
希は手を上げて、体育館の内側でも、大通りの方向でもない場所を指した。外側、遠い方向——街の外縁のどこかを指すような角度だ。
「街の中のものは、全部動いてる。全部噛みついてくる。全部血を流してる。でも、この場所全体を、釘みたいに一番深く、一番重く、一番硬く打ちつけてる何か——それは、街の中にない。」
俺は何も言わなかった。
この一言が、俺の中でずっとくすぶっていた、どんどん大きくなるあの不快感を、正確に踏み固めたからだ。
街の中にない。
じゃあ、この一晩、俺たちがバストーニュの中でドイツ軍の装甲、迫撃砲、88ミリ高射砲、多連装ロケットと死に物狂いで殴り合ってきたのは、一体何と戦っていたんだ?
表面か?
反応か?
街の中に放り込まれて、手順を踏んでいるだけの、薄っぺらい皮か?
ちょうどそのとき、ヴィクトリアが東側の出入口から戻ってきた。歩きながら新しい弾倉に換えていて、出て行く前より少し顔色が悪い。
「東側は主攻じゃない、北面も同じ。今、あいつらは俺たちのどのラインが一番反応を引き出しやすいか、探してる。」彼女は銃をテーブルの端に置いて、林 雨瞳を見た。「あの死人ども、今は俺たちを徹底的に殺しに来てる感じじゃなくて、むしろ自分たちを整列させ直してる感じだわ。」
「分かってる。」林 雨瞳は言う。
ヴィクトリアが部屋を見渡して、最後に視線が俺のところで止まった。
「あなたも、嗅ぎ取った?」
俺は笑った。乾いた笑いだ。
「嗅いだよ。すごく高そうな犬の糞の匂いがする。」
彼女はうなずいた。
「よかった。私もそう思ってたから。」
ちょうどその時、北側の通信回線がまた雑音の塊を吐き出し、続いて神崎忠明の声が割り込んできた。背景はひどく荒れていた。銃声、足音、負傷者を呼ぶ声、金属が壁に叩きつけられる音——全部が混ざり合っている。それでも彼の話し方は、相変わらず硬い直線だった。
「神崎より中枢。」
林 雨瞳がすぐに応答した。
「話して。」
「北側第二路地群で接敵。敵は残兵を追わず、鐘楼外周と斜面の交差点を優先して補修。繰り返す、敵は残兵より陣地補修を優先。」
プールの周りにいた何人かが、黙り込んだ。
神崎がそのまま続けた。
「通常の推進とは違う。どちらかというと——」
一拍、止まった。自分でも気に入らない答えを、仕方なく口に出すときの間だ。
「——展開の復旧だ。」
俺は地図を見下ろしながら、テーブルを思い切り殴りたい衝動を飲み込んだ。
驚いたからじゃない。
「クソ、やっぱりそうか」という、あの煩わしい予感が、ようやく確信に変わったからだ。
俺一人だけがおかしいと感じているなら、疲労のせいで済む。だが今は林 雨瞳、ジャック、神崎、希——四つのまったく異なる角度から、全員が同じ一点を踏んでいた。
この戦いの一部は、勝つことを目的にしていない。
成立することを目的にしている。
俺はドイツ軍が必死に補修した地図上の点をいくつか見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「問題は街の中にない。」
誰も反論しなかった。
今さら反論すること自体が、余計な作業に思えたからだ。
外でまた迫撃砲が落ちて、体育館全体がもう一度揺れた。プールの水面が乱れ、負傷者区域で誰かが低くうめき、遠くで誰かが医療ハサミを叫び、通信兵は東側の火点座標を繰り返している。全部がまだ騒がしく、汚く、世界が自分自身を解体しているみたいだった。
でも、そのざわめきの中で、俺は初めて、事態が輪郭を持ち始めたと感じた。
いい輪郭じゃない。
もっと大きな、もっと汚い何かが目の前にはいないが、その影だけはもう足元まで伸びてきている——そういう輪郭だ。
林 雨瞳がようやくペンを置いて、俺を見た。
その目は静かで、冷たく、そしてひどく疲れていた。
「問題が街の中にないなら、守るだけじゃ足りない。」
俺は彼女を見て、うなずきも、首を振りもしなかった。
次にあいつが何を言おうとしているか、分かっていたからだ。
その言葉が一度口から出たら、今夜はもう、知らないふりができなくなる。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




