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S2第四十七章 埋没されたアーカイブ

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

真壁は、俺たちをすぐには解放しなかった。

二一三号室が封鎖ロックアウトされた後、俺たちは宿舎の裏手にある、清掃用具や備品が詰め込まれた当直室に押し込められた。部屋は狭く、壁際には未開封の衛生紙の箱と消毒液のボトルが積み上がり、空気には漂白剤の淡い匂いが漂っている。外では依然として災害時点呼が続いていた。批次ごとに人間が解放され、あるいは留め置かれる。スピーカーの声が定期的に入り込み、基地という巨大な塊の上で、誰かの名前を削り取っては整列させていく。

俺は折り畳み椅子に腰を下ろしたが、手先の冷えが収まらなかった。

火災警報のせいじゃない。二一三号室に戻れないからでもない。ただ、事態が「旧案件」として定義された瞬間、今夜の出来事が初めての悲劇ではないという事実を突きつけられたからだ。最も悍ましいのは「自分だけが遭遇した」ことではない。「かつて誰かが遭遇し、そして今も終わっていない」ということだ。

真壁は古びた牛皮紙の封筒を机に置いた。開くのを急がず、まず俺たちを値踏みするように見た。

「……先に断っておくが」と彼は言った。「これは物語を補完エンタメするためじゃない。貴殿らが今、どの地点に立たされているかを自覚させるためのものだ」

彼のトーンはどこまでも平坦だ。感情が欠落している。だが、その過剰なまでの平坦さが、かえって不快だった。この男は緊張していないのではない。緊張すらもすべて「フォーマット」の中に収容し、結論だけを吐き出しているのだ。

ラオガオは壁に背を預け、腕を組んだ。顔色は芳しくない。

「……前置きはいい。本題に入れ」

真壁は短く頷き、封筒を解いた。

中から滑り出したのは正式な調書ではなく、色褪せた宿泊名簿の写しだった。紙は黄ばみ、端は丸まり、淡い水跡が滲んでいる。……一目でわかった。受付デスクにあったあの台帳と同じ書式だ。房番号、ベッド位置、在位、離位、補填、備考。唯一違うのは、それがあまりに古く、文字が紙の繊維と癒着し始めていること。

真壁はその中の一枚を抜き出し、机の中央へ差し出した。

二一三号室。

三つのスロット

最初の二枠には名前がある。三枠めも、元々は名前があったはずだ。だが、それは赤ペンで執拗に塗り潰され、その傍らに小さく、呪いのような文字が添えられていた。

——『続列ぞくれつ』。

その枠に記されていた名を一目見た瞬間、俺の胸が不自然に収縮した。

葛西カサイ

注釈でも傍注でもない。その名は最初から、三枠めに「存在」していたのだ。

葛西良介カサイ・リョウスケ」真壁が告げる。「七年前、基地霊務局(BEA)から派遣された連絡員だ。夜間簿冊の照合業務を兼務し、二一三号室の三枚めのベッドを使用していた」

俺は台帳の文字を見つめ、喉の渇きを覚えた。

「……じゃあ、あの三枠めは、後から勝手に生えてきたんじゃない。元々、そこに『誰か』がいたってことか」

「その通りだ」真壁の声が低く響く。「問題は三枠めが突如現れたことではない。問題は——その枠が葛西の後、一度として『空席』になったことがないという点だ」

部屋の中が、半秒ほど凍りついた。

理解してしまった。だからこそ、生理的な嫌悪が止まらない。

「誰かがいなくなったから、一枠空いた」のではない。

あの一枠は、人間が消えたあの日から、一度も「結案クローズ」されることなく、ずっとそこに居座り続けているのだ。


真壁が二枚めの写しを提示した。

今度は宿泊名簿ではない。今夜俺たちが見たものと全く同じ書式の、災害時ページ(ディザスター・リスト)だ。筆致は古く、赤ペンのインクも褪せている。だが、二一三号室の欄には、今夜と同じ言葉が刻まれていた。

——『未明。継続調査』。

俺はそれを見つめながら、首筋が痺れるのを感じた。

似ているんじゃない。

これは、今夜のあのページの「古い鏡像」そのものだ。

「七年前のその夜は、火災警報ではなかった。冬季設備故障の避難訓練だ。基地全体が深夜に叩き起こされ、災害時点呼が再実行された。二一三号室は、第一巡では在位二名を報告。だが第二巡において、三枠めが『未明』として自動補填エントリーされた」

俺の右隣に座る弥生やよいが、膝の上で指先を軽く叩いた。

「……つまり、プロトコルが始動しさえすれば、システムはかつての『欠損ライン』をなぞって、自律的に深淵へと潜っていくということね」

真壁は彼女を一瞥し、短く肯定した。

「そうだ」

「……葛西はどうなった?」ラオガオが訊ねた。

真壁マカベは即答しなかった。

彼は三枚めの紙を抜き出した。それは正式な書類ではなく、手書きの報告書だった。三種類の異なる筆跡が入り混じり、角はホッチキスの錆で褐色に染まっている。最上段には、ただ一行。

——『葛西良介、消息不明。除列を禁ず』。

「除列を禁ず」という四文字を見た瞬間、俺は胃を指先で突かれたような不快感を覚えた。

通常の案件なら、消息不明になれば捜査し、見つからなければ「行方不明」として処理し、やがて別の名目で整理される。それが事務手続きというものだ。

だが、この旧案件は違う。

これは人間を探しているんじゃない。ただ、この一枠スロット名簿リストから消えることを、死に物狂いで拒絶しているのだ。

真壁は報告書を一ページめくった。

「葛西が基地内で最後に確認されたのは、七年前の冬季引き継ぎ週だ。昼間は目撃証言があるが、夜の受付台帳に彼のサイン(退室記録)はない。翌日の宿泊名簿には彼の枠が残り、災害時ページにも三枠めが留保された。そして、その後だ……」

真壁は言葉を切り、あまり不快ではない表現を選ぼうとするかのように間を置いた。

「……基地内で、深夜の『補填問いかけ』を耳にする者が現れ始めた」

俺は何も言えなかった。

そのフレーズは、あまりに聞き覚えがありすぎた。

吐き気がするほどに、既視感デジャヴがひどい。

「……その時、二一三号室に住んでいた連中はどうなったんだ?」俺は訊ねた。

「三組、入れ替わった」と真壁は言った。「最初の二組は、補填エントリーが完了する直前で不祥事を起こした。三組めは賢明だったよ。プロセスそのものを切断し、二一三号室を一時的に封鎖ロックアウトした。だが、封鎖は結案クローズを意味しない。ただ、あの一枠を無理やり押し戻しただけだ。宿泊編制が組み直され、名簿が書き換えられ、受付デスクのページがめくられれば……奴はまた、自ずと浮上してくる」

弥生やよいが即座に反応する。

「……つまり、継承されているのは『葛西』という個人ではなく、『三枠め』というプログラムの残滓ざんしなのね」

真壁は、さきほどよりも深く、そして冷徹に頷いた。

「その通りだ」

その二文字を聞いた瞬間、俺はこの案件の最も悍ましい核心を理解した。

葛西は幽霊ではない。

少なくとも、この基地という巨大なシステムにおいて、彼はもはや単なる霊体ゴーストなどではない。

彼は「未完了」のまま放置された、エラー・スロットだ。

そしてデータというものは、幽霊よりもはるかに執念深く、耐久性に優れている。


真壁は、机の半分を埋め尽くすほどの書類を広げた。

宿泊名簿、災害時ページ、深夜の補填記録、封鎖命令書。そして、最初は意味がわからなかった三枚の「欠員継続調査票」。書式は似ているが、内容は回を追うごとに薄くなっている。最初の紙はまともな調査報告だったが、二枚めには無数の抹消線が引かれ、三枚めに至っては、ただ「結論」だけが記されていた。

俺はその三枚めの右下にある、署名欄の一点に目を止めた。

名数の多さに圧倒されたわけじゃない。その中の一つに、さっき聞いたばかりの姓を見つけたからだ。

——山口ヤマグチ

「……山口も、以前この件に関わっていたのか?」

真壁は書類を引っ込めなかった。それが答えだ。

ラオガオが背筋を伸ばし、声のトーンを一段落とす。

「……さっき外の連中が山口の名を出した時、触らせるなと言ったのは、手柄を奪われるのが嫌だからじゃない。あいつ自身がこの『案件ケース』の当事者だからだな?」

真壁は、ようやくその書類を掌で覆い隠した。

「山口は当時、後勤ロジスティクスの調整役にいた。葛西が消息を絶った週、二一三号室の宿泊編制、封鎖の解除、ベッドの再配置……それらの数項目に、彼の署名がある」

俺の心臓が、硬質に、そして不快に拍動した。

驚天動地の告発を聞いたわけじゃない。むしろ、あまりに事務的で、制度的な事実

だったからこそ、底冷えがしたのだ。

こういう裏切りが、一番性質たちが悪い。

深夜に刃物で刺されるわけでも、誰かが悪意を持ってドアを開けるわけでもない。

ただ、俺たちの知らない場所で、数年後に牙を剥くような「書類」に一枚、サインがなされた。……ただそれだけだ。

弥生が書類の束を冷徹な視線でスキャンする。「封鎖解除のタイミングがおかしいわ。宿泊の再配置も。通常、持続的な欠員調査が発生した部屋が、これほど早期に再投入されるはずがない」

「だから言ったはずだ。これは単なる宿泊事故ではないと」

「……なら、何だっていうんだ?」俺は訊ねた。

真壁は机上の紙の山を見つめ、沈黙の後に答えた。

「……三枠めを消したくない者と、三枠めを完了させたくない者がいる。両陣営がこの『プログラム』を利用して、水面下で綱引きを続けているんだよ」

部屋の中が、一瞬で静まり返った。

その言葉が落ちた瞬間、景色が変わった。

二一三号室は、ただ基地が放置した不気味な部屋ではなかった。あそこは、誰かが「終わらせず」に泳がせ続け、別の誰かが「完成させず」に押さえつけている、一種の聖域サンクチュアリなのだ。

そして俺たちは、その最新の「駒」として盤上に並べられたに過ぎない。

廊下を、数人の足音が通り過ぎた。ドアの前で数秒間だけ立ち止まり、ノックもせずに去っていく。その止まり方は、中の会話がどこまで進んだかを正確に検分しているかのようで、吐き気がした。

真壁もその気配を察し、ドアを一瞥して低い声で告げた。

「……以降、山口側が二一三号室について探りを入れてきても、今夜の点呼の内容をそのまま伝えてはならない」

ラオガオが鼻で笑った。

「あんた、俺たちが最初から二つの派閥の間に立たされてるような言い方だな」

「……実際、そうだろう?」

真壁の眼鏡が、白く無機質に光った。


それからの時間は、怪談オカルト事務ペーパーワークへと変質していく過程だった。

真壁は「何を見たか」ではなく、「誰に編入されたか」を執拗に問い始めた。

「二一三への編入を決めたのは誰だ?」「基地入所前の名簿は誰が作成した?」「雪女こゆき枠外ノーカウントを誰が認めた?」「あの部屋に入ることを、最初に誰から告げられた?」

一つ一つの問いが、喉元に突きつけられた冷たい切っ先のように感じられた。

基地に到着した夜、受付デスクの台帳、そして「彼女は枠外だ」というあの一言。当時は単なる不快感だと思っていたが、今振り返れば、すべての手順が、誰かにあらかじめ整えられた「座席」へと俺たちを誘い込んでいるように思えてならない。

弥生も同じ結論に達したのか、真壁を見据えて問うた。

「……基地の人間で、宿泊編制を動かせる権限を持っているのは誰?」

「受付が記帳し、宿舎管理が編み、後勤が調整し、霊務局が封じる」真壁は淡々と答えた。「……当時の山口が担当していたのは、後勤だ」

俺の胃の奥で、鉛のような重みが一段と増した。

後勤ロジスティクスという代物は、いつだって一番性質たちが悪い。

物語の主役のような顔は決してしない。主役たちが調査だ、戦闘だ、誰が裏切り者だのと奔走している間に、後勤はただ一行の部屋番号を書き換えるだけで、そいつの命を奈落へ送り届けることができる。

外の放送がついに止まった。

第二次災害時点呼が完了した合図だ。当直室の中が、突如として空虚な静寂に包まれる。長時間座りっぱなしだったせいで、右手の指先が強張っている。俺がそれをほぐそうとした時、ドアが外から控えめに二回、ノックされた。

今度は真壁が入室を許した。

ユートンが不織布のカップを手に、入り口に立っていた。相変わらずの氷のような無表情だ。心配しに来たというよりは、死人が出ていないか検収しに来たような顔。彼女はまず真壁を鋭く一瞥し、机の上の古い調書の山をスキャンするように眺めると、俺の前にカップを置いた。

「白湯よ」

俺が手を伸ばし、カップの縁に触れた瞬間、彼女は微かに眉をひそめた。そのまま俺の手首を、逃がさないような強さで掴む。

「……なんで、こんなに冷たいの?」

その問いは、演技ではなかった。彼女の指先が触れた瞬間、俺の腕の感覚が、まるで銀山のあの現場へと引き摺り戻されるような、激しい動悸を伴って覚醒した。

真壁はこちらを見ようともせず、ただページをめくる音と共に淡々と告げた。

「……三枠め(サード・スロット)が覚醒した際、部屋の中で真っ先に対称バランサーとして差し出されるのは、位置スロットではなく人間だ」

ユートンは即座に手を離し、先ほどよりもさらに冷徹な視線を真壁へ向けた。

「……霊務局(BEA)の人間は、どいつもこいつも嫌味な物言いしかできないの?」

「通常は、もっと嫌味だ」と、真壁。

傍らでラオガオが、笑うのを堪えるような、あるいは単に面倒だというような鼻鳴らしを漏らした。

俺は白湯を啜り、掌の熱を取り戻そうとしたが、心の底の重苦しさは増すばかりだった。真壁の言葉は単なる脅しではない。二一三号室は単に葛西を補完しようとしているのではない。今そこにいる俺たちを使って、欠落したエネルギーの「平衡バランス」を保とうとしているのだ。


審訊が終わりに近づいた頃、真壁は書類をすべて牛皮紙の袋へと収容した。だが、一枚だけ、机の上に残された紙があった。

それは旧案件の資料でも、宿泊名簿でも、災害時ページでもない。

——今夜の『入居割当リスト』の写しだ。

二一三号室の欄には、ラオガオ、俺、弥生の三人の名が整然と並んでいる。だが、その最下段にある、掠れた一文に俺の目が釘付けになった。

『三枠め:預留リザーブ

俺はその三文字を見つめ、喉が張り付くような感覚を覚えた。

未明でも、欠員でも、未定でもない。

——「預留」。

つまり、俺たちが基地に到着するずっと前から、誰かが「今夜、二一三のあの一枠が目覚める」ことを予見していたということだ。

俺は顔を上げ、真壁を見た。

真壁の瞳からは、先ほどまでの事務的な平坦さが消えていた。この件が単なる「古い怪異の再発」ではないことを隠そうともしない、剥き出しの冷気がそこにはあった。

「……これで理解できたか」と真壁。

「今夜、三枠めが目覚めたのではない」

「……今夜、あいつが目覚めることを、あらかじめ知っていた者がいる。そしてそのために、席を用意リザーブしていた者がいるということだ」

外の空は、まだ白み始めてもいない。

だが、俺は悟った。今夜の真の絶望は、火災警報の混乱でも、封鎖された部屋でも、葛西という名でもない。

俺たちがこの門をくぐる前に、すでに俺たちの「死に場所」を予約していた人間が、今もこの基地の中に潜んでいるという事実だ。


真壁がその写しを机の中央へ押し出した後、部屋の空気は密度を失ったかのように空虚になった。

紙は薄く、端が捲れあがっている。受付のあの分厚い台帳から、ついさっき抜き取られたばかりの生々しさ。俺たちの名前が並ぶその下で、あの三文字だけが異物のように浮き上がっている。

「……これは、あんたたちの組織で通常使われる言葉なのか?」俺は絞り出すように訊いた。

「いいえ」真壁の回答は即座だった。「通常なら『空』『候補』『未定』。……『預留リザーブ』は宿泊名簿の用語じゃない。それは——後勤ロジスティクスの配分時における、暫定的な注釈だ」

ラオガオが顔を上げ、声に殺気を滲ませる。

「……つまり、受付フロントの独断で書かれたもんじゃねえ、ってことか」

「受付は上から降りてきた通りに記帳するだけだ。……自分で項目を発明することなどあり得ない」

真壁の声が、暗い部屋に氷のつぶてのように響いた。

弥生やよいがその影印コピーを自分の方へ引き寄せた。指先が「預留リザーブ」という二文字の数ミリ手前で止まる。触れれば、その文字が紙面を食い破って増殖し始めるとでも恐れているかのようだ。

「……筆跡が違うわ」と彼女は言った。「部屋番号と名前は一人の手によるもの。でも、この備考欄は後から書き足されている。それも、今夜ではないどこかの時点で」

真壁マカベは頷き、牛皮紙の袋からさらに小さな一枚のカードを抜き取った。後勤ロジスティクスから流出した臨時の部屋割調整カードだ。そこには部屋番号、ベッド位置、入居時刻が完璧に記され、右端には淡いタイムスタンプが押されていた。

——『19:12』。

その時刻を見た瞬間、すべてを悟った。

俺たちはまだ、この基地の門をくぐってさえいない。

おそらくは、まだ車の中にいたはずの時刻だ。

つまり、俺たちが到着するより前に、何者かが「二一三号室の三枠め」をあらかじめ「預留」として定義していた。

胃の奥が、どろりと重く沈んでいく。

これは偶然じゃない。

三枠め(サード・スロット)が勝手に目覚めたんじゃない。

何者かが、あらかじめあの一枠のドアを「半開き」にしておいたのだ。


真壁はそのカードを裏返した。そこにはさらに短い注釈があった。

——『小雪こゆき枠外ノーカウント』。

その文字を見た瞬間、頭皮が総毛立った。

これまでずっと俺を苛んでいた、あの名状しがたい違和感。その正体がようやく一点に繋がった。こゆきがそこにいるのに、受付が彼女を無視した理由。二一三号室に三人が入ったのに、三枠めが「未明」として成立してしまった理由。

それは現場の当直が咄嗟に判断したことではない。俺たちがここへ来る前から、「誰がスロットを数に含み、誰を含まないか」が、あらかじめ精巧にプログラミングされていたのだ。

ラオガオもそれを見届け、顔色をどす黒く変えた。

「……ちっ。こいつは宿泊の手配なんかじゃねえ。……『布石レイアウト』だ」

「ああ、」と真壁は否定しなかった。「それも、極めて正確なな」

彼は別の当直引き継ぎ書を広げ、一点を指し示した。そこには明瞭に記されていた。今夜、使用可能な空き部屋は二一三号室だけではなかった。二階には少なくともあと二間、一階には四人用の大部屋が一つ、予備として確保されていたのだ。

それなのに、最終的な入居名簿リストは書き換えられた。ラオガオ、俺、弥生の三人を二一三号室へ。こゆきは枠外へ。それ以外の連中を別の区画へ——。

弥生が見つめるその瞳は、もはやナイフの刃先のように冷え切っていた。

「……場当たり的な変更ではないわ。この編制を組んだ者は、三つの事実を熟知していた。第一に、二一三号室が覚醒すること。第二に、覚醒させるためには『どの種類の人間』を放り込めばいいか。そして第三に——こゆきを枠外に置かなければ、三枠めが『補完可能オープン』な状態を維持できないということ」

背筋が、一寸ごとに凍りついていく感覚。

これはもはや、どこかの宿舎係がサボったとか、窓口がミスをしたとかいうレベルの話ではない。誰かが二一三号室という怪物が何を「喰いたがっている」かを知っており、あらかじめ俺たちという餌を皿の上に並べたのだ。

真壁がカードをファイルに半分戻し、俺を射抜くような目で見やった。

「……理解できたか。なぜ私がさっき、『誰が最初にこゆきを枠外だと告げたか』を訊いたのか」

喉が砂を噛んだように乾き、生唾を飲み込むことすらままならない。

その問いの答えは、葛西という旧案件よりもはるかに「今ここにある死」に近い。

葛西は過去だ。

だが「預留」は、今夜この基地で行われた、剥き出しの殺意だ。


廊下から、微かな足音が聞こえてきた。ドアの前で止まり、数秒の静止。

今度は盗み聞きではない。

中の会話がどこまで進んだか。どの「真実」に辿り着いたか。それを正確に把握し、楽しんでいるかのような停滞。

真壁は入室を許さず、隣の女性調査員に顎で合図を送った。彼女がドアを開けた瞬間、外に立つ者の潜めた声が漏れ聞こえてくる。

「——山口主任より。二一三号室にて『旧注記』が再発見されたか否か、確認せよとのことです」

ドアが閉まると、事務室の中は再び静寂に包まれた。

だが、今度の沈黙は先ほどとは質が違う。情報を咀嚼するための静寂ではない。その場にいる全員が、「情報の伝達速度が速すぎる」という致命的な事実に直面した沈黙だ。

真壁の表情に変化はない。ただ、机の上の紙を整然と重ね直した。あたかも、このタイミングでこの声がかかることを予期していたかのように。

「……あんた、さっき『山口には情報を渡すな』と言ったばかりだろ」ラオガオが鋭く問い詰める。

「渡してはいない」と真壁。

「じゃあ、なんであいつは『旧注記』の存在を知ってやがる」

真壁は目を上げ、ラオガオを冷徹に見据えた。

「あいつは、二一三号室に何かがあるのかどうかを疑っているんじゃない」

「……自分があらかじめ仕込んでおいたものが、予定通りに見つかったかどうかを『確認』しに来たんだよ」

その一言が、俺の胸に重く、深く突き刺さった。

裏切りは、もはや抽象的な「内通者」という概念ではない。

この基地のどこかに、二一三号室が「いつ、どのように人を喰い始めるか」を秒単位で把握している人間がいる。

その事実は、どんな怪談よりも冷酷に、俺たちの喉元を締め付けた。

弥生やよいが机の端に手を伸ばし、入居リストの影印コピーを軽く叩いた。指先が「預留リザーブ」の文字の上で止まる。

「……山口が後から聞きつけた、という話ではないわね」と彼女は言った。「山口は、この一筆がいずれ暴かれることを、最初から知っていたのよ」

真壁マカベは肯定も否定もせず、ただ淡々と告げた。「確実なのは、この注記が受付の現場で発生したものではないということだ。もっと上流——後勤ロジスティクスの配分権限を持つ者の手によるものだ」

俺が口を開こうとした時、ドアが開いた。

入ってきたのはユートンだ。

手には上着を抱え、相変わらず誰かに借金でも踏み倒されたような不機嫌な顔をしている。だが、彼女が真っ先に射抜いたのは俺ではなく、机の上に散らばった書類の山だった。「預留」の一行に視線が止まったのは、ほんの一瞬。彼女はすべてを理解したようだが、今はその件に口を出すつもりはないらしい。

彼女は俺の横まで歩み寄ると、膝の上に無造作に上着を放り出した。

「着なさい」

俺は虚を突かれた。「……そんなに寒くない」

彼女は俺の手元を冷ややかに一瞥した。「強情を張る時、あなたの指節ふしは白くなる。……無駄な抵抗はやめて」

平坦な物言いだったが、ナイフのように鋭い彼女の普段の言葉よりも、反論の余地を奪う響きがあった。傍らでラオガオが吹き出しそうになり、口角を動かしたが、なんとか堪え直した。弥生は俺とユートンを一度だけ見やり、何も言わずに視線を書類へ戻した。事件とは無関係だが、明らかに「無関係ではない」何かに対し、今は言及すべきではないと判断したのだろう。

上着を羽織ると、彼女の髪の香りと、外の冷たい風に混じった煙草の匂いが微かに鼻をくすぐった。それが彼女が外で待っていた時間の長さなのか、俺の神経が過敏になっているせいなのかは分からない。

真壁はそんな機微には目もくれず、話を続けた。

「七年前の葛西の件で、山口が手を下したのは後勤による封鎖解除ロックアウト・オフだ。そして今回、君たちの入居において動かされたのも後勤の割当。……この二つが同一人物の手によるものでないとしても、少なくとも同じ『意志』が門を引いている」

「……何のためにだ?」俺は訊ねた。

真壁は「預留」の文字を見つめたまま、声音をさらに一段落とした。

「……三枠め(サード・スロット)を、解き放つためにだ」

俺たちは、誰かがあらかじめ条件を整えておいた「局(盤面)」に足を踏み入れたのだ。

俺は影印コピーを凝視し、あの三文字への嫌悪を募らせた。

預留リザーブ」。

葛西のためじゃない。単なる欠員補充でもない。

誰が入り、誰が最初に応答し、誰がその一枠を再び「覚醒」させるのか——それを、誰かが息を潜めて待っていたのだ。

弥生やよいもまた、同じ深淵に辿り着いていた。彼女は真壁マカベに問う。

「かつての封鎖は、三枠めが勝手に補完されるのを防ぐためだった。でも、今回の『預留』は違う。そいつを強制的に完成させるためか、あるいは、誰かに無理やり強制終了ボタンを押させるためか……どっちなの?」

真壁は、かつてないほど長い沈黙を置いた。

答えが一つではないとき、あるいは、どの答えも最悪であるとき特有の、あの不快な停滯。

「……両方の可能性がある」

「つまり、俺たちは『餌』にされたってわけだ」

ラオガオが冷たく言葉を継いだ。

真壁は否定しなかった。

外の空はまだ暗いが、窓の隙間から死人のような白みが滲み始めていた。夜が長すぎたせいで、万物がその輪郭を露わにしようとする、あの不気味な白だ。机の上の書類を見つめながら、俺は確信した。基地に入ったその瞬間から、事態は怪異として自然発生したのではない。誰かの「設計図」通りに増殖していたのだ。

そこで、真壁が最後の一枚を抜き出した。

旧案件でも、後勤の伝票でもない。今夜、受付デスクで最初に書かれた「手書きの草稿」だ。

乱雑な数行の中で、二一三号室の行だけが異様に整っている。部屋番号の横には、文字ではない、小さな「記號マーク」が記されていた。真壁はその紙を俺たちの方へ向け、淡々と告げた。

「この記号は、かつて山口が使っていた伝票にも記されていたものだ」

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

恐ろしい形をした紋章だったからではない。あまりに「普通」だったからだ。書類の隅に自分だけの印を残す癖。そんな、どこにでもいる事務員の些細な習慣が、ここでは致命的な刺青タトゥーとなって浮き上がっている。

真壁は紙を収容し、その声を氷のように研ぎ澄ませた。

「今この瞬間をもって、二一三号室の件は単なる継続調査ではない」

「『人為的介入』による継続調査だ」

「そして——」

彼は俺、ラオガオ、そして弥生を順に射抜いた。

「誰かが葛西のために席を残したのではない」

「……三枠めを再び『呼び覚ます者』が現れるのを、誰かが待っていたのだ」

部屋の中が、真空になったかのように静まり返った。

最悪なのは、今夜何かに遭遇したことでも、葛西という名が残っていたことでもない。

俺たちは迷い込んだのではない。

——「招待セットアップ」されたのだ。

隣に立つユートンは何も言わなかった。ただ、彼女の手が、俺の肩をそっと押さえた。

「今はまだ、折れるな」

そう告げているかのような、一瞬の、そして確かな重み。彼女自身、そんな感傷的な接触を認めたくないのか、手はすぐに離れた。だが、その感触だけが俺の皮膚に焼き付いた。

広場の放送が、ついに完全に沈黙した。

基地は第一層の覚醒を終え、より深い第二層へと潜ろうとしている。

わかっている。ここから先は、葛西を探すだけのゲームじゃない。

俺たちをこの処刑場へ送り込んだ「主」を、引き摺り出す戦いだ。


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