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191.激戦バストーニュ  3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

パンターが本当に押し上げてきたその瞬間、バストーニュにはもう「怪奇現象」なんて言葉は存在しなくなった。


血が流れ、火が噴き、壁の角が丸ごと砕けて瓦礫になり始めたら、それはもう都市伝説でも超自然ドキュメンタリーでも、「友人の叔父がアルデンヌの森で幽霊を撮った」系の海外掲示板の与太話でもない。戦争だ。古臭くて、ひねりがなくて、だが恐ろしく効率的な戦争だ。


しかも八十年前のやり方が、そのまま八十年後のテーブルに戻ってきた。


俺は鎮中心軸沿いの、看板を半分吹き飛ばされた土産物屋の陰に伏せていた。耳の中はガラスが落ちる音でいっぱいだ。映画みたいなスローモーションのガラスの雨じゃない。うっとうしくて、細かくて、首の後ろに入り込んで、襟元に挟まる、現実のガラスの雨だ。


ジャックは左側で、ひっくり返った屋台に背中を預けている。手の中の小銃が短い点射を終えたばかりで、銃口の閃光が一瞬走り、通りの向こうの角からドイツ兵が一人、胸を揺らして二歩よろめいた。倒れない。そのまま前へ歩いてくる。


「物理法則を無視するやつが、本当に嫌いだ。」ジャックが歯を食いしばって言う。


「ようこそ、裏世界ヨーロッパ支部へ。ここのカスタマーサービスは永遠に休業中だ。」


俺がそう言い終わる前に、通りの奥のパンターがまた一段前へ出てきた。


履帯が石畳を踏む音は、普通の戦車とは違う。本当に背筋が寒くなるのは、音の大きさじゃない。一歩前進するたびに、周囲の空気ごとまとめて圧し潰しているみたいな感覚だ。見えない鉄板を誰かが通り全体の正面から、ゆっくりと顔へ向けて押し込んでくる、そんな感じ。窓枠が震え、店のドアが震え、路肩に放置されたパトカーも震え、俺の手の中の銃床まで一緒に振動している。


パンターの後ろについているのは残像じゃない。本物のドイツ歩兵だ。


本物の。


灰緑色の軍服。鉄帽。MP40。Kar98k。MG42の機銃組。それから、一目見ただけで「一度死んでいるのに引っ張り戻されてきた」とわかるやつらが何人か混じっている。死人特有の蒼白い顔。焦げた軍服。胸に弾痕。顔の半分が焼け溶けているやつまでいる。それでも弾薬箱を背負って前へ進んでくる。


八十年前ここで死んだドイツ兵が、誰かに地面から掘り起こされて、灰を払われて、もう一度手に銃を持たされた。「仕事はまだ終わってない。戻って残業しろ」と言われて。


地獄版の労働基準法。泣かせてくれるぜ。


「右側二階、窓の内側にMG組!」林 雨瞳(リン・ユートン)の声がイヤホンに入ってくる。株価でも読み上げているみたいに冷静だ。「熱源固定、二名。射界はお前たちの前方の交差点と教会階段の中段をカバーしてる!」


「了解!」


ジャックが即座に身を乗り出し、割れた窓に向けて三発叩き込む。ガラスと木枠が一緒に爆ぜ、中から火線が一筋走って、ほぼ同時に俺たちの頭上をかすめていく。俺は壁の陰へ完全に引っ込んだ。壁の漆喰がぼろぼろと肩の上に落ちてくる。


「くそ、この死人ども、現代人より射撃が上手すぎる。」


「射撃場じゃなくて、生きた人間で練習してきたからな。」俺は返す。


右耳のイヤホンがザッと鳴り、山口多聞の声が入ってくる。


前の章までの、半透明の幽霊みたいに会議卓の脇に立っていた海軍の影じゃない。昨夜から、こいつはまるで新しいDLCを解禁したみたいに、軍服、鉢巻き、軍刀を完全装備で身につけ、海軍魂を陸戦指揮のテンプレートに力ずくで詰め込んだ、定規で手の甲を叩きそうな昭和の狂った軍人みたいな顔になっている。


「周 士達(ジョウ・シーダー)。北側の交差点、あと十五秒で敵の迫撃砲の修正弾が来る。今すぐ離れろ。」


俺は一瞬固まった。


「なんでわかる——」


言い終わる前に、ジャックが俺の背中のベストを掴んで後ろへ引っ張った。


次の瞬間、二〇二六年のバストーニュに、最初の迫撃砲弾が落ちた。


映画みたいな「ヒュー」という音が先に来て、それからドラマチックな爆発が来る、あんなロマンチックなやつじゃない。本物の迫撃砲が落ちるとき、まず一瞬だけ、通り全体が収縮したみたいな感覚がある。そのあとで、胸の奥まで痺れるような鈍い轟音が来て、地面が丸ごと持ち上がる。


教会前の石造りの花壇が直撃を受け、数十個の破片に砕け散る。散弾銃を空に向けて撃ったみたいに、石の欠片が舞い上がった。壁、車の屋根、看板、そして転がっている死体の上に次々と降り注ぎ、二度と聞きたくない音の連続を作り出す。


俺とジャックは同時に爆風で後ろへ飛ばされ、壁に背中を叩きつけられた。耳鳴りが一気に流れ込んでくる。世界全体が綿の中に押し込まれたみたいだ。口の中は粉塵の味と、どこの誰のものかわからない血の味がする。


「迫撃砲!」俺が怒鳴る。自分の声が自分でもほとんど聞こえない。


「見ればわかる!」ジャックも怒鳴っている。「81ミリか80ミリか、どっちだ!」


「八十年前のやつだ!」


「それは何の参考にもならない!」


二発目はすぐ来た。


今度は俺たちの後ろの路地に落ちた。市の作業車がおもちゃみたいに横転し、車のドアが吹き飛んで、チョコレートと記念マグカップを売っている店の中へ突っ込んでいく。店の中から女の悲鳴が上がり、それが三発目に直接かき消された。


まるで八十年前のバストーニュと同じだ。


最初の一手は戦車でも歩兵でも、英雄的な突撃のBGMでもない。迫撃砲だ。まず人の心を砕いて、街区を切り刻んで、秩序を部品に分解してから、後から装甲と歩兵が入って刈り取る。


違うのは、八十年前にここにいた人たちは、八十年後にもう一度同じ目に遭うなんて、夢にも思っていなかっただろうってことだ。


「主要道路の全線が修正射撃で封鎖された!」林 雨瞳(リン・ユートン)がイヤホンで早口に言う。「南東の路地はまだ通れるが、ウィンドウは九十秒しかない!山口側から、お前たちに中央線を押さえ続けるよう要請が来てる。そこが崩れたら、神崎の突撃隊が切り込めなくなる!」


「みんな揃って好き勝手なことを言いやがって。」俺は壁に手をついて立ち上がり、まだ鳴り続けている耳を振って、「神崎にもう待つなと伝えろ。ドイツ軍は実体攻撃に切り替えた。こっちもお化けごっこは終わりだ。全員、実体化しろ!」


ほとんど怒鳴るように言った。


すると戦場全体が、その言葉を聞き取ったみたいに、一段、深く沈んだ。


次の瞬間、通りの右後方にある銀行の外壁が、一面暗くなった。


影じゃない。空気の塊一枚が、古びた血の色で塗りつぶされたみたいだ。


そこから、神崎忠明が第101特別陸戦隊を率いて、その歪んだ空間から真っ直ぐ飛び出してきた。


軍靴が地を踏む音は実だ。銃に弾が送られる音は実だ。銃剣の反射光は実だ。これまで鏡面や湖面やサーマルスコープの端にちらりと映るだけだった日本の陸戦隊が、全員まとめて誰かに一発殴られて現世に叩き込まれたみたいに、泥と煙と汗と血の匂いを引き連れて、バストーニュの主要道路に一個分隊まるごと食い込んできた。


神崎は先頭を走りながら、振り返りもせず、軍刀を前へ一押しした。


「突撃だ!」


幽霊の叫びじゃない。背筋が凍るほど正確な、戦場の号令だ。


次の瞬間、第101特別陸戦隊は、極限まで圧縮された鋼釘みたいに、ドイツ歩兵の側面へ打ち込まれた。


白兵戦、正式に開始。


双方が初めて、影と影がぶつかるのでも、残響と残響が衝突するのでもなく、肉と骨と鉄と火薬を、直接ぶつけ合った。


最初に激突したドイツ兵は振り向く間もなく、日本の陸戦隊員に銃床を側頭部へ叩き込まれ、崩れ落ちた瞬間に銃剣を下から肋骨へ突き上げられた。別のドイツ兵が振り返って引き金を引く。MP40が短い連射を吐き出し、その陸戦隊員の胸に血の花が二輪咲いた。それでもそいつは前へ倒れ込み、最後の息で手榴弾を相手の足元へ押し込んだ。


轟音とともに、二人まとめて吹き飛んだ。


もう「どっちが亡霊らしいか」なんて話じゃない。当たれば倒れる。遅れれば死ぬ。それだけだ。


俺でさえ、頭皮がざわつくのを止められなかった。


ジャックが横で、灰の混じった唾を吐き出して、低く言う。「お前のとこの連中、本当に……昭和だな。」


「今更気づいたのか。」


「今この瞬間から、お前の人脈が正式に怖くなった。」


返事をする前に、通りの奥のパンターが突然火を噴いた。


俺たちじゃない。神崎の突入した区画の路面に向けて、一発叩き込んだ。石壁、電線、店の看板、ドイツ兵の死体二体と、まだ立っていた日本の陸戦隊員一名が、まとめて飛び散った雑物の一部になった。人間の腕が一本、宙を舞って、路灯に当たって、ずるずると滑り落ちるのが見えた。


「くそっ。」俺は低く罵った。


山口多聞の声がイヤホンに戻ってくる。氷水を顔に浴びせたみたいな冷たさだ。


「飛龍の残影、進場する。頭を下げろ。」


俺とジャックはほぼ同時に身をすくめた。


次の瞬間、空から、現代のジェット機とはまったく違う音が降ってきた。鋭くない。速くもない。低く、巨大で、古いエンジンが夜空全体を引き摺って前へ進むような轟音だ。煙と炎で染まっていたバストーニュの夜空に、ごく薄い、海霧の色をした輪郭が浮かび上がった。


飛龍だけは、残影のままだ。


巨大で、古く、ヨーロッパの冬の夜空に現れるべきではない海の亡艦が、その存在を曖昧で威厳ある一本の地平線として圧し下ろしてくる。完全には実体化していない。だがそれが、完全な実体よりもずっと不安をかき立てる。現実とその向こう側の境界に立って、両方をいつでも引き裂けると言わんばかりの立ち方だ。


数秒後、空に最初の切り込み火光が走った。


パンターへの直撃じゃない。飛龍の残影が刃を一枚持ち込んだみたいに、高空から通り全体の火線に一本の切れ目を入れた。パンター前方の地面が跳ね上がり、随伴していた歩兵二名がその場で両断され、後方のドイツ兵数名が一斉に伏せる。典型的な航空爆撃じゃない。戦場の表皮を一枚、上空から剥ぎ取るみたいな攻撃だ。


「山口のクソジジイ、ようやく本気出してきやがった。」俺は歯の間から言う。


「自分のとこの指揮官を、普段からそう呼ぶのか。」


「生きたまま給料もらえてりゃ、敬意は払ってるつもりだ。」


そのとき、後方からシャッター音が聞こえた。


振り返って、俺はあやうく罵声を上げるところだった。


レミ、クレール、ジュリアンの記者三人組が、いつの間にか裏通りの角まで来ていた。半分崩れかけた観光案内板に寄りかかって、撮影している。こそこそとじゃない。堂々と撮っている。レミは肩載せカメラを構え、クレールは一眼レフを持ち、ジュリアンに至っては瓦礫の陰にしゃがんでパンターとドイツ歩兵に向けて連写しまくっていて、顔が職業病版のモルヒネを打たれたみたいに輝いている。


「お前ら三人、頭おかしいのか!」俺は後ろへ怒鳴る。


レミが顔を上げる。灰だらけの顔で、目だけがギャンブラーがルーレットを見るみたいに光っている。


「全ヨーロッパが、この夜を覚えてるぞ!」


「伏せないと、全ヨーロッパが覚えるのはお前の歯科レントゲンだけになるぞ!」


言い終わった瞬間、MG42の一連射が三人の頭上をかすめた。観光案内板が丸ごと打ち砕かれ、木の破片と金属片が三人の顔に降り注ぐ。三人が同時に地面へ伏せた。動きが揃いすぎていて、「戦場記者サバイバルキャンプ」でも受講してきたのかと本気で疑った。


「撮影はいい。」俺は怒鳴り返す。「もう一歩でも前に出たら、暖房パイプに縛りつけるぞ!」


「了解!」クレールが、まだ余裕で返事をしてきた。


さすが記者だ。世界の終わりが来ても、スクープだけは逃がさない。


だがドイツ軍も、後方で誰かが記録していることに気づいた。


まず一個分隊がそちらへ銃口を向け始め、次にもっと厄介なことが起きた。山口がイヤホンで二言だけ言った。


「伏せろ。」


俺には次に何が来るかわかった。


果たして、遠くからまた新しい鈍い音が響いてきた。


さっきより密だ。速い。


迫撃砲、第二波。


今度は修正射撃じゃない。鎮中心軸の両側の建築帯全体への、面制圧だ。砲弾が一発また一発と、辛うじて観光地の面影を残していたバストーニュを、力ずくで一九四四年へ叩き戻していく。


教会の外壁の角が削り取られ、石の欠片が雪崩みたいに落ちてくる。カフェの日除けが丸ごと吹き飛んで、宙に二秒間漂ってから、次の一発で布切れになった。路肩の警察のワゴン車が直接燃え出し、タイヤが二発、バンバンと破裂する。ベルギーの治安部隊の一人が角から飛び出してきた。誰かを引っ張ろうとしたんだろう。二歩走ったところで爆風に足を払われ、ヘルメットが遠くへ転がった。


ベルギーの治安部隊も、今夜は八代分の厄を一晩で使い果たしている。


昼間は封鎖線と拡声器と手続きで民間人を誘導できた。だが今夜の相手は、第二次大戦の実体ドイツ軍と迫撃砲と死んでも死なない屍兵だ。盾も防弾ベストも現代の適正手続きも、全部、高級な棺桶の装飾品に成り下がった。


俺は自分の目で見た。治安部隊の二人がパトカーを盾にして前方へ射撃しようとした。一人目は五秒持ちこたえた。二人目は顔を出した瞬間にKar98kで喉を撃ち抜かれ、両手で首を押さえながら膝をついた。別の班が車載機銃を引き出そうとしたところへ、パンターの榴弾が一発飛んで、車ごと人ごと銃ごと吹き飛ばされた。残った連中は退くか隠れるかしかない。やつらが弱いんじゃない。この戦場は最初から、やつらが相手にするために作られた場所じゃないんだ。


「ベルギー人はもう当てにするな。」ジャックが言う。


「今は神様も当てにしてない。」


イヤホンの中で、林 雨瞳(リン・ユートン)がまだデータを読み上げている。声の速度が機関銃に近づいている。


「ドイツ軍の主推進方向が鎮中心軸西段に変わった!パンター一輛、歩兵少なくとも二十七、後方にさらに死亡歩兵が散開中!神崎は左翼に食いついてるが、あのパンターを止めなければ、お前たちの全線が押し潰される!」


「了解した。」


火薬と粉塵の混じった冷たい空気を一口吸い込み、目の前のごちゃごちゃした状況を強制的に頭に叩き込んで、分解し始める。


正面からはいけない。


真正面は論外だ。パンターが通りの真ん中に鎮座し、歩兵が前から押してきて、MG42が射界を押さえ、迫撃砲が後方から面を洗っている。この布陣で正義のヒーローみたいに飛び出したら、もらえるのは非常に正式な死亡通知だけだ。


だが戦場には、必ず隙間がある。


特に、戦車が自分の前の歩兵を信用しすぎているときは。


俺は右側の、裏通りと主軸をつなぐ小さな坂道に目をやった。もともとは観光客がのんびり歩いて土産物市場へ向かうための道だ。今は直前の砲撃で石の手すりが半分崩れ、小型車が二台絡まり合って、醜いが使えそうな障害物を作っている。さらに都合がいいのは、坂道の下に砲撃で割れた排水溝があって、黒い水と油がまだ溜まっていることだ。


頭の中で、パチンと音がした。道が見えた。


「ジャック。」


「何だ。」


「一か八か、俺と賭けに乗るか。」


ジャックが俺を横目で見る。アジア人が頭のおかしい作戦を持ち出したときの、典型的なアメリカ人の複雑な顔だ。


「お前の言う『一か八か』は、どのくらいの規模だ。」


「うまくいけば、主戦場の腹を一本、こじ開けられる規模だ。失敗したら——」


「歴史再演の一部になる?」


「飲み込みが早いな。」


ジャックが、場の空気とまったく合わない笑みを口の端に浮かべた。


「こういうろくでもない話があるから、バストーニュを研究しに来たんだよ。」


俺はすぐさまイヤホンへ叫ぶ。「雨瞳、右側の坂道と排水溝を見てくれ!まだ通れるか確認したい!」


「三秒。」


ドン、ドン、ドン。また迫撃砲が三発。石の破片が路面を雨みたいに叩く。


「通れる!」林 雨瞳(リン・ユートン)がすぐ返してくる。「ただしウィンドウは一分だけ、パンターがあと十五メートル前に出たら完全に封鎖される!それと坂道の後方にドイツ軍の機銃手が二名——一名死亡、一名生存——いや、死亡のほうがまた立ち上がった。両方生きてる扱いで!」


「よし、それでこそだ。」


山口のラインに切り替える。


「山口、飛龍はもう一度切れるか?」


「切れる。ただし前方のみ保証、後方は保証しない。」


「十分だ。パンター前方五メートルに一本入れてくれ。爆破じゃない、砲塔を回させたい。神崎側は同時に左翼から一押しできるか?」


答えてきたのは山口じゃなく、神崎忠明本人だった。


「できる。中腹を抜けるつもりか?」


「ああ。俺とジャックであいつの腹の下をくぐり抜ける。」


神崎が向こうで一度笑った。


「いい。ようやく前線指揮官らしくなってきた。」


「お前らは人を死地に送るとき、いつもそういう言い方をするのか。」


「実際によくそうなるからな。」


俺は振り返ってジャックを見た。


「聞こえたか?祝福してくれたぞ。」


「お前らの文化、本当に怖いな。」


俺はジャックの肩を一度叩いた。


「俺が先に出る。お前はついてこい。パンターを見るな、歩兵を見ろ。後ろで何が爆発しても気にするな、坂道だけ見ていろ。機銃手は二人いる、一人ずつ分担だ。坂道を抜けたら、あいつの側後方に切り込める。」


「その先は?」


「その先は、死人どもに教えてやる。生きてる人間も、噛みつくってことを。」


言い終わると同時に、俺は自分に迷う時間を与えず、身を乗り出して走り出した。


掩蔽物を飛び出した瞬間、通り全体が一斉に俺へ向けて口を開いたみたいだった。


銃声。爆発。怒鳴り声。火の光。履帯の音。そしてどこから来たのか、教会の鐘が欠けた音で二度鳴った。神様でさえ、こんな場面に出勤すべきかどうか判断がつかないみたいだ。


飛龍の切り込みが、ほぼ同時に落ちた。


パンターの前方の地面が激しく爆ぜ、見えない巨大な刃に割り裂かれたみたいに地面が跳ね上がる。車体の前部がガクンと揺れ、砲塔が案の定、左前方へ回り始めた。神崎側も同じ瞬間に動いた。左翼の日本陸戦隊が全線一斉に突撃し、手榴弾と小銃の火力をドイツ歩兵の顔面へまとめて叩きつけ、やつらを強引に路肩へ押し込んだ。


チャンスは一瞬だけだ。


俺とジャックは右側の崩れた壁に沿って坂を駆け下りる。弾丸が上から、横から、背後から飛んでくる。俺は肩から半壊した木のドアに体当たりして店の中を突き抜け、裏窓から飛び出した。ジャックが後に続き、着地の瞬間に一度悪態をついた。足首を少しやったらしいが、止まらない。


坂道の入口、機銃手の二人がもう俺たちに気づいていた。


生きているほうが先に撃ってきた。MP40の弾丸が石の手すりに沿って火花を散らす。俺は排水溝脇の泥水の中へ滑り込んだ。冷たさで声が出そうになるのを何とか堪える。もう一人、「死んでたのに立ち上がった」ほうがさらに始末に負えない。胸腔の半分が腐り落ちているのに銃を構えて狙いをつけてくる。医学と礼儀の両方に対する侮辱だ。


ジャックが先に撃った。


一発が一人目の機銃手の右目に直撃し、頭が後ろへ跳ねて石の手すりに叩きつけられた。俺は二人目へ向かって突っ込む。銃口がこちらを向く前に、膝の裏を蹴り込んで、そのまま体ごと押し倒した。距離が近すぎて銃が使えない。俺は逆手にナイフを抜き、首の横へ向けて振った。


刃が入ったときの感触は、正直に言うと、最悪だった。


布を切るのとも、肉を切るのとも違う。半分凍って半分腐った古い皮革を切るみたいな感触だ。相手の喉から湿った冷たいゴポゴポという音が出てきた。それでも手がまだ俺を掴もうとしている。もう一度、今度はもっと深く刃を入れた。ようやく後ろへ倒れた。


「行くぞ!」俺は怒鳴った。


二人で一前一後に坂道を駆け下り、パンターの右後方の死角へ切り込んだ。


そこへ入った瞬間、世界の音が変わった。戦車本体が近すぎて、履帯とエンジンの低い唸りが他の全ての音を押し潰し、胸の奥が重いもので蓋をされたみたいな感覚だけが残る。ドイツ歩兵の大半は前方の押し上げに集中していて、後側はぽっかり空いていた。ただし完全に無人ではない。通信兵らしい二人と、足を引き摺りながらまだ死にきっていない下士官が一人いた。


その下士官が俺たちを見た瞬間、銃を上げた。


俺のほうが早かった。


二発、胸。一発、首。


倒れていく男の横をすり抜けて、俺はパンターの後部装甲に手をついた。冷たくて、熱い。その両方が同時にある。八十年前の鉄と、今この戦争が現代へ無理やり押し込んできた悪意が、同じ一枚の装甲板の上に重なっている感触だ。


「爆薬、持ってるか?」ジャックが後ろから叫ぶ。


「そんな高級なもんは持ってない!」


「じゃあ何のために俺を連れてきたんだ!」


俺は振り返り、さっき迫撃砲に叩きのめされた車の残骸が並ぶ一帯を指さした。


「油!黒水!鉄くず!廃車の残骸!それとこいつの履帯!」


ジャックが半秒固まって、すぐに理解した。


これが、頭の回るやつと一緒に最前線へ出る理由だ。遺書を先に読み聞かせなくていい。


俺たちは動き始めた。戦車を解体しようなんて大それたことじゃない。もっと下品で、もっと現代的で、もっと生き物としての本能に忠実なことだ。近くにある押せるもの、壊れた車の部品、油が染み込んだ廃材を、砲撃で割れた排水溝と坂道の出口へ向けて全部積み上げていく。パンターが一度でも後退するか向きを変えれば、履帯がそこに引っかかる。完全に動けなくなるとは限らない。だが遅くなる。遅くなれば、あいつに押さえ込まれていた中軸に、一本だけ息のできる隙間が生まれる。


隙間があれば、生き延びられる。


俺たちは砲火の中で、狂人みたいに瓦礫を運び続けた。途中、流れ弾が右側の壁面に当たり、飛び散った石の破片が頬をかすめた。熱くてヒリヒリする。拭きもしない。ジャックはもっとひどくて、鉄の破片が外套の袖を切り裂いたが、一度だけ視線を落として、そのまま潰れたタイヤ架を押し続けた。


前方では、神崎の突撃がどんどん深く食い込んでいく。イヤホンに入ってくる彼の報告は、短すぎてほとんど人間味がない。


「左翼、二十メートル前進。」


「敵歩兵、七名撃破。」


「我方損失、四名。」


一言一言が木に刃物で刻み込んだみたいに、乾いて鋭い。


山口は上空と後方から射界を切り続け、絶え間なく修正を入れている。


「周 士達(ジョウ・シーダー)、三十秒だ。」


「わかってる。」


「パンターの砲塔が戻ってくる。」


「それもわかってる。」


「語気が悪いな。」


「戦車の尻の下にいるんだぞ!」


「理解した。健闘を祈る。」


このジジイは本当に、嫌みを言うタイミングだけは一流だ。


次の瞬間、パンターが動き始めた。


ようやく右後方に問題があると気づいたらしく、車体全体が後退しようとする。履帯が俺たちの積み上げた泥水と黒油と金属と車体フレームの混合地帯に噛んだ瞬間、一度ガクンと震えて、右後部がずんと沈み込んだ。


嵌まった。


完全に止まったわけじゃない。だが、それで十分だ。


その一瞬、通り全体の圧力がまとめて一息ついたのを、体で感じた。


前方のドイツ歩兵が振り返って助けに来ようとする。神崎の部隊が即座に左翼からもう一層圧をかけ、やつらをその場に釘付けにした。ジャックが俺に怒鳴る。「今だ!」


俺は中軸の前方を見た。


本当に、道ができていた。


広くはない。きれいでもない。途中に燃えている小型バスの残骸と、どこの国のものかわからない死体が一体混じっている。だがその道はパンターの側後方を抜け、右側の崩れた坂道の残口を通り、まだ完全には封鎖されていない路地へと繋がっている。前方に散らばっている残りのドイツ兵を片づければ、後方の人と情報の流れを主戦場の内側から引き剥がして、本物の撤退ルートに変えられる。


逃げるんじゃない。


生き延びるための道だ。


俺はジャックを見た。


ジャックも俺を見ていた。顔は煙突から這い出てきたみたいに真っ黒で、目だけがギラギラと光っている。


二人とも、これが何を意味するかわかっていた。


砲撃を躱すんじゃない。横から記録するんじゃない。外周で観察員をやるんじゃない。これが俺たちが初めて、主戦場の内側から、手と銃と頭と、あまり値打ちのない命を使って、自分たちで一本の道を切り開いた瞬間だ。


「周。」ジャックが息を切らしながら言う。「お前らアジアの狂人は、普段からこうやって道を開けるのか?」


俺は銃口を上げ、瓦礫を乗り越えようとしていたドイツ歩兵に一発叩き込んだ。相手がその場に崩れ落ちる。


「いや。」俺は言う。「今日はわりと保守的なほうだ。」


そして俺たちは一緒に前へ駆けた。


背後には嵌まったパンター、燃え上がる通り、どこかでまだ必死にシャッターを切り続けている記者たち、左翼で死者と生者を相手に激しく噛み合っている神崎の突撃隊、そして夜空に一振りの刃みたいに浮かんでいる飛龍の残影。前方には、俺たちがたった今こじ開けた、運命の施しみたいに細い一本の通り道。

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