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191.激戦バストーニュ  2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

MG42の声は、その場で半分以上かき消された。


「お前の海軍の友達、タイミングだけは最高だな。」ジャックが言う。


「それができない海軍は、とっくに沈んでる。」


通りの突き当たりのパンターが、また動き出した。


さっき九九艦爆に砲塔を一発どつかれて、まだ完全には壊れてないくせに、明らかに荒れ始めている。ああいう亡霊ビークルの一番タチが悪いところは、装甲の硬さじゃない。「自分が妨害されうる」と認識した瞬間、本能で一番人が多くて、一番秩序が濃くて、一番パニックを撒き散らせる場所へ突っ込もうとすることだ。


今まさに、教会前のスロープに続く広場へ向けて角度を取り直している。どう見ても、もう一度正面からのひき潰しをやるつもりだ。


俺の頭に即座に二つ、思考が走る。


一つ。あの戦車を教会前まで行かせるわけにはいかない。中にはまだ民間人と、完全には退避しきれていない警官が残ってる。


二つ。今の俺の手持ち火力と口だけじゃ、実体化パンター一輛を正面からどうこうするには、圧倒的に足りない。


こういうとき、理想的な動き方は「適任者に丸投げ」だ。問題は、主戦場ってやつは一度だって理想案を聞いてくれたことがないって点だ。


ジャックもあの角度に気づいていて、さっきよりさらに低い声になる。


「突っ込んでくるな。」


「わかってる。」


「対戦車火器、持ってる?」


「ある。」俺は言う。


「どこに?」


俺はジャックを一瞥する。


「歴史の中にな。」


ジャックが一発、濃い罵りを吐く。


俺はイヤホンを押さえ、宿の中枢と湖のほう、両方へ同時に声を飛ばす。


「林 雨瞳(リン・ユートン)、第5特別陸戦隊戦車隊の、センターラインに一番近いカットインポイントをくれ。山口、お前のあの薄皮ブリキ箱どもを、どうにかしてここへねじ込め。今だ。」


林 雨瞳(リン・ユートン)のほうが先に返してくる。


「最接近点は東側の小さな市場裏の路地。センターライン右翼へカットイン可能。ただし道幅が狭い。」


山口多聞が、すぐあとを継ぐ。


「カットインは可能だが、三十秒は稼げ。」


「今一番足りないのが、その三十秒だ。」


「なら、自分で奪え。」


いかにも山口らしい返事だ。納得しかない。


問題は、その稼ぎ方だ。


俺はジャックをちらりと見る。向こうも、まったく同じことを考えている顔だ。


「もしあのパンターの足を引っ張るつもりならだ。」とジャック。「俺たちは下がるんじゃなくて、前へ出なきゃいけない。」


「ああ。」


「これ、自殺っていうんだぞ?」


「歴史上、よく効いた戦術の中には、自殺にしか見えないやつが山ほどある。」


「今の台詞、励ましのつもりなら、顔をもうちょっと何とかしろ。」


「カウンセラーじゃないんでね。」


俺たち二人は、ほとんど同時に腹を括った。


文芸的な「以心伝心」なんかじゃない。前線ってのは、ある地点を越えると合理的な行動パターンが一個しか残らなくなるだけだ。


パンターは広場の軸線に沿って角度を調整中。神崎忠明側は歩兵のラインは切れるが、あれをまともに止めるのには向いていない。山口多聞の空からの火力はテンポを崩せるが、あいかわらず時間と角度が要る。第5特別陸戦隊戦車隊が東側裏通りからカットインしてくるにも、その三十秒がいる。


だから、その三十秒分の下敷きになれるやつが必要だ。


運の悪いことに、その「誰か」はたいてい、一番前にいて、一番性格が悪くて、まだ完全には運が尽きていないやつになる。


俺はジャックの肩を軽く叩く。


「行くぞ、テキサス。」


ジャックは大きく息を吸い込み、サーマルスコープを胸の前に戻し、ローライトカメラを背中へ回し、腰のあたりから信号筒を一本と、どこから拾ってきたのかわからない発煙弾を一個引き抜く。


「それでパンターを足止めするつもり、とか言うなよ。」


「足止めするのはパンター本体じゃない。」とジャック。「あいつの"眼"だ。お前、前に言ってたろ。あれはピント合わせで世界に噛みついてるって。だったら、ピント合わせすぎて吐き気がするまでやらせてやる。」


俺はジャックを見て、初めて心の底から思った。こいつのテキサス歴史オタクには、この先の章まで生き残る資格があるって。


「いい案だ。」


「だろ?普段は教会前で発煙弾焚いて、亡霊戦車に光学講義かます機会なんて、そうそうないからな。」


「人生ってのはそういうもんだ。特技には、だいたい最低一回は意外な使い道がある。」


俺たちは左右に分かれ、連邦車の陰から飛び出した。


これは勇敢さじゃない。強制だ。


主戦場のほうから、もう俺たちの足元まで伸びてきている。ここで動かなきゃ、向こうから踏みつけてくるだけだ。


ジャックは右の石欄の陰へ切り込み、俺は教会前のスロープを沿ってセンターライン側へ寄る。弾丸と石片が耳の横をかすめる。ドイツ側の歩兵のうち何人かが、遮蔽物から離れすぎた「死ぬ気の足りてない生者」が二人いることに気づいた。


小銃を持った亡霊ドイツ兵が俺に銃口を向ける。こっちも遠慮はしない。一発目で片側の鎖骨を砕き、二発目を首の付け根にねじ込む。今度はさすがに大人しく地面に這いつくばった。


右側では、ジャックが最初の発煙弾をパンターの視界の前縁あたりに放り込んだ。あれはただの遮蔽用スモークじゃない。中身に、こいつが自分で何か仕込んである。一度爆ぜると、白い煙の中に極細の反射粒子が混じって、周囲の車の窓ガラス、濡れた石畳、飛び散ったガラス片からの反射光を、まとめてぐちゃぐちゃにかき回してくれる。


タチが悪い。だが、実に的確だ。


パンターの砲塔が、案の定わずかにぶれた。


「効いてる!」とジャックが怒鳴る。


「もう一発!」


「俺を弾薬庫とでも思ってんのか?」


「見た目がそうだ!」


ジャックはさっきよりひどい罵声を上げながらも、二本目の信号筒を撃ち出した。赤い曳光が煙と火花を引きながら、地面すれすれに斜めに走り、パンターの左前方にもう一つ、ずれた光源を作る。


生身の戦車兵相手なら、ただの小細工扱いで終わる手だろうが、亡霊ビークルにはよく効く。あいつらはいま、必死に自分を現実へ安定してはめ込もうとしている最中だからだ。そこへ食い違う二組の視覚・熱源の参照点をぶち込んでやると、ほんの一瞬でも、必ず迷う。


そして、この一秒が命運を分ける。


イヤホン越しに響く山口多聞の声は、これまでで一番平坦だった。


「第5特別陸戦隊戦車隊、カットイン完了。」


次の瞬間、東側の裏通りから、ドイツ軍の履帯音とはまったく違うリズムが響いてきた。


もっと軽く、もっと薄く、もっと急いている。文明的だからじゃない。そもそもあいつらは薄いんだ。日本海軍特別陸戦隊の軽戦車と装甲車が、ついにバストーニュ町中心部の右翼に顔を出した。パンターと並べたら、どう見てもブリキ缶だ。正面からの撃ち合いに放り込んだら、せいぜい「射撃礼儀とはなにか」を相手に教えてやる役くらいしか果たせない。だがこういう、細い路地、曲がり角、死角、リズムがずれた入り組んだ戦場なら、これで十分だ。


先頭の九五式軽戦車が側道から強引に飛び出してくる。車体には、現代の金属とは少し違う、陰気な光沢がまだ残っている。車頭は小さく、速度は速く、姿勢は奇襲そのものだ。後ろにはさらに小さい装甲車が二輛、そして車体に張りつくように前進する陸戦隊の小隊が続く。


笑える絵面だ。だが、実によく機能する。普段なら「薄すぎだろ」と嘲笑うような鉄の箱が、肝心な場面でパンターの横腹に噛みついてくれる。それだけでいい。


ドイツ軍の燃えるパンターは、すぐさま意識を割かざるを得なくなった。


ベルギー警察は無視できる。連邦の車輛も無視できる。文明社会が積み上げてきた安全管理の理念も全部無視できる。だが右翼から噛みついてくる本物の鉄と歩兵は、完全には無視できない。それだけで十分だ。


神崎忠明は即座にその一拍を掴んだ。歩兵を率いて左翼から前へ圧をかけ、教会軸線全体が一瞬で本物の白兵戦に変わる。銃剣、手榴弾、銃床、刀、実体弾、亡霊の高熱、ドイツ語の罵声、日本語の短い号令。バストーニュの狭い中心部に、それが全部まとめて叩き込まれて、観光には絶対向かない歴史の濃縮スープができあがった。


そして俺とジャックは、もはや戦場の外から眺めている側じゃない。


本当に主戦場に噛まれた。


巻き込まれたんじゃない。俺たちの判断ごと、丸ごと飲み込まれた。左では神崎が亡霊歩兵を率いてドイツ軍と白兵戦、右では日本海軍の薄皮戦車がパンターの横腹に食らいつき、上空では飛龍の艦載機が低空を掃射し、前方には教会と鎮中心軸の全線、後方にはまだ完全には退避しきれていないベルギーの生きた人間たちの秩序が残っている。


俺は教会の石段と、蜂の巣にされた連邦の車輛の間に立ち、弾倉を入れ替えながら顔を上げ、燃えるパンターと、その周囲でどんどん厚みを増していくドイツ歩兵を見て、頭の中に出てきた結論はひとつだけだった。


よし。


本当に、入ってしまった。


ジャックが右側で半身を低くしている。額は汗と灰まみれで、さっき飛び散ったガラスが引いた細い血の筋まで混じっている。顔を上げて俺を見る目から、もう「傍観者」の色が完全に消えていた。


「周 士達(ジョウ・シーダー)。」


「なんだ。」


「俺たち、もう第二線なんてないよな?」


俺は背後を一瞥した。まだ光が散り、煙が上がり、混乱が渦を巻いているバストーニュの町中心部。それから前方へ視線を戻す。複数の方向から同時に噛みついてくる、死者と亡霊部隊の群れ。


俺は一度だけ、笑った。


「テキサス、ようこそ最前線へ。」

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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