191.激戦バストーニュ 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
教会へ伸びる、町のセンターラインが先に腐った。
部分的な崩壊でも、どこか一点だけのスライスでもない。町の真ん中を貫くその軸そのものが、地下からバールでこじ開けられたみたいに、丸ごと口を開けた。
広場の脇、教会の正面、町役場の裏路地、バスターミナルへ続く細い通り。その四つのポイントが、ほとんど同じ一分のあいだにいっせいに鳴りだした。
まず耳に来る。そのあとに、目だ。
昔のエンジンが歯ぎしりするみたいに吠える音。履帯が石畳と積もった雪をまとめて踏み潰す、腹に響く重たい音。金属同士が擦れ合い、ぶつかり合って上げる、現代工業の洗練なんか一ミリもない、野蛮でむき出しの破砕音。そして歩兵が進むたび、装備同士がぶつかって刻まれるリズム。
残響じゃない。遠くの記録音でもない。いま、この年、この通り、この鼓膜の上で、実際に起きている音。
そのあとに、人間だ。
ドイツ軍。ほんもののドイツ軍。一度死んで、もう一度這い上がってきたドイツ軍。
一瞬だけよぎる灰緑色の切り貼り映像じゃない。質量を持ち、足音を持ち、息苦しくて吐き出されないまま腐った旧戦場の匂いまで引き連れて、通りの奥や路地の口、教会の側壁と町役場の裏から、一気に生え出してくる。
やつらはどこかSFじみた転送門から出てきたわけじゃない。そんなもん、歴史感がなさすぎる。もっとこう、この町そのもの——石畳と雪面と壁の塗装と、地下に埋まっている記憶の層から、圧し出されてきた、というほうが近い。
靴底が地面を叩けば、ちゃんと音が鳴る。鉄帽がドア枠に当たれば、乾いた一撃音が返ってくる。銃床が石段にぶつかれば、そのぶつかったぶんだけ石粉が舞う。身体にこびりついた血と泥だって、ただの抽象イメージなんかじゃない。冷たい雫になって、本当に地面へ落ちる。
これが戦場だ。
俺は教会前、第二線のバリケードの陰に身を伏せたまま、通りの奥から角を曲がって現れた一人のドイツ軍擲弾兵を見ていた。
顔の半分が焼け爛れている。左頬は、かつて車内の炎に頬擦りして寝たことでもあるのか、まるごと炭みたいに黒い。鉄帽はわずかにずれ、胸には焦げて固まった何かのストラップが垂れ下がっている。
やつのKar98kは影じゃない。本物の銃だ。銃口がすっと上がり、連邦警察のパトカーに向いて、そのまま一発。
弾丸がフロントガラスへ突き刺さり、ガラスは「ひび割れる」のではなく、「爆ぜた」。土臭くて、古くさくて、どこにもロマンチックなフィルターなんかかかっていない暴力。ここ数日見せつけられた残光の類を全部束ねても勝てないくらい、その一撃のほうがよほど誠実だった。
胸の奥が、むしろ少しだけ軽くなる。
状況が好転したからじゃない。ようやく、こいつらが「本気で殺す気がある」って確定しただけだ。
「で、今の状況をどう表現する?」ジャックが俺の右隣にしゃがみ込む。サーマルスコープはもう首からぶら下がっていた。見るまでもない。ここから先、熱源なんてただの補助で、メイン画面じゃない。
俺は前方、完全に実体化しきったドイツ軍歩兵と車両の列を眺める。
「今の名称は『戦争』だな。」そう言ってやる。「おめでとう。お前のドキュメンタリー、遺言の付録に昇格だ。」
教会前を貫くセンターラインが、きれいに二つの時代へ縦割りになった。
こちら側は二〇二六年。パトカー、連邦の車輛、市のバリケード。反射ベストを着た治安システム一式。そして、「実際にドイツ軍の亡霊と交戦しました」なんて履歴書の職務経歴欄に書く気なんて一度もなかった連中。
向こう側は一九四四年。ただし教科書に載ってるみたいな、磨き上げられたきれいなバージョンじゃない。もっと原始的で、もっと理不尽で、もっと血まみれの版だ。ドイツ軍の重装と歩兵。死という退役手続きすら完了しないまま、執念だけを燃料に、通り全体を「再進撃可能な前線」として踏みしめてくる。
この一分間、ベルギーの治安システムは、自分たちの限界という単語を教科書レベルで証明してみせた。
連邦警察も地方警察もいる。封鎖線もある。バリケード、無線機、増援車輛、ヘリのローター音、規定通り全部そろってる。おまけに、そこそこの装甲を持った車が二台、交差点をまたいで横向きに止められ、「五分くらいは持ちこたえてやる」みたいなポーズまで決めていた。
問題は、目の前の相手が「死んでもまだ任期が終わってないドイツ軍の亡霊」だってところだ。
こいつらには退去勧告用の放送なんて通用しない。警告灯も怖くない。封鎖線の意味も知らない。お前が立派なファイルをこしらえて手続きを完璧にしたところで、三メートル分だけ前進を控えてくれる、なんて可愛げもない。
一人の連邦警察官が車体の陰に身を押しつけながら、フロントラインに向かってフランス語で何かを叫んでいる。どうせ内容は「持ち場を維持しろ」「第二線を築け」あたりだろう。
残念ながら、目の前の死んだドイツ兵の中に、フランス語の単位を取りに来たやつは一人もいなかった。
通りの奥で燃えているドイツ軍戦車は、今度は半分じゃない。丸ごと一輛だ。パンター——もしくはもっとタチの悪い何か。
砲塔の右側は真っ黒に焦げ、履帯の片方には溶け落ちた何かの破片がべっとり張りついている。車体の隙間からは、ときどき暗い緑色の火が吐き出される。
自然な燃え方じゃない。あの火は、車内で死んだ戦車兵たちの魂をもう一度引っ張り出して、再点火しているみたいだ。
そいつがセンターラインに沿って、ゆっくりと前へ出てくる。速度は速くない。だが、前方の人間とパトカーなんて、そもそも自分の行く手を遮る資格すらない——そう確信しているみたいな、揺るがない歩みだ。
「何か専門家としてのコメントは?」俺がジャックに訊く。
「ある。」やつはその戦車を睨みつけたまま、声をからからに乾かせて言う。「コメントとしては、だな。普通のパトカーってのは、パンターの相手に出すべきじゃない。たとえそのパンターが、一度死んでようが関係ない。」
「いいね。今夜の歴史オタクのセリフの中で、一番役に立った。」
ジャックが横目で俺を見る。顔が、ちょうどエンジンオイル一瓶飲み干した直後みたいに真っ白だ。
「お前、こんな状況でまだ毒舌モード生きてんのかよ?」
「ここで口が止まると、次の段階で身内を殺し始めるからな。」
冗談じゃない。戦場で祈りにすがって心を保つやつもいるが、俺の場合は悪態がそれだ。
耳の横のスイッチを押し、チャンネルを宿の中枢へ切り替える。
「林 雨瞳、センターライン、全面実体化を確認。繰り返す。切片じゃない。実体だ。ドイツ軍歩兵、装甲、火点、全部地面に降りてる。」
イヤホンの向こうで、半秒だけ静寂。そのあとで、林 雨瞳の声が返ってくる。あまりにも平板で、まるでこのセリフを一時間前から台本に書いてあったみたいな声。
「了解。Mercier Motelは戦時中枢モードに入る。データバックアップを第二階層に切り替え、医療室は戦傷処置モード。下のVitoとK7を待機状態、ホテル偽装の維持は中止。」
「結構。」俺が言う。「じゃあ、鏡を開けてくれ。」
希の声が割り込んでくる。まだ、ぎりぎり「普通の人間の愚痴」に聞こえる音色を保っているのが救いだ。
「それって、あの、毎日幽霊が湧いてくる鏡のこと?」
「ああ。その、ベルギー警察よりよっぽど信頼できるほうだ。」
「クソみたいな冗談。」
「ようこそ、バストーニュへ。」
水鏡のリンクが開いた瞬間、山口多聞が即座に回線へ乗ってきた。
映像なんか見なくてもわかる。あの湖の上に浮かぶ燃える甲板が、今はもっと激しく燃え上がっていることぐらい。
イヤホン越しの風の音が、さっきと違う。もっと濃い海水の匂いと、煙と、機械の咆哮を運んでくる。
これは会議室で海軍の将官が雑談している音声じゃない。沈むべきなのにまだ足掻き続けている亡霊空母の上に立つ男が、その甲板全体を一本の刃にして、内陸へ突き立てる準備をしている声だ。
「見えている。」山口多聞が言う。
「なら、見物はやめろ。」俺が返す。「降りてこい。」
比喩じゃない。
命令だ。
これまで、俺はずっと彼らに完全実体化を許してこなかった。理由は単純だ。必要がなかったし、割に合わなかったからだ。金の問題じゃない。代償の問題だ。
亡霊が完全な形で現実へ踏み込む。そのプロセスがただで済むわけがない。彼ら自身にとっても、俺の指にはめたこの死神の指輪にとっても、そしてもうすでにボロボロになっているバストーニュ一帯の空間構造にとっても、確実に負荷になる。
だが今、ドイツ軍側はとっくに全員が地上へ這い上がり、燃える戦車でセンターラインを散歩している始末だ。この状況で、山口多聞に「炎上中の艦載機と、ところどころ影が濃くなった程度の歩兵だけで相手してくれ」なんて注文をつけるのは、節度じゃない。バカだ。
イヤホンの向こう側で、短い沈黙。
それから、山口多聞が、ただの平叙文みたいな声で尋ねてきた。
「本気か?」
俺は視線を落とし、右手の指輪を一瞥する。
熱い。
単に金属が日向で温まった、なんてレベルじゃない。中で何かが、ゆっくりと目を開けようとしている、そんな熱さ。
よし。こいつも、今夜は残業だって理解したらしい。
「本気だ。」そう答える。「飛龍は水鏡上空の中枢として残せ。その他の地上戦力は、全ユニット実体化。第101特別陸戦隊、第5特別陸戦隊戦車隊、神崎側の歩兵、全員下ろせ。」
ジャックはそれまで前線を見張っていたが、その一言でついに首をこちらに向けた。
「なあ、お前、今すげえ平坦な声で、『大日本帝国の亡霊陸海合同部隊に、ベルギーの地方都市での実体化を命ずる』って言わなかったか?」
俺は前方のパンターを見据えたまま、
「ああ。」とだけ答える。
「今の一文、多分、俺の人生でいちばん物理法則をレイプした瞬間として記録されると思う。」
「今夜を生き延びてから、ゆっくり日記にでも書け。」
山口多聞が、ようやく返事をよこす。
「了解した。」
ただ、その文字だけだ。
だが次の一秒で、バストーニュ上空の空気が丸ごと変わった。
飛龍そのものが姿を現したわけじゃない。あの艦は相変わらず湖上の残影中枢としての本質を保ったまま、バカみたいに空母一隻をベルギー内陸まで乗り入れてきたりはしていない。だが、その存在感が一気に頭上へ圧し掛かってきた。夜空に、もう一枚、目に見えない重しが載ったみたいな感覚。遠くラック・ド・ラ・オート=シュール(Lac de la Haute-Sûre)の上空に傾いて燃え続けている甲板が、本当に投射線を一直線にバストーニュまで突き刺してきた、そんな感じだ。
先に来たのは、飛行機だった。
いく筋もの暗い紅の火の軌跡が、町の上空すれすれをかすめる。今度は残像じゃない。ちゃんと風圧と熱気を押しつけてくる実体だ。九九艦爆、零戦、さらにその後ろには九七艦攻らしい低いシルエットまで混じっている。もはや画面の中で火の尾を引いているだけの鬼火じゃない。思わず頭をすくめさせ、街角の積もった雪を熱波でひび割れさせ、路面と壁に本物の影を落としていく、亡霊艦載機だ。
飛龍は湖から動いていない。だが、その航空隊は、こっちへ入ってきた。
その次が、人間だった。
鏡の中からでも、影の中からでもない。見ないフリをすれば「いないこと」にできるような場所からでもない。
通りのど真ん中や路地の口、横倒しになった連邦の車両の陰、教会の側壁、市場へ抜けるラインのあちこちに、いきなり現れた。日本海軍陸戦隊、それから神崎忠明が率いる陸軍歩兵。全員が、実体を持った。
鉄帽をかぶっているやつもいれば、頭に鉢巻きを締めているやつもいる。小銃、銃剣、手榴弾、機関銃、刀。どれもこれもホンモノだ。靴底がバストーニュの石畳を踏む音まで聞こえてくる。向こう側のドイツ兵と同じで、もう物語の効果音じゃない。本物の足音だ。
この絵面は、どう考えても狂ってる。
本来なら太平洋戦史や海軍墓地、軍事フォーラムの罵倒スレやオカルト設定集の中にだけ閉じ込めておけばよかった日本の亡霊部隊が、いまや編制ごとベルギー・アルデンヌの小さな町の路上に降り、死んだドイツ軍と一緒に、教会と市庁舎の脇で肉弾戦をやる気満々でいる。
歴史ってやつに自我認識があるなら、ここまでこき使われた時点でまず警察呼んで、そのあとで自分に火をつけるだろうな。
ジャックは、完全に固まっていた。
「なんてこった……」
俺は、教会左手の路地から出てくる神崎忠明を見た。夜風に鉢巻きがふわりと揺れ、腰の刀がついに鞘から完全に抜かれる。
「神様なんか呼ぶなよ。」俺は言う。「今夜の当直は死人だ。」
今回の神崎忠明は、斥候三人組じゃない。分隊まるごとだ。
ざっと見て増強小隊一個ぶん。ばらけてはいるが散逸はしていない。左翼と後背、二本の死角ラインに沿って、きれいに前へ展開していく。
こいつは自分の手駒が何をできて、何をやらせちゃいけないか、よくわかってる。日本の亡霊歩兵は、パンターと正面から装甲勝負させるための駒じゃない。そんなのは知能への侮辱だ。やつらが一番本領を発揮するのは、潜り込み、貼りつき、切り裂き、喰らいつく仕事。ドイツ歩兵と車列の関節の隙間に潜り込んで、相手の前進リズムそのものを力ずくでぶっ壊すことだ。
山口多聞の空からの切り込みは、さらに容赦がない。
九九艦爆は、もはや威嚇飛行なんかしていない。通りの奥で燃えているあのパンターに向けて、真正面から急降下でぶち当たりにいく。亡霊パイロットは、現実の空戦マニュアルなら絶対にあり得ない角度で、ほとんど垂直に突っ込んでくる。機体全体が炎に包まれていて、まるで地獄から一本だけ借りてきたドリルだ。
狙いは装甲殻を物理的にぶち破ることじゃない。あの中に凝り固まっている「物質化済み亡霊戦車の意志」を、車体から引きずり出すことだ。
第一弾の着弾は砲塔の後縁。普通の爆発火球なんて上がらない。車内から噴き上がったのは、暗い緑と濁った紅が混ざり合った得体の知れない火だけだ。パンター全体が、頭蓋をハンマーで一撃食らったみたいに揺れて、砲塔の動きが目に見えて鈍る。
「見事だな。」ジャックが低く言う。
「拍手は後だ。」俺は返す。「向こうはまだ死にきっちゃいない。」
案の定だ。
パンターの脇にいた二個組のドイツ歩兵が、即座に散開する。死体とは思えない速度で、むしろまだ命令遂行中の正規部隊にしか見えない動きだ。やつらは飛行機には撃たない。そんなのは弾の無駄だ。連中はそのまま教会とこちらの連邦車のほうへ圧をかけてくる。どう見ても、こっちがセンターラインを完全に奪い返す前に、人の流れと秩序の拠点を片っ端から引き裂くつもりだ。
将校格好のドイツ兵がひとり、バリケードの陰から上半身を突き出し、腕を振りかぶって手榴弾を一発放り投げてきた。あれも残像じゃない。正真正銘、鉄の塊だ。
市の作業車のタイヤのそばに叩きつけられ、そのまま爆ぜる。飛び散った破片が、伏せる暇もなかったベルギーの市職員を二人まとめて薙ぎ倒す。そのうちの一人は腹を押さえたまま地面をのたうち、悲鳴が「なんで求人票にこのリスク書いてなかったんだよ」と腸ごと抗議しているみたいだ。
「こっちだ!」俺はジャックに怒鳴り、二人して左右に分かれて、横倒しになった連邦の工務車の陰へ飛び込む。
ここから先が、「本気で主戦場に噛まされる」ってやつの始まりだ。
別にヒーロー気取りたいわけでもないし、「宿命の主役タイム」とかでもない。前線が一度ブチ抜けたら、そのとき自分がたまたま全ての結節点のど真ん中に立っていたなら、「観察者」でいる権利なんかもう残ってないってだけだ。
主戦場は、お前の準備ができてるかなんて聞いてくれない。ただ、お前の足元がもうヤツの口の中にあるかどうかしか見ない。
俺とジャックは、ほとんど同時に遮蔽物の陰へ滑り込む。ガラス片が袖口をかすめ、石粉と雪しぶきがまとめて襟元に飛び込んでくる。耳のそばでは、弾丸が金属を叩く音、古い銃機が引かれる音、履帯が地面を噛む音、飛行機が頭上をかすめる音。その全部に、ドイツ語の命令、フランス語の罵声、日本語の短い号令が入り混じって、ひとつのざらついた騒音になっている。
この音には、呼び方が一つしかない。主戦場だ。
ジャックが腹ばいに落ち着いてから発した最初の一言は、実にテキサスらしかった。
「ここに宣言する。もっと重い火器を持ってこなかったことを、正式に後悔する。」
「ここに宣言する。お前を連れてきたことを、正式に後悔する。」
「おあいこだ。」
俺は車体の下の隙間から外を覗く。前方を、ドイツ兵が二人、石の手すりとバリケードに沿って斜めに切り込んでくるところだった。一人は小銃、もう一人はMP40らしい。
正真正銘のドイツ兵。本物の死人。ちゃんとこっちへ圧をかけてきている。いいね。ようやく近距離戦の番だ。
俺は銃口を上げ、左側の小銃手を狙って一発。弾丸は肩と胸の境目あたりに食い込み、そいつの体をぐらりと後ろへ揺らした。だが、すぐには倒れない。逆に一歩、こっちへじりっと踏み出してくる。
亡霊歩兵の嫌なところは、まさにそこだ。生きている人間は、被弾した瞬間から物理と神経の話になる。死んでるやつは、弾を食らってからが執念と構造の時間だ。きれいに分解してやらない限り、「まだ勤務時間中だ」と信じて前へ出てくる。
ジャックはほぼ同時に、もう一人のMP40持ちの足元へ一発撃ち込んだ。殺すためじゃない。動かすためだ。そのドイツの影兵は反射的に身をすくめ、横へ身を割る。露出した胸元に、俺はすかさず二発目を叩き込んだ。今度は急所を引けたらしい。そいつは、内側から支えを抜かれた建物みたいに、その場で崩れ落ちる。
「お前、意外と上手いな。」俺が言う。
「普段はスイカとろくでもないコレクターぐらいしか撃たないけどな。」
「今夜は昇格だ。」
こっちが二人片づけ終わる頃には、教会左翼側は完全に開いていた。
神崎忠明は、もはや隠密浸透なんてしていない。実体を持った歩兵を率いて、正面から突き上げる。といっても猪突猛進じゃない。いかにも日本陸軍的な圧迫前進だ——前列の小銃手と機関銃手が姿勢を低くして短く点射、その後ろの二人が壁際と玄関ポーチの死角を沿って這い寄り、銃剣と手榴弾を交互に使い、必要とあらば素直に刀を抜く。
神崎本人はかなり前に出ている。熱血だからじゃない。こういう男は、生まれつき前列に立つために作られている。他人が先頭に立つと「鼓舞」になるが、こいつが前に出ると「ついて来ないと、まず俺に見下される」になる。
ドイツ側だって、別に優しくはない。
ついに市庁舎脇の側道に一つ機銃座が固定され、MG42が火を噴く。石の壁全体が震える。弾丸が連邦車の屋根をなめていくたび、金属がグラインダーで舐められているみたいに火花を撒き散らす。
俺とジャックはほぼ同時に首をすくめた。次の瞬間、教会の入口から顔を出しかけていた警官の帽子がきれいに吹き飛び、本人は慌てて引っ込む。
よろしい。今夜、ヨーロッパの治安システムはようやく基本を一つ学んだ。戦場で玄関は展望台じゃない。
俺はイヤホンのスイッチを叩く。
「山口。市庁舎脇の側道の機銃座、剥がせ!」
山口多聞から返事はない。なぜなら、次の瞬間にはもう答えが届いていたからだ。
一機の零戦が、極低空で屋根すれすれに滑り込んでくる。炎の縁を走る影の一条みたいな速度だ。急降下爆撃じゃない。制圧のための掃射だ。
機首がわずかに傾くと、側道全体が一気に、怨念こもりまくりの高温弾幕で塗りつぶされる。あの弾線は、普通の機銃掃射じゃない。壁に当たれば石くずが飛ぶだけじゃなく、焦げた黒い焼け痕が残る。まるで壁そのものが、「現代の燃焼理論から外れた何か」に一度通しで焼かれたみたいだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




