190.残影の先遣隊 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
バストーニュ町内で最初の死者が教会の石段の傍に横たわった後、町全体の空気がようやく変わった。
数日前までは、まだアルデンヌ地方によくある典型的な冬の小さな町のふりができていた。寒くて、静かで、戦争を記憶産業に包装するのが好きで、昼は土産物を売り、夜は歴史の雰囲気を売る。今はもう無理だ。最初の正式な遺体が出た瞬間、文明社会が時間稼ぎに愛用する修辞が全部水漏れを起こし始めた。「異常状況」「イベント事故」「確認待ちの要因」「臨時交通規制」、最後にはどれも、もっと正直な二文字に場所を譲らざるを得ない。封鎖だ。
しかも映画に出てくるような、きれいで秩序立っていて、誰もが自分の立ち位置を分かっている封鎖じゃない。
ヨーロッパ式の封鎖だ。
つまりこういうことだ。まずロープを張ってから謝る。まず道を半分封鎖してから「すべて管理下にある」と宣言する。まず警察、連邦機関、市職員、イベント主催者、医療スタッフ、それから誰に権限をもらったのかよく分からない反射ベストの連中を交差点にぎっしり立たせて、最後に三時間かけて誰が正式に「住民の夜間外出自粛を推奨する」と言えるかを協議する。システム全体が忙しそうで、民主的で、仕事をしているように見える。だが通りで存在しないはずのドイツ軍戦車が警官を一人轢き殺したと知っていれば、これら全部が本質的に、秩序が自分の遺影をどの角度から撮るか決めているだけだと分かる。
Mercier Motelに戻ったとき、空はすっかり落ちていた。
ガソリンスタンドの白い光は相変わらず容赦なく白く、医療過誤みたいな補正照明だった。フロントの女はカウンターの向こうに座り、スマホを手に持ちながら画面を見ていなかった。入り口を見ていた。彼女はたぶんもう気づいている。自分のこのL字型二階建てモーテルが最近泊めているのは、よそ者だけじゃなく、それ以外の何かでもあることに。サービス業の偉大さはそこにある。知ってはいけないことをどれだけ知っていても、誰かがカードを切ってチェックインする限り、「いらっしゃいませ」の顔を演じ続けなきゃいけない。
俺たちが入っていくのを見て、彼女は唇を動かして、最後にこう言った。
「さっき警察が来た。」
「事情聴取か?」俺は聞いた。
「まだ泊まり続けるつもりかどうかを聞きに来た。」彼女は冷たく言った。「泊まり続けるかどうかを決めるのは私じゃない、悪いニュースを晩飯みたいに食べてる連中だと答えておいた。」
「観察眼は正確だな。」俺は言った。
彼女は俺を睨んだ。その目にはうんざりが半分、恐怖が半分、そしてごく小さな一片だけ「南仏で民宿でも始めておけばよかった」という後悔が混じっていた。
「それからこうも言ってた。今夜からは、このあたりで駐車場に長くいるのはやめたほうがいい。あと、エンジン音がしてるのに車が見えないときは、外に出るな。」
俺は頷いた。
「今回のアドバイスは専門的だ。」
彼女は笑わず、顔を背けた。
「あんたたちが何をするつもりか知らないけど、少なくとも、私がモップをかけたばかりの場所でだけはやらないで。」
「努力はする。」
皆を連れて階段を上りながら、頭の中には一つの結論しかなかった。ここはもはや一時滞在場所じゃない。Mercier Motelは正式に、モーテルから作戦中枢へ格上げされた。
この差は大きい。
モーテルは寝るため、風呂のため、ぼーっとするため、セックスのため、借金取りから隠れるため、明日も今日と同じだと自分に言い聞かせるための場所だ。作戦中枢は違う。作戦中枢が扱うのは視野、結節点、シフト、バックアップ、撤退ライン、データ保全、そして誰かが死んだとき別の誰かが即座にその仕事を引き継げるかどうかだ。建物を後者として見た瞬間、中にあるすべての物の用途が変わる。ベッドは臨時のテーブルになり、テーブルは戦況盤になり、窓は観測孔になり、ドアはプライバシーを守るためではなく、二秒でも余分に時間を稼ぐためだけに存在するようになる。
ドアを閉めるなり、俺は状況を全部テーブルに並べた。
「今からMercier Motelは拠点じゃない。中枢だ。」俺はテーブルの地図を中央に押し出した。「ここは三つのことをやる。一つ、町内と町外の異常ルートを統合する。二つ、生者と湖区の亡霊外援との調整をする。三つ、誰かが死んでも、情報とリズムが一緒に死なないようにする。」
レミはベッドの端に背筋を伸ばして座っていた。戦地データ係に昇進を言い渡されたばかりで、自分の保険が効くのかどうかまだ分からない不運な男みたいだった。クレールは今日集まった映像と目撃証言をすでに時系列で整理していた。ジュリアンは町役場から手に入れてきた封鎖線の概略図を片手に、口を堅く結んでいる。林 雨瞳はバストーニュ、N30北段、モーテル、湖区、それから新しく設置された封鎖地点をすべてスクリーンに投影して、画面全体を発症寸前の神経図みたいなものにしていた。葉 綺安はドア脇にもたれて、何も言わなかった。ただ立っているその位置自体が一種の表明になっていた――今このタイミングで、中枢に一報も入れずに勝手に第一線に飛び出していく奴がいれば、敵より先に彼女が処理する、という表明だ。
ジャックは窓際に立って、サーマルカメラとローライトレンズを下向きにチェックしていた。動きは速く、静かだった。
俺は一瞥して、声をかけた。
「正式に編成入りだな、テキサス人。」
彼は顔を上げずに一言だけ返した。
「もしここに試用期間ってものがあるなら、とっくに飛ばされてるだろうな。」
「ああ。」俺は言った。「うちは初日から遺言フォーム配布だ。」
ようやく彼が顔を上げた。口元がわずかに歪んだ。
ここまででまだ精神が崩れていないということは、この男の頭は並の耐久度じゃない。
地図の中で新たに赤い円で囲った箇所に指を置いた。
「町内で最初の死者が出た後、ベルギーの治安システムは三つのことをする。一つ、封鎖を強化する。二つ、証拠収集を拡大する。三つ、これがまだ生者側の問題だと必死で説得しようとする。残念ながら、その三つのどれも二人目の死者を止めることはできない。だから俺たちはそれより速く動く。」
ここでジャックが口を挟んだ。
「今日、教会のとこでしっかり見た。あの戦車は丸ごと出てきたんじゃない。分割された断片として入ってきた。反射面と通りの空間を繋ぎ目にして。もし次を止めたいなら、道路だけ見てちゃ駄目だ。『二重の画面』になり得るものを全部見張らないと。」
そう言いながら、いくつかのサーマル画像とローライト写真をメイン画面に投げた。
「ここを見てくれ。車の窓、ショーウィンドウ、掲示板、金属看板、スマホの画面、それに湿地の水たまりでさえ、ブリッジインターフェースになり得る。ドイツ軍側は道路にいきなり現れてるんじゃない。先に、世界が彼らを反射しようとする場所に現れている。」
林 雨瞳が頷いた。
「同意する。だからこそ、まず目に入って、次に押し込んでくるように見える。」
「正面突破じゃない。」ジャックが言った。「まずピント合わせだ。」
いい。この男はただの証人じゃなく、本当に使える。
そのまま話を進めた。
「やつらがピントを合わせる必要があるなら、先にピントを壊さないといけない。山口は湖区からリズムを切る。神崎は近接で拠点を奪う。こっちではインターフェースをマーキングして、人の流れを守って、敵の焦点をズラす。一見、三つの別々のシステムに聞こえるが、どれか一つ欠ければ、今夜も誰かが路上に転がる。」
希が手を挙げた。まるで、絶対に取りたくなかった授業を無理やり履修させられている学生みたいに。
「質問あるんやけど。」
「言え。」
「今あんた、まるで私らが日本海軍の亡霊と日本陸軍の亡霊とで、本気で合同作戦やるつもりかのようにしゃべってるけど。この状況って、私のメンタルのほうが壊れてるのか、それとも世界のほうがもう演技をやめる気なのか、どっちなん?」
「両方は矛盾しない。」俺は言った。
ジャックが咳払いした。笑いそうになって、死者への礼儀を思い出したような咳だった。
「正直な話だ。」彼はテーブルの地図を見下ろしながら言った。「これまでで一番バカげた仕事経験って言ったら、テキサスの砂漠で戦車コレクターの狂人のためにソ連製の暗視装置を調整してたときだと思ってた。でも今にして思えば、あれはキャリアの非常に優しい予告編みたいなもんだった。」
「おめでとう。」俺は言った。「バストーニュが、お前のキャリアの天井を爆破してくれたわけだ。」
そう言ったところで、鏡が曇った。
部屋の全員が、見事なまでに同じタイミングで動きを止めた。
初めて見る人間は怯え、二度目は不安になり、三度目以降は、ねじれた職業的コラボ状態に入っていく――ああ、リモート会議だ。文明世界の適応力というのは、ときに吐き気がするほど高い。
霧がまず鏡の縁を這い上がり、それから全面が濃い色の湖水で覆われたようになった。燃えながら傾いた甲板が、再び霧の向こうから浮かび上がる。縁は暗い赤で、船体全体が存在してはいけない火の中でじりじり燻り続けているみたいだった。山口多聞は甲板の端に立ち、いつも通りの冷静な顔をしていた。神崎忠明はその斜め後ろに立ち、白い鉢巻は相変わらず決意に満ちた巻き方で、腰の刀は抑えつけられた殺気のように見えた。
海軍と陸軍が一人ずつ、一人は海水が凍って命令になったような冷たさで、一人はそのまま頭蓋を砕けそうな軍紀の硬さで、モーテルの鏡の中に並んで立っている。この絵面は、もはや入場料を取ってもいいレベルで馬鹿げていた。
ジャックがこの光景を正面から見るのは、今回が初めてだったが、昨日みたいに罵り言葉一つになることはなかった。
二秒ほど見つめてから、静かに言った。
「分かった。これで正式に認めるよ。今日は、普通のドキュメンタリーの範疇を全部越えた。」
山口多聞が彼を一瞥した。ごく短時間で分類を済ませるような目だった。
「お前が、あのアメリカ人か。」
「そうだ。」ジャックは頷いた。「で、あんたは俺の人生で一番、熱力学に反してるインタビュー相手だな。」
山口多聞はメディア対応をする気はさらさらないようで、即座に本題に入った。
「町内の封鎖は形成された。しかし隙間が多すぎる。ドイツ軍の切片はバリケードで止まらない。新しいインターフェースを借りるだけだ。今夜のあとは、『秩序の集積点』と『退避ルート』の試験を始める。」
「次の一手は?」俺は聞いた。
神崎忠明が一歩前に出て、地図の上の三本の線を指差した。
「一つ目。教会――町役場――バス停、このラインがやつらの最優先の町内軸になる。二つ目。N30北端の燃える戦車は単独行動じゃない。重装切片のために道を覚えている。三つ目。林地再現エリアの屠殺で、やつらは『敵味方の象徴』を識別できると証明された。制服、標章、隊形がそれらしく見えれば、本物として扱う。」
この一言で、全員が理解した。
つまり今からは、警官、連邦の車両、反射ベスト、避難誘導員、さらにはイベント用の復刻装備に至るまで、敵にとっての標的の器になる可能性があるということだ。やつらは無差別に人を殺しているだけじゃない。戦場のロジックが現代の町の中で対応物を探し始めている。
山口多聞を見た。
「どこまで切り込める?」
彼の答えは、正直だった。
「深くはない。湖区の前線指揮は安定しているが、あくまで異域からの投射だ。私はリズム、方角、視界を切ることはできるし、短時間なら九九艦爆、零戦、一部の地上部隊を挿入することも可能だ。しかしドイツ軍の第三層が整備されて進入してきた場合、我が方は正面では優位ではない。」
「それは分かってる。」俺は言った。「日独の戦力差は今に始まった話じゃない。」
ここで神崎忠明が自分から口を挟んだ。
「だから、正面で勝とうと考えるな。正面は地主に任せろ。そこに出ていけば、民族色豊かに死ぬだけだ。」
顔を上げて彼を見た。
「日本陸軍にしては、随分はっきりものを言うな。」
「死んだ人間は、面子に興味を持たなくなる。」彼は言った。
いい。ますますこの男が気に入ってきた。
会議はすぐに、実際に使える段階に入った。
Mercier Motelを三層構造に切り直す。
第一層は、中枢だ。林 雨瞳を据え、町内の目撃、サーマル、通信、山口と神崎の切り込み位置をすべて統合して、滅茶苦茶な現場を、まだ意思決定が可能な情報へと変換する役割を担う。
第二層は、機動外縁だ。俺、葉 綺安、ジャックが担当する。最低限の機材と最高限度の悪い機嫌を抱えて、封鎖区域と町内の結節点の間を移動し、どこが本物の入口でどこが向こうの投げてきた偽の餌かを判定する。
第三層は、亡霊外援リズム層だ。山口多聞が湖区で前線指揮を維持し、必要に応じて飛龍の残影で短時間の空中切り込みを行う。神崎忠明は第101特別陸戦隊の先鋒を率いて、近接浸透、拠点奪取、切片の瓦解、死角処理を専門に叩く。
簡単に言えば、生者が見て、判定して、守る。死者が差し込んで、乱して、断ち切る。
文明的じゃないが、よく効く。
ジャックは説明を聞き終わって数秒黙り、それから極めて専門的な質問をした。
「このリズムの中での俺の正確な位置づけは?俺はあんたの人間でもないし、あいつらの人間でもない。」
俺は彼を見た。
「お前は、俺たちの目の中にある、迷信抜きの補正値だ。」
彼は片眉を上げた。
「テキサス語に訳すと?」
「どこが本当に歪んでいて、どこが単にフランス人観光客が酔っ払ってるだけかを教える係だ。」
彼は頷いた。
「それなら得意だ。」
俺は付け加えた。
「それと、もし全米の歴史クラスタを一斉引退させるレベルの映像を本当に撮ったとしても、すぐには出すな。」
「なぜだ?」
「早く爆発させすぎると、まず役に立たない連中が押し寄せてくる。そうなったらドイツ軍の亡霊を相手にするついでに、インフルエンサーと陰謀論マニアまで処理しなきゃならなくなる。」
彼は少し考えてから頷いた。
「筋は通ってる。大体、生きてる連中のほうが幽霊より厄介だからな。」
「飲み込みが早い。」
この会議が終わって二十分も経たないうちに、最初の連携のチャンスが来た。
大きな場面じゃない。それでいい。本当の統合作戦のリズムは、一回の派手な見せ場で育つもんじゃない。小さくて正確な処理を何度も積み重ねて、お互いの出方を邪魔しないところまで擦り合わせていく。スケールの大きすぎる場面は、各部隊がまず「自分の存在感アピール」に走るだけだ。
最初に中枢から報告を上げてきたのは林 雨瞳だった。
「南東側の小さな市場、土産物の屋台が並んでる細い通りに異常集積。完全な切片じゃなく、多点フラッシュ。試験的なルート探索の可能性が高い。」
俺はすぐ立ち上がった。
「行くぞ。」
葉 綺安が上着をつかみ、ジャックがサーマルカメラとカメラを持って立ち上がる。階段を降りるとき、フロントの女が一瞥をこちらに寄こした。外に狂犬がいると分かっていながら、わざわざ「今日のメニューは?」と聞きに行く三人を見る目だった。
ガソリンスタンドの外の風は昨日よりさらに冷たく、町の封鎖線も増えていた。白いパトカー、連邦車、市のトラック、警戒テープ、それに帰りたそうな顔をした当直の面々が、元々広くもない町をばらばらに切り分けていた。問題は、ばらばらなのは道路じゃなく、彼らの自信だという点だ。全員がまだ仕事はしている。だが「事態は我々の管理下にある」というあの感覚は、もうどこにもなかった。こういうとき、どんな洗練された制度も人間臭さを露呈し始める――そしてその人間臭さは、たいてい恐怖だ。
裏通りを抜けて小さな市場の外縁に出たところで、ジャックが足を止めた。
「何かいる。」
サーマルカメラを俺に回して寄こす。
画面の中で、一本の細い通りの熱分布が明らかにおかしい。普通なら、こんな冬の夜の小さな市場は、いくつかの暖かい店先と、車の残った熱、それに生きた人間の赤や黄の輪郭が点々と並ぶはずだ。今は違う。通りの中ほどが、まるで冷たい刃物で画面ごと削ぎ落とされたみたいに、周囲の背景よりもきれいに冷え切っている。その両側に、極端に短い高温点がいくつかぶら下がっていた。見えない金属に火花がこびりついたみたいに。
「単一のユニットじゃない。」ジャックが言った。「車体の切片の先端に、歩兵の断片がくっついてる感じだ。」
イヤホンに触れる。
「林 雨瞳、南東市場の通りで異常を確認。ストリート構造を送れ。」
彼女はすぐに略図を送ってきた。
古い建物に挟まれた細い通り。一方は市場に通じ、もう一方は町役場裏の路地へ抜ける小道に繋がっている。両側にはウィンドウ、看板、オーニング、ぴったりと寄せて停められた車。要するに、完璧な「借道用の廊下」だ。
図面を見ながらジャックに言う。
「お前は俺と前線に入る。ただし中央線は踏むな。葉 綺安は左の高い位置から反射面を見張れ。中枢には山口に視界カットの準備をさせろ。神崎はまだ動くな。まずこっちで本当の入口をマークする。」
ジャックは黙って頷いた。
いい。ほんとうに連携が取れる人間というのは、よく喋るやつじゃない。自分がいつ黙るべきかを一番よく分かっているやつだ。
通りの入口に足を入れた瞬間、異常のほうが先に顔を出した。
完全ではない人影が、左側のシャッターを下ろした古道具屋のショーウィンドウの中で一度だけちらついた。灰緑色、ヘルメット、半分霜に食われたような顔。続けて右のワゴン車の窓ガラスにも別の影が映る。立っているのではなく、低い鉄の何かに腰かけている。ハーフトラックの側面座席にいる兵士の姿勢だ。どれも一瞬で消えたが、そのスピードは既に数日前とは比べものにならなかった。もはやチラ見せで遊んでいるのではなく、連結を試みている。
イヤホン越しに葉 綺安の声が飛んだ。
「左三、右二。さらに奥に車体クラスの影一つ。位置が安定してない。」
俺はジャックに聞いた。
「ホットスポットをマークできるか。」
「できるが、断続的だ。」彼はワゴン車の窓にサーマルカメラを向けながら言った。「やつら、自分を固定しようとしてる。」
分かった。
こういうとき、一番やっちゃいけないのは、様子見だ。奴らが固定し終えるのを待てば、本当に固定される。
イヤホンに話しかける。
「山口、浅く一刀くれ。視界だけ切れ。全点灯は要らない。」
山口多聞の返事は速かった。
「了解。」
次の瞬間、通りにある反射面がすべて、ごく薄い暗紅色のフィルターをかけられたみたいに変化した。大々的な炎ではない。だが、それだけでドイツ軍の切片のピント合わせが一瞬止まった。左のウィンドウにいた灰緑の影は半分崩れ、右の車窓の座っていた兵士も、誰かに肩を拭き取られたように輪郭を失った。良し。山口は使えば使うほど手馴れてくる。俺が欲しいのは演出じゃない。メトロノームだと、ちゃんと分かっている。
その一拍を逃さず、俺は叫んだ。
「神崎、入れ。」
これが最初にリズムらしいリズムが形になった瞬間だった。
俺が合図を出し、山口が見せ場を作り、神崎が仕上げる――そんな分かりやすい順番じゃない。本当に噛み合ったときの動きは、歯車が嚙み合う感触に近い。
山口がまず敵の視界の安定を削る。ジャックが即座に、どのインターフェースに残留が一番強く残っているかを示す。俺がその残留を見て、メインの入口が中央ではなくやや左寄りだと判断する。葉 綺安が左側で圧縮されそうな位置を先に視界から掃除する。そして神崎忠明と三名の第101特別陸戦隊の先鋒が、市場裏の誰も気にしない細い出入口から滑り込み、骨の隙間をなぞる刃物みたいに入っていく。
俺は、彼らがどうやって入ってきたのかを直接見てさえいなかった。
見えたのは、左後方でちょうど厚みを増しつつあった灰緑の歩兵の影が、突然腰の辺りで二つに断ち切られ、切片全体が下から支えを抜かれたみたいに崩れ落ちる様子だけだ。もう一人、車体の縁に腰かけていたドイツ兵の影が固定されかけたところで、葉 綺安が高所から小さな反射板をひと振りして、その正面に「間違った角度の第二の残影」を作った。元々完全には入り込めていない影だった。この一手でピントが完全に崩れた。ほとんど同時に、ジャックが叫ぶ。
「後方の高温点、右に振れてる!車体の先端が看板の裏だ!」
俺は即座にその方向へ一発撃った。
何かを倒すためじゃない。単純な接点確認だ。弾丸が見えないインターフェースの縁にぶつかった瞬間、前方の空気が極短い金属音を立てた。限界まで薄いのに、まだ確かに存在している鋼板に命中したような音だった。
この一音が重要だった。
俺たちが初めて、単に殴られる側ではなく、相手が現実に入り込む「縁」をきちんと捉えた証拠だからだ。
神崎忠明が、その次の瞬間に仕上げた。
彼は右側の看板の陰から半身を現した。動きが腹立たしいほど速い。刀は抜き切らず、半身だけを抜き、その最小限のストロークで前方に押し込んだ。ようやく形になりかけていた車体の先端の残影が、その一突きで接点から一気に跳ね上げられる。通り全体の異常な温度と低圧感が、その瞬間に三割ほど引いた。
ジャックはサーマルカメラを見つめながら、本来なら有り得ないはずのものが、急に納得のいく挙動をし始めたのを見ているような顔をしていた。
「よし、待て。」彼は早口で言う。「対処不能なんじゃない。単にこれまで、接点を叩けてなかっただけだ。」
「ああ。」俺は言った。「ようやく授業について来れるようになったな。」
「これは授業なんかじゃない。」彼は言った。「戦場幾何学と亡霊材料工学の衝突実験だ。」
「そのタイトル、出版社を騙すときに使えるな。」
高所から葉 綺安が冷たく一言添える。
「本を出す前に、生き延びるほうが先。」
今回の異常は、きれいに退いた。
通りに浮かんでいた灰緑の切片は、節々で砕けてウィンドウや車窓、看板の反射の縁へと押し戻され、最後にはサーマル画面上に、拭き残された歴史の汚れみたいな低温の残りだけがいくつかぶら下がっているだけになった。山口の暗い火の影もすっと引き、神崎と三人の陸戦隊員も二秒のうちに死角の中へ退いていった。最初からここにはいなかったかのように。通りに残ったのは、冬の夜、小さな市場のゴミ箱、センスの悪い停め方をされた車が二台、そして工数に計上できない越境プロジェクトを終えたばかりの俺たち数人の生者だけだった。
ジャックはサーマルカメラを下ろし、長く息を吐いた。
「分かった。」彼は言った。「今ので理解した。」
「何を。」
「あんたたちはやみくもに殴ってるんじゃない。やつらが入ってくるリズムを奪ってる。あの海軍の幽霊指揮官がピントを外し、あの鉢巻きの刀男が接点を断ち、あんたが本当の入口を見つけて、俺が大量のノイズの中から異常な熱と冷えを抜き出す。」
俺は彼を一瞥した。
「おめでとう、テキサス人。実習一コマ目、合格だ。」
彼は笑ってみせた。
「こういう実習には、本来なら危険手当がつくはずだ。」
「ある。」俺は言った。「生き延びること自体が手当だ。」
イヤホンの向こうで、山口多聞の声が静かに届いた。
「最初のリズムが成立した。」
神崎忠明は直接声を出さず、別の角度から一言だけ補った。刃の縁が掠めるような短さだった。
「まあ、見られなくはない。」
俺は思わず笑った。
「日本人ってのは、死んでからも褒め方がケチだな。」
山口多聞が返した。
「戦場で早めに褒めると、人が死ぬ。」
「それは本当のことだ。」
俺たち三人は、今しがた取り返したばかりの細い通りに立っていた。周りは相変わらず冬の夜で、封鎖が続いていて、遠くで警告灯がでたらめに点滅していて、大勢のベルギーの公務員と治安要員が今もバストーニュ全体を「極めて深刻だが手続き処理中の異常事案」として包装しようとしていた。だが俺の中では、もう分かっていた。事態は変わった。
この瞬間から、俺たちはそれぞれ別々に戦う寄せ集めじゃない。
俺、ジャック、山口多聞、神崎忠明、そしてMercier Motelにある、かろうじて中枢と呼べる生者のシステム。初めて本当の意味で、統合作戦のリズムが生まれた。
荒削りで、危険で、どんな正規の軍事教科書にも載っていない。
だが、機能する。
そして今のバストーニュで一番価値があるのは、機能することだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




